幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

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第九章〜剣士は遥かなる頂の最中に〜

28.友よ、何故そこに

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 ジフェニルとヴィーアの戦いは、ヘルメスが玉座の間に呼び出された翌日の事であった。
 出発の手筈を整え、一行が出発する直前に、大きく爆発音が鳴り響いたのだ。

「……何だ、この魔力。」

 王宮との距離は50キロ程はある。関門付近のここからでは音も光も届かないが、魔力だけは感じ取れた。
 ここに届いたのは微量な魔力の残滓程度であったが、それでも魔力が単一の指向性を持つことは普通なく、付近で大魔法が使われた事は想像できる。

「まさか、カリティか?僕たちが王都から出るタイミングに合わせて?」

 ヘルメスはそう言うが、心の中でそれはありえないと断言していた。
 カリティが行動的な人でないことは理解している。仕事とやらでこんな事をしているが、そこに真面目な雰囲気は見られない。
 わざわざまた王都に戻ってくるはずがないのだ。しかも、こんなに微妙に日数を空けて。

「どうしたんだ、ヘルメス?」
「ああ、そうだね。説明をしていなかった。王宮の方角から魔力が飛んできたんだよ。ちょっと眼で確認するから待ってくれ。」

 フランの疑問にヘルメスはそう答え、左眼である神帝の白眼を開く。
 三大眼と呼ばれる分類の中でも、祝福眼は異質だ。竜と血の契約をすれば手に入る竜眼や手術をすれば手に入る魔眼と違って、先天的にしか手に入らない。
 加えて同世代に必ず一人、しかも持ってるだけで一定の強さが保証されるというチートっぷりだ。エルディナがその良い例である。

 肝心な神帝の白眼はその中でも特に有名で、発現者が一番に多い。
 その効果は単純にしてシンプル。この世界が始まってから今までに存在した全ての魔眼を内包するのだ。
 その中に当然、遠視の魔眼だってある。有効射程は術者によって違うが、この王都全域ぐらいなら視えるはずだ。

「……え?」

 その反応は正に、何が起きているか分からないと言っているようなもので、明らかにヘルメスは困惑をしていた。

「王宮が、潰れてる。まるで隕石でも落ちてきたみたいだ。」
「王宮って、あの王宮か?」

 アルスの疑問にヘルメスは頷く。
 気になったのはどうやって、ではなく何故、だ。名も無き組織の襲撃にしては地味過ぎる。竜に喧嘩を売るなら王都全域を沈める勢いの攻撃があってしかるべきである。
 だが、名も無き組織でないのなら、一体誰が、どんな理由でこんなことをするのだろうか。

「……男が、兵士に担がれて運び出されてる。あれは、ジフェニルか?」
「ジフェニルだと?」

 ヘルメスの言葉に反応してフランが大きく身を乗り出した。
 この中でもフランはジフェニルと深い関係がある。これを気にせずにいろと言う方に無理がある。

「何が起きたかは分からないけど、取り敢えずは大丈夫そうだ。予定は変更せずにカリティを追おう。」

 疑問は残っても、ティルーナの命が危ないかもしれないのだ。こんなところで立ち止まる暇はなかった。

「……いや、待て。待ってくれ。俺は一度、王宮に行きたい。」

 ただ、フランは違う。フランだけはジフェニルが他人ではない。
 確かにティルーナも大事だ。だが、ジフェニルを無視できるほどフランは利口ではなく、優しすぎた。

「必ず追いつく。だから一度、寄らせてくれ。」

 頼む、と言ってフランは頭を下げた。
 当然ながらヘルメスは嫌そうな顔をしていた。いつ接敵するか分からず、戦力が足りていない上、人を分けるのはそれだけでデメリットが大きい。

「ヘルメス、行くぞ。悩む時間の方が勿体無い。」
「だけどアルス、フラン君は病み上がりだぜ? ここで変な不確定要素は増やしたくない。」
「俺はフランを信じてる。こいつが追いつくって言ったら、追いつくんだよ。」

