幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

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第九章〜剣士は遥かなる頂の最中に〜

31.生存欲の館

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 最初に会ったのはダンジョンの中、今から六年は前の話だ。因縁深い相手と言えよう。運命と言っても良いかもしれない。
 俺がエルディナに勝てる程度の力ではなく、冠位さえも求めたのは、こいつに勝てるぐらい強くなくてはならないと思ったからだ。

 どれだけ常人より強くとも勝ちたい相手に勝てない、守りたい相手を守れない力に意味はない。
 故に俺は求めた。誰よりも強く、誰よりも自由で、誰よりも人を救える魔法を。しかしその魔法に、生憎と完成の兆しはない。

「……本当に、ここなのか?」

 馬車を降り、何分か歩いて辿り着いたのは洋館であった。確かに人里から少し離れた所にあったが、正直に言ってあまりにも日常の風景に溶け込んでいた。
 それが妙に不気味で、思わず疑問が口をついて出てきた。

「間違いないさ。ピンを外すなら兎も角、移し替えるなんて事はできない。ピンが外れていないのだからここ以外には有り得ない。」

 ヘルメスはそう断言した。
 だが、おかしいのはその屋敷全体から感じる魔力である。様々な人や魔物の魔力が、そこには入り乱れていた。
 視覚と魔力的感覚の乖離も、強い違和感の理由である。これでは中にティルーナがいるかさえも分からない。

「どうする、場所は分かったんだ。フラン君もいないし一度引くかい?」
「……いや、ちょっと待ってくれヘルメス。」

 俺は目を閉じ、より魔力の感知に集中する。
 魔力が多いだけで見切る事ができないとは言っていない。一つ一つ正確に読み取っていけば、どれがカリティでどれがティルーナかを判別するのは可能だ。
 カリティと戦うとは言ったが、先にティルーナだけ回収ができるならそれが一番良い。

「ティルーナとカリティの場所が離れている。俺だけで救出に行ってくるよ。」

 俺は了承すら得ずに館へと歩き始めた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。罠かもしれないぞ。」

 ヘルメスは俺をそう言って呼び止めた。しかし、一秒でも早くティルーナを助けたい俺にとって止まる理由はない。

「危なくなったら逃げる。それに、切り札も一つある。逃げることすらできないなら、どっちにしろこの戦いに勝ち目はない。」

 前の感触だったら逃げるのは容易だ。元々、カリティ本体は強くない。俺に追い付くことはできないだろう。
 これが罠だとしても、ティルーナがあっちにいる以上は搦手は使えない。どっちにしろどこかのタイミングで、正面から打って出る必要がある。

「先輩。」

 一言で俺は呼び止められる。ヒカリは真っ直ぐと俺の目を見た。

「安心しろ、ヒカリ。お前が危惧しているようなことは絶対に起こらない。」

 ヒカリは前の戦いを酷く後悔していた。だけど、あの戦いに悪はいない。いるとするなら、弱かった俺が悪だ。
 そんな事を言っても納得しないだろうし、俺ができるのは二度と同じ状況を起こさないだけ。少なくとも仲間だけは幸福にするために、魔法を志したのだから。

「行ってくる。」

 俺は体を風と変えて即座に屋敷の周辺へと移動する。結界はないので、簡単に扉の隙間からすり抜けて屋敷の中へ入った。
 つくづく思うが、俺の魔法は暗殺だとか密偵向きだと思う。俺の生き方とは全くもって合わない。

 屋敷の中はいくつもの絵画が飾られていた。壺だとか馬鹿でかいシャンデリアとか絢爛なものもあるが、何より目を引くのは絵画である。
 その絵画は全て肖像画であり、廊下や室内に、どこにでも飾られていた。
 何よりこれらの絵は全て、

