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第七章~何も盗んだことのない怪盗~
28.縁の切れ目
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「やっぱり、ここにいたか。」
地下への入り口を進むと程なくして、壁にもたれかかり顔を白くしている男がいた。
ストルトス・フォン・リクラブリアその人だ。俺の実の祖父にして、この国の国王代理、そして歴史としては、リクラブリアの王政を終わらせた男として語り継がれる事だろう。
「お、おお! アルス! 助けに来てくれたのだな!」
「あ?」
こいつは何を言っているのだ。俺がついさっき、何を言ったのか覚えていないのか。
「急に起こされてみれば、何故か国民が城門の前に集まっておるし、王城は崩れておるし、大変だったのだ。だが、お前がいれば安心だ。」
「……何で、俺がいれば安心なんだ?」
「決まっている。余を連れて、ヴァルバーン連合王国に逃げるのだ。流石に無碍には扱われんだろう。そこで二人で暮らすのだ。」
何も言わない。いや、何も言えなかった。
未だに俺が味方だと思っている事も、未だに自分が国家元首としていられると思っている事も、それを信じて疑わない事も、救いようがないとはこの事なのだろう。
だが、こんな状況でもこいつを見捨てられない自分がいるというのが、一番気持ちが悪かった。
――それでも覚悟はもう、終えている。
「断る。」
「な、あ、え?」
「俺はお前を国民に突き出す為にここに来たんだ。そうすれば、全部早く終わる。」
「う、裏切ったのか!?」
「味方になった事なんて、一度もないだろ。」
最初からこうしておけば良かったのだ。俺の弱さが、血縁という情がそれを止めてしまったのだ。
最大の懸念点だったのはグラデリメロスが俺が死ぬ前に来るかどうか、というだけだ。後はこいつさえ何とかできれば、俺の勝ちになる。
「大人しく、ついてきてもらうぞ。」
「クソ、やはりどいつもこいつも、何故余の話一つ聞くことすらできんのだ。黙って命令すら聞けんのか!」
「お前の言うことが、全部間違ってるからだろ。」
俺が近付くと、ストルトスは懐から何か小さいビー玉のような物を出した。
「近付くな! これ以上近づけば、死ぬことになるぞ!」
「……そうかよ。」
「クソ、耳が腐っているのか!」
俺は構わず足を前に出す。すると、ストルトスはそれを宙へと放った。
その玉は宙に停止して、膨大な魔力を放出し始める。魔力は次第に、一つの形を形成していく。
「い、言ったからな! 私は言ったのだ! もう止められんぞ!」
それは人の形を形作る。しかし、ただの人ではない。それは人と言うには異質なものだった。
大きな二つの翼が背中にはあり、身体中には何本も角が生えていた。体色は人とは思えないほど紫色であり、目は黒一色に染まっている。
そして不気味なことに体の関節の箇所もおかしい。右肩と左肩の高さが違い、右足の関節は一つ余分に多い。人を真似た化け物、という方が適切な表現かもしれない。
「ァ、ァア。」
呻き声、言葉にすらならない声をそれは発した。口元からは涎ではない、明らかに毒性のものであろう液体を溢している。
「貸し出した中位悪魔だ! たった一体で一個師団と並ぶ兵力がある!」
第二学園の授業から得た知識を俺は引きずり出す。
悪魔とは魂、もしくはそれに類するものによって契約を行い、願いを叶えるという、この世ならざる魔界に住む存在だ。
下位、中位、上位、最高位と四つの区分があり、そのルールは絶対的な弱肉強食である。下位であっても街一つを滅ぼしかねない程の危険性があり、賢神以外の研究は禁止されている。
