幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

文字の大きさ
上 下
277 / 474
第九章〜剣士は遥かなる頂の最中に〜

36.天道

しおりを挟む
 こっちは全員で八人に対して相手はたった一人。しかしそれでも、戦況は相手が有利と言わざるをえない。
 この長期戦において、俺達は魔力を消費しているし、何より誰も死なないように神経を張り巡らせ続けている。極限の集中状態がずっと続いているのだ。
 この均衡は、奈落の上の綱渡りに等しかった。

「あぐっ!」

 決壊は訪れた。
 カラディラが遂に鎖に足を掴まれ、そのまま地面に落とされた。腕に抱かれていたヒカリは地面に転がっていく。

「カラディラさん!」
「カラディラ!」

 前者はヒカリの声、後者はオラキュリアの声だった。
 オラキュリアは弾き出されたかのように、カラディラの方へと駆ける。

「行かせると思うのか?」

 オラキュリアの進行方向にいくつもの額縁が立ち塞がる。しかしそれは他の物と違って、様々な魔物の絵が飾られていた。
 光を発して多種多様な魔物の群れが、オラキュリアの目の前に立ち塞がる。

「舐めるなァ!」

 その魔物達を魔力の爪で、一気に蹴散らす。しかしそこで数秒は足止めを喰らってしまう。

「『絶――」
「人の事に気を遣ってる暇なんてあるのかよ!」

 カラディラの足の鎖を断ち切ろうとしたフランに、さっきの倍量の鎖が向かう。
 フランはカラディラを助けに行けない。

「『雷皇の一撃トールハンマー』」

 だから俺が出る。雷と炎を纏いて、上空からウォーハンマーで鎖を叩きつける。
 しかし、鎖を砕いた感触はない。代わりと言わんばかりに、額縁の木片がそこらに転がっていた。
 威力を殺された。そう気付いてももう遅い。

「まずは一人、確実に殺していこう。」

 カラディラは瞬く間にカリティに引き寄せられ、無数の鎖がカラディラへと向けられる。

「ただの人間風情が、俺の娘に触るんじゃねえ!」

 喉が焼けるような叫び声、無理矢理にでも魔物を突破してオラキュリアはカリティへと迫った。
 その時にカリティが、ニヤリと笑った気がした。

「竜と言っても、所詮は親か。」

 鎖の矛先は切り替わる。その全てがオラキュリアに向く。通常なら防げるはずの攻撃も、カラディラを助けるために無理に来たので体勢が悪かった。
 まずは鎖で縛られる事によって魔力の使用を封じられ、そして次の一瞬に――

「お父さん!」

 オラキュリアは体全体を鎖で貫かれた。

「プッ、ハハハハハ! 美しい命だったけど、やっぱり頭が悪い。いや、子供が関わるとってやつか。こんな簡単な罠に引っかかるなんて!」

 神経を逆撫でするような笑い声だ。今直ぐにでも助けに行きたいが、こんな状況でも絶え間なく鎖がやってくる。近付く余裕はない。
 いや、むしろ怒りで魔法が雑になるのを感じる。
 冷静になれ。怒りを抑えろ。確実にあいつは倒す。だからこそ、思考を冷徹に魔法を使い続けなくてはならない。

「調子に――」
「な、まだ動けるのか!?」

 オラキュリアは自分の体に刺さる鎖を掴む。出血量から考えて、どう考えても動けるはずもないのに。

「乗るなァ!」

 魔力が封じられているのにも関わらず、鎖を引き千切った。
 そして間髪入れずに、口元へ魔法陣を描き、そこに魔力が一瞬で収束する。

「『息吹ブレス』」

 一瞬の閃光、その後に爆風と爆音がやってきた。そこらにあった鎖はそのブレスで焼け落ちていく。
 開幕のそれより範囲が狭い分、威力は高かった。

「……すまん、我はしばし戦えん。」

 後方から声が聞こえた。
 カラディラを右手で抱きかかえるオラキュリアが、こっちへと気付けば戻ってきていた。
 あの爆風と一緒に飛んできたのだろう。本当に出鱈目な速度をしている。

「お父さん、大丈夫!?」

 腕から逃れ、傷だらけのオラキュリアにカラディラは声をかけた。
 しかしどう見たって大丈夫ではない。出血も多いし、体にいくつも穴があいている。
 これで生きているのは竜だからだろう。

