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第十章~魔法使いと幸せの群島~

3.クランハウスは荒れる

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 少しげんなりした気持ちで、俺はリラーティナ領の街中を歩いていた。
 目下の問題が溜まりすぎていた。

 第一は俺の中の神。
 第二は名も無き組織。
 第三は冠位について。

 一つ目の問題が急務なだけで、他のものを怠っていい理由にはならない。
 神をどうにかできても、組織を倒せなくては意味がない。要は強くなる必要があるのだ。
 しかし、強くなるなんて一朝一夕でできるものではない。結局はいつも通り、魔法の鍛錬を行う他はないわけで。

「そういうのが一番、気が滅入るんだよなあ……」

 俺はとある場所で足を止めて、そう愚痴った。
 足を止めたのはオリュンポスのクランハウスであった。門は開けっ放しなので、特に許可を取るまでもなくそこに入った。
 会いに来たのはヘルメスだ。ディーテという人に会わせてもらわなくてはならない。

 中庭を通り過ぎ、直ぐにクランハウスの中へ入る。
 俺はオリュンポスの人間ではないのだから、手早く要件は済ませて出たほうがいいだろう。

「あ、アルス君! 久しぶりだね!」

 そんな俺にいち早く気がついたのは、短い茶色の髪の女性、ヘスティアである。
 前回ここに訪れた時はたまたま不在だったので約七年会っていないし、それも一度きりであるにも関わらず、俺の顔と名前を覚えていたようだ。
 確かに数年前からあまり顔は変わっていないし、この白い髪は印象に残りやすいんだろうけど。

「元気そうでお姉さんは嬉しいよ!」

 ヘスティアさんは俺の右手を両の手で掴んで、ブンブンと上下に振った。
 俺も全く変わっていないが、この人は更に変わっていない。
 というかヘルメスもそうだが、7年前から大して容姿が変わっていない人がオリュンポスには多い気がする。
 エルフならともかく、人であれば割と分かりやすく変化すると思うのだけど。

「ヘルメスに会いに来たの? それとも別の人?」
「いや、ヘルメスで正しい。久しぶりだな、ヘスティアさん。」
「気付けば私も身長で抜かされてるしね。前会った時はかなり小さかったのに。」

 その間に成長期も来たからな。確か170前半ぐらいは少なくともあるはずだ。

「それじゃあヘルメスを呼んで――」

 言葉が詰まる。
 俺は思わず、自分が入ったクランハウスの扉、正確にはその先の門にいるソイツを睨み付けた。
 思い出すのはリクラブリアでの一件。そして、出鱈目なまでに強かった一人の男。

「――戻ったぜ。」

 そして玄関の扉を、壊れるんじゃないかってぐらい強く開け放った。
 いやむしろ、壊していない事が何よりの奇跡な気がする。

 抜き身の赤みがかった剣を右手に、肩に担いでいたその男は、悠々と中へ足を進めていく。
 紅い髪と悪魔のような恐ろしい人相は、ディオに違いなかった。

「ぁあ?」

 その瞳は俺を捉える。

「『巨神炎剣レーヴァテイン』」

 反射だった。振るわれた刃を前に、生存のための本能が最も効率の良い手段を自動的に選んだのだ。
 気付けば、俺の目の前で剣と剣が交差している。

「強くなったじゃねえか。ああ、だから今日、戦いに来たのか?」
「お前がいると分かってたら、来なかったよ……!」
「つれねえじゃねえか。あの時の戦いの続きを今しても、俺は構いはしねえぜ。」

 最悪だ。ディオがいない事を毎回確認していたのに、まさかちょうど戻って来るなんて。
 運が悪いとは思ったが、ヒカリを連れてこなかったのは本当に正解だった。

「ディオ! クラン敷地内の戦闘は禁止だよ!」
「うるせえよ、ヘスティア。ゼウスの奴がいねえなら、そのルールに従う方が馬鹿らしい。」

 ヘスティアさんの言葉をディオは一蹴した。

「さあ、殺し合おうぜ。話は全部その後だ!」

 会話は不可能と諦めて、全身に魔力を回す。
 接近戦はディオに分があり過ぎるが、だからといって距離を取って戦うのは苦手だ。中距離程度の間合いで戦うのがベスト。
 問題なのは、一定の間隔をとるのが、ディオを相手にできるとかどうか。

「『無題の――」

 人器を呼び出す為にその名を呼んだ瞬間だった。

 ディオの頭に槍が刺さった。

 俺はそれを好機と見て後ろに大きく下がる。
 槍が刺さった部分からは紅い炎が血の代わりに溢れるように出てきた。
 その炎は何も燃やさない。ディオの体の辺りを飛び回るだけだった。

「ダッハッハッハッ!」

 豪快な笑い声がクランの中で響く。そして酒瓶を片手に、一人の男が歩いてくる。
 右目には眼帯があり、少し青い肌は海人うみびとという種族を連想させる。頬には深い傷がついてあるのが目に留まり、それでも楽しそうに笑う姿は痛々しさを感じさせない。
 オリュンポスにいる中で海人、更にディオ相手に攻撃を通す人。であれば俺にも覚えがあった。

「だっせえ事やってんじゃねえぞ、ディオ! ゼウスの野郎がいなけりゃいいって、子供かよお前は!」
「……邪魔すんじゃねえよ、セイド。」

『黒海』のセイド、その人であった。

「そう思うならテメエが戦ってくれるのか?」
「どうせオレが勝つからやらねえよ。それにオレは戦う為に強くなったんじゃねえよ。」

 酒を飲みながら、セイドは話し続ける。

「好きな女に愛してもらうため、美味い酒を飲むため、道行く人に感謝してもらうため。強くなるってのはその為の手段だ。お前の生き方はつまらねえんだよ。」

 ディオの頭に刺さる槍は独りでに抜け、セイドの手に収まる。
 その槍は刃が三つに分かれた三叉槍の形をしており、金色に鈍く光っていた。

「チッ。やめだ、お前がいるんだったらつまらねえ。」

 ディオは踵を返して、ここから出て行く。
 それはあまりにも呆気なくて、手に持つ炎の剣を消せたのは、いなくなってから少し経った後だった。

「すまねえな、小僧。うちの奴が世話をかけた。」
「あんたは、セイドか?」
「逆にそれ以外に見えるか?」

 自信満々とセイドはそう答える。実際、名の知れた冒険者なのだから驕りではない。
 むしろ冒険者の中でセイドを知らなければそれはモグリだろう。

「ディオの奴はあんな顔をしてやがるが、一対一以外は嫌いっていう正々堂々とした奴なんだ。仲良くしてやってくれ。」

 いや、それは無理だと思う。

「その白い髪……お前はアルスか?」
「知ってるのか。」
「ゼウスがお前の事を探ってるからな! 直ぐに会いたがらない辺りがあいつらしいが!」

 確かに、オリュンポスのメンバーには結構会うけども肝心なクランマスターに一度も会ってない。
 どうやら偶然でもなかったらしい。
 正直言って未だにゼウスの人物像が掴めない。変人である事に疑いようはないけど。

「だが、ああ、そうだな。ヘルメスが気に入るだけはある。」

 俺の顔を、顎をさすりながらセイドは覗き込んだ。

「オレは依頼に行ってくる。用は済んだ。」

 そう言って、セイドもクランハウスを出て行った。
 ヘルメスに会いに来たはずなのに、会う前に俺の体にはどうしようもない疲労感が溜まっていた。
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