 それはアルスが、自身に言い聞かせるような言い方だった。
 アルスは理性として理解していた。今、ティルーナが拐われていて、二人とも死ぬほど苦しい思いをしている。だって何年も同じ学園で過ごしたのだ。その縁は容易に断ち切れない。
 ジフェニルなんか気にするなと、アルスの本能はそう言いたがっているが、この状況下でそれを頼むのが、どれほどフランにとっても辛いか、アルスには理解できてしまった。
 だから、考えないように信じることしかできない。

「……すまん、アルス。恩に着る。」
「そう思うんだったら! 絶対にさっさと済ませて追いついてこい!」

 走り出すフランの背に、アルスはそんな言葉を投げかけた。

「ヘルメス、馬車を出すぞ。」
「アルス、君は人が良すぎる。こっちだって死ぬかもしれないんだぞ。」
「死ぬより辛い事が、人にはあるんだよ。それはお前も知ってるだろ。」

 仲間が辛い時に助けて欲しい時に、その側にいれないこと。それがアルスにとって恐ろしいことだ。
 かつての、愚かな自分がフラッシュバックしてしまうから。

「……わからないさ。この世のどんな事も、生きていてこそだ。仲間より大事な命はない。」

 対してヘルメスは違う。どれだけ辛くとも、どれだけ苦しくとも、生きていればそれでいい。
 それほど、生きていることはヘルメスにとって重要だった。

 ともかくフランだけが王宮に駆けて行き、逆にそれ以外はカリティを追うために馬車を使って王都を出た。





 ジフェニルは、ヴィーアには実力では数段劣ると戦う前から理解をしていた。
 だからこそ切り札を連打しての短期決戦を選んだ。
 闘技場は長引かせてなんぼの世界で、短期決戦は不慣れであったことが、もしかしたら敗因の一つだったのかもしれない。

「そこで大人しくしていろ。」

 兵士によってジフェニルは鉄格子の檻の中に投げ入れられ、ガチャリと鍵がかけられる音がした。
 そこにつく頃には意識は朦朧としながらも戻っていた。闘技場は戦いを生業とする仕事で、怪我なんて日常茶飯事だ。耐性は当然ながらに高い。まあ、一応止血をしてくれた、というのもあるのだが。
 ただ、意識があるだけで喋ったり走り回るには無理がある。最後に腹に剣を刺されたのもあるが、『天上天下唯我独尊』の反動によるところが大きい。

「は、負けちまった。」

 掠れた声が、牢屋の中に響いた。言葉には到底なっておらず、これを聞いて何と言ってるか分からない人が多いだろう。
 だが、それで良かった。その言葉は自分への自嘲であり、人に聞かせる必要はないのだから。

 ジフェニルは確かに強かった。皇国一の剣士というのは決して間違いではない。
 それでもヴィーアには届かなかった。実際、ヴィーアさえいなければ、例え全兵士が護衛についていたとしても暗殺は成功しただろう。
 しかしジフェニルは言い訳をしない。あるのは、負けたという結果だけだ。それ以外に意味はない。

「すまん、フリーデル。」

 もう既にこの世にいない弟の名を、ジフェニルは呼んだ。
 結局全てが無為だった。王宮に招かれるために闘技場でチャンピオンにもなって、仇討ちを果たそうとしたというのに、その計画は全て一人の理不尽で覆された。
 あんなものがいては暗殺などできない。そもそも上手くいく可能性などなかったのだ。

「すまん、フラン――」

 約束は、守れない。いや、守れないと分かっていた約束をつい立ててしまった。
 王宮に招かれたのはフランと戦う前、一年後に戦うなんて約束、叶うはずもないのに。

「――おい待て、止まれ。ここをどこだと思っている!」
「うるさい。」

 声が、聞こえた。朦朧とした頭にも響く芯のある声が。
 疲れているのか呼吸は荒く、それでも牢屋の看守や国の兵士程度なら相手にすらならない。
 そして、そこにいる全員を片付けて、男はそこに立った。

「……見つけたぞ、ジフェニル。」

 フラン・アルクスが、鉄格子を挟んでそこにいたのだ。
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