「ぉ、れヲ呼ん、だのはっ誰だ?」
「余だ! あいつを殺せ!」
「わかぁった。代償は、オ前の魂ダ。」
悪魔は人ではあり得ない体の動かし方で俺へと迫り、そしてその右腕を瞬く間に変化させて刃として俺の首を刎ねた。
時間にして一秒も経たない、一瞬の出来事である。
「たま、しい?」
「貰うぞ、お前の、魂。」
「き、聞いていないぞ! 余の魂だと? 余を誰だと思っているのだ!そんな事、あいつらは言っていなかったぞ!」
「契約はすでに、果たさレた。拒否権は、ない。」
話す度にどんどんと流暢に喋っていく。少しずつ話しやすいように発声器官を変形させているのだろう。
それに、悪魔は俺と同じ変身魔法を使えるというのは本当だったようだ。どちらかと言うと、魔法というよりは肉体改造みたいな、物理現象に近かったがな。
「もうちょっと、見せてくれないか? 他人がどういう風に戦うのか、というのは参考になる。」
俺は切り離され、床に落ちた頭を拾いながらそう喋る。
斬られる前に自分から切り離せばダメージはゼロだ。随分とゆっくりであったし、避けるのも容易かった。
「……? 何故、首が離れても生きている?」
「おいおい、それはお互い様だろ。体を細切れにしても、魔力さえあれば死なないんだろ、お前ら。」
悪魔とは魔力生命体であり、肉体に依存する人とは違う。再生に魔力を使い、その魔力が尽きた時が実質的な死亡となる。
逆に言えば、それまでは死なないのだ。
「お前も、俺と同じ、悪魔か? いや、違う。そんなはずがない。」
「安心しろ、中位悪魔。俺はお前を殺すつもりはない。」
「ならば、きっといつかは死ぬはずだ。それまで、バラせばいい。」
再び悪魔は接近する。今度は両手を刃に変えてだ。
「それしかできないのか?」
俺は頭を付け直しながら、土魔法で悪魔の体を縛り付ける。腕も足も、身体中を土で固めれば、それを壊せない限りは動けない。
「この、程度!」
「『焔剣』」
そして抜け出すより早く、燃え盛る剣で悪魔の体を肩から切り裂いた。
「ぁ、アアア!」
「こんなに弱いんじゃ、見る価値もないか。すまん。無茶な事を言った。」
今まで身体能力だけで戦ってきたんだろう。そんな奴が技巧を凝らした技を出して来るはずがない。参考にすらならない。
見るならもっと強い、上位悪魔にした方が良いだろう。
「大人しく魔界に帰りな。殺したいわけじゃねえ。」
「何故、お前なんかにそんな事を。」
「俺はどっちでもいいんだよ。ただ、人の形を斬るのには抵抗があるだけだ。」
二、三度、加えて刃を振った。悪魔は苦痛の声をあげ、苦しそうにのたうち回る。
「ぁ、が! クソ!」
「……最初から逃げてりゃいいのに。」
悪魔は魔力と共に消えていった。そして残るのは、ストルトスただ一人である。
「やめろ! 来るな!」
「別に殺しはしねえよ。ただ、捕まえるだけだ。」
その後、国民に処刑されるかどうかは俺の預かり知る所ではないけどな。
ストルトスは後ずさりながら、懐を弄(まさぐ)っている。まだ何か、さっきの悪魔のようなものがあるのだろうか。
「あ、あった! これだ、アルス! これをお前にやろう! これはエイリアの腕輪の起爆装置だ! これを使えば――」
「黙れ。」
雷を走らせ、ストルトスの気を失わせた。そして、その場に倒れたストルトスの手にある、スイッチのようなものを破壊する。
「頼むから、これ以上、やめてくれ。」
何故どこまでもこいつは、人の命を物のように扱えるのだろうか。俺には全く分からない。これを本気で言っているというのが、信じられない。
何で、こんな人だったんだ。何でいい人であってくれなかったのだ。何故、素直に家族を愛させてくれなかったのだ。優しい、理想の祖父であったら良いのに。
