幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

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第九章〜剣士は遥かなる頂の最中に〜

37.第三騎士団団長

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 光の障壁の外にフランは出て、ジフェニルの隣に立つ。

「随分と、遅かったな。」
「……へへ、悪いな。遠回りし過ぎただけや。」

 フランの顔は後ろから見えない。だけど妙に、嬉しそうな感じがした。
 ヒカリは自分の役目を全うした。これ以上にない活躍だ。ジフェニルも、直接的な関係はないのにフランの為だけにここまで駆け付けてくれた。オラキュリアは自分の身を犠牲にしてまで戦い続けてくれた。
 ティルーナも、ヘルメスも、デメテルさんも、カラディラも、フランもみんなが全力で戦っている。ならば俺だって、頑張らなくちゃな。

「ヒカリ、助かった。ありがとう。オラキュリアを守っててくれ。」
「はい!」

 ヒカリは明るく笑った。きっと、あの時に守れなかったものが守れた事が嬉しかったのだろう。

「カラディラ、まだ戦えるな?」
「当然よ! こんなにされて、やり返さなくっちゃ気が済まないわ!」

 俺とフラン、ジフェニル、カラディラが前に出る。カリティは頭を掻きむしりながら、呪うようにこっちを見ていた。

「ワラワラ這い出て来やがって! 雑魚がいくら集まろうが、僕には勝てないんだよ! その男に、あの竜の代わりが務まるのか!?」
「ああ、せやな。流石に竜王の代わりは荷が重い。」

 カリティの煽りを、ジフェニルは特に反論もせずに受け止める。
 そう言えば、昼間に担架で運ばれるほどの傷を負ったと聞いていたが、一体いつ治して、どうやってここに来たのだろうか。
 よくよく考えればフランも異常なまでに速かった。どれだけ飛ばしても、ここに来るには早すぎる。

「せやけど俺、一度でもここに一人で来たなんか言うてへんやろ。俺がどこから来たか思い出してみいや。」

 そう言われて反射的にカリティは上を見る。ジフェニルは脈絡もなく、上から降って来た。それはつまり、

 音、音だ。風を切り、いや押し潰すような音が聞こえる。
 辺りは一瞬で暗く染まる。陽が沈んだにしては急過ぎる。これはまるで、天を覆い隠すほど大きいものがあるような――

「何だ、あれは?」

 カリティが、そうポツリと呟いた。空には小さな星があった。比喩なんかではない。
 球体の黒い惑星のような物が、空から降り注いでいたのだ。
 大きさは丁度、カリティだけに当たるような絶妙なサイズ。溢れる魔力から、これが魔法であることには直ぐに気がついた。

「『超巨星ペテルギウス』」

 何処かから、微かに魔法の名が聞こえ、圧倒的な超質量でカリティは潰された。
 落ちた瞬間に星は潰れ、無数の岩となってその場に崩れ落ちていく。
 そして星の全てが崩れ落ちた頃、その瓦礫の上に一人の男が立っていた。

「あれは……」

 あの金色の髪には見覚えがあった。しかし、鬼人の特徴である角と赤い肌が消えている。

「誰、だ! お前は!」

 あんな大魔法を受けても尚、カリティは生きている。
 瓦礫の中から鎖と共にカリティは飛び出て、鎖は男を一瞬で縛り付けた。

「私の名前かい? ホルト皇国の皇帝相談役ヴィーア、とか言っておけば良いのか?」
「何だその答えは! 人の質問には真剣に答えるものだぞ!」
「おいおい落ち着けよ。私とお前は似たもの同士じゃないか。人の命が輝く様を見るのが何よりも好きなわけなんだから。」

 鎖に繋がれて魔力が使えないはずなのに、その男は平然としていた。
 しかもその男はさっき、自分の事をヴィーアと言った。何故こんなにも強い魔法使いが、皇国で、しかも種族まで偽ってあんな事をしていたのだ。

「私とお前の違いは、私が美しくて、お前が醜いぐらいだろう?」

 醜い、それはカリティにとっての禁句である。何故か自分の事を美しいと信じて疑わないカリティにとって、それは最大の挑発であるからだ。
 当然ながら即座に鎖を使ってカリティも殺そうとする。だが、鎖は即座に白くなってその場に崩れ落ちていった。

「お前は自分が醜いと薄々気付いているから、美しい物が好きなんだ。私は自分と他人では美しさのベクトルが違うから好きなんだ。ここには大きな隔たりがある。」
「黙れ!」

