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第十章~魔法使いと幸せの群島~
4.美しい人
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さっきまでの騒がしさが嘘のように、今度は静かになった。
上位の冒険者は自由人が多いと聞いた。それは間違いではなさそうだ。事実ディオもセイドも、自分の思うままにしか行動していなかった。
しかし、アポロンが憧れるだけある。あの豪胆さと直截簡明な立ち回りは尊敬に値する。
「ごめんね、アルス君。後でディオには言い聞かせておくから。」
ヘスティアさんは、俺にそう謝った。
言い聞かせたからといって、直すとは到底思わないがな。どこまでディオはクランメンバーの話を聞いているのだろうか。
「おや、アルスじゃないか。ディオがまた暴れてるなとは思ってたけど。」
ヘルメスが騒ぎを聞きつけたのかやって来た。
「これ、よくある事なのか?」
「これでもマシになった方さ。ディオ相手に確実に勝てるのはクランマスターだけだし、複数人で片付けるようになったら、つまらないって一対一以外はやらなくなったんだよ。教育の賜物だね。」
教育だろうか、それ。単にディオが面倒くさくなっただけな気もする。
しかし丁度良い。わざわざヘルメスを探す手間は省けた。
「そうだ、ヘルメス。件のディーテっていう人に会いに来たんだけど。」
「そうだったね。この前に依頼を終わらせた報告が入ったから、そろそろ帰ってくるはずだけど……」
そう言っていると、突然と目の前に魔力が集まるのを感じた。
「お、噂をすれば影って奴だね。丁度帰ってきた。」
魔力は光へと変換され、そして簡素な光の扉が目の前に現れる。
その扉は独りでに開いた。扉の中を覗くが、そこには光の壁があるだけで何も見えはしない。
しかし、少し経つとそこから足が伸びてきた。
「帰還した。」
凛とした芯のある声が、クランハウスの中に響く。
現れた人は長身の女性であり、白い軍服と軍帽を身に着けていて、足元まで伸びるマントを羽織っている。長い金色の髪は腰まで伸びて、まるで絵から切り出されたかのような人だった。
その人が扉から完全に体を出すと、光の粒となり扉は消え去った。これを出したのが目の前の女性だという事は疑う余地もない。
「……ヘスティア以外にもいたのか。ヘルメス、こいつはお前の客か?」
目の前の女性はヘルメスにそう尋ねる。
その服装や口調も異様ではあるが、何よりおかしいのは顔についた仮面であった。顔全面を覆い隠すような、白く不気味に感じる仮面をつけていたのだ。
「僕の友人であって、君の客さ。」
「私のか?」
その人は顔をこっちへと向けた。
「初めまして、私はディーテだ。お前の名はなんと言う。」
薄々感づいてはいたが、この人がディーテらしい。
「俺は賢神のアルス・ウァクラートだ。よろしく頼む。」
「ああ、よろしく。」
ディーテは白い手袋をつけた右手を前に出し、俺も手を出して握手をした。
オリュンポス、というより冒険者らしくない人だ。さっき会ったセイドやディオとは真逆の印象を俺は受ける。
「して、何の用だ。」
「天使王に会いたいんだ。その方法を知ってないか?」
俺は前置きなどを全て取っ払って、率直にそれを聞いた。
この人はそういう無駄話を好かないような気がした、というのは建前で、俺の気が急いていたのが大きい。
俺の立場がもっと軽ければ、グレゼリオンに戻る事もなくディーテを探していただろう。
「天使王に、か。会って何をする。」
「知りたいことがあるんだ。」
「成程、確かに私なら案内ができる。そして天使王であれば、神にも迫る叡智を持っていることだろう。」
その回答に俺は顔を輝かせる。
今までどうしようもなかったツクモへの対抗策に、初めて光明が見えたのだ。
「――ただし、それを私がやってやる義理はない。」
浮かび上がっていた気持ちは次のその一言で直ぐに落とされた。
「生憎と私は慈善事業をやるつもりはない。面倒な手順を踏んでまで天界に行く用事もない。」
「ええー!? 連れて行ってあげないの!?」
一番最初に驚きの声を上げたのはヘスティアさんだった。ヘスティアさんの方へディーテは視線を移す。
「ヘスティア、お前は誰にでも情を抱き過ぎだ。与えるだけでは人は成長しない。」
悔しいが、確かにそうだ。この人が俺を助けてくれる保証なんてどこにもないのだから、そもそも会えば何とかなるという考えが間違いだった。
「そんな事を言わずに、聞いてやれよディーテ。」
