幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

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第九章〜剣士は遥かなる頂の最中に〜

30.友よ、何故我を

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 鉄格子を挟んで、二人の剣士が並ぶ。
 片や亡き弟の為に、皇帝の暗殺を画策し、そして一歩届かずに敗れた者。
 片や友の為に、己がやるべきことを後回しにして話しに来た者。

「……見つけたぞ、ジフェニル。」

 フランは薄暗い鉄格子の中でそう言うと、他の囚人が聞き耳を立て始めた。その気配を感じ取りつつも、構わずフランは口を開いた。

「一体、何をしたんだ。」

 額に汗が流れ、フランがここに来るまでにどれだけの体力を使ったのかを想像するのは容易かった。
 しかしフランは休まない。休めばそれだけ、カリティへの戦いに遅れてしまう。
 だからこそより正確に、一体何がジフェニルに起きて、何故そんな事になったかを知らなくてはならなかった。

「……」
「喋れないのか。」

 フランは懐から豆と同じぐらいの大きさの、赤い球を取り出してジフェニルへと投げた。
 それが闘気を回復させる薬剤であることは、直ぐにジフェニルは気付いた。

「飲め。俺はお前と、話さなくてはならない。」

 本人が例え嫌がったとしても、例え暴かれたくない秘密がそこにあったとしても、こうやって事が起きた以上は無視する事はできなかった。
 ジフェニルは痛い体に鞭をうち、無理矢理喉奥に薬を押し込んで飲み込んだ。

「よく、こんな薬なんて持ってたな。お前はよう使わんやろ。」

 いつものような覇気に溢れる声と違って、掠れた声でジフェニルはそう言った。

「お前が言ったんだ。剣闘士として長く戦うなら、持っておいて必ず損はないとな。」
「そうやった、け……?」

 ジフェニルのその、痛々しい姿を見てフランは顔をしかめる。
 痛々しい姿というのは、その見た目ではない。燃え尽き、灰となったようなその精神にである。

「……負けたのか、お前ほどの男が。」
「いや、勝負ですらなかった。相手は人を庇いながら戦っとるのに、足元にも及ばなかった。」

 自嘲を込めたように薄くジフェニルは笑う。

「弟の仇を晴らそうとしても、ただの一人すら殺せなかった哀れな男の末路や。笑ってくれ。」
「――笑うものか。お前の考えや行動には、間違いなく誇りがあった。それを非難するものか。」
「ただの復讐に誇りなんてあるか。オイラがやったのは、意味のない行為や。」
「いや、違う。一時の激情に身を駆られてものであれば、確かに何も生まない。だが弟が殺されてから数年、準備をし続けたのには、そこにお前の決して揺るがない信念があったからだ。」

 怒りは6秒と言ったりする。これは感情をコントロールする前頭葉が突発的な感情へ対応するために、どうしても生じてしまうラグだ。
 逆に言えばそれを過ぎても持続する怒りは、怒るに仕方ない道理があるか、そもそも狂人と化しているかの二択である。
 ジフェニルは直情的であるが、理性を失ってはいなかった。故にジフェニルは前者である。

「だが、やり方を間違えていた。お前の愚かな点は、それだけだ。」

 フランの声は先細って小さくなっていった。その言葉にかけられた感情を、ジフェニルは決して理解できない。

「やり方を、間違えた。だったら、なんや。毒でも使うのが正解やったと?」

 実力では決して、ジフェニルは一対一でヴィーアに勝てない。次元が違うのだ。
 だからヴィーアがいた時点でこの計画は絶対に上手くいかなかったし、例えどんな策があってもシロガネを殺す事には至れなかっただろう。

「……お前は、聞いたな。仲間が殺されたらどうするかと。」

 思い出すのはこの前、最後に二人が会った時の話。

「確かに俺はお前と同じように、きっと皇帝を必ず殺すと決意するだろう。」

 だが、しかしそれは――

「だがその前に、俺は必ずお前に、仲間に相談する。」

 一人で戦ったジフェニルとは、天と地ほどに大きい乖離があった。
 フランは一人では何もできないという自信があった。頭も大して良くなく、人と関わるのも苦手で、剣しかできないと自分の事を知っている。
 だからこそ必ず頼る。そして何より、自分なら困ったときに、友の助けになってやりたいから。

「何故俺に、言ってくれなかった。」

 フランが一番に悲しかったのはそれである。友であると思っていたのに、悩みを打ち明ける事さえもしてくれなかった。
 そこまで不甲斐ないと思われていた自分の弱さが悲しかった。

「俺は最初、最強の一に自分が至れればそれで良いと思っていた。それは今も変わらないが、それよりも、俺は自分の剣が友の役に立つのが一番嬉しいのだ。」

 自分にはできない事が沢山できて、自分を助けてくれた友が、他ならぬ自分に感謝してくれている。剣しかできぬ己を、凄いと言ってくれる。これほど嬉しい事が、他にあるだろうか。

「だからこそ、何故俺を、頼ってはくれなかったのだ。何故今も、頼ろうとはしてくれないのか。」

 力なくフランは鉄格子を掴んだ。ジフェニルは一言も発さずに、フランから目を逸らした。

「俺達は、友ではなかったのか?」

 ジフェニルは、語らない。それがどんな意味を持っているか、それをフランは分かってしまった。
 この鉄格子は魔力が込められた丈夫なものだ。しかしその気になれば、フランは斬ることができる。ただそれをするには、剣は重すぎた。

「……悪いな。オイラは、お前を友だとは思わん。」
「……そうか。」

 フランは踵を返し、歩き始めた。虚無感と喪失感を振り払うように。ジフェニルがどこまでも、自分をこの件に関わらせないようにする、その辛い優しさを忘れるように。

 何もできなかった。しかしフランは、ここで止まるわけにはいかなかった。追わなければならない。先に進んでいるアルス達に追い付かなくてはならない。
 進む足は止められない。わざわざ仲間を置いていったのに、何もできなかったのだ。余計に自己への呵責は加速した。

「ちょっと、止まってくれる?」

 牢獄の出入り口に、鬼人が一人いた。看守ではない。それは服装から直ぐに分かることだった。目立つ金色の長髪を持つ鬼人であった。
 それは門の横に背を預けてもたれかかり、フランの姿を見ずに話しかけてきた。

「いや、悪いね。君が急いでいるのは知っている。それでも話したいことがあったんだ。」
「……なるほど、お前がジフェニルをやったのか。」
「お、分かるんだ。流石は武人の嗅覚と言うべきだね。」

 目の前の男が強いことは、フランにはよく分かった。そしてそれが、ジフェニルを倒せるほどに強いことも。

「……カリティを倒しに行くんだろ。私も行きたいところだけど、生憎とあいつを倒すだけが私の仕事でなくてね。」

 心底うんざりしたように、その男は大きく溜息を吐いた。
 フランはその薄気味悪さに手を剣にかけるが、相手がそれに構う様子はない。というか最初から虚空を眺めるばかりで、フランに対しては一切視線が飛んでいなかった。

「だからちょっと、私と契約を結ばないかい?」

 そう言った時に初めて、ヴィーアはフランを見た。
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