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第九章〜剣士は遥かなる頂の最中に〜
7.山頂間近
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日が明けてから、また俺達は歩き始めた。襲って来た奴らが追ってくる事はなく、上からの地形確認によって進むのも効率が良くて、恐らくは竜神がいるであろう場所へ近付けていた。
あやふやなのは、それっぽい場所は見つけたがそれが本当に目的地なのか確証がない為である。ヘルメスも詳しい場所は教えてもらっていないらしい。
ここが違かったら一回諦めて下山し、現地民に話を聞く予定だ。というかフランが案内を申し出たからしなかったのであり、本来ならそうやって行くつもりだった。
丸二日無駄にしたというのはちょっと嫌だし、向かう先が目的地であると願うばかりである。
「ここまでの標高になると、流石に寒いな。」
ヘルメスがそうポツリとこぼす。
闘気を使えばある程度の防寒はできるが、防寒のためだけに闘気を使い過ぎて戦えないなんて馬鹿らしい。だから、全員事前に買っておいた防寒着に身を包んでいるのだが、それでも寒い。
それもそのはず、既に周りには風を防ぐ木など一本も生えていない。標高がかなり高いが為である。
だが、それが重要な点でもある。
森の中ではどうしても竜の巨体では生活に不便である。であれば、森林のない標高が高い地点にいる可能性は高いと考えるのが自然であろう。
普通の人であれば山を登るだけでも一苦労、更に竜に襲われる可能性もあるとなれば竜神の下へ辿り着ける人が少ないわけだ。
「ヒカリ、大丈夫そうか?」
俺は後ろを歩いているヒカリにそうやって声をかけた。
「きついッスけど、まだ大丈夫ッス。」
ヒカリはこの中では一番体力もないし、何より闘気も魔力もまだないから、殆ど常人が富士山に登っているようなものだ。
一年間剣術をみっちりやっていたから普通の人よりマシだが、楽々と言うわけにはいかない。
「……前回来たときは雪が降っていたから、同じ場所か判別がつかん。」
「お前よく遭難しなかったな。」
雪山に地図や方位磁針もなく入るものじゃない。しかもこの調子じゃ食糧だって持っていたか怪しいところである。
「ただ、竜の気配は感じるぞ。」
「お得意の第六感か。それ、もう何かのスキルなんじゃないか?」
「師匠もできるから、剣士ならできる事だろう。」
フランの師匠には一回会ったきりである。確か名前をダストと言ったはずだ。
正直言って、俺はあの人が剣士なのかすら疑問に思っている。師匠もできるから、と言われても流石に信憑性がない。
「まあ、この際いいじゃないか。それよりもその直感が正しければ、やっと竜神様に会えるってわけなんだから。」
ヘルメスはそう言うが、俺はちゃんと歓迎される気がしなくて少し怖い。勝手なイメージかもしれないが、竜は会話が通じないイメージがある。
「――旅人か。」
声が、響いた。聞こえたのではなく、頭に直接、意思を叩きつけられたかのような感覚だった。
声の主を探そうにも耳から聞こえたわけではなく、どこにいるかも分からない。
「どこを向いている、上だ。」
そこには、人がいた。いや、人と言っていいかなど分からない。人の形をした、人ではない何かであった。
青い髪の中から生える二本の山吹色の太い角、背から広がる俺の背丈ほどありそうな巨大な二つの翼、そして何より、人ならざるその魔力が危機感をあおる。
人の服を着ているし、顔つきも人とほぼ同じ。だというのに、俺はそれが人ではない確信があった。
「腕試し、という様相ではないな。一人足手まといを連れる意味がない。」
それは空から高度を落とし、地面へ足をつける。そこでやっと、目の前の存在が女に近い見た目であるのに気がついた。
しかし女であるからと言って、何も状況は変わりなかった。味方であるのかも敵であるのかもわからない。それが何であるかさえ、想像が及ばなかった。
「我らが竜の里に、何の用だ人間ども。」
竜、竜と言ったのか。なるほど、それはつまり、こいつは竜であるのか。人の形を模した竜であるのなら、この威圧感にも納得がいく。
「いやいや、大した話じゃないさ。僕らは竜神様の依頼を受けて、ここに参上しただけだよ。」
「竜神様が依頼を……ふむ。聞いてはいないが、確認する意味はあるか。ここで待っていろ。」
これが竜か。そもそもが根本から違うのだと、本能的に知覚するものがあった。勝てないとは言わないが、きっと恐ろしく強いのだろう。
こんなのがゴロゴロいるのだとしたら、正にそれは最強の種族に相違ない。
「待て。」
飛び立とうとする竜を、フランが呼び止める。竜は気安く呼び止められたのが気に入らなかったのか、嫌そうに振り返った。
「何だ?」
「何故、前会った時と口調が違う。」
「――」
