幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

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第九章〜剣士は遥かなる頂の最中に〜

11.六年越しの名

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 排除と、そう言ったが要は暗殺をしろという事であろう。それこそ不思議な話である。
 竜の里の力をもってすれば殺せない相手の方が稀であり、それほどの強さであるのならば俺達が太刀打ちする余地などない。

 ――我は世界に繋がれし存在であり、ここより動くことは叶わぬ。全ての竜を以てしても奴を相手に勝てる保証はないが、うぬらであれば勝機はある。故に依頼する

 しかし、竜神様は続けてそう言ったのだ。耳を疑った俺を、誰が咎めることができようか。

「……流石に、その暗殺対象を聞くまでは納得できないよ。政治不干渉の原則が冒険者にはあるから、要人の暗殺ならお断りだ。」
 ――無論、既知の事である。相手は犯罪組織の、その重役である

 犯罪組織という言葉に、思わず体が反応する。
 今、この世に存在する反社会組織の中で竜に対抗しうるものなど一つしか俺は知らない。いや、恐らく間違いなくそうである。


 ――『生存欲』のカリティ、その暗殺を依頼する


 この二人だけが呼ばれた理由を、ようやっと理解した。あの時、六年も前に、俺達はあいつと対峙してその能力の片鱗をこの目で見た。
 世界と繋がると言う竜神様であればそれを知っていても、きっとおかしい話ではない。
 いや、だがそれよりも、今になって依頼してくるということは――

「――いるのか、この国に。」
 ――然り、半年経つ前にこの国は滅ぶであろう

 絶句する。まるで不変の真実のように竜神様はそう述べて、そしてその言葉の真偽を、疑えるような相手でなかったからだ。
 世界と繋がりし竜、その言葉に嘘はないだろう。それが何なのかは分からないが、報酬からして世界のことを殆ど知り尽くしていると考えて相違あるまい。
 故に全てが真実であると考えた方が、合理的である。

「……竜神様、大分キツイように感じるけど、どうだろうか。能力を見たとはいえ、突破口を開けたかは別の話だ。それなら概念ごと燃やし尽くせるアポロンとかの方がいいんじゃないか?」
 ――否、これで良い

 これまた断言する。その淡々とした受け答えと、有無を言わさない冷徹さはもはや人ではなく機械である。
 そこに感情が介在する余地はない。生物としての在り方そのものが違った。

 ――問おう、依頼を請け負うか否か

 何を考えているのか欠片も理解できなかった。それはもしかしたら、師匠である精霊王と同じで、何かしらの制限がかけられているせいなのかもしれない。
 それとも未だに、目の前の存在を概念的にしか理解する事ができないせいであろうか。

「ヘルメス、頼む。」

 だが、少なくとも質問への返答は、俺の中では決まっていた。
 国が滅ぶと聞いて、それを見過ごす奴にどうして人が救えようか。それにカリティには借りがある。

「……わかった、その依頼を受けるよ。天下のオリュンポスが竜神様の依頼を蹴ったなんて、悪評にもほどがある。」

 ただ、とヘルメスは言葉を続ける。

「竜族からの全面協力、そしてカリティへと伝えられる限りの情報提供。それが条件だ。」
 ――委細承知した、では頼む

 迷うことなく、竜神様は了承する。この条件すらも全て始まる前から予想していたようであった。

 ――我は世界の記憶をうぬらに、何の対価なく話すことは基本できぬ。その男について語れるのは一つだけである
「それでもいいさ、聞かせてくれ。」
 ――奴を倒すその足がかりを、伝えよう

 いとも呆気なく、竜神様はそう言い放った。古代の騎士であり、圧倒的な力を持っていたケラケルウスすらも傷一つつけられなかったカリティを倒す方法。それは喉から手が出るほど欲しいものだ。
 しかしこの言い方から、相当に竜神というのは制限されている事も想像できる。これが終わったら、少しこの事について師匠に聞かなくてはならない。
 精霊王、竜神という神に制限された存在とは一体何なのかを。

