幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

文字の大きさ
上 下
264 / 474
第九章〜剣士は遥かなる頂の最中に〜

23.愚かな皇帝

しおりを挟む
 王宮の謁見の間にて、ヘルメスは皇帝であるシロガネの前に立っていた。
 シロガネは冷たい目線を落とし、対してヘルメスの表情は至って落ちつていて、和やかな様子だった。

「……余計な事を、してくれたそうやないか。」
「生憎と、見当がつかないね。」
「兵士の邪魔をして、あまつさえ犠牲者を出させた。お前らが邪魔したせいやないのか?」

 過程など、そんなものシロガネにとっては関係がなかった。何故なら真実はそこにいた当事者のみが知り、その地位があれば捻じ曲げる事は難しくなかったのだ。
 その犠牲者の数なんて、そもそもシロガネにとって考慮の対象ではなかった。

「――君は実に愚かだ。」
「は?」
「天性の愚王と言ってもいい。いや、恐らくはその捻じ曲がった性格は後から植え付けられたものか。どちらにせよ、君のその傲慢な性格は愚王と呼ぶに相応しい。それがうちのクランマスターや、かの十大英雄の『覇王』であれば話は別だったろうけどね。」

 ヘルメスは笑っていた。笑顔が、顔から一切剥がれ落ちる事もなかった。優しい顔で自分の首を絞めかねない毒を撒き散らしていた。
 その異質さにシロガネは口を開ける事ができなかった。
 何故なら、ヘルメスはそんな事を言えば何が起きるかを理解している。無知が故のものではない。だというのに何も恐れていなかったのだ。まるで、シロガネが起こす行動の全てが脅威でないと言うように。

「君の考える所を当ててみよう。君は竜に頼らねば生きていけないこの国を憂いている。正確にはそう定義された。君は鬼人族単体の実績を上げて、この国の権威を知らしめた上で竜を切り離そうとしている。ただ竜を切り離せば、他所の小国が変な気を起こしかねないから。」
「拘束しろ。皇帝に対してその物言い、万死に値する。」

 数人の兵士がヘルメスへと接近する。だが、それに辿り着く間際に足元へ剣が突き刺さる。それはまるで、何もない所から落ちてきたようであった。
 そしてこの場で、そんな事をして利益が出る人なんて一人だけ。

「それ以上近付かない方がいい。僕だって、殺したくはない。」

 ヘルメスの左眼が白く染まる。
 脅しではない。事実であり、これは最終忠告である。兵士たちもこれ以上近付けば死ぬだけだと理解して、その足を踏み出せない。
 世界に五つしか存在しない祝福を受けた眼、片眼であってもその能力は一介の兵士を打ち破るのに十分である。

「嗚呼、素晴らしき哉。自身の生まれ持った種を誇り、そしてその力を増す為にあらゆる汚名をも被る。それが例え同族からの恨みを増す事となっても。」
「……喧嘩売ってるんか?」
「いや、褒めているんだよ。その心意気や天晴れ、ただ残念な事に為政者としては及第点もあげられない。君が市井の人であればそれも良かったんだろうけど。」

 たられば、なんてものは存在しない。皇族になった以上、その皇位を引き継ぐ以上はそれに相応しき性格というものがある。
 これを簡単に解消できないのが、王を持つ国の致命的な欠点だ。例え向かう方向性が同じであっても、道筋が変われば大きく結果が変わる。生まれる子が正解に近い道を選び続けられるわけがない。
 正に今、この瞬間のように。

「君のその短絡的で、愚かな行為によって僕の仲間二人は瀕死の重症となり、一人は拐われてしまった。生憎とそれを笑って許せるほど、僕は卑怯者じゃないらしい。」
「許さないから何や。俺を殺すんか。」

 シロガネは余裕そうで、ゆったりと玉座にもたれかかっている。
 確かにヘルメスを相手にすれば犠牲は大きいが、単体であれば対応できないものではない。これがアルスやフランであれば別だが、ここにいるのはただの冒険者だ。

「僕らはこれから、好き勝手にやらせてもらう。カリティは必ず仕留めるから、君は安心してその玉座に座ってるといいさ。」
「いや、カリティはこっちで始末する。そもそも一度負けたやないか、お前らは。」

 それは事実だ。アルスとフランというメインの戦力を揃えても、カリティには傷一つつかなかった。普通に戦って勝てる可能性はまずないと言ってもいい。

「……そう言えば、最近に軍を再編したらしいね。今まで竜頼りで杜撰だった体制を、ようやっと他国に並ぶレベルに改善したとか。更に闘技場からも優秀な戦士を誘致したらしいね。」
「よう皇国の事を知っとるやないか。なら、分かるやろ。いくらカリティの力が強大でも、優秀な兵士が数千もいれば勝てる。」

 はっ、とヘルメスは鼻で笑う。

「君は、頭が良い。だがこの箱庭の中から出た事がない。四大覇者を一目でも見れば、そんな事が言えるはずがない。」
「四大覇者……?」
「皇国最強とも言われるジフェニルは強い。神速を謳われるフランも当然に強い。ほぼ最速で賢神に至ったアルスだってそうさ。だけど、人類最強とは次元が違う。いわゆる越えられない壁があるのさ。」

