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第九章〜剣士は遥かなる頂の最中に〜

10.竜神

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 竜の里で一夜を過ごした翌朝、太陽の光が差し込んできたのに合わせて目が覚める。魔法で身だしなみを整えながら、俺は上りゆく朝日を見た。

「……アポロンを思い出すな。」

 太陽の子、アポロンの魔法は未だに俺の心の奥底に刻み込まれている。
 あれは違いなく、賢神上位、即ちは冠位にも勝るとも劣らない魔法であった。だが逆に言えば、越えなくてはならない領域である。
 俺の親父、『天覇』ラウロはこの次元に立っている。

 環境すらも変え、概念すらも塗りつぶし、災害そのものへと至るのが魔法の極地であり、未だ遠い魔法の頂である。
 ただ、俺の魔法は前例がない以上、どうやって極めれば良いのかが分からない。一体変身魔法の進むべき極地は、どのような姿をしているのだろうか。

「おい、人間。」

 この里では珍しい、人の姿をした竜であるカラディラがそう話しかけてきた。

「何だ?」
「竜神様の所に連れてこいって言われたのよ。あんたと、あの……緑色の髪の奴だけ来なさい。」

 ヘルメスと俺か。依頼をしたヘルメスだけなら兎も角、俺もというのは少し不思議だが、気にしても仕方がないだろう。
 ただ、まだ暁の頃。ヘルメスも起きてはいない。

「それは今すぐか、それとも後でいいのか?」
「今すぐよ。何で私が、あんた達の為に待たなくちゃいけないのよ。」

 逆らう必要もないし、俺は素直にヘルメスを呼びに行こうとしたが、そこで聞きたいことを思い出して足を止める。

「さっきから聞こえる声って、竜の魔導だよな。魔法じゃなくて確か竜法だっけか。」
「……そうだけど、何。」
「いや、どういう感覚なんだろうと思ってな。それは魔法での再現性がない。加えて言うならその、人化の魔導もだ。」

 フランが言うには、前回はずっと竜の姿だったらしい。そうであるのならば、別に竜人とかではないって事だ。
 姿を変える魔法は、俺の変身魔法ぐらいしかない。それぐらいの特殊性を持つ竜法が如何にして使われているのか、それは全魔法使い共通の疑問であろう。

「感覚よ。人が剣を振るう練習をするように魔導の練習は行われ、そして少しずつ勝手にできるようになる。それ以上の説明が必要?」

 ああ、なるほど。嘘はついていなさそうだ。だから本当に感覚でしかないのだろう。
 何か参考になるかと思ったが、そもそも根本から違うような気さえしてきた。きっと竜にとっては身体能力の一つなのだろう。
 そもそも竜があの巨体を今でも維持できているのに、魔力が関係していないとは到底思えない。竜というものは生まれつき魔導が使えるのかもしれない。

「質問はそれだけね。それならさっさと呼んで来て。竜神様は暇じゃないのよ。」
「わかったよ。」

 そんなわけで、俺は未だにテントの中で寝ているヘルメスを呼びに行った。





「……こんな朝っぱらからじゃなくても、いいんじゃないかな?」
「お前が来るのが遅かったからキレてるのかもしれない。」
「そんな狭量な神様なんていないさ。ルスト教の聖書にも、神は全てを許すって書いてある。」

 信用ならないセリフを吐きながら、寝起きのヘルメスは大きく欠伸をする。身だしなみを整える時間もなかったので、髪の毛も少しぼさぼさだ。
 いつもより頭の回転が悪い気がするが、竜神様に会うまでにはいつもの調子に戻るだろう。

「なあ、ヘルメス。竜って何なんだ?」
「急にどうしたんだい。質問の意図が分からないんだけど。」
「何故、他の神を差し置いて竜神だけが地上に干渉しているのか。何故、竜だけが他種族に比べあそこまでの潜在能力を持っているのか。そもそも竜法とは何か。疑問が絶えないんだよ。」
「……考えたこともなかったね。ただ、そこにあるものとしてしか考えてなかったから。」

