幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

文字の大きさ
上 下
202 / 474
第八章〜少女はそれでも手を伸ばす〜

4.久しぶりの依頼

しおりを挟む
 リクラブリアの一件からおよそ一月ほど。特に一風変わる事もない、言ってしまえば何もない生活を送っていた。

「取り敢えずはこれで、休憩にしておくか。」

 俺がそう区切ると、対面にて座っている天野は息を吐き、そして体を伸ばす。
 一月の間にしっかり健康と言える状態まで天野は回復し、今では普通に歩いたり走れたりするぐらいには回復した。となれば、この世界で生きる為にもレイシア語を教えていたタイミングである。
 相手の言っている事は分かると言っても、一言語の習得である。単語や文法のルールなどを習得するには、とてもじゃないが一月じゃ足りない。

「……疲れたッス。」
「そりゃ、お前が早く習得したいって言うから、滅茶苦茶詰め込んでるしな。」
「使用人の人と身振り手振りで話すのはめんどくさいッスからね。できる事なら、楽して早くが理想ッス。」
「それは分かるわ。俺も言語覚えるのは大変だった。」

 特に俺の時は、当然ながら分かりやすいヒントはくれなかった。周りの言っている事を全力で真似て試して、それで違うって言われたら修正する。それを何度も繰り返した。
 今じゃ滞りなく話せているのだから、結局は慣れとしか言いようのない事である。

「……そう言えば、今日は人が来るんスよね。」
「ああ、そうだな。昨日も言ったが、俺の雇い主というか、主君というかそういう人だ。高位の貴族の令嬢でもあるから、粗相のないようにな。」
「しようにも話せないからできないッスよ。」

 無気力に天野はそう返す。相当に疲れているらしい。
 ここ最近は単語やら熟語も、受験生みたいにずっと睨めっこして覚えていた。そんなに無理をする必要はないとは言ったのだが、本の一つも読めないんじゃ不便だと、結局ずっと勉強している。
 天野は真面目だ。そして愛嬌もある。だから前世から可愛がられていたし、性格の捻くれた俺でも仲が良かった。たまたま教育担当になった、というのも大きいのだろうけど。

「時間的にはそろそろ来るはずなんだが……」
「邪魔するわよ。」

 噂をすればなんとやら。ノックもせずに人が入ってきた。
 その赤い髪も、そこらの悪人なら素足で逃げ出すような存在感も、全てが相変わらずである。

「久しぶりね、アルス。そっちは初めましてかしら。」

 天野は何も言わずに俺の後ろに移動する。
 お嬢様は少し不服そうに俺を見るが、俺に何ができるわけでもないし、首を横に振ることしかできない。
 実際、お嬢様は怖いから天野の反応が当然だと思う。初めて会った時からずっと、底知れぬオーラを感じるのだ。

「久しぶりですね。今日はすみません。わざわざ出向いてもらって。」
「構わないわ。それが一番効率が良いもの。元々、アースには用があったところだし。」

 当然の事だが、俺があちこち行っている間にも、お嬢様は色々とやっていたらしい。
 お嬢様の行動は、基本的に目先ではなく遥か未来を見据えて動いている。それを人に話す事も、相談する事もないから、基本的に何をしているのかすらよく分からないのだけど。

「確か、話せないだけで聞き取れるのよね。名前を聞いてもいいかしら。」

 お嬢様が天野にそう尋ねると、天野は驚いて体をはねさせる。
 俺も天野の方へ視線を向けると、天野は意を決して、俺の体の後ろから少し体を出した。

「天野光……いや、ヒカリ・アマノ、です。」
「ヒカリと言うのね。私はフィルラーナ・フォン・リラーティナと言うわ。そいつの主人よ。」

 お嬢様がそう言って、俺を指さした。天野は必死に何度も頭を縦に振る。
 天野が話したのは日本語であったが、名前を名乗ったぐらいであればお嬢様も聞き取れる。お嬢様は一度頷き、そして再び俺へと視線を向ける。

「アースから聞いているわ、アルス。賢神になれたのね。実績はちょっと、表に出しにくいものだから、まだゼロに近しいけども、」
「まあ、これからですよ。卒業してから更に、強くなってますからね。機会さえあれば実績は積めます。」
「だけど、私はあなたが勝ってるのを碌に見た事がないのだけど?」
「……勝てるようになりますよ。少なくとも、名も無き組織と戦えるぐらいには。」

