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第九章〜剣士は遥かなる頂の最中に〜
27.『天下無双』
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闘技場では魔道具の類の使用は制限されている。それこそジフェニルが闘技場で使っていた、炎の魔法を少し使える程度の物が限度だ。
しかしここは闘技場の外、当然ながら武器の制限があるはずがない。
「人器解放」
この世にたった千しか存在しない千魔人器の一つ。その一振りである大剣がここに。
「『狂式無間灼熱地獄(きょうしきむけんしゃくねつじごく)』」
その銘はとても大剣のそれとは思えない。ただ、その煤のような黒く大きい刀身は間違いなくそれが大剣であることを示している。
黒い大剣に、まるで血液のように線が走り赤く光る。
シロガネは本能的に理解した。その剣に触れた瞬間に、自分の命はないのだと。それこそ蚊を潰すように呆気なく潰えるのだと。
「『不倶戴天』」
回避の暇なく、考える隙もなくその人器は一つの命を殺すためだけに振り下ろされる。
「おっと危ない。」
それをすんでのところで、ヴィーアが間に入ってその両手で防ぐ。
シロガネの周囲には半透明な白い膜が構築されていた。ヴィーアとジフェニルの目が交差する。
「執事君は逃げなよ。君だって流れ弾で死ぬ、なんて憐れな死に方は嫌だろう?」
ヴィーアがそう言うと弾かれたように走り出して、ジフェニルの横を通って部屋から出ていった。
「随分と我慢できたね。部屋に入ってからずっと闘気が揺れていたから、普通に会話を始めたのには驚いた。」
「そいつと同じ卑怯な殺し方はしないだけや。」
「なるほど、だから暗殺用の武器じゃなくて戦闘用な武器なわけだ。合点がいった。」
何の予備動作もなく、ただヴィーアが一睨みするだけでまるで顔面を殴られたようにジフェニルはのけぞった。
足元にあった椅子に当然ながら引っかかって、それを壊しながら地面に一度倒れる。
「陛下は部屋の角にでもいてくれ。それと、戦うのにこの部屋は少し狭い。ここら一帯は全部崩れるから、この後の修理をどうするかとかでも考えていてくれよ。」
ヴィーアが右腕を横に払うと、その瞬間に部屋内の家具が全て壊れて吹き飛ぶ。
「来なよ。障害物がない方が、闘技場のステージに近いしやりやすいだろ。」
「『烈日赫赫』」
真っ赤な炎がジフェニルを中心として放たれ、部屋中を燃やし尽くす。
家具等は当然ながら、部屋そのものが燃えていく。しかしその中でもジフェニルとヴィーアは平然と立ち、白い膜に守られているシロガネも無事である。
正にその様相は灼熱地獄。常人なら息をするだけで肺が焼け、そこにいるだけで炭となり消える世界。
「流転の星、不定形の空、瞬きの内にこの手に広がり星の威を示せ。『武神星』」
ヴィーアはその中で光を操り、光の槍のようなものを右手に握る。そしてそのまま、次に放たれたジフェニルの一撃を槍で防いだ。
しかし、攻撃は一回で終わるはずもない。
防がれるのが前提であるように、そのまま迷いなくジフェニルは体を前に出す。右手にある籠手に闘気を込めて、即座に打ち込む。
「『不撓不屈』」
腹に打ち込まれた掌底は、当たった同時に闘気をぶつける事によってダメージを与えながら吹き飛ばす。
しかし攻撃をした当人は微妙そうな顔をしていた。まるで雲を掴むような、手応えのなさだけが残っていた。
「なるほど、体術と剣術、そして魔道具を合わせて全距離に対応しているわけだ。剣闘士として勝ち続けるには、そういう器用さが必要なのかな?」
事実、ヴィーアは平然と戻ってきた。
ジフェニルは、あのエーテルから教えを受けた事がある。その時と同じような理不尽を感じていた。
どんな攻撃も意味をなさず、ただ一方的に攻撃をされるだけ。赤子が恐竜に挑むが如き次元の違いがそこにあった。
「……随分とお喋りやな。」
「もちろん。だって知識は何であれ素晴らしいものだ。特に人が積み重ね、紡いできた物語ほど美しいものはない。」
その表情に嘘はない。いや、この状況で嘘をつく必要もない。