「人違いならすまん。ただ、お前だろう。俺は道に迷っても人違いは滅多にしない。」
やけに確信めいた口調でフランはそう言った。余裕綽々な威厳があるような顔と打って変わり、竜の顔は固まった。
竜の目付きは鋭くなり、フランを睨みつける。だがフランはいつも通りで、変わらずに真っ直ぐ竜を見ていた。
「ひ、人違いだろう。」
「お前は竜の里に住んでいるのだろう。前は一週間も滞在したのだから、会っていないはずがない。加えて言えば青い竜は珍しかったはずだ。見間違うものか。」
……何故か、とても竜が焦っているように見えた。どうやら本当にフランと面識があるような反応だ。
前回行った時に会っていたのだろうか。それならば何故、こんなにも余所余所しい感じなのだろう。
「……」
微妙な空気が流れる。フランは目線を外さない。対して竜は明らかに目を逸らした。
そのまま数秒、沈黙がこの場を流れた。
「な……」
「な?」
やっと漏れ出した一言に、鋭くフランが問いかける。
「何でわかんのよっ!」
威厳もへったくれもない、情けない声が飛び出した。少し涙目である。
「あんたと会った時は竜の姿だったじゃない!どうして人化の術を使ってるのにわかるのよ!」
「いや、ええと……すまん。」
「理由もわからないのに謝らないで!」
栓を切ったかのように竜は喋り始めた。というより、こっちが素でさっきのがよそ向き用なのだろう。
だが、どうやら敵対する事はないだろうと分かったので、俺も警戒心を少し解く。
「もういいわ。全員ついてきて、竜神様の所へ案内するから。」
「確認は取らんでも良いのか?」
「ああ、うるさい。あんたは黙っときなさい。私がいいって言ったらいいのよ。」
そう言って、ズカズカと先頭を歩いて山を登っていった。少し呆気に取られながらも、俺達はその後ろをついていく。
「……何かあったのか、フラン。随分と嫌われてるみたいだが。」
「何もしてない。一対一の決闘を挑まれて返り討ちにした記憶はあるが、それ以外では話してもいないはずだ。」
「いや、絶対それのせいだろ。」
誰だって自分から自信満々に挑戦状を叩きつけて、それで敗北したら恥ずかしいに決まっている。それは竜だって変わりあるまい。
鈍感系主人公ばりに人の機微が分からないんだよな、フランは。相手の今の感情は分かっても、何故そう思うかを理解できない。悪い奴ではないのは確かなんだが、気付かない間に人を傷つけている。
「何でもいいさ。ともかくこれで、やっと龍神様に会えるわけなんだから。」
確かにヘルメスの言う通りだ。細かいことは一度置いておこう。
あまりない機会であるし、ちょっと色々と見て回ってみたい。それに、何故竜が人の姿を取れるのか、それとさっきから頭に直接響いてる声が何かとか、それも後で聞いてみよう。
あやふやなのは、それっぽい場所は見つけたがそれが本当に目的地なのか確証がない為である。ヘルメスも詳しい場所は教えてもらっていないらしい。
ここが違かったら一回諦めて下山し、現地民に話を聞く予定だ。というかフランが案内を申し出たからしなかったのであり、本来ならそうやって行くつもりだった。
丸二日無駄にしたというのはちょっと嫌だし、向かう先が目的地であると願うばかりである。
「ここまでの標高になると、流石に寒いな。」
ヘルメスがそうポツリとこぼす。
闘気を使えばある程度の防寒はできるが、防寒のためだけに闘気を使い過ぎて戦えないなんて馬鹿らしい。だから、全員事前に買っておいた防寒着に身を包んでいるのだが、それでも寒い。
それもそのはず、既に周りには風を防ぐ木など一本も生えていない。標高がかなり高いが為である。
だが、それが重要な点でもある。
森の中ではどうしても竜の巨体では生活に不便である。であれば、森林のない標高が高い地点にいる可能性は高いと考えるのが自然であろう。
普通の人であれば山を登るだけでも一苦労、更に竜に襲われる可能性もあるとなれば竜神の下へ辿り着ける人が少ないわけだ。
「ヒカリ、大丈夫そうか?」
俺は後ろを歩いているヒカリにそうやって声をかけた。
「きついッスけど、まだ大丈夫ッス。」
ヒカリはこの中では一番体力もないし、何より闘気も魔力もまだないから、殆ど常人が富士山に登っているようなものだ。
一年間剣術をみっちりやっていたから普通の人よりマシだが、楽々と言うわけにはいかない。
「……前回来たときは雪が降っていたから、同じ場所か判別がつかん。」
「お前よく遭難しなかったな。」
雪山に地図や方位磁針もなく入るものじゃない。しかもこの調子じゃ食糧だって持っていたか怪しいところである。
「ただ、竜の気配は感じるぞ。」
「お得意の第六感か。それ、もう何かのスキルなんじゃないか?」
「師匠もできるから、剣士ならできる事だろう。」
フランの師匠には一回会ったきりである。確か名前をダストと言ったはずだ。
正直言って、俺はあの人が剣士なのかすら疑問に思っている。師匠もできるから、と言われても流石に信憑性がない。