「やっぱり、俺の爺さんは一人だけって、事なのかね。」
俺は足を急がせた。ストルトスへ振り返りたくならないように。再び情が、生まれないように。
地下への入り口を進むと程なくして、壁にもたれかかり顔を白くしている男がいた。
ストルトス・フォン・リクラブリアその人だ。俺の実の祖父にして、この国の国王代理、そして歴史としては、リクラブリアの王政を終わらせた男として語り継がれる事だろう。
「お、おお! アルス! 助けに来てくれたのだな!」
「あ?」
こいつは何を言っているのだ。俺がついさっき、何を言ったのか覚えていないのか。
「急に起こされてみれば、何故か国民が城門の前に集まっておるし、王城は崩れておるし、大変だったのだ。だが、お前がいれば安心だ。」
「……何で、俺がいれば安心なんだ?」
「決まっている。余を連れて、ヴァルバーン連合王国に逃げるのだ。流石に無碍には扱われんだろう。そこで二人で暮らすのだ。」
何も言わない。いや、何も言えなかった。
未だに俺が味方だと思っている事も、未だに自分が国家元首としていられると思っている事も、それを信じて疑わない事も、救いようがないとはこの事なのだろう。
だが、こんな状況でもこいつを見捨てられない自分がいるというのが、一番気持ちが悪かった。
――それでも覚悟はもう、終えている。
「断る。」
「な、あ、え?」
「俺はお前を国民に突き出す為にここに来たんだ。そうすれば、全部早く終わる。」
「う、裏切ったのか!?」
「味方になった事なんて、一度もないだろ。」
最初からこうしておけば良かったのだ。俺の弱さが、血縁という情がそれを止めてしまったのだ。
最大の懸念点だったのはグラデリメロスが俺が死ぬ前に来るかどうか、というだけだ。後はこいつさえ何とかできれば、俺の勝ちになる。
「大人しく、ついてきてもらうぞ。」
「クソ、やはりどいつもこいつも、何故余の話一つ聞くことすらできんのだ。黙って命令すら聞けんのか!」
「お前の言うことが、全部間違ってるからだろ。」
俺が近付くと、ストルトスは懐から何か小さいビー玉のような物を出した。
「近付くな! これ以上近づけば、死ぬことになるぞ!」
「……そうかよ。」
「クソ、耳が腐っているのか!」
俺は構わず足を前に出す。すると、ストルトスはそれを宙へと放った。
その玉は宙に停止して、膨大な魔力を放出し始める。魔力は次第に、一つの形を形成していく。
「い、言ったからな! 私は言ったのだ! もう止められんぞ!」
それは人の形を形作る。しかし、ただの人ではない。それは人と言うには異質なものだった。
大きな二つの翼が背中にはあり、身体中には何本も角が生えていた。体色は人とは思えないほど紫色であり、目は黒一色に染まっている。
そして不気味なことに体の関節の箇所もおかしい。右肩と左肩の高さが違い、右足の関節は一つ余分に多い。人を真似た化け物、という方が適切な表現かもしれない。
「ァ、ァア。」
呻き声、言葉にすらならない声をそれは発した。口元からは涎ではない、明らかに毒性のものであろう液体を溢している。
「貸し出した中位悪魔だ! たった一体で一個師団と並ぶ兵力がある!」
第二学園の授業から得た知識を俺は引きずり出す。
悪魔とは魂、もしくはそれに類するものによって契約を行い、願いを叶えるという、この世ならざる魔界に住む存在だ。
下位、中位、上位、最高位と四つの区分があり、そのルールは絶対的な弱肉強食である。下位であっても街一つを滅ぼしかねない程の危険性があり、賢神以外の研究は禁止されている。
「ぉ、れヲ呼ん、だのはっ誰だ?」
「余だ! あいつを殺せ!」
「わかぁった。代償は、オ前の魂ダ。」