「今から私は、対話ではなく暴力をもって君を否定するんだ。私自身、これは不本意な事でね。だからせめて、君の努力を知ってやりたいのさ。」
その挑発とも言える言葉を受けて、両手でジフェニルは大剣を構える。
確かに勝機は薄い。ヴィーアはフランより強いだろうし、そのフランに負けたジフェニルが勝てる道理はない。
だが、その差を埋めるための人器だ。
「そうかい。」
燃える、燃え上がる、燃え盛る。もっと熱く、もっと局所的に、もっと残酷に燃える。
「負けても吠え面かくなよ。」
「君がそれだけ強ければ、私もこんな役回りをしなくてもいいんだけどね!」
光の球が五つ、ヴィーアを中心として生み出され連続に射出される。それをジフェニルは炎の壁を作り出して全て防ぎ切った。
流れる水のように炎は動き、ヴィーアは四方八方を火に囲まれる。
こうしている内にも少しずつ火の勢いは上がっていき、もはや部屋の中は一面全て火で埋まっていく。
「『活火激発』」
大きな音を出して爆発が起きる。どこが、なんて言われてもわからない。なにせ景色が変わらないのだから、どこで爆発が起きたかなんてわからない。
「あつっ!」
声をあげるのもシロガネただ一人で、二人はそんな火の中で平然と戦っていた。
「秘技っ!」
火の中で大声が上がる。炎をかき分けて、天井までジフェニルは跳躍し、天井を足場としてヴィーアへ狙いを定める。
「『天下無双』ッ!!!」
ジフェニルが持つ二つ名の由来、それは天下無双という技が勝負を決める技だからに他ならない。
剣は燃え盛り、闘気は昂ぶり、魂は鼓動する。超高温の炎とジフェニルが鍛えた闘気により放たれる強力な一撃。
剣を防げば炎が出て、炎を防げば剣が出る。魔法と物理の両面の防御をしなくてはならないのが、この技の強さであった。
「装備変更『盾《シールド》』」
ヴィーアの槍はそんな声が聞こえた瞬間に盾へと変化し、ジフェニルの剣を正面から受け止めた。
「確かにその技は強力だ。だけどもそれは、星を壊すには弱過ぎる――!」
グッとヴィーアが盾に力を入れ、剣ごとジフェニルを弾き飛ばした。
「装備変更《チェンジ》『銃《ガン》』」
そして拳銃の形へと変化した光の銃口が、ジフェニルへと向けられる。
その銃口の先はジフェニルの脳天であり、切り札を使ったジフェニルに対応策は残っていない。
「さようなら、素晴らしき人よ。」
躊躇なく引き金は引かれ、その銃弾は脳天に吸い込まれるように――
「必殺ッ!!!」
「――!?」
ジフェニルは左腕で銃弾を防ぎ、右腕だけで大剣をしっかりと掴む。ダラダラと左手から血が流れているが、構うことはない。
膝を曲げ、大地を蹴ることによって一瞬でヴィーアとの距離をゼロとする。
まだ、ジフェニルは負けていない。
「それ、は!」
炎が吹き荒れ、大剣が燃え盛る。ジフェニルの体すらも炭化しそうなほどに炎は荒れ狂う。
それは例えるのなら爆弾。少しの衝撃で全てを吹き飛ばし、破壊する高エネルギーの危険物だ。
――それを、個人に叩きつければどうなるか。
「『天上天下唯我独尊』」
耳が潰れるほどの爆音、王宮が吹き飛ぶほどの爆風、目を開けない程の閃光、その全てが同時に轟いた。
勝敗は決した。現実時間で言えば数分にも満たない剣戟の果てに、火は消えた。
辺り一帯はもはや建築物としての形を成しておらず、草一つない焦土と化している。
逃げていた王宮内の人も、終わったのかと思って集まり始めてきた。
「……はは、まだ生きてやがんのかい。」
ジフェニルは黒く焦げた体で、そう呟いた。腹には光の剣が刺さっていて、身体中から血が流れていた。
その意識を維持する事ができず、ジフェニルはその場に崩れ落ちた。
「見事だ。私の防御を貫通して、攻撃はしっかりと届いた。これを連続で二発打たれていれば、私が負けたかもしれない。」
勝者であるヴィーアに目立つ外傷はない。しかし服の一部は焦げ、斬られた部分には傷があった。
「終わった、のか?」
物陰からシロガネが顔を出す。シロガネも傷はなかった。恐らくはヴィーアが守ったのだろう。
ヴィーアはくたびれたようにシロガネの言葉を無視して歩き始める。
「まだ息がある。今のうちに縛って牢屋に入れておくといいさ。私は少し休む。」