「私が、治療を行います。」
「……任せたわ。頼むわよ。」

 ティルーナの申し出に、少し躊躇いながらもカラディラは了承する。

「大丈夫なのかい。一番の戦力であった竜を失って、しかも庇って、それで俺に勝てるつもりなのかい?」

 カリティは平静を取り戻していた。きっとオラキュリアを倒せたのがそれほど爽快だったのだろう。
 戦い始めと同じような煽りセリフをスラスラと吐き続ける。

「だから言ったんだ。あの時に全員で逃げていればこうはならなかった。俺だってこんなに美しい命を摘む必要もなかった。俺も悲しいんだよ。」

 それを、黙って聞くことしかできない。
 こうやって話してくれている内に、オラキュリアの傷をできるだけ治して欲しかったし、何よりただ攻めても勝てないのは分かっていた。
 だからこそ、この挑発に乗ってはいけない。これ以上、怪我人を増やせば勝機は本当になくなってしまう。

「今なら見逃してやってもいいから、その女を置いて帰ってくれ。」

 そう言ってカリティは、オラキュリアの治療をするティルーナを指差した。

「俺も仕事じゃなきゃ人を殺す気は――」
「黙れ!」

 その声を否定したのは、怒りに震えていたカラディラではなかった。いや、カラディラが言うほんの少し前に聞こえた。
 輝く聖剣を持ち、『勇者』のスキルを持つヒカリが、どの時よりも大きな声で叫ぶ。

「どこまで人の命を弄べば気が済む! どこまで人を侮辱すれば気が済む! あなたに何の権利がある!」
「権利ならあるだろ。これは、正当防衛だ。」

 ヒカリは俺達の前まで歩き、その足を止める。
 俺はそれを止めようとしたが、ヒカリの聖剣がいつもより光り輝くのを見て、それよりも飛んでくる鎖へと注意を向ける。
 スキルにはいくつか種類があるが、一部のスキルは所有者の想いに呼応すると聞く。つまりヒカリは、それ程までに怒っているのだ。

「大きな力を持つ者には責任が伴う。先輩やフランさん、オラキュリアさんのように。それを持たないのなら、あなたは獣と一緒だ!」
「獣、だと?」

 この世界においても、ヒカリの価値観は変わらない。ただ強く正義を望み、平和を求める。
 どこまでも普通の思想でありながら、それを貫き通せるのは最早個性に近い。
 そして幸運にも、スキルはヒカリに応えてくれる。

「この世で最も美しい俺を、獣だと? 撤回しろ。しないなら殺す。」
「撤回なんかしない。人の命を自分の為に、食い潰すなんて獣以下だ!」

 ヒカリの答えには、言葉より先に鎖が飛んだ。
 俺は魔力を込めて、フランは剣を握る手を強くするが、それは徒労に終わることとなる。
 鎖はある一定の地点で光の壁にぶつかり、そして弾け飛んで消滅したのだ。

「もう二度と、目の前で人を傷つけさせはしない。」
『スキル『勇者』の第一封印を解除します。』

 ここにいる全員の脳内に、直接声が響く。それは無機質な女性の声だった。
 世界の声だ。ヒカリの『勇者』は、今この場にて、ヒカリの覚悟に呼応することで本来の力の一つを取り戻した。

「聖剣『如意輪』」

 聖剣は形を変える。片刃の剣で、刀身の根本の峰には綺麗な珠が一つついていた。

「私がみんなを、守ってみせる。」

 その剣先は、カリティへと向けられた。

「は、あ?」

 カリティは困惑していた。そしてキレていた。
 青筋を立て、癇癪をする子供のように何度も鎖を光の障壁を叩きつける。しかし、結果は同じである。

「ふざけるなよ! そんな力があったのに隠していたのか! 俺を騙したのか! 嘲っていたのか!」
「――ちゃうやろ。頭悪いな、お前。」

 空が赤く光る。燃え盛る炎の塊が、天より降り立つ。

「『天下無双』」

 火はカリティを飲み込み、そして中から飛び出る大剣が真正面からカリティを斬る。
 油断をしていたカリティは、それに抗えず後ろによろめいて下がる。

「待たせたな、フラン!」

 それこそは皇国最強の剣闘士。『天下無双』という二つ名に負けぬ快男児。

「友として、オイラはここに来た!」

 ジフェニルがそこにいた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

安全第一異世界生活

笑田
ファンタジー
異世界に転移させられた 麻生 要(幼児になった3人の孫を持つ婆ちゃん) 異世界で出会った優しい人・癖の強い人・腹黒と色々な人に気にかけられて 婆ちゃん節を炸裂させながら安全重視の冒険生活目指します!!

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

処理中です...