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第八章〜少女はそれでも手を伸ばす〜
40.老王の分岐点
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朽ちた建造物が雑多に並んでいる。街道は整備がされていない為に荒れており、加えて言うのであれば行き交う人にあまり正気もない。
そこらの路上で物乞いをする人もいれば、何かを売っている人もいる。ただ活気があるというよりは、必死であった。ありとあらゆる人が、明日を生きる為だけに必死であった。
そんな街の中を、杖をつく老人が歩いている。
歩く足は遅く、貧弱そうなイメージをどの人であっても抱くはずだろう。そして法の届きづらい地である以上、ここを一人で歩くのは危険であった。
というのに老人は全く物怖じをせず、杖をつく音と足音を響かせながら、ただ漫然と歩いていた。
「おい、爺さん。金置いてけよ。」
そんな老人へと声がかかる。声の主へと振り向くと、路地裏の方に一人の少女がいた。
髪や服、肌は薄汚れていて、腕も弱々しく細い。ただ呼びかけた声は力強く、高い子供の声は鼓膜へ鋭く響いた。
「その服装からして金持ちだろ。ここで服に金をかけれる奴なんて、ヤクザもんか騎士様ぐらいしかいねえ。どっちでもねえんだったら、馬鹿な金持ちだ。」
「金が、欲しいのか?」
「ああ、そうだ。お前みたいな金持ちには分からねえだろうが、こっちは明日の食糧も安定しないんだよ。」
老人は少女の方へ寄る。少女はその右手で直ぐそばに置いてある空き缶を指差し、そこに入れるように目で促した。
老人は何も言わずに懐をまさぐり、そして硬化を2枚入れた。
「生憎じゃが、わしは金持ち過ぎて金は持ち歩かん。大体の店は後払いで済むからの。」
「顔パスってやつかよ、鼻につくなこんちくしょうが。」
少女は缶をひっくり返し、中に入っている2枚の硬化を取り出して近くにおいておいた麻袋にしまう。
「入れた本人がいる前で取り出すんじゃな。」
「中に一銭も入ってない方が同情を買うだろ?」
「ふむ、道理じゃ。」
力がない者は、自然と小賢しい力ばかり身につく。つまりは人の心に対する理解が深まるということだ。
自分より力が強いやつでも、味方を大勢作れば、相手の敵が多いようにすれば、勝機は確かに存在する。弱者は往々にしてそれを利用する。
「もう金がないなら、さっさとどこかに行きやがれ。見世物じゃねえぞ。」
「立ち去るのは良いが……わしに仕える気はないか?」
「仕える?私が、お前に?」
「そうじゃ。ここで会ったのも何かの縁かもしれぬ。主にとっても、悪い話ではあるまい。こことは違って、ちゃんと衣食住も保証される。」
ジーっと老人を見た後に、少し自嘲気味に笑って話し始める。
「嫌だね。」
「ほう、何故じゃ?」
「私は自由になりたいだけなんだ。誰かに仕えるなんて真っ平ごめんだ。お前が私に仕えるって言うんだったら話は違うが、無理だろ?」
「……そうじゃな、確かに難しい。」
その少女は少し変わっていた。このスラム街という劣悪な環境であっても、それでも人生を楽しもうと生きていた。
自分が楽しく生きていけるという最低条件を守った上で、その中から最高の選択肢を選ぼうと少女はしていたのだ。楽しくないなら、生きていても価値がないと言わんばかりに。
「爺さん、人ってのは心の中の何かを守って生きている間だけ人なんだ。何も守れない人なんてのは、獣と一緒だ。」
不思議かな、人に新たな発見を与えるのはいつだって老人か子供と相場が決まっている。
餓鬼の言う事だと一笑に付すのは容易い事である。しかし、経験を積み重ねてしまったからこそ、経験も何もないが故に出た言葉に気付かされる事も確かにあった。
「……そういう意味では、わしらは似ておるな。どれだけ生活が豊かになろうとも、それ以上に失いたくない何かがあるのじゃから。」
「小難しい話をするんじゃねえよ。私はただ、自分の大切なルール守り通したいだけだ。」
「わしも同じと言いたいだけじゃ。わしはどれだけ人に憎まれようと、嫌われようと、この身が朽ち果てようとも、守らなくてはならない物があるからの。」
もし少女の言うことが正しいとするのならば、人であるには守り通さなくてはならないのだ。自分の中の何かを守ってこそ、人は人たり得る。
どんな倫理観も、どんな道徳観も、人である間だけに意味があるもの。まず人にならなくてはならない。
「感謝するわい。良い知見を得た。」
「こんな餓鬼から学ぶ事があるって事は、相当な薄っぺらい人生を送ってきたんだな。」
「そうじゃな。実に、無為な一生であった。失敗する事だけを恐れてきた臆病者の人生じゃった。」
老人は少女へ背を向ける。
「だからこそ、これが人生最後にして最初の勝負じゃ。初めて、勝ちに行く。負けがある勝負に挑む。」
老人はそう言ってこの場を去った。
少女は老人の言う事が分からなかった。そして、変な老人がいたと数日は覚えられても、一月も経てばそんな事を覚える余裕もなくなり、存在そのものを忘れてしまう事だろう。