そう言われたシロガネはヴィーアを呼び止める事ができず、ただ唖然と残った戦いの跡を眺める事しかできなかった。
しかしここは闘技場の外、当然ながら武器の制限があるはずがない。
「人器解放」
この世にたった千しか存在しない千魔人器の一つ。その一振りである大剣がここに。
「『狂式無間灼熱地獄(きょうしきむけんしゃくねつじごく)』」
その銘はとても大剣のそれとは思えない。ただ、その煤のような黒く大きい刀身は間違いなくそれが大剣であることを示している。
黒い大剣に、まるで血液のように線が走り赤く光る。
シロガネは本能的に理解した。その剣に触れた瞬間に、自分の命はないのだと。それこそ蚊を潰すように呆気なく潰えるのだと。
「『不倶戴天』」
回避の暇なく、考える隙もなくその人器は一つの命を殺すためだけに振り下ろされる。
「おっと危ない。」
それをすんでのところで、ヴィーアが間に入ってその両手で防ぐ。
シロガネの周囲には半透明な白い膜が構築されていた。ヴィーアとジフェニルの目が交差する。
「執事君は逃げなよ。君だって流れ弾で死ぬ、なんて憐れな死に方は嫌だろう?」
ヴィーアがそう言うと弾かれたように走り出して、ジフェニルの横を通って部屋から出ていった。
「随分と我慢できたね。部屋に入ってからずっと闘気が揺れていたから、普通に会話を始めたのには驚いた。」
「そいつと同じ卑怯な殺し方はしないだけや。」
「なるほど、だから暗殺用の武器じゃなくて戦闘用な武器なわけだ。合点がいった。」
何の予備動作もなく、ただヴィーアが一睨みするだけでまるで顔面を殴られたようにジフェニルはのけぞった。
足元にあった椅子に当然ながら引っかかって、それを壊しながら地面に一度倒れる。
「陛下は部屋の角にでもいてくれ。それと、戦うのにこの部屋は少し狭い。ここら一帯は全部崩れるから、この後の修理をどうするかとかでも考えていてくれよ。」
ヴィーアが右腕を横に払うと、その瞬間に部屋内の家具が全て壊れて吹き飛ぶ。
「来なよ。障害物がない方が、闘技場のステージに近いしやりやすいだろ。」
「『烈日赫赫』」
真っ赤な炎がジフェニルを中心として放たれ、部屋中を燃やし尽くす。
家具等は当然ながら、部屋そのものが燃えていく。しかしその中でもジフェニルとヴィーアは平然と立ち、白い膜に守られているシロガネも無事である。
正にその様相は灼熱地獄。常人なら息をするだけで肺が焼け、そこにいるだけで炭となり消える世界。
「流転の星、不定形の空、瞬きの内にこの手に広がり星の威を示せ。『武神星』」
ヴィーアはその中で光を操り、光の槍のようなものを右手に握る。そしてそのまま、次に放たれたジフェニルの一撃を槍で防いだ。
しかし、攻撃は一回で終わるはずもない。
防がれるのが前提であるように、そのまま迷いなくジフェニルは体を前に出す。右手にある籠手に闘気を込めて、即座に打ち込む。
「『不撓不屈』」
腹に打ち込まれた掌底は、当たった同時に闘気をぶつける事によってダメージを与えながら吹き飛ばす。
しかし攻撃をした当人は微妙そうな顔をしていた。まるで雲を掴むような、手応えのなさだけが残っていた。
「なるほど、体術と剣術、そして魔道具を合わせて全距離に対応しているわけだ。剣闘士として勝ち続けるには、そういう器用さが必要なのかな?」
事実、ヴィーアは平然と戻ってきた。
ジフェニルは、あのエーテルから教えを受けた事がある。その時と同じような理不尽を感じていた。
どんな攻撃も意味をなさず、ただ一方的に攻撃をされるだけ。赤子が恐竜に挑むが如き次元の違いがそこにあった。
「……随分とお喋りやな。」
「もちろん。だって知識は何であれ素晴らしいものだ。特に人が積み重ね、紡いできた物語ほど美しいものはない。」
その表情に嘘はない。いや、この状況で嘘をつく必要もない。
「今から私は、対話ではなく暴力をもって君を否定するんだ。私自身、これは不本意な事でね。だからせめて、君の努力を知ってやりたいのさ。」
その挑発とも言える言葉を受けて、両手でジフェニルは大剣を構える。
確かに勝機は薄い。ヴィーアはフランより強いだろうし、そのフランに負けたジフェニルが勝てる道理はない。
