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第九章〜剣士は遥かなる頂の最中に〜
23.愚かな皇帝
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王宮の謁見の間にて、ヘルメスは皇帝であるシロガネの前に立っていた。
シロガネは冷たい目線を落とし、対してヘルメスの表情は至って落ちつていて、和やかな様子だった。
「……余計な事を、してくれたそうやないか。」
「生憎と、見当がつかないね。」
「兵士の邪魔をして、あまつさえ犠牲者を出させた。お前らが邪魔したせいやないのか?」
過程など、そんなものシロガネにとっては関係がなかった。何故なら真実はそこにいた当事者のみが知り、その地位があれば捻じ曲げる事は難しくなかったのだ。
その犠牲者の数なんて、そもそもシロガネにとって考慮の対象ではなかった。
「――君は実に愚かだ。」
「は?」
「天性の愚王と言ってもいい。いや、恐らくはその捻じ曲がった性格は後から植え付けられたものか。どちらにせよ、君のその傲慢な性格は愚王と呼ぶに相応しい。それがうちのクランマスターや、かの十大英雄の『覇王』であれば話は別だったろうけどね。」
ヘルメスは笑っていた。笑顔が、顔から一切剥がれ落ちる事もなかった。優しい顔で自分の首を絞めかねない毒を撒き散らしていた。
その異質さにシロガネは口を開ける事ができなかった。
何故なら、ヘルメスはそんな事を言えば何が起きるかを理解している。無知が故のものではない。だというのに何も恐れていなかったのだ。まるで、シロガネが起こす行動の全てが脅威でないと言うように。
「君の考える所を当ててみよう。君は竜に頼らねば生きていけないこの国を憂いている。正確にはそう定義された。君は鬼人族単体の実績を上げて、この国の権威を知らしめた上で竜を切り離そうとしている。ただ竜を切り離せば、他所の小国が変な気を起こしかねないから。」
「拘束しろ。皇帝に対してその物言い、万死に値する。」
数人の兵士がヘルメスへと接近する。だが、それに辿り着く間際に足元へ剣が突き刺さる。それはまるで、何もない所から落ちてきたようであった。
そしてこの場で、そんな事をして利益が出る人なんて一人だけ。
「それ以上近付かない方がいい。僕だって、殺したくはない。」
ヘルメスの左眼が白く染まる。
脅しではない。事実であり、これは最終忠告である。兵士たちもこれ以上近付けば死ぬだけだと理解して、その足を踏み出せない。
世界に五つしか存在しない祝福を受けた眼、片眼であってもその能力は一介の兵士を打ち破るのに十分である。
「嗚呼、素晴らしき哉。自身の生まれ持った種を誇り、そしてその力を増す為にあらゆる汚名をも被る。それが例え同族からの恨みを増す事となっても。」
「……喧嘩売ってるんか?」
「いや、褒めているんだよ。その心意気や天晴れ、ただ残念な事に為政者としては及第点もあげられない。君が市井の人であればそれも良かったんだろうけど。」
たられば、なんてものは存在しない。皇族になった以上、その皇位を引き継ぐ以上はそれに相応しき性格というものがある。
これを簡単に解消できないのが、王を持つ国の致命的な欠点だ。例え向かう方向性が同じであっても、道筋が変われば大きく結果が変わる。生まれる子が正解に近い道を選び続けられるわけがない。
正に今、この瞬間のように。
「君のその短絡的で、愚かな行為によって僕の仲間二人は瀕死の重症となり、一人は拐われてしまった。生憎とそれを笑って許せるほど、僕は卑怯者じゃないらしい。」
「許さないから何や。俺を殺すんか。」
シロガネは余裕そうで、ゆったりと玉座にもたれかかっている。
確かにヘルメスを相手にすれば犠牲は大きいが、単体であれば対応できないものではない。これがアルスやフランであれば別だが、ここにいるのはただの冒険者だ。
「僕らはこれから、好き勝手にやらせてもらう。カリティは必ず仕留めるから、君は安心してその玉座に座ってるといいさ。」
「いや、カリティはこっちで始末する。そもそも一度負けたやないか、お前らは。」
それは事実だ。アルスとフランというメインの戦力を揃えても、カリティには傷一つつかなかった。普通に戦って勝てる可能性はまずないと言ってもいい。
「……そう言えば、最近に軍を再編したらしいね。今まで竜頼りで杜撰だった体制を、ようやっと他国に並ぶレベルに改善したとか。更に闘技場からも優秀な戦士を誘致したらしいね。」
「よう皇国の事を知っとるやないか。なら、分かるやろ。いくらカリティの力が強大でも、優秀な兵士が数千もいれば勝てる。」
はっ、とヘルメスは鼻で笑う。
「君は、頭が良い。だがこの箱庭の中から出た事がない。四大覇者を一目でも見れば、そんな事が言えるはずがない。」