「まあ、この際いいじゃないか。それよりもその直感が正しければ、やっと竜神様に会えるってわけなんだから。」
ヘルメスはそう言うが、俺はちゃんと歓迎される気がしなくて少し怖い。勝手なイメージかもしれないが、竜は会話が通じないイメージがある。
「――旅人か。」
声が、響いた。聞こえたのではなく、頭に直接、意思を叩きつけられたかのような感覚だった。
声の主を探そうにも耳から聞こえたわけではなく、どこにいるかも分からない。
「どこを向いている、上だ。」
そこには、人がいた。いや、人と言っていいかなど分からない。人の形をした、人ではない何かであった。
青い髪の中から生える二本の山吹色の太い角、背から広がる俺の背丈ほどありそうな巨大な二つの翼、そして何より、人ならざるその魔力が危機感をあおる。
人の服を着ているし、顔つきも人とほぼ同じ。だというのに、俺はそれが人ではない確信があった。
「腕試し、という様相ではないな。一人足手まといを連れる意味がない。」
それは空から高度を落とし、地面へ足をつける。そこでやっと、目の前の存在が女に近い見た目であるのに気がついた。
しかし女であるからと言って、何も状況は変わりなかった。味方であるのかも敵であるのかもわからない。それが何であるかさえ、想像が及ばなかった。
「我らが竜の里に、何の用だ人間ども。」
竜、竜と言ったのか。なるほど、それはつまり、こいつは竜であるのか。人の形を模した竜であるのなら、この威圧感にも納得がいく。
「いやいや、大した話じゃないさ。僕らは竜神様の依頼を受けて、ここに参上しただけだよ。」
「竜神様が依頼を……ふむ。聞いてはいないが、確認する意味はあるか。ここで待っていろ。」
これが竜か。そもそもが根本から違うのだと、本能的に知覚するものがあった。勝てないとは言わないが、きっと恐ろしく強いのだろう。
こんなのがゴロゴロいるのだとしたら、正にそれは最強の種族に相違ない。
「待て。」
飛び立とうとする竜を、フランが呼び止める。竜は気安く呼び止められたのが気に入らなかったのか、嫌そうに振り返った。
「何だ?」
「何故、前会った時と口調が違う。」
「――」
「人違いならすまん。ただ、お前だろう。俺は道に迷っても人違いは滅多にしない。」
やけに確信めいた口調でフランはそう言った。余裕綽々な威厳があるような顔と打って変わり、竜の顔は固まった。
竜の目付きは鋭くなり、フランを睨みつける。だがフランはいつも通りで、変わらずに真っ直ぐ竜を見ていた。
「ひ、人違いだろう。」
「お前は竜の里に住んでいるのだろう。前は一週間も滞在したのだから、会っていないはずがない。加えて言えば青い竜は珍しかったはずだ。見間違うものか。」
……何故か、とても竜が焦っているように見えた。どうやら本当にフランと面識があるような反応だ。
前回行った時に会っていたのだろうか。それならば何故、こんなにも余所余所しい感じなのだろう。
「……」
微妙な空気が流れる。フランは目線を外さない。対して竜は明らかに目を逸らした。
そのまま数秒、沈黙がこの場を流れた。
「な……」
「な?」
やっと漏れ出した一言に、鋭くフランが問いかける。
「何でわかんのよっ!」
威厳もへったくれもない、情けない声が飛び出した。少し涙目である。
「あんたと会った時は竜の姿だったじゃない!どうして人化の術を使ってるのにわかるのよ!」
「いや、ええと……すまん。」
「理由もわからないのに謝らないで!」
栓を切ったかのように竜は喋り始めた。というより、こっちが素でさっきのがよそ向き用なのだろう。
だが、どうやら敵対する事はないだろうと分かったので、俺も警戒心を少し解く。
「もういいわ。全員ついてきて、竜神様の所へ案内するから。」
「確認は取らんでも良いのか?」
「ああ、うるさい。あんたは黙っときなさい。私がいいって言ったらいいのよ。」
そう言って、ズカズカと先頭を歩いて山を登っていった。少し呆気に取られながらも、俺達はその後ろをついていく。
「……何かあったのか、フラン。随分と嫌われてるみたいだが。」
「何もしてない。一対一の決闘を挑まれて返り討ちにした記憶はあるが、それ以外では話してもいないはずだ。」
「いや、絶対それのせいだろ。」
誰だって自分から自信満々に挑戦状を叩きつけて、それで敗北したら恥ずかしいに決まっている。それは竜だって変わりあるまい。
鈍感系主人公ばりに人の機微が分からないんだよな、フランは。相手の今の感情は分かっても、何故そう思うかを理解できない。悪い奴ではないのは確かなんだが、気付かない間に人を傷つけている。
「何でもいいさ。ともかくこれで、やっと龍神様に会えるわけなんだから。」
確かにヘルメスの言う通りだ。細かいことは一度置いておこう。
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