だが、その差を埋めるための人器だ。
「そうかい。」
燃える、燃え上がる、燃え盛る。もっと熱く、もっと局所的に、もっと残酷に燃える。
「負けても吠え面かくなよ。」
「君がそれだけ強ければ、私もこんな役回りをしなくてもいいんだけどね!」
光の球が五つ、ヴィーアを中心として生み出され連続に射出される。それをジフェニルは炎の壁を作り出して全て防ぎ切った。
流れる水のように炎は動き、ヴィーアは四方八方を火に囲まれる。
こうしている内にも少しずつ火の勢いは上がっていき、もはや部屋の中は一面全て火で埋まっていく。
「『活火激発』」
大きな音を出して爆発が起きる。どこが、なんて言われてもわからない。なにせ景色が変わらないのだから、どこで爆発が起きたかなんてわからない。
「あつっ!」
声をあげるのもシロガネただ一人で、二人はそんな火の中で平然と戦っていた。
「秘技っ!」
火の中で大声が上がる。炎をかき分けて、天井までジフェニルは跳躍し、天井を足場としてヴィーアへ狙いを定める。
「『天下無双』ッ!!!」
ジフェニルが持つ二つ名の由来、それは天下無双という技が勝負を決める技だからに他ならない。
剣は燃え盛り、闘気は昂ぶり、魂は鼓動する。超高温の炎とジフェニルが鍛えた闘気により放たれる強力な一撃。
剣を防げば炎が出て、炎を防げば剣が出る。魔法と物理の両面の防御をしなくてはならないのが、この技の強さであった。
「装備変更『盾《シールド》』」
ヴィーアの槍はそんな声が聞こえた瞬間に盾へと変化し、ジフェニルの剣を正面から受け止めた。
「確かにその技は強力だ。だけどもそれは、星を壊すには弱過ぎる――!」
グッとヴィーアが盾に力を入れ、剣ごとジフェニルを弾き飛ばした。
「装備変更《チェンジ》『銃《ガン》』」
そして拳銃の形へと変化した光の銃口が、ジフェニルへと向けられる。
その銃口の先はジフェニルの脳天であり、切り札を使ったジフェニルに対応策は残っていない。
「さようなら、素晴らしき人よ。」
躊躇なく引き金は引かれ、その銃弾は脳天に吸い込まれるように――
「必殺ッ!!!」
「――!?」
ジフェニルは左腕で銃弾を防ぎ、右腕だけで大剣をしっかりと掴む。ダラダラと左手から血が流れているが、構うことはない。
膝を曲げ、大地を蹴ることによって一瞬でヴィーアとの距離をゼロとする。
まだ、ジフェニルは負けていない。
「それ、は!」
炎が吹き荒れ、大剣が燃え盛る。ジフェニルの体すらも炭化しそうなほどに炎は荒れ狂う。
それは例えるのなら爆弾。少しの衝撃で全てを吹き飛ばし、破壊する高エネルギーの危険物だ。
――それを、個人に叩きつければどうなるか。
「『天上天下唯我独尊』」
耳が潰れるほどの爆音、王宮が吹き飛ぶほどの爆風、目を開けない程の閃光、その全てが同時に轟いた。
勝敗は決した。現実時間で言えば数分にも満たない剣戟の果てに、火は消えた。
辺り一帯はもはや建築物としての形を成しておらず、草一つない焦土と化している。
逃げていた王宮内の人も、終わったのかと思って集まり始めてきた。
「……はは、まだ生きてやがんのかい。」
ジフェニルは黒く焦げた体で、そう呟いた。腹には光の剣が刺さっていて、身体中から血が流れていた。
その意識を維持する事ができず、ジフェニルはその場に崩れ落ちた。
「見事だ。私の防御を貫通して、攻撃はしっかりと届いた。これを連続で二発打たれていれば、私が負けたかもしれない。」
勝者であるヴィーアに目立つ外傷はない。しかし服の一部は焦げ、斬られた部分には傷があった。
「終わった、のか?」
物陰からシロガネが顔を出す。シロガネも傷はなかった。恐らくはヴィーアが守ったのだろう。
ヴィーアはくたびれたようにシロガネの言葉を無視して歩き始める。
「まだ息がある。今のうちに縛って牢屋に入れておくといいさ。私は少し休む。」
そう言われたシロガネはヴィーアを呼び止める事ができず、ただ唖然と残った戦いの跡を眺める事しかできなかった。
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