 まさか、とは思う。しかし否定できない。俺はあの時、確かに絵画の中に囚われたティルーナを見たのだ。
 これら全てが、生きた人であることは全く否定できない。

「……胸糞悪い。」

 思わず、言葉がついて出た。目的地に近付いて、気が緩んだからかもしれない。
 一般的な家に比べれば広いが、目的地は分かっているので直ぐに着いた。
 他の人を助けようとは思わなかった。いつ気付かれるか分からない以上、そんな余裕はない。

「あった。」

 いた、ではない。ティルーナの絵が描かれた肖像画が、ある部屋の壁に立てかけられていた。
 開放できるかは分からない。だけどヘルメスの人器なら引っ張り出せる可能性は十二分にある。どちらにせよここに置いていく理由にはならない。

 俺は人型に一度戻って、罠がないか部屋の中を観察する。
 この部屋にはティルーナの絵と、いくつもの絵が入ってない額縁が置いているだけだった。家具などは一切ない。
 魔力を感じるのは部屋を照らす光だけ。それも今は魔力が切られているが。

「――どうだい、俺のコレクションは。気に入ったか?」

 声が、聞こえた。聞こえるはずのない声だった。だって場所は常に魔力で把握し続けていたし、間違いなくこの部屋からは離れた場所にいたはずだ。
 だと言うのに何故か、その男は、カリティは部屋の中にいた。扉は開いていないのに。

「『巨神炎剣レーヴァテイン』」

 迷わず無題の魔法書を出して剣を抜いた。

「酷いな。勝手に人の家に忍び込んでおいて、バレたら逆ギレかよ。虫酸が走るっていうのはこのことかな。」

 どの口が、と言いたくなるのを堪える。こいつと会話は成立しない。冷静を失えば俺が不利になるだけ。

「だけどいいよ。俺は今、機嫌がいい。ずっと欲しかった絵が手に入っただけじゃなく、こうも上手く策がハマったんだ。」
「……絵ってのは、ティルーナのことか?」
「さあ、俺は名前を気にしないからな。お前がどれのことを言ってるかは分からない。」

 今直ぐにでも絵を抱えて逃げ出したかった。だが、転移のスクロールを発動する暇は確実にない。機を伺う必要がある。
 最悪、ティルーナを置いて逃げ出す事も考慮に入れなくてはならない。

「俺が求めるのは生命の輝き、生き足掻き戦う意志だ。だけど人ってのは俺と違って直ぐに変わってしまう。美しいものが醜くなるのには耐えられない。」

 カリティは俺を舐めている。だからこんなにも俺の前で無駄話をしている。それが隙となるはずだ。

「だから俺は保管してあげてるんだ。その人が一番美しい内にね。」

 だから刺激してはいけない。どれだけ相手の言葉に、不快感を抱いても。

「その点、その女は良かった。」

 カリティはティルーナの絵を指差す。

「何年も経つ内に以前より更に美しくなっていた。前と変わらずに目の前の命を救うために、自分の力を振るっていた。素晴らしい。これ以上に美しいものは他にない!」

 口調は激しさを増す。そしてその醜悪な口の弁は外れ、留めなく言葉は流れ始めた。

「そもそも俺以外の人類は全て欠陥品で、俺の完全下位互換でしかないんだよ。そんな中で、ノミのようなか細い存在でありながら、完成された至極の存在である俺に挑むなんて不敬であるけれども、それは違いなく称賛されるべき事だ。逃げ惑ったり命乞いをしたりする凡夫の奴らと違って、確たる信念と誇りがある。これを素晴らしいと言わずして何と言う! そんな俺すらも認めるような存在が、老いぼれて何も考えられない愚者になるなど耐えられるものか。だからこそ、美しいものは全て俺が管理し、それ以外は全て殺してやる。そうしたらこの世界は美しいもので溢れていく。俺という存在が生きるに相応しい世界がやっと来る。今の世界は醜過ぎるんだよ。だけど俺が、わざわざ戦う必要はないからいつもは他の奴に任せてるだけでね。俺はいつだって美しい命の味方さ。」

 そこでやっと一息ついて、鎖を部屋の中に走らせる。

「だからさ、死ねよ。人形が。」
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