 俺の戦歴は頗る悪い。というより相手が悪い。俺が戦うのはいつも世界でも指折りの実力者ばかりだ。そこに肩を並べるには、俺にはまだ足りないものが多過ぎる。

「その威勢は認めるわ。というわけで、依頼を持ってきたわよ。」
「え、天野の面倒を見てる間は依頼はないんじゃないんですか?」
「私の考えている事をうまくいかせるためにも、あなたにはいち早く実績を積み立ててもらわなくちゃいけないわ。一月も休みがあれば十分でしょう?」

 相変わらずのスパルタ式だ。いつも通りなら、はい喜んでかイエスマムの二者択一の状況ではあるが、今回は些か厳しいものがある。

「それじゃあ、天野はどうするんですか?まさか連れて行けるわけじゃないでしょうし。」
「そのまさかよ。確かに国としてもヒカリの対応には困っているけれども、それはあなたという人材を腐らせる理由にはなり得ないわ。」
「……依頼場所はどこですか。流石に国内ですよね?」

 国内であれば融通はききやすい。だが、国外であれば天野が邪険に扱われる可能性も当然高くなる。
 俺個人の感情ではあるが、天野はグレゼリオンの王城から極力動かしたくない。ここ以上に安全な場所はあまりないからだ。

「いえ、国外よ。ヴァルバーン連合王国からの依頼だわ。」
「それは流石に……」
「あなたの考えることは分かるわ。だけど、指名依頼であれば断る口実が必要だもの。断れないでしょう?」
「また指名依頼、ですか。」

 今のところ指名の依頼しか受けていない。一つ目は縁があったケラケルウスから、二つ目は血縁があるストルトスから。
 三つ目は一体誰であろうか。流石に今回は、俺に縁のある人物ではないとは思うところだが、否定ができないのが恐ろしい話である。

「……拒否はできませんよね。依頼はいつからですか?」
「一週間後には出てもらうわ。危険度は高くない依頼だから安心なさい。」

 そう言われて、俺は首を傾げる。
 賢神ほどの魔法使いであれば、その使用用途は複雑なものになる。ただの魔法使いができる事を任せるのはコスパが悪い。
 研究所のタイプであれば結界の構築やら色々と出来る事もあろうが、俺は戦闘力から賢神になった。危険が常であると考えるのが普通であるはずだ。

「ヒカリもそれで大丈夫かしら?」

 そう問われて、再び天野は大きく首を縦に振る。

「それなら依頼概要を手早く説明するわね。」

 俺はお嬢様の方をしっかりと見て、口を閉ざす。
 この依頼内容によって、俺の行動はいくらか変わってくる。流石にお嬢様が持ってきたのだから、そこまで無理な依頼ではないはずだ。
 しかし結局は推測の域を出ない。お嬢様の言葉を俺は、大人しく待った。

「依頼主はヴァルバーン連合王国のオルゼイ領の国王からよ。依頼内容は、魔法の教師。」
「教師、ですか?」

 思わず聞き返す。そもそも俺はまだ師匠から色々と教わっている最中だ。確かに最近は会う事も少ないが、それでも会えば様々な事を教えてもらっている。
 更に言うなれば、俺の魔法は特殊だ。人に教えるのには向いてない。

「12歳の平民に、魔法を教えるだけの仕事よ。」

 その言葉の意味をしっかり噛み砕き、そしてしっかりと理解した後でも、俺の頭の中は疑問符で埋まっていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

クラス召喚に巻き込まれてしまいました…… ~隣のクラスがクラス召喚されたけど俺は別のクラスなのでお呼びじゃないみたいです~

はなとすず
ファンタジー
俺は佐藤 響(さとう ひびき)だ。今年、高校一年になって高校生活を楽しんでいる。 俺が通う高校はクラスが4クラスある。俺はその中で2組だ。高校には仲のいい友達もいないしもしかしたらこのままボッチかもしれない……コミュニケーション能力ゼロだからな。 ある日の昼休み……高校で事は起こった。 俺はたまたま、隣のクラス…1組に行くと突然教室の床に白く光る模様が現れ、その場にいた1組の生徒とたまたま教室にいた俺は異世界に召喚されてしまった。 しかも、召喚した人のは1組だけで違うクラスの俺はお呼びじゃないらしい。だから俺は、一人で異世界を旅することにした。 ……この物語は一人旅を楽しむ俺の物語……のはずなんだけどなぁ……色々、トラブルに巻き込まれながら俺は異世界生活を謳歌します!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...