「……報酬次第だな。私を動かす為に何を出せる。依頼主はヘルメスでも、アルスでも、誰でも構わん。」
ヘルメスの言葉に、ディーテはそう言った。
「金銭はいらん。金をいくら積まれても行く気にはなれないからな。」
「そんなに行くのが嫌なのかい?」
「つまらないのだ。それが何よりの理由になる。」
そうは言われても、俺から差し出せる物なんてない。金は全て魔道具の費用とかに回しているし、いわゆる貴重品だとかは一つも持っていない。
流石に人器は差し出せないし、そもそもディーテがどんな物が好きなのかすら知らない。
「……アルス、真面目に考えるな。ディーテの魂胆は分かってる。」
そんな俺の思考を遮って、ヘルメスはそう言った。
「今度はどこがいい。言っておくが、僕だって全てに融通が効くわけじゃないんだぞ。」
「共和国の、紫陽花という店だ。」
「……善処するよ。依頼が終わったら試してみよう。」
俺は二人の会話の意味が分からなかった。二人だけに通じる会話なのか、ヘスティアさんも不思議そうな顔をしている。
「依頼を受けよう。出立の日時は任せた。明日でも構わん。」
そう言ってディーテは俺達に背を向け、クランハウスの中を歩いて行った。
話から予想するに、紫陽花という店にディーテは行きたかったらしい。それを何故ヘルメスに言うのかは分からないけど。
「……あのねえ、アルス。ディーテは基本的に娯楽品を好まない。本も読まないし葉巻も吸わないし、美術品なんて興味もない。宝石なんて以ての外だ。」
そう言われると余計にその紫陽花という店が気になってくる。
お金よりも、宝石よりも、どんな絵画よりも価値がある一品とはどんな物であるのか。
あんな装いで、あの性格だ。きっとそれは、素晴らしい物に違いない。
「ディーテはね、甘味が好きなんだ。」
「へ?」
いや、良い物に違いはない。3大欲求の一つにも含まれるのだから、食事という物は趣深いのには違いない。
だけどあの格好で、甘味を食べるのだろうか。
ちょっと――否、全く想像できない。軍服を着た大の大人が、依頼の報酬に甘味の店を求めたなんて。
「紫陽花は甘味処の名前さ。僕って顔が広いから、予約を取るようによく頼まれるんだよ。」
げんなりした顔をしている辺り、それが大変だろう事は容易に想像がついた。
だが、取り敢えずは何とかなるらしい。
俺はヘルメスの鬱屈な顔を横に置き、詰まっていた息をしっかりと吐いた。
上位の冒険者は自由人が多いと聞いた。それは間違いではなさそうだ。事実ディオもセイドも、自分の思うままにしか行動していなかった。
しかし、アポロンが憧れるだけある。あの豪胆さと直截簡明な立ち回りは尊敬に値する。
「ごめんね、アルス君。後でディオには言い聞かせておくから。」
ヘスティアさんは、俺にそう謝った。
言い聞かせたからといって、直すとは到底思わないがな。どこまでディオはクランメンバーの話を聞いているのだろうか。
「おや、アルスじゃないか。ディオがまた暴れてるなとは思ってたけど。」
ヘルメスが騒ぎを聞きつけたのかやって来た。
「これ、よくある事なのか?」
「これでもマシになった方さ。ディオ相手に確実に勝てるのはクランマスターだけだし、複数人で片付けるようになったら、つまらないって一対一以外はやらなくなったんだよ。教育の賜物だね。」
教育だろうか、それ。単にディオが面倒くさくなっただけな気もする。
しかし丁度良い。わざわざヘルメスを探す手間は省けた。
「そうだ、ヘルメス。件のディーテっていう人に会いに来たんだけど。」
「そうだったね。この前に依頼を終わらせた報告が入ったから、そろそろ帰ってくるはずだけど……」
そう言っていると、突然と目の前に魔力が集まるのを感じた。
「お、噂をすれば影って奴だね。丁度帰ってきた。」
魔力は光へと変換され、そして簡素な光の扉が目の前に現れる。
その扉は独りでに開いた。扉の中を覗くが、そこには光の壁があるだけで何も見えはしない。
しかし、少し経つとそこから足が伸びてきた。
「帰還した。」
凛とした芯のある声が、クランハウスの中に響く。
現れた人は長身の女性であり、白い軍服と軍帽を身に着けていて、足元まで伸びるマントを羽織っている。長い金色の髪は腰まで伸びて、まるで絵から切り出されたかのような人だった。
その人が扉から完全に体を出すと、光の粒となり扉は消え去った。これを出したのが目の前の女性だという事は疑う余地もない。
「……ヘスティア以外にもいたのか。ヘルメス、こいつはお前の客か?」
目の前の女性はヘルメスにそう尋ねる。