「四大覇者……?」
「皇国最強とも言われるジフェニルは強い。神速を謳われるフランも当然に強い。ほぼ最速で賢神に至ったアルスだってそうさ。だけど、人類最強とは次元が違う。いわゆる越えられない壁があるのさ。」
世の中には段階がある。ここを越えたら、もうその下が一切相手にならなくなるような次元が存在する。
それはいくら束になっても、人が自らの拳で鉱石を掘る事ができぬのと同じで、次元が違えば決して成し得ない事が確かにあるのだ。
いくら数万の軍勢を引き連れようが、数億であろうが、カリティに傷をつける手段がないのなら同じである。
「……まだ、分からないかい。君らじゃ絶対に勝てないから、僕らが片付けてやるって言ってるんだよ。」
それは皇帝陛下を前にしてあまりにも無礼で、そしていてヘルメスの声高らかな挑発であった。
その全軍が、ヘルメス達にすら劣るものであるという宣言に他ならないからだ。
「お前――」
「それじゃあこれで失礼する。わざわざ呼び出しに応じたのは、これを言うためだったからね。」
ヘルメスはシロガネに背を向けて歩き始める。
「ふざけるなよ、ヘルメス。お前らまだこの国をのうのうと立ち歩くつもりか!」
「駄目だったら先に君の首をはねて、この王宮を消し飛ばすだけの話さ。アルスは嫌がるだろうが、僕は邪魔をする奴に容赦をするつもりはない。」
皇帝陛下の言葉に首だけ振り返って、ヘルメスはそういう。
結局として誰一人ヘルメスを止めることはできなかった。地面に刺さっていた武器は消え、玉座の間には沈黙が響く。
「陛下、それでどうしたいんだ?」
口火を切ったのはシロガネの隣に立つ、金髪で長髪の男であった。
「私ならあの男を処するのも大した労苦ではない。確かにこの王宮にいる者が全員集まっても殺せないだろうが、この私なら殺せる。」
「……いや、ええ。冷静に考えれば、あんなのを相手にすれば無駄に兵を失うだけや。やらんでも構わんで、ヴィーア。」
「ハッハッハ、今更な気はするけどね。」
ヴィーアと呼ばれたその男は笑う。
馬鹿にするわけではなく、単純に愉快な見世物を見ているような笑い方であった。
「何が今更なんや。」
「だから私はずっと言っているじゃないか。大人しく頭を下げて協力を乞えって。」
「それはできへんって、何度も言ったはずやが。」
「強情だね。ま、君らしいよ。君らの一族はやっぱりどこか執念じみている。」
その男もまた、玉座の間から出るように歩き始めた。
「それじゃあ私は、部屋に戻らせてもらう。またこの私に用があれば呼び給え。」
シロガネは目を瞑る。自分の計画通りに動かぬ事に煩わしさと、自分を見る不安そうな兵士の目線を感じながら。
シロガネは冷たい目線を落とし、対してヘルメスの表情は至って落ちつていて、和やかな様子だった。
「……余計な事を、してくれたそうやないか。」
「生憎と、見当がつかないね。」
「兵士の邪魔をして、あまつさえ犠牲者を出させた。お前らが邪魔したせいやないのか?」
過程など、そんなものシロガネにとっては関係がなかった。何故なら真実はそこにいた当事者のみが知り、その地位があれば捻じ曲げる事は難しくなかったのだ。
その犠牲者の数なんて、そもそもシロガネにとって考慮の対象ではなかった。
「――君は実に愚かだ。」
「は?」
「天性の愚王と言ってもいい。いや、恐らくはその捻じ曲がった性格は後から植え付けられたものか。どちらにせよ、君のその傲慢な性格は愚王と呼ぶに相応しい。それがうちのクランマスターや、かの十大英雄の『覇王』であれば話は別だったろうけどね。」
ヘルメスは笑っていた。笑顔が、顔から一切剥がれ落ちる事もなかった。優しい顔で自分の首を絞めかねない毒を撒き散らしていた。
その異質さにシロガネは口を開ける事ができなかった。
何故なら、ヘルメスはそんな事を言えば何が起きるかを理解している。無知が故のものではない。だというのに何も恐れていなかったのだ。まるで、シロガネが起こす行動の全てが脅威でないと言うように。
「君の考える所を当ててみよう。君は竜に頼らねば生きていけないこの国を憂いている。正確にはそう定義された。君は鬼人族単体の実績を上げて、この国の権威を知らしめた上で竜を切り離そうとしている。ただ竜を切り離せば、他所の小国が変な気を起こしかねないから。」
「拘束しろ。皇帝に対してその物言い、万死に値する。」
数人の兵士がヘルメスへと接近する。だが、それに辿り着く間際に足元へ剣が突き刺さる。それはまるで、何もない所から落ちてきたようであった。
そしてこの場で、そんな事をして利益が出る人なんて一人だけ。
「それ以上近付かない方がいい。僕だって、殺したくはない。」
ヘルメスの左眼が白く染まる。
脅しではない。事実であり、これは最終忠告である。兵士たちもこれ以上近付けば死ぬだけだと理解して、その足を踏み出せない。
