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第八章〜少女はそれでも手を伸ばす〜

7.魔法の教え

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 契約書をしまって、俺はあてがわれた部屋に戻った。使用人から結界を張っていい許可をもらっていたので、部屋には結界が張られている。
 前も結界を張っていたし、もう手慣れたものだ。別に出入りを封じる事はないが、誰が入ったとかを俺に情報として送る。そして俺が王城内にいるのなら、どこであっても一秒足らずで駆けつけられる。天野を守るには十分な結界である。

「あ、おかえりなさいッス。」
「依頼の話はまとまった。取り敢えずは明日から魔法を教える事にしたから、今日は特段何かをするわけじゃない。」
「真面目に働いてるんスね、昔から変わらないッス。」
「人がそう簡単に変わるか。四十年かけて性格を形成したんだ。もう一度形成し直すには八十年かかる。」

 土台を作るのに四十年、再形成に四十年かかる。俺の性格はそれぐらい深く、脳に根付いている。くだらない意地と見栄の集積は、案外と重いものだ。

「それに俺は真面目じゃない。欲しいものがあるから、真面目ぶってるだけだ。昔は金が欲しかったから、今は……まあ、そんな感じさ。」
「そこもやっぱり相変わらずッスね。捻くれてるッス。」
「……結構まともになったと思ったんだがな。お前といると、前世に引きずられる。」

 俺の中では、未だ草薙真とアルス・ウァクラートは別のものとしてある。性格が混ざり合ったわけではなく、二つ別個に形成されたのだ。正確に大した差はないが。
 前世の俺は皮肉家で自分が嫌いだった。今世の俺は理想家で、自分が、ちょっとは好きなんだ。

「それより、今後の話をするぞ。座れ。」
「了解ッス!」

 元気良く返事して、天野は近くの椅子に座った。行儀悪く、椅子の上で胡座をかいてだ。

「これから一年、この城で過ごす事になる。俺は基本的に仕事をしているから、その間も部屋で天野には勉強をしてもらう。」
「つまりはいつも通りッスね!」
「おおよそはそうだけど、少し形式を変える。意味は理解できるだろうし、俺はこれから日本語は喋らない。発音だとか文法だとか、俺との会話を参考にしてくれ。」

 やはり言葉を覚えるのなら実践形式が早い。どれだけ文法やら単語を覚えても、結局は使い方を知らなければ意味はない。
 天野がこの世界で生きていくには、極力早く言語の習得をする必要がある。最低限でも会話、次点に読み書きを習得させねば、日常生活すらおぼつかない。

「ええ……馴染みがあるから聞きやすいんスけどねえ。」
「慣れればこっちも聞きやすくなるさ。ただの言語だからな。」

 それに、この世界の言語は数が少ないから比較的楽な方だ。
 どの国に行っても大体はレイシア語で通じるし、他言語も殆どがそれに言語体系が似ているから習得が容易である。
 昔の神と人との戦争の時に、グレゼリオン王国を除く全ての国が滅んで、この世界の言語は大体一つに定まったらしい。経緯はあれだが、言語の統一というのは良い事に違いない。

「それと、前にも言ったが、部屋を分けるには不都合な事も多いし相部屋だ。俺は昼間の間はほとんどいないから、こればかりは勘弁してくれ。」

 不都合というのは、単に俺の助手という名義で天野を連れてきているからだ。
 魔法関係の手伝いをしている、と話しているからには天野がそういう作業をしていなければおかしな話である。しかし実際には天野にそんな事ができようはずもない。
 現実には天野は見ているだけだが、この部屋で作業をしているという事実があれば怪しまれる可能性は低い。天野の状況はかなり複雑だから、隠せるなら隠しておきたいのだ。

「その事についてなんスけど、私に魔法を教えてくれないッスか。」
「魔法を、か?」
「流石にレイシア語の勉強だけは飽きるッスよ。それに、子供でも簡単な魔法は使えるって先輩が言ってたッス。私も使いたいッス。」

 道理か。確かに生活魔法ぐらいなら簡単だし、教えても損はあるまい。習得にはかなりかかるのは、確かな話だ。

「そもそも、魔法って何か分かるか?」
「魔法……魔力を使って、何かこう凄い事をすることッスよね。」
「……まあ、遠くはないか。たけどそんなに適当なものじゃない。」

 魔法というのは理論である。太古の時代において、魔法は神の奇跡とも呼ばれていたらしいが、現代においては全く違う。
 むしろ神の奇跡はスキルの方であって、魔法とはこの世にただあるものとして確固たる地位を得た。故に誰もが使う事ができ、生活に最も溶け込んでいるものなのだ。

「天野、お前は理系だったよな。」
「理系ッスけど……それがどうかしたんスか?」
「そっちの方が説明の理解が早いだろ。」

 魔法は現代科学と通ずる事がある。俺もうろ覚えではあるが、それでも一般常識レベルの教養はあるはずた。

「原子と同じく、魔力は粒子となって空気中を舞っている。なら何故、その魔力が属性にそって大きく形を変えるか。それは魔力が持つ変化性にある。」

 魔力という物質は地球に存在する法則の幾つもが当てはまらない特異的な物質である。
 その中でも特に論点に上がるのが火になったり、水になったり、木になったりするのは何故かという話だ。これは一応、仮説ではあるが有力なものがある。
 かつて存在した大英雄、魔術王が発表した学説だ。

「魔力は、炎に変わるんじゃない。炎の形をした魔力に形を変えるんだ。別に炎になったわけじゃないんだ。」
「だけど、結果は同じッスよね。」
「確かにそう見えるが、これを知っているか知っていないかでは大きく違う。俺たちが作るのは水に似た別の物質であって、水じゃない。それを利用すれば、面白い事ができる。」

 俺は手の平の上に、水を生み出す。綺麗な水の球体は微かに回転しながら、そこに静止していた。

「100度を超えた水だ。現在地の気圧から考えたら、絶対に形成されないはずだな?」
「……だけど、これぐらいならまだ周囲の気圧を弄れば有り得るはずッスよ。風属性魔法もあるんスよね?」
「ああ、確かに100度ぐらいならな。だけど、圧力を上げていって沸点をあげても、いずれは臨界点を迎える。臨界点を迎えたら、気体と液体の区別がつかない状態になるはずだ。」

 超臨界流体と言ったか。逆に言えばその領域に行けば、それは水ではなくなる。故に水の温度には、限界があるはずなのだ。
 しかし、その臨界点を超えた温度を出しても尚、俺の手の平の水はその形状を保ち続けている。

「なんか、そんなんあった気がするッスね……何でそんなん覚えてるんスか?」
「化学は好きというか、興味があったからな。魔法の手がかりになると思って、死ぬほど勉強したんだよ。」

 それがこんな所で役に立つのだから、案外と捨てたものではない。

「いいか、魔法とはイメージだ。こんな風に有り得ない事も起こす事ができる。起こり得る。何せ、俺たちが作るのは、火に似た魔力であって火ではない。水に似た魔力であって水ではない。つまりはイメージが大切だ。」

 ここまでが前提である。
 魔法とはイメージの塊。できると思うのなら、その殆どを可能とし、できないと欠けらでも思えばその事象を否定する。
 だからこそ大人になってから学ぶのは難しい。今までできないのだから、できないと思い込んでしまうからだ。

「魔法を使いたいなら、地球で得た常識の全てを捨てろ。魔法を学ぶにも、まずはそこからだ。」

 重要であるはずの常識は、この世界では逆に足枷になってしまうから。
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