 ――うぬら全員で戦え。決して戦いに加わらぬ者を作るな。それが敗因となる
「……それだけかい?」
 ――これ以上の知識には対価が必要である

 あまりに抽象的で、カリティの能力に迫れるものではなかった。それに少しがっかりしつつも、驚いていない自分もいた。
 師匠もそんな感じだったからかもしれない。いつも思わせぶりで、真実を言わずに俺を揶揄い続ける。今思えば、アレも伝えられる情報に制限がかけられているせいだったのかもしれない。
 ……ああいや、単純に性格が悪いだけかもしれない。

「それじゃあ、下がっても大丈夫そうかい?」
 ――否、そこの魔法使いのみ残れ
「アルスに話があるのかい。僕が残っちゃあ、話せないような話なわけか。」
 ――然り

 竜神様相手に交渉は意味がないと理解したのか、ヘルメスは特に抵抗もせずに入口へと足を向けていった。

「僕は先に戻って待ってるよ。戻ってから、全員で話し合おうじゃないか。」
「分かった……あんまり、ヒカリには詳細を話さないでくれ。」
「任せなよ。人を騙す事に関して、僕の右に出るものは早々いないとも。」

 ここだけ切り取れば間違いなく詐欺師の台詞である。というか、世界線が違えばこいつは本当にそうなっていてもおかしくない。
 だからこそ味方で良かった。ヘルメスに相対する人は必ず、胡散臭いという感想を抱く。だが逆に言えば、俺たちはヘルメスに脅威を抱けない。敵と思えない。敵であればこれほど厄介な事はあるまい。

「それで、俺に話って何だ?」
 ――アルス・ウァクラート、その身に神を宿す者よ、異界を渡りし者よ、我はうぬに忠告をせねばならぬ
「……知ってるのか。俺が転生者って事も、俺の中にいる神も。」
 ――如何にも、うぬは特異点でなくとも鍵である。うぬが世界を変えることはできずとも、うぬがいなくては世界は変わらない

 言っていることは小難しくて、頭に入ってこない。こういうのは理解しようと思っちゃいけない。時間の無駄だ。

 ――その神はいつか、うぬの制御下を外れる。抵抗をしているようではあるが、恐らくは無駄である。いつか必ず、その身から神は溢れ、うぬの体を喰らい尽くすであろう
「そんな話、師匠からは聞いてないが?」
 ――精霊王は確かに万能なる者であるが、全知には遠い。何より神というものへの深き理解を得るには、生きた年が短い

 流石、世界の始まりからいる竜は風格が違う。数百年を短いと言い切れるのだから、一体何万年の時を生きてきたのか想像すらできはしない。

 ――神との対話を目指せ、そして屈服させよ
「そんなんできたら、最初からやってるよ。」
 ――この依頼が終われば、天使王の下へ訪ねるといい。神に最も近き奴ならば、方法を知っているはずであろう

 天使王、聞き覚えのない名前だ。そもそも天使という存在すら、もはや伝説上の存在であったはずだが、その王がいると言われてもてんでピンとこない。
 ただ、そんな事を聞いてもしょうがない。勧めるのだから悪い人物ではないだろう。

 ――気に留めておけ、この世界に奴はいない以上、我でさえもその所在は知らぬ。しかしそれを無視すれば、うぬは破滅を迎えるであろう
「……せめて、ヒントとかはないのか?」
 ――ない

 不安を煽られただけで、全然解決になっていない。だが、得られた情報としてはありがたい事である。
 これは俺だけの問題ではない。他の人にも危害が及ぶものだ。どちらにせよ、対応は急ぐべきであった。その良いきっかけになったと考えよう。

「感謝する、竜神様。その天使王というもの、探してみるよ。」
 ――人よ、精々足掻くが良い

 その辛辣な激励の言葉を受けて、俺は洞窟の外へ足を向けた。
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