 生物には必ず限界があるはずだ。何かを秀でさせようと思えば、何かが必ず劣ってしまう。
 大型生物は確かに強いが、その分食糧を多く必要とするなどのデメリットがある。しかし竜にそんな様子は欠片も見られない。
 完璧過ぎる。非の打ち所がない。それが逆に、俺にとっては不気味であった。

「だけどまあ、気になるなら聞いてみようぜ。何せ僕たちが会うのは全ての竜の祖にして、世界の始まりから存在する竜。竜神グランドィアなんだからさ。」

 集落のある場所から少し離れた、石で整備された洞窟の前で、先導するカラディラが足を止めた。
 その洞窟は以外にも入り口が普通のサイズで、竜の巨体など通れそうもない。人化の魔導を使える前提というわけだ。

「この先に、竜神様がいるわ。ここから先は聖域、竜神様の許可なくして入ることも、口を開くことも許されない。特にそこの緑髪は気をつけることね。」

 名指しで注意されたヘルメスは肩をすくめるが、カラディラは気にもとめずに洞窟の中へ入っていった。
 質問させる気すらなかった。よくわからないが、取り敢えず喋っちゃいけなさそうなので、俺とヘルメスは無言でカラディラについていく。

 洞窟の中は雑な作りではあるが道が整備されていて、どこか厳かな雰囲気を感じる。人が通るのには十分過ぎる空間があり、足音だけがこの場に響き続けていた。
 そのまま数分間、無言で歩き続けた。すると途中から薄暗い洞窟の中が、明るくなり始めた。光が強くなればなるほど、無意識下にそこに竜神がいるのだという確信が強まった。
 そしてその、半ば原始的な本能は正しかった。

 全員が、その足を止める。

 両開きの鉄扉の前へと辿り着いた。鉄扉の僅かな隙間から光が漏れ出ていて、きっと開ければかなり眩しいのだろう。
 その扉は竜の紋様が刻まれており、芸術品としての価値も高いような気がする。

 ――入れ

 言葉ではなかった。言葉の意味そのものを、直接脳に叩き込まれたような感覚であった。竜が行う念話とも違う、もっと漠然とし過ぎた力である。
 促されるままに、ヘルメスは鉄の扉を両の手で押し開ける。
 差し込む光に思わず目を瞑る。恐る恐る目を開け、少しずつ目が慣れてきた辺りで、やっとその先にあるものの全容が明らかになっていく。

 ――許す、楽にせよ

 竜、そこには竜そのものがいた。いや、逆に言えばそれ以上の認識を得る事が出来なかった。
 それを例えるとなると竜としか思えない。大きさも不確かで、輪郭も不確かで、何もかも朧気であるのにも関わらず、俺はそれを何故か竜とだけ形容できた。

「あなたが、竜神様かな?」

 ヘルメスが口火を切った。

 ――如何にも、全ての竜の祖である竜神にして、世界と繋がるただ一つの存在、『世界竜』グランドィアである
「それならば、依頼内容の説明を願いたい。僕はここに来いとだけ言われたものでね。」

 少しばかりの間、沈黙が響く。

 ――カラディラ、この場を離れよ
「分かりました。」

 竜神様の指示でカラディラは洞窟の中を引き返していく。カラディラには聞かせられない話なのだろうか。

 ――それでは、話そう。我が払う報酬は知識である。依頼を達成すれば、この世界にある全ての事を、何でも一つだけ教えよう

 絶句する。報酬のスケールが違い過ぎる事と、それを払ってまでも、解決したい問題を依頼しようとしているという二点にである。
 全てを知れるという権利は、人という限りある生においては最も重要と言ってもいい。特にここで、名も無き組織の事を知れれば、それはあまりにも大きい。

 ――依頼内容は、ある男の排除である
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