その服装や口調も異様ではあるが、何よりおかしいのは顔についた仮面であった。顔全面を覆い隠すような、白く不気味に感じる仮面をつけていたのだ。
「僕の友人であって、君の客さ。」
「私のか?」
その人は顔をこっちへと向けた。
「初めまして、私はディーテだ。お前の名はなんと言う。」
薄々感づいてはいたが、この人がディーテらしい。
「俺は賢神のアルス・ウァクラートだ。よろしく頼む。」
「ああ、よろしく。」
ディーテは白い手袋をつけた右手を前に出し、俺も手を出して握手をした。
オリュンポス、というより冒険者らしくない人だ。さっき会ったセイドやディオとは真逆の印象を俺は受ける。
「して、何の用だ。」
「天使王に会いたいんだ。その方法を知ってないか?」
俺は前置きなどを全て取っ払って、率直にそれを聞いた。
この人はそういう無駄話を好かないような気がした、というのは建前で、俺の気が急いていたのが大きい。
俺の立場がもっと軽ければ、グレゼリオンに戻る事もなくディーテを探していただろう。
「天使王に、か。会って何をする。」
「知りたいことがあるんだ。」
「成程、確かに私なら案内ができる。そして天使王であれば、神にも迫る叡智を持っていることだろう。」
その回答に俺は顔を輝かせる。
今までどうしようもなかったツクモへの対抗策に、初めて光明が見えたのだ。
「――ただし、それを私がやってやる義理はない。」
浮かび上がっていた気持ちは次のその一言で直ぐに落とされた。
「生憎と私は慈善事業をやるつもりはない。面倒な手順を踏んでまで天界に行く用事もない。」
「ええー!? 連れて行ってあげないの!?」
一番最初に驚きの声を上げたのはヘスティアさんだった。ヘスティアさんの方へディーテは視線を移す。
「ヘスティア、お前は誰にでも情を抱き過ぎだ。与えるだけでは人は成長しない。」
悔しいが、確かにそうだ。この人が俺を助けてくれる保証なんてどこにもないのだから、そもそも会えば何とかなるという考えが間違いだった。
「そんな事を言わずに、聞いてやれよディーテ。」
「……報酬次第だな。私を動かす為に何を出せる。依頼主はヘルメスでも、アルスでも、誰でも構わん。」
ヘルメスの言葉に、ディーテはそう言った。
「金銭はいらん。金をいくら積まれても行く気にはなれないからな。」
「そんなに行くのが嫌なのかい?」
「つまらないのだ。それが何よりの理由になる。」
そうは言われても、俺から差し出せる物なんてない。金は全て魔道具の費用とかに回しているし、いわゆる貴重品だとかは一つも持っていない。
流石に人器は差し出せないし、そもそもディーテがどんな物が好きなのかすら知らない。
「……アルス、真面目に考えるな。ディーテの魂胆は分かってる。」
そんな俺の思考を遮って、ヘルメスはそう言った。
「今度はどこがいい。言っておくが、僕だって全てに融通が効くわけじゃないんだぞ。」
「共和国の、紫陽花という店だ。」
「……善処するよ。依頼が終わったら試してみよう。」
俺は二人の会話の意味が分からなかった。二人だけに通じる会話なのか、ヘスティアさんも不思議そうな顔をしている。
「依頼を受けよう。出立の日時は任せた。明日でも構わん。」
そう言ってディーテは俺達に背を向け、クランハウスの中を歩いて行った。
話から予想するに、紫陽花という店にディーテは行きたかったらしい。それを何故ヘルメスに言うのかは分からないけど。
「……あのねえ、アルス。ディーテは基本的に娯楽品を好まない。本も読まないし葉巻も吸わないし、美術品なんて興味もない。宝石なんて以ての外だ。」
そう言われると余計にその紫陽花という店が気になってくる。
お金よりも、宝石よりも、どんな絵画よりも価値がある一品とはどんな物であるのか。
あんな装いで、あの性格だ。きっとそれは、素晴らしい物に違いない。
「ディーテはね、甘味が好きなんだ。」
「へ?」
いや、良い物に違いはない。3大欲求の一つにも含まれるのだから、食事という物は趣深いのには違いない。
だけどあの格好で、甘味を食べるのだろうか。
ちょっと――否、全く想像できない。軍服を着た大の大人が、依頼の報酬に甘味の店を求めたなんて。
「紫陽花は甘味処の名前さ。僕って顔が広いから、予約を取るようによく頼まれるんだよ。」
げんなりした顔をしている辺り、それが大変だろう事は容易に想像がついた。
だが、取り敢えずは何とかなるらしい。
俺はヘルメスの鬱屈な顔を横に置き、詰まっていた息をしっかりと吐いた。
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