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第八章〜少女はそれでも手を伸ばす〜

6.依頼受領

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 馬車での移動を数日。街に寄っては休憩を繰り返して、オルゼイへと近付いていく。
 整備された道をただ進むだけであり、当然であるが非常事態など起きようはずもなかった。取り立てるほどの出来事もなく、むしろ暇を持て余しながらも目的地へと辿り着いた。

 そしてそのまま王城へ入って、使用人に案内をされ、これから寝泊まりをする部屋へ通された。そこに天野は一度置いておき、別室にて一対一で依頼主と話すこととなった。
 正直言って、一対一は少し不用心な気もしなくはないが、あちらが良いと言う以上、その考えは振り払った。

「わざわざこんな遠方から招いて申し訳ないの。」

 対面にて座る白髪の男が、しわがれた声を発する。歳によってか、その肌はハリはなく、血管が浮き出ていた。
 おおよそ、70歳は超えているだろう。しかし未だに王を務めているのだから、頭は相当に回るはずだ。

「こちらも依頼だからな。気にはしない。」
「それならばありがたい事じゃ。」

 顎に生える髭をさすりながら、その人は話し始める。

「わしの名はクラウン・ロードリッヒ。この国の、国王をしている。」
「俺はアルス・ウァクラート。グレゼリオン王国所属の賢神だ。知っているとは思うけど。」
「互いに名乗り合うのが大切なのじゃよ。こうやって歳を取ると、会話しか楽しみにならんからの。」

 そう言って、温和そうな笑みを浮かべた。
 歳を取るというのは恐ろしい話だ。こうやって転生して、擬似的に若返った今の俺なら色濃く実感できる。
 身体能力、思考力、気力も何もかもが抜け落ちていき、それに気付く事さえできない。それが恐ろしいことなのだ。

 歳といえば、そう言えば天野は今いくつだったろうか。
 二十歳を過ぎたにしては若々しい印象があった。というか、記憶の中のそれよりも若いような気さえする。
 ちょうど記憶から引きずり出そうとしたタイミングで、俺は話しかけられる。

「それなら、早速依頼の話をしようかの。」
「え、ああ、はい。」

 後でゆっくり考えるとしよう。天野の能力は未だ未知の部分が多い。ヒントは多く用意しておくべきだ。

「依頼内容は事前に伝えた通り、わしの娘に魔法を教えて欲しいのじゃ。」
「娘?」
「義理の娘じゃよ。わしは妻もおらんし、養子を取っておこうと思ってな。」

 その言葉に違和感を二つ覚える。
 一つは老齢の今になって養子を取るのは遅すぎないかということ。しかもその娘は、かなり幼いと聞いている。
 もう一つは、王家の血筋だとか、そういうのは大丈夫かという話だ。最近になって血の重要性は薄れてはいるが、それでも重要なことに変わりはない。

「疑問に思うことは多かろうが、あまり触れでくれ。こちらにも事情というものがあるのでな、全ては話せんのじゃ。特にわしの口からは。」

 俺の好奇心に、クラウン陛下は釘を刺す。言おうとした言葉を俺は呑み込み、肝心な依頼の方へ俺は思考を回した。

「今回の依頼はその娘に、魔法を教える事じゃ。魔法の知識は平民と同じか、それ以下という程度であるから、アルス殿ならばそう難しくはないじゃろう。」
「それならばやはり解せない。何故、よりによって俺を選ぶ。教職を専門とする魔法使いなんて世界にはごまんといる。わざわざ偏屈な人間が多い上に金がかかる賢神を選んだのは何故だ。」
「そうじゃな。確かにアルス殿である必要もない。しかし、それは娘が普通の魔法使いであった場合じゃよ。」

 その言い方はそのまま、その娘とやらが普通の魔法使いでないことを示しているはずだ。
 しかし魔法というのは、理論の結晶による力の行使だ。どれだけの特異体質でも、理論に基づいて教えてしまえばそれで済むことである。
 故にやはり解せない。クラウン陛下の魔法に対する知識が薄いせいかとも邪推してしまう。

「そう訝しむような顔をせんでくれ。わしも確かに年老いたが、未だに一国の王じゃ。それぐらいは考えておる。」
「……そこまで、分かりやすい顔をしていたか。」
「いいや、別に普通に過ごす分には気付かれんじゃろうよ。ただ王族ともなれば人の表情から思考を読み取る能力に長けるだけじゃ。」

 自分の心の邪な部分を読まれたせいか、少し居心地が悪くなる。
 こういう辺りが、俺が貴族が苦手な理由の一つでもある。お嬢様やアースはよく、俺の心を読む。曰く、表情や仕草、目線が感情そのままに出るからだそうだ。
 自分の考えているくだらない見栄が、全てこういう人には筒抜けになってしまう。アースであれば別に気にはしないが、見知らぬ他人に暴かれるのは少し気分が悪い。

「かっかっか、すまんなアルス殿。人の裏を読もうとするのはわしの癖なんじゃよ。」
「別に、全力で隠したいわけじゃないからいいよ。それより、早く本題に入ってくれ。」
「おお、すまんな。こうやって気楽に話せる相手は久しぶりなんじゃ。ずっと腹の探り合いばかりしておるからな。」

 さて、と話を一度区切り、一息ついて再びクラウン陛下は話を始める。

「希少属性なんじゃよ、その娘はな。」
「……ああ、なるほど。」

 納得した。それならば確かに、並の魔法使いには託せられない。
 希少属性というのは基本となる九つの属性以外の属性の事であり、一応俺の変身魔法だとかがそれに当たる。
 既に決まった理論が積み重なっている基本属性とは違い、希少属性は滅多にいないからこそ教え方が難しい。それに希少属性持ちは、何故か基本属性が逆に苦手な奴が多い。だから基本を先にやってから、というのも難しくなってしまう。
 だからこそ、今となれば納得できた。確かに俺が適任である。同じ希少属性を持つものとして。

「依頼の期間は、その娘が魔法を扱えるようになるまでで、最長で一年。もう覚えたと判断したなら、アルス殿の判断でやめてもらって構わん。」
「……多分、そんなに強くはならないと思うけどな。別に希少属性って強くもないし。」
「良いんじゃよ、それで。元々、戦力として育てるわけじゃないからのう。」
「それもそうか。」

 なら基礎の基礎から、ゆっくりやって行けば良いだろう。才能があれば一年で第三階位までいければ上出来と言ったところか。

「分かった、依頼を受けよう。」
「ああ、任せよう。事前にも伝えた通り、環境は何でもこちらが揃える。開始は明日からでも、今日からでも何でも良い。これが契約書じゃ。」

 そう言って二枚枚の紙を机の上に出す。そこには、今回の依頼の事についての詳細が細やかに書かれていた。二枚は同じ文面であるから、互いに保存する為のものだろう。
 俺はそれを手に取り、ざっと目を通して再び机の上に置き、卓上のペンを取ってサインを書いた。

「それでは頼んだぞ、アルス殿。何か用があれば適当な使用人に聞いてくれ。」
「ああ、分かった。こちらこそよろしく頼む。」

 俺とクラウン陛下は握手をし、そして紙を一枚持ち、椅子に座ったままのクラウン陛下に軽く会釈をして部屋を出た。
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