 カリティは鎖を振るうが、真正面から鎖を掴んでヴィーアはそれを破壊していく。
 その力は見覚えがある。神の力だ。神の物体を支配する力そのものを、当然かのようにヴィーアは使っていた。

「ああ、そう言えば誰だ、と言っていたな。今答えておこう。」
「いや、その必要はない! 今ここでお前は死ぬんだからな!」

 数百数千の鎖が全て、たった一人、ヴィーアを狙って振るわれる。
 しかし決して届くことはない。その全てが届く前に、真っ白に染まって崩れ落ちるだけだ。

「旧代にて栄華を極めたオルゼイ帝国が第三騎士団団長。」

 あのケラケルウスやシータと同じ、オルゼイ帝国の古き騎士。

「『神人デミゴッド』のシャヴディヴィーア。ホルス皇国初代皇帝との契約により、お前を倒しに来た。」

 その右手は素早く、カリティの腹へ掌底を叩きこむ。
 当たった瞬間に一度軽く後ろに飛んで、その後にもう一度遅れた衝撃がカリティを後方へと大きく吹き飛ばした。
 それを見て俺もそっちの方へと出る。何かよく分からんが、協力をしてくれるらしい。これに頼らない手はない。

「……ジフェニルに聞いたのだけど。」

 シャウディヴィーアはフランを指差す。

「君、あいつを斬れるんだって?」

 言われた当人であるフランが、驚いた表情を浮かべる。そしてジフェニルの方を見ると、大きな声でジフェニルは笑い出した。

「何だ、嘘をついたのか、ジフェニル。」
「いいや、嘘やない。あの男如きを、フランが斬れんわけないやろ。」

 シャウディヴィーアの言葉にジフェニルは自信満々にそう答えた。
 だが事実としてあれだけ戦って、一度もフランはあいつを斬れていない。試そうとすらしてないのだから、少なくともフラン自身は斬れるなんて思っていなかったのだろう。
 当然ながらフランはジフェニルの言葉に不服を唱える。

「それは、過大評価だ。」
「いいや違うで。お前は斬れる。逆にお前が目指す剣士は、あの程度も斬れんのか?」

 フランは押し黙る。しかしそれに構わずシャウディヴィーアは話を再開し始める。

「こんなに颯爽と登場して悪いんだが、私はあいつの攻撃を無効にはできるけどダメージを与える事はできない。それに私の力は有限だ。長期戦になれば、いつかは負けてしまう。」

 後半の内容で少しガッカリとしてしまうが、考えれば無効にできるだけで十分に強い。オラキュリアでさえそこまではできなかった。
 しかし本当にダメージを与えられないとなると、勝ち目がないのは確かだ。

「だから私はずっと待っていたんだ。どんな手段でもいい。あいつにダメージを与える事ができる奴を。」

 この中で一番可能性があるとすれば、フランの『絶剣』である。
 理論や過程を無視して相手に一撃を喰らわす奥義。その全容はよく分かっていないが、何でも斬れるというわけではないそうだ。

「それでジフェニルから君の事を聞いて期待していたんだが……」
「――いや、斬れる。」

 突然に、フランは断言した。

「違うな、斬ってみせる。だが時間が欲しい。まだ俺の中で、あいつを斬る姿をイメージできていない。」

 それを聞いてシャウディヴィーアは嬉しそうに笑った。
 そして振り返って、カリティの方を見る。

「作戦会議は終わったか? なら殺すぞ。」

 カリティは立ち上がって、血走った目でこっちを見ていた。
 きっとここまでの苦戦はカリティにとって初めてなのだろう。直ぐに面倒くさくなったら逃げる辺りからして、ここまでの長期戦も初めてに違いない。
 だが感情が昂っているのは何もデメリットばかりではない。どうしてもそれは視野を狭め、冷静さを欠く。

「フラン以外の全員で、隙を作る。そうすれば斬れるかい?」

 シャウディヴィーアはそうやってフランに問いかけた。
 誰もその言葉に異論を挟まない。フランができると言うのなら、その役回りも喜んで買おう。

「ああ、必ず斬れる。」
「分かった、じゃあ行こうか。」

 鎖が、額縁から飛び出して来る魔物が、こっちへと次々に迫る。
 相手も全力だし余裕はない。だが、ああ、勝ってみせるとも。あの時負けた恨みは、必ずここで返してみせる。

「この国を救いに。」

 シャウディヴィーアの言葉と共に、フランを除く全員が一斉に飛び出した。
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