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第九章〜剣士は遥かなる頂の最中に〜

24.忠告

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 久しぶりだ。だけど懐かしい、という感情は不思議とない。
 何せこの、全てが沈み込んだ世界は俺の中の世界であり、見るのが久しぶりなだけでずっといたのだから。

「ここに来るって事は、思いの外重症らしいな、俺。」

 ここへ来るのは久しい。何せ俺が弱まったときにしか、ツクモは表に出ることは決してできないのだ。
 俺は前と同じように底に沈んでいて、ツクモの声がどこからともなく響いてくる。

「確かにそうだ。私を封じる封印を破ったぐらいの、本来なら生き残れるはずもない傷だ。」

 そこまで、か。それならむしろ、体の所有権を取られていないだけ僥倖と言える。
 師匠の封印を解いたのなら、また力を貯め始める事だろう。

「……なんだ、存外に驚かないな。私がまた数年もすれば、その体を奪い去ると知っているはずだろう。」
「まだ数年もある。それに、竜神様から忠告をもらった後だしな。」
「変わるものか。お前に選べるのは精々、その前に自分の命を断つか否かだ。それこそ、今更過ぎる選択ではあるが。」

 その通り。命を断つならあの時、初めて意識を奪われた時にしておくべきだった。
 封印はされているが、いつ破られるかなんて分からなかったし、命を諦めるならより最適な選択があったはずなのだ。
 それなら徹底的に抗うしかない。過去と現在いまを呪っても意味なんてないのだから、未来だけを見据える他にない。

「それで、何の用だ。」
「……相変わらず図太いものだ。どんな苦難も逆境を与えても、君はそれを乗り越えようとしてしまう。正面から戦える覚悟がある。凡人の君における、それは唯一の才能だね。」

 運に助けられているだけだと思うけどな。実際に諦めてしまうような場面はいくつもあって、その度に様々な奇跡的とも言える助けに俺は救われてきた。

「それが今回は裏目に出たわけだ。愚かにも格上に挑戦し、そして自身の体を危険に晒した。それは将来、私の体になるものだ。雑に扱ってもらっては困る。」
「ならねえよ。それに、どっちにせよあれは逃げられなかったろ。」
「ティルーナを見捨てれば良かった。最終的な結果は変わらなかった。」

 ティルーナは結局、連れ去られてしまった。それなら戦わずとも結果は一緒、それどころか被害がゼロな分得と言える。

「……それは、結果論だろ。」
「ああ、そうだとも。私にとっては見え透けた結果であったが、君にとっては、結果論だ。」

 無性に腹が立った。腹の中に熱せられた鉄の棒をねじ込まれているような、そんな気持ち悪くて落ち着かない感情を覚えた。
 その言葉を否定できるだけの材料を俺は持たない。だって真実、起こるべき結果は一緒だった。
 じゃあ、俺はティルーナが拐われていくのをただ見ていれば良かったのだろうか。自分の感情を必死に殺して、目の前で仲間が連れていかれるのを眺めていれば良かったのか。

「結局、こんな話が全部無駄な事ぐらい分かってるだろ。事は起きた、失態は既に晒した。お前がいくら俺を苛立たせたくても、相手にする気はねえよ。」

 確かに過去は反省すべきで、後悔だってしている。
 だけどそれに縛られていたら、俺は次の苦難に打ち勝つ事はできない。全く同じ問題なんて、人には訪れないのだ。

「本題に入れ。用件は何だ?」
「……はぁ。君は年々、知力が下がっているね。過去から学び未来に活かすのが、人の強さであるはずだが?」
「それは人という種の強さだ。俺個人の特性や強さとは関係がない。」

 人の失敗から学び、策を練るのは俺の仕事ではない。俺は初見の出来事にどうやって被害を最小限に済ますかを考えなくてはならない。

「それなら本題に入ってやろう。今直ぐに、この国から出てグレゼリオン王国へ帰れ。アレはこの世の異常バグだ。人が勝てるようにはそもそも設計されていない。」

 ツクモは俺の体を欲しがっている。その為に、俺が負けるのは構わないが体が使えなくなる、つまり死んでしまう状況は避けたい。
 つまりツクモは、このままカリティと戦えば俺が死ぬと予測をしているわけだ。

「原因は何か分からないが、アレは常人に比べ魂の強度が違う。本来なら鍛錬と共に成熟するはずの魂が最初から完成されている。その矛盾を解消する為に、世界が与えてしまったのがあの異能だ。」
「――」
「アレを相手にするという事は、万能の存在たる神を相手にするのと等しい。概念や因果律に干渉する術を持たないのならば、そもそも勝利は不可能だ。」

 きっと嘘ではない。いや、多少の誇張をついている可能性はあるが、概ねは真実であろう。
 俺如きにわざわざ具体的な嘘を、ツクモがつく事はない。こいつはどこまでも傲慢で、俺を下に見ているのだから。

「そう思うんだったら、お前が力を貸せよ。どっちにしろ、俺がティルーナを置いて帰るわけないだろうが。」
「阿呆が。アレはティルーナを殺す事はない。援軍を連れて処理を任せた方が確実だ。」
「……じゃあその内に、この国の奴らは何人死ぬ。」
「この国は滅ぶだろうな。だが、それは奴らの自業自得だ。皇帝たるあの男が、優秀でなかっただけの話だ。」

 ツクモの発言に澱みはない。その判断には確かに合理性があって、安全な策である事に疑いようはない。

「却下だ。それこそ、俺は俺を許せなくなる。」
「……下らない。他人の命が、そこまで大事か。」
「俺なら助けて欲しい。それだけで、俺の戦う理由としては十分だ。」

 いくら為政者に罪があったとしても、生まれてくる民にまで罪はない。今を生きる住民に罪があったとしても、未来を生きる子供に罪はない。
 そして何より、ただ人並みの幸せを得たいというだけの願いが、叶えられないなんていう理不尽を俺は許容できない。

「それなら、好きにするがいい。私はお前らが、一人残らず死ぬ様を眺めている事にするよ。」
「そうだな。お前は永遠に夢でも見てろ。敗者にはそれがお似合いだ。」

 俺の体は浮き上がり始める。勝手に呼び出しておいて、勝手に追い出すのだから我儘なものだ。

「お前は絶対に、いつか必ず完全に封印する。精々、束の間の幸せを噛み締めておけ。」

 俺はそんな事を言って、意識を現実へと浮上させた。
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