幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

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第八章〜少女はそれでも手を伸ばす〜

30.隠された計画

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 アテナさんに任せて、そこからヒカリを探し出すのは大変だった。急に倉庫が光を発したのを見ていなければ、きっと間に合わなかっただろう。
 今後こういう事がないように、師匠から感知系の魔法を教えてもらったほうが良いかもしれない。最近は戦闘用に偏っていたから。

「クソ、クソ、クソ! 最悪だ! あの勇者のせいで、王女を殺せなかった!」

 俺が吹き飛ばした獣人の男はそう言って悪態をつく。既に体にはいくつも斬られた傷があったが、そのどれもが致命傷のようには見えなかった。
 ヴァルトニアの人か、それとも名も無き組織の人か。そんなものは最早どうでも良い。こいつはヒカリを殺そうとしていた。必要な事実はそれだけだ。

「本当に最悪だ。ヴァダーならともかく、お前を相手にすれば時間がかかり過ぎる。」
「……まるで、俺に勝てるみたいな物言いだな。」
「私が警戒しているのはお前ではない。オリュンポスの奴らの方だ。」

 獣人は骨格を変形させ、筋肉を膨張させ、その姿を変える。虎の化け物、というのが俺の印象である。
 その姿はベルセルクと似ていた。だがベルセルクに比べれば印象としては数段劣ってしまう。魔族と獣人の間、という感じだろうか。

「お前を即座に殺して王女を殺す。オリュンポスが来る前に。」

 随分と口が回るやつだ。これから命をかけるというのに、随分と緊迫感が薄い。

「開け、無題の魔法書。」

 こいつを絶対に倒さなくてはならない。その怒りが籠った思いが、逆に俺を冷静にさせる。
 相手の一挙手一投足をしっかりと確認し、特に荒ぶることも無く、俺の魔力はむしろ内から燃え滾るように強さを増していた。
 早く形を与えてくれと、目の前の敵を倒せと背中を押されているような気分だった。

「人器解放、『巨神炎剣レーヴァテイン』」

 いつもより何倍も、その燃え盛る剣は手に馴染んだ。今までより遥かにその炎を制御できた。いつもは強過ぎる力で俺の身すら焦がしていたその剣は、今、完全に俺のものとなっていた。
 頭の中が異様にクリアだった。他の何も頭には入らない。ただ、目の前に全身が集中していた。

「ガァっ!」

 獣のように叫び、その獣人はこっちへと迫る。それがやけに、遅く見えた。
 いつもなら、俺はこの剣を制御する事すらできない。他の魔法との併用をするにしても、簡単な魔法だけだ。だけど今なら、更に上ができる気がした。
 俺は体そのものを炎へと変える。まるで剣と体を一体化させるように、世界そのものへと溶け込むように。

「『終焉の剣ラグナロク』」

 一撃、いや、一撃では終わらない。相手が俺に反応した瞬間に、俺の炎の体は相手の裏側へと回り込み、四方八方から斬りつけ続ける。
 これを食らっても無事な辺り、相当な耐久性だ。だが、何度も喰らっても無事な程にこの魔法は弱くない。

「『■■■現ロスト・ファンタジー』」

 そして最後の一撃には、神の力を込めた。レーヴァテインに神の力を流し込み、文字通りに神の最強の武器とする。
 足元の鉄を溶かすほどの熱量を持つ剣が、獣人を斬り裂いた。

「ァ、ガァ! ァァァアアアアア!!!」
「もっと警戒をして攻めて来れば、まだ防げたろうに。」

 まだ原型を留めているのは賞賛に値する。とんでもないタフさと、頑丈さだ。普通なら焼け焦げて塵になっている。
 しかしそれを踏まえても、もう動く事は不可能な傷である。右腕と左足を切断し、更に体に見るも無惨な焼け傷と切り傷が残っていた。

「そこで大人しくしていろ。」

 俺は念の為に光属性魔法で獣人を拘束する。さっきみたいに、まだ戦うなんていう事をされては厄介だ。
 俺は手の剣を消して、無題の魔法書も消した。そしてヒカリとテルムの方へと向かった。

「大丈夫か、ヒカリ。」
「幸運にも怪我一つないッスから、無事ッスよ。それよりも、あの人の方を……」

 ヒカリは動かないヴァダーの方を指差した。だが、ここから見ても魔力は安定しているし大事には至らなそうだ。
 しかし何故、裏切った癖してあいつが大怪我を負っていたのだろう。未だに状況が掴めない。
 次に俺はテルムの方を見た。テルムは何も言わなかった。だから俺も、下手な言葉をかけようとは思わなかった。

「ここは今、オルゼイとヴァルトニアの内乱の戦場になっている。だから極力急いでこの場を離れるぞ。すまんがヒカリ、ヴァダーの方をおぶってくれ。強化魔法をかけとくから。」

 あの獣人を運ぶのは、この中で俺にしかできないし、俺が集中しておかなくては危険だ。
 そう思って獣人の方を振り返ると、既にそこに獣人の姿はなかった。俺の魔法が解除された形跡はない。それどころか、未だにそこに魔法は残っている。中にいた獣人だけが忽然と姿を消していた。
 背筋に嫌な汗が伝う。あいつを逃すのはヤバい。俺だから勝てたが、そこらの戦士や魔法使いでは勝てる相手ではない。ここで捕まえた情報を吐かせなくてはならなかったのに。

「二人とも! あの中にいた奴がどこに行ったか見てないか!?」
「いや、私も見てないッス。あの人の方を見ていたッスから。」
「テルムは?」
「見てねえよ。あんなボロ雑巾な奴、見てたら気持ち悪くなる。」

 ああ、確かにそうだ。ネットにあげたらR18G確定のグロ物件だった。むしろ注視している方がおかしい。俺に耐性がつき過ぎただけだった。

「それなら今すぐ探さないと――ッ!?」

 地面が、揺れた。地震、いや、この世界ではプレートの動きが遅いせいか滅多に地震は起きない。普通は魔物だとか人為的なものを疑う。
 一体何が起きているのか、一体何が、この内乱で起きているのか。

「全て、説明しましょう。アルス殿には、知る権利が、ある。」

 ヴァダーが、壁をつたいながら歩いてこっちへと寄っていた。
 歩くのも辛いし、喋るのも辛いはずだ。それでもヴァダーは話さなくてはならないと、そんな強迫観念にも近いものでこちらへと足を進めていた。

「陛下には伝えるなと、言われていましたが、流石にこれ以上は、伝えなくてはならない。」
「……座れ。無理して立つ必要はない。」
「いえ、大丈夫です。直に、治ります。」

 確かに、歩く度にヴァダーの傷は少しずつ治っていて、どんどんしっかりと歩けるようになっていた。

「これは、姫様を発見した時に陛下が考案した計画です。オリュンポスとウァクラートの血を引くアルス殿を巻き込み、オルゼイを守る為の計画。」
「陛下ってのは、クラウン陛下のことか?」

 ヴァダーは頷いた。
 その話し方をそのまま受け取るのならば、ヴァダーは裏切っていないという事になる。ならば何故、このような手段を。
 頭が追いつかない。一体あの王様は、何を考えていたのか。

「我らの国力は、ヴァルトニアには遠く及ばない。普通にやれば負けて、支配されるだけこと。勝つには普通ではない手段を取る必要があった。例え、非人道的であっても。」

 その全てを、ヴァダーが語り始めた。その顔は戦いでの疲労よりも、精神的な疲労の方が深いようだった。

「話しましょう、今外で起きている全ても。」
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