悪魔は人ではあり得ない体の動かし方で俺へと迫り、そしてその右腕を瞬く間に変化させて刃として俺の首を刎ねた。
時間にして一秒も経たない、一瞬の出来事である。
「たま、しい?」
「貰うぞ、お前の、魂。」
「き、聞いていないぞ! 余の魂だと? 余を誰だと思っているのだ!そんな事、あいつらは言っていなかったぞ!」
「契約はすでに、果たさレた。拒否権は、ない。」
話す度にどんどんと流暢に喋っていく。少しずつ話しやすいように発声器官を変形させているのだろう。
それに、悪魔は俺と同じ変身魔法を使えるというのは本当だったようだ。どちらかと言うと、魔法というよりは肉体改造みたいな、物理現象に近かったがな。
「もうちょっと、見せてくれないか? 他人がどういう風に戦うのか、というのは参考になる。」
俺は切り離され、床に落ちた頭を拾いながらそう喋る。
斬られる前に自分から切り離せばダメージはゼロだ。随分とゆっくりであったし、避けるのも容易かった。
「……? 何故、首が離れても生きている?」
「おいおい、それはお互い様だろ。体を細切れにしても、魔力さえあれば死なないんだろ、お前ら。」
悪魔とは魔力生命体であり、肉体に依存する人とは違う。再生に魔力を使い、その魔力が尽きた時が実質的な死亡となる。
逆に言えば、それまでは死なないのだ。
「お前も、俺と同じ、悪魔か? いや、違う。そんなはずがない。」
「安心しろ、中位悪魔。俺はお前を殺すつもりはない。」
「ならば、きっといつかは死ぬはずだ。それまで、バラせばいい。」
再び悪魔は接近する。今度は両手を刃に変えてだ。
「それしかできないのか?」
俺は頭を付け直しながら、土魔法で悪魔の体を縛り付ける。腕も足も、身体中を土で固めれば、それを壊せない限りは動けない。
「この、程度!」
「『焔剣』」
そして抜け出すより早く、燃え盛る剣で悪魔の体を肩から切り裂いた。
「ぁ、アアア!」
「こんなに弱いんじゃ、見る価値もないか。すまん。無茶な事を言った。」
今まで身体能力だけで戦ってきたんだろう。そんな奴が技巧を凝らした技を出して来るはずがない。参考にすらならない。
見るならもっと強い、上位悪魔にした方が良いだろう。
「大人しく魔界に帰りな。殺したいわけじゃねえ。」
「何故、お前なんかにそんな事を。」
「俺はどっちでもいいんだよ。ただ、人の形を斬るのには抵抗があるだけだ。」
二、三度、加えて刃を振った。悪魔は苦痛の声をあげ、苦しそうにのたうち回る。
「ぁ、が! クソ!」
「……最初から逃げてりゃいいのに。」
悪魔は魔力と共に消えていった。そして残るのは、ストルトスただ一人である。
「やめろ! 来るな!」
「別に殺しはしねえよ。ただ、捕まえるだけだ。」
その後、国民に処刑されるかどうかは俺の預かり知る所ではないけどな。
ストルトスは後ずさりながら、懐を弄(まさぐ)っている。まだ何か、さっきの悪魔のようなものがあるのだろうか。
「あ、あった! これだ、アルス! これをお前にやろう! これはエイリアの腕輪の起爆装置だ! これを使えば――」
「黙れ。」
雷を走らせ、ストルトスの気を失わせた。そして、その場に倒れたストルトスの手にある、スイッチのようなものを破壊する。
「頼むから、これ以上、やめてくれ。」
何故どこまでもこいつは、人の命を物のように扱えるのだろうか。俺には全く分からない。これを本気で言っているというのが、信じられない。
何で、こんな人だったんだ。何でいい人であってくれなかったのだ。何故、素直に家族を愛させてくれなかったのだ。優しい、理想の祖父であったら良いのに。
「やっぱり、俺の爺さんは一人だけって、事なのかね。」
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