世界に五つしか存在しない祝福を受けた眼、片眼であってもその能力は一介の兵士を打ち破るのに十分である。
「嗚呼、素晴らしき哉。自身の生まれ持った種を誇り、そしてその力を増す為にあらゆる汚名をも被る。それが例え同族からの恨みを増す事となっても。」
「……喧嘩売ってるんか?」
「いや、褒めているんだよ。その心意気や天晴れ、ただ残念な事に為政者としては及第点もあげられない。君が市井の人であればそれも良かったんだろうけど。」
たられば、なんてものは存在しない。皇族になった以上、その皇位を引き継ぐ以上はそれに相応しき性格というものがある。
これを簡単に解消できないのが、王を持つ国の致命的な欠点だ。例え向かう方向性が同じであっても、道筋が変われば大きく結果が変わる。生まれる子が正解に近い道を選び続けられるわけがない。
正に今、この瞬間のように。
「君のその短絡的で、愚かな行為によって僕の仲間二人は瀕死の重症となり、一人は拐われてしまった。生憎とそれを笑って許せるほど、僕は卑怯者じゃないらしい。」
「許さないから何や。俺を殺すんか。」
シロガネは余裕そうで、ゆったりと玉座にもたれかかっている。
確かにヘルメスを相手にすれば犠牲は大きいが、単体であれば対応できないものではない。これがアルスやフランであれば別だが、ここにいるのはただの冒険者だ。
「僕らはこれから、好き勝手にやらせてもらう。カリティは必ず仕留めるから、君は安心してその玉座に座ってるといいさ。」
「いや、カリティはこっちで始末する。そもそも一度負けたやないか、お前らは。」
それは事実だ。アルスとフランというメインの戦力を揃えても、カリティには傷一つつかなかった。普通に戦って勝てる可能性はまずないと言ってもいい。
「……そう言えば、最近に軍を再編したらしいね。今まで竜頼りで杜撰だった体制を、ようやっと他国に並ぶレベルに改善したとか。更に闘技場からも優秀な戦士を誘致したらしいね。」
「よう皇国の事を知っとるやないか。なら、分かるやろ。いくらカリティの力が強大でも、優秀な兵士が数千もいれば勝てる。」
はっ、とヘルメスは鼻で笑う。
「君は、頭が良い。だがこの箱庭の中から出た事がない。四大覇者を一目でも見れば、そんな事が言えるはずがない。」
「四大覇者……?」
「皇国最強とも言われるジフェニルは強い。神速を謳われるフランも当然に強い。ほぼ最速で賢神に至ったアルスだってそうさ。だけど、人類最強とは次元が違う。いわゆる越えられない壁があるのさ。」
世の中には段階がある。ここを越えたら、もうその下が一切相手にならなくなるような次元が存在する。
それはいくら束になっても、人が自らの拳で鉱石を掘る事ができぬのと同じで、次元が違えば決して成し得ない事が確かにあるのだ。
いくら数万の軍勢を引き連れようが、数億であろうが、カリティに傷をつける手段がないのなら同じである。
「……まだ、分からないかい。君らじゃ絶対に勝てないから、僕らが片付けてやるって言ってるんだよ。」
それは皇帝陛下を前にしてあまりにも無礼で、そしていてヘルメスの声高らかな挑発であった。
その全軍が、ヘルメス達にすら劣るものであるという宣言に他ならないからだ。
「お前――」
「それじゃあこれで失礼する。わざわざ呼び出しに応じたのは、これを言うためだったからね。」
ヘルメスはシロガネに背を向けて歩き始める。
「ふざけるなよ、ヘルメス。お前らまだこの国をのうのうと立ち歩くつもりか!」
「駄目だったら先に君の首をはねて、この王宮を消し飛ばすだけの話さ。アルスは嫌がるだろうが、僕は邪魔をする奴に容赦をするつもりはない。」
皇帝陛下の言葉に首だけ振り返って、ヘルメスはそういう。
結局として誰一人ヘルメスを止めることはできなかった。地面に刺さっていた武器は消え、玉座の間には沈黙が響く。
「陛下、それでどうしたいんだ?」
口火を切ったのはシロガネの隣に立つ、金髪で長髪の男であった。
「私ならあの男を処するのも大した労苦ではない。確かにこの王宮にいる者が全員集まっても殺せないだろうが、この私なら殺せる。」
「……いや、ええ。冷静に考えれば、あんなのを相手にすれば無駄に兵を失うだけや。やらんでも構わんで、ヴィーア。」
「ハッハッハ、今更な気はするけどね。」
ヴィーアと呼ばれたその男は笑う。
馬鹿にするわけではなく、単純に愉快な見世物を見ているような笑い方であった。
「何が今更なんや。」
「だから私はずっと言っているじゃないか。大人しく頭を下げて協力を乞えって。」
「それはできへんって、何度も言ったはずやが。」
「強情だね。ま、君らしいよ。君らの一族はやっぱりどこか執念じみている。」
その男もまた、玉座の間から出るように歩き始めた。
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