 世の中には段階がある。ここを越えたら、もうその下が一切相手にならなくなるような次元が存在する。
 それはいくら束になっても、人が自らの拳で鉱石を掘る事ができぬのと同じで、次元が違えば決して成し得ない事が確かにあるのだ。
 いくら数万の軍勢を引き連れようが、数億であろうが、カリティに傷をつける手段がないのなら同じである。

「……まだ、分からないかい。君らじゃ絶対に勝てないから、僕らが片付けてやるって言ってるんだよ。」

 それは皇帝陛下を前にしてあまりにも無礼で、そしていてヘルメスの声高らかな挑発であった。
 その全軍が、ヘルメス達にすら劣るものであるという宣言に他ならないからだ。

「お前――」
「それじゃあこれで失礼する。わざわざ呼び出しに応じたのは、これを言うためだったからね。」

 ヘルメスはシロガネに背を向けて歩き始める。

「ふざけるなよ、ヘルメス。お前らまだこの国をのうのうと立ち歩くつもりか!」
「駄目だったら先に君の首をはねて、この王宮を消し飛ばすだけの話さ。アルスは嫌がるだろうが、僕は邪魔をする奴に容赦をするつもりはない。」

 皇帝陛下の言葉に首だけ振り返って、ヘルメスはそういう。
 結局として誰一人ヘルメスを止めることはできなかった。地面に刺さっていた武器は消え、玉座の間には沈黙が響く。

「陛下、それでどうしたいんだ?」

 口火を切ったのはシロガネの隣に立つ、金髪で長髪の男であった。

「私ならあの男を処するのも大した労苦ではない。確かにこの王宮にいる者が全員集まっても殺せないだろうが、この私なら殺せる。」
「……いや、ええ。冷静に考えれば、あんなのを相手にすれば無駄に兵を失うだけや。やらんでも構わんで、ヴィーア。」
「ハッハッハ、今更な気はするけどね。」

 ヴィーアと呼ばれたその男は笑う。
 馬鹿にするわけではなく、単純に愉快な見世物を見ているような笑い方であった。

「何が今更なんや。」
「だから私はずっと言っているじゃないか。大人しく頭を下げて協力を乞えって。」
「それはできへんって、何度も言ったはずやが。」
「強情だね。ま、君らしいよ。君らの一族はやっぱりどこか執念じみている。」

 その男もまた、玉座の間から出るように歩き始めた。

「それじゃあ私は、部屋に戻らせてもらう。またこの私に用があれば呼び給え。」

 シロガネは目を瞑る。自分の計画通りに動かぬ事に煩わしさと、自分を見る不安そうな兵士の目線を感じながら。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

クラス召喚に巻き込まれてしまいました…… ~隣のクラスがクラス召喚されたけど俺は別のクラスなのでお呼びじゃないみたいです~

はなとすず
ファンタジー
俺は佐藤 響(さとう ひびき)だ。今年、高校一年になって高校生活を楽しんでいる。 俺が通う高校はクラスが4クラスある。俺はその中で2組だ。高校には仲のいい友達もいないしもしかしたらこのままボッチかもしれない……コミュニケーション能力ゼロだからな。 ある日の昼休み……高校で事は起こった。 俺はたまたま、隣のクラス…1組に行くと突然教室の床に白く光る模様が現れ、その場にいた1組の生徒とたまたま教室にいた俺は異世界に召喚されてしまった。 しかも、召喚した人のは1組だけで違うクラスの俺はお呼びじゃないらしい。だから俺は、一人で異世界を旅することにした。 ……この物語は一人旅を楽しむ俺の物語……のはずなんだけどなぁ……色々、トラブルに巻き込まれながら俺は異世界生活を謳歌します!

異世界転生漫遊記

しょう
ファンタジー
ブラック企業で働いていた主人公は 体を壊し亡くなってしまった。 それを哀れんだ神の手によって 主人公は異世界に転生することに 前世の失敗を繰り返さないように 今度は自由に楽しく生きていこうと 決める 主人公が転生した世界は 魔物が闊歩する世界! それを知った主人公は幼い頃から 努力し続け、剣と魔法を習得する! 初めての作品です! よろしくお願いします! 感想よろしくお願いします!

女神のお気に入り少女、異世界で奮闘する。(仮)

土岡太郎
ファンタジー
 自分の先祖の立派な生き方に憧れていた高校生の少女が、ある日子供助けて死んでしまう。 死んだ先で出会った別の世界の女神はなぜか彼女を気に入っていて、自分の世界で立派な女性として活躍ができるようにしてくれるという。ただし、女神は努力してこそ認められるという考え方なので最初から無双できるほどの能力を与えてくれなかった。少女は憧れの先祖のような立派な人になれるように異世界で愉快で頼れる仲間達と頑張る物語。 でも女神のお気に入りなので無双します。 *10/17  第一話から修正と改訂を初めています。よければ、読み直してみてください。 *R-15としていますが、読む人によってはそう感じるかもしないと思いそうしています。  あと少しパロディもあります。  小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様でも投稿しています。 YouTubeで、ゆっくりを使った音読を始めました。 良ければ、視聴してみてください。 【ゆっくり音読自作小説】女神のお気に入り少女、異世界で奮闘する。(仮) https://youtu.be/cWCv2HSzbgU それに伴って、プロローグから修正をはじめました。 ツイッター始めました。 https://twitter.com/tero_oo

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

処理中です...