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第九章〜剣士は遥かなる頂の最中に〜

21.命を拾え

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「全てを救おうだなんて、馬鹿の考える事だ。この世には生き残るべき人間がいて、同時に死ぬべき人間がいる。」

 フランが、血を噴き出して倒れる。血の量は尋常ではない。当然だ、心臓を貫かれたのだから。

「お前達は、傲慢にも全てを守ろうとした。それが失敗だ。」

 カリティは偉そうに、そう言い放った。
 俺は右足を前に出す。そうしたらもう、気付かぬ間にもう片足が出た。足が速まる。頭の中を無数の記憶が駆け巡る。

「カリティッッ!!!」
「うるさいって言ってるだろ。たかが人が死んだだけだぜ。」

 右手には巨神炎剣レーヴァテインを持ち、体そのものを燃やして突っ走る。
 剣を振り下ろそうとしても、その右手は鎖に引き留められる。俺は剣を逆手に持ち替え、カリティに突き刺すが効果はない。霧散して消えるだけだ。
 思いつく限りの魔法を撃つ。炎の刃、炎の槍、氷の結晶、鋭い風、轟く雷、効かない、効かない、効かない。

「本当に愚かだな。所詮は人形だ。いくら人の振りをしても、いざという時にボロが出る。冷静や優雅さ、気品なんて欠片も感じない。」

 殺す、こいつは殺さないといけない。こいつは絶対に殺さないといけない。例え俺の全てを失う事となったとしても、こいつだけは絶対に殺さなければならない。

「正に操り人形マリオネット。人を真似るだけの、玩具だ。」

 身体中を鎖で拘束される。体が動かない、魔力が出てこない、俺の闘気ではこの鎖を振り払う事は叶わない。

「『■■■現ロスト・ファンタジー』」
「あ、今なんて?」

 鎖は全て白くなって、

「は?」

 ああ、やろうとも。こいつを殺せるのなら、それこそ文字通り神にこの身を売り渡したって構うものか。

「『束縛の絵画』ッ!」
「『■話■現ロスト・ファンタジー』」

 俺はカリティの目の前に現れた絵のない額縁だけのそれを、白く染まった右腕で殴りつける。俺の右腕は容易にその額縁を壊し、そしてそのままカリティの顔面を捉えた。
 カリティはそのまま、後ろに一メートルほど吹き飛ぶ。

「そ、『束縛の鎖』ッ!」

 俺が追撃を加えるより早く、鎖が俺の体を貫いた。一つや二つではなく、いくつもの鎖が身体中を。

「な、何だ……ビビらせやがって。全然痛くないじゃないか。まさか俺の鎖を殺せるだなんて思わなかったから、動揺し過ぎてしまった。この世に、俺に傷をつけられる奴なんて存在しないのに。」

 途切れそうになる意識を無理矢理繋ぎ止める。動きを止めそうになる体に、必死に信号を送り続ける。
 それでも俺の体は、動くことはない。この、呪われた魂の願いを叶えてくれない。

「それじゃあ、死ね。お前だけは、俺の手で殺さなくちゃ気が済まない。」

 カリティが俺へと手をのばし、手のひらが俺の顔の前で止まった。

「さようなら。」
「――断るね。」

 目の前の景色が瞬時に切り替わる。隣を見れば血を流し続けるフランと、顔を下に向けるヒカリが映った。
 前を見ればそこには、ヘルメスが立っていた。

「遅くなってすまない。」

 俺はふらふらになりながらも、なんとか立ち上がる。魔力はまだ一割も減ってない。闘気は、大して余裕はないが戦うのに十分である。傷には魔法の特性上、耐性がある。

「……チッ。どうせ結果は変わらないってのに、何でそんなに俺の邪魔をする。意味がないってのが分からないのかなあ!」
「それは、こっちの台詞だ。」

 ヘルメスの言葉に合わせるようにして、空から青き竜が走った。まがい物の竜を地面にたたき落とし、その上に力強く立つ。
 一度もその姿は見たことがないが、本能的に理解した。あの竜はカラディラだ。

「もう君の敗北は確定した。さっさと引けよ。」
「心底、お前達は腹が立つね。きっと碌な人間じゃない、いや碌な人間であるはずがない。」

 ヘルメスの安い挑発を受けて、面白いようにカリティはキレ散らかす。

「だけどもういいよ。全部許す。その剣士も、その魔法使いも、どうせその血の量じゃ死ぬだろ。」

 苛立ちながらも、カリティはそう吐き捨てて巨大な額縁を自身の付近に生み出した。

「目的は、果たした。」

 鎖が巻き尺のように引き戻されていき、その先端に縛られていた絵をカリティは掴んだ。
 その絵は、明らかにティルーナの姿そのものであった。

「ヘルメス、バフを寄越せ!」

 返事はなかった。だけど、漲る力がその答えを示した。
 いつ、どうやってティルーナが連れて行かれたかなんてのはどうでもいい。全力で取り返さなくてはならない、というのが全てだ。

「じゃあね、今度はちゃんと殺してあげるよ。」
「『巨神炎剣レーヴァテイン』!!」

 俺の魔法は、空を斬った。額縁の中にカリティは入って、そのまま額縁は消えてなくなった。

「ふざ、けるな。」

 フランも、ティルーナも、俺は守れなかった。

「ふざけるなァッ!!!」

 俺は何も守れなかった。





 アルスは気を失った。そのまま出血を続ければ、きっと命はないだろう。
 フランは心臓を止めた。そもそも、内臓の損傷が激し過ぎる。助かる傷では決してない。

 ティルーナの治療を受けていたはずの兵士達の姿はとうにない。3人ほどの死体を残して、それ以外の全員が消えていた。

「私の、せいだ。」
「君のせいじゃない。」

 ヒカリのぼやきをヘルメスが瞬時に否定する。

「私が、あんな事を、しなければ……」
「たらればなんて、意味があるものか。それに僕らはまだ、負けちゃいない。」

 ヘルメスは懐から小さな杖を取り出した。大きさは大体、指先から肘程度のものだ。その杖には二匹の蛇が絡みついていて、先端には小さな二枚の翼がある。
 その杖は地面に突き刺されると、不思議な膜を張った。青白い真円状の膜が、アルスとフランを覆った。

「人器シリーズ666『ケリュケイオン』。魂に干渉する数少ない人器だ。これがあれば、魂を肉体に繋ぎ止めれる。」

 タッタッタッと、街道を走る音が聞こえる。白衣を着た女性、デメテルはそのまま、アルスとフランの所へと真っ直ぐに走ってきた。

「状況を教えてください、ヘルメス。直ぐに治療に取り掛かります。」
「呪いなどはなし。出血が多量で、この通り魂は抑えている。後は見たままさ。」

 デメテルは頭の天辺から、つま先まで見て、地べたに座り込む。

「治せるん、ですか?」

 ヒカリはデメテルにそう尋ねる。デメテルは一瞥をくれて、その後に両手に手袋をつける。

「私は、死んでいなければ何だって治してみせる。そこで見ていなさい。」

 当代最高位の癒し手である証明、聖人の称号は伊達じゃない。
 教会が擁する数百万の癒し手達の頂点に立ち、その座を何年にも渡り守り続けているのだ。

「『不死への完全証明ジ・アンサー』」

 故に彼女は証明してみせる。二人の生存を。
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