この邂逅はどこの記録にも残らない。残るのは世界の記憶、アカシックレコードにのみに片隅に記される程度。意味などなかったはずの、偶然の出会いであった。
そこらの路上で物乞いをする人もいれば、何かを売っている人もいる。ただ活気があるというよりは、必死であった。ありとあらゆる人が、明日を生きる為だけに必死であった。
そんな街の中を、杖をつく老人が歩いている。
歩く足は遅く、貧弱そうなイメージをどの人であっても抱くはずだろう。そして法の届きづらい地である以上、ここを一人で歩くのは危険であった。
というのに老人は全く物怖じをせず、杖をつく音と足音を響かせながら、ただ漫然と歩いていた。
「おい、爺さん。金置いてけよ。」
そんな老人へと声がかかる。声の主へと振り向くと、路地裏の方に一人の少女がいた。
髪や服、肌は薄汚れていて、腕も弱々しく細い。ただ呼びかけた声は力強く、高い子供の声は鼓膜へ鋭く響いた。
「その服装からして金持ちだろ。ここで服に金をかけれる奴なんて、ヤクザもんか騎士様ぐらいしかいねえ。どっちでもねえんだったら、馬鹿な金持ちだ。」
「金が、欲しいのか?」
「ああ、そうだ。お前みたいな金持ちには分からねえだろうが、こっちは明日の食糧も安定しないんだよ。」
老人は少女の方へ寄る。少女はその右手で直ぐそばに置いてある空き缶を指差し、そこに入れるように目で促した。
老人は何も言わずに懐をまさぐり、そして硬化を2枚入れた。
「生憎じゃが、わしは金持ち過ぎて金は持ち歩かん。大体の店は後払いで済むからの。」
「顔パスってやつかよ、鼻につくなこんちくしょうが。」
少女は缶をひっくり返し、中に入っている2枚の硬化を取り出して近くにおいておいた麻袋にしまう。
「入れた本人がいる前で取り出すんじゃな。」
「中に一銭も入ってない方が同情を買うだろ?」
「ふむ、道理じゃ。」
力がない者は、自然と小賢しい力ばかり身につく。つまりは人の心に対する理解が深まるということだ。
自分より力が強いやつでも、味方を大勢作れば、相手の敵が多いようにすれば、勝機は確かに存在する。弱者は往々にしてそれを利用する。
「もう金がないなら、さっさとどこかに行きやがれ。見世物じゃねえぞ。」
「立ち去るのは良いが……わしに仕える気はないか?」
「仕える?私が、お前に?」
「そうじゃ。ここで会ったのも何かの縁かもしれぬ。主にとっても、悪い話ではあるまい。こことは違って、ちゃんと衣食住も保証される。」
ジーっと老人を見た後に、少し自嘲気味に笑って話し始める。
「嫌だね。」
「ほう、何故じゃ?」
「私は自由になりたいだけなんだ。誰かに仕えるなんて真っ平ごめんだ。お前が私に仕えるって言うんだったら話は違うが、無理だろ?」
「……そうじゃな、確かに難しい。」
その少女は少し変わっていた。このスラム街という劣悪な環境であっても、それでも人生を楽しもうと生きていた。
自分が楽しく生きていけるという最低条件を守った上で、その中から最高の選択肢を選ぼうと少女はしていたのだ。楽しくないなら、生きていても価値がないと言わんばかりに。
「爺さん、人ってのは心の中の何かを守って生きている間だけ人なんだ。何も守れない人なんてのは、獣と一緒だ。」
不思議かな、人に新たな発見を与えるのはいつだって老人か子供と相場が決まっている。
餓鬼の言う事だと一笑に付すのは容易い事である。しかし、経験を積み重ねてしまったからこそ、経験も何もないが故に出た言葉に気付かされる事も確かにあった。
「……そういう意味では、わしらは似ておるな。どれだけ生活が豊かになろうとも、それ以上に失いたくない何かがあるのじゃから。」
「小難しい話をするんじゃねえよ。私はただ、自分の大切なルール守り通したいだけだ。」
「わしも同じと言いたいだけじゃ。わしはどれだけ人に憎まれようと、嫌われようと、この身が朽ち果てようとも、守らなくてはならない物があるからの。」
もし少女の言うことが正しいとするのならば、人であるには守り通さなくてはならないのだ。自分の中の何かを守ってこそ、人は人たり得る。
どんな倫理観も、どんな道徳観も、人である間だけに意味があるもの。まず人にならなくてはならない。
「感謝するわい。良い知見を得た。」
「こんな餓鬼から学ぶ事があるって事は、相当な薄っぺらい人生を送ってきたんだな。」
「そうじゃな。実に、無為な一生であった。失敗する事だけを恐れてきた臆病者の人生じゃった。」
老人は少女へ背を向ける。
「だからこそ、これが人生最後にして最初の勝負じゃ。初めて、勝ちに行く。負けがある勝負に挑む。」
老人はそう言ってこの場を去った。
少女は老人の言う事が分からなかった。そして、変な老人がいたと数日は覚えられても、一月も経てばそんな事を覚える余裕もなくなり、存在そのものを忘れてしまう事だろう。
この邂逅はどこの記録にも残らない。残るのは世界の記憶、アカシックレコードにのみに片隅に記される程度。意味などなかったはずの、偶然の出会いであった。
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