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第七章~何も盗んだことのない怪盗~

21.策を

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 俺は決して、頭が良いわけではない。

 俺の考え、叩き出す策は年の功と言うのが適切である。仮にも数十年も生きたが故に、そこそこの策が出せる。
 だがそれは、アースやお嬢様の策には遠く及ばない。
 未来が見えているかのように、いくつも手を打ち、完璧な対処をするお嬢様。そして人の心を完全に読み切り、状況を一手で覆すアース。
 どれも俺の想像の範疇にはいないのだ。

 それでも、何もできないわけじゃない。そんなはずがない。
 最善を選べなくても次善を、完璧じゃなくても、限りなく完璧に近くに。辿り着けなくても、手を伸ばせば間違いなくそれに近付ける。
 そして近付けるという事は、時間さえあればいつか辿り着けるという事だ。そしてその足りない時間は、仲間で補い合えばいい。

 人は一人では生きられない。俺はこの日、その言葉を何よりも色濃く実感した。
 俺一人で全員を救うことはできない。ならば、俺一人でなければ救えるはずなのだ。

「――という感じだ。」
「なる、ほど。だけど、本当にうまくいくのか?」
「やらないよりマシだろ。」
「はは、違いない。」

 俺はイデアに思いついた事を話した。
 思いついて直ぐなので、イデアと話しながら内容を深めていき、なんとか形にできた。正直言って何か抜けがあるのではないかと少し怖いが、やるしかない。

「決行は今日でいいな、アルス。」
「当然だ。明日まで長引かせる気はない。」

 勿論、早く終わらせたいというのもあるのだが、長引くほどあの宰相が勘付く気がしてならないのだ。
 宰相に協力を頼む手もなくはないのだが、もし敵対された時のデメリットが大き過ぎる。
 結局は俺とイデアがメインで、話を進める他ない。

「……ちょっと、互いの事について話しておくか?」
「今更かよ。別に今更イデアの事情なんて興味ないぞ。」
「それでもこれから命をかけるんだから、互いを知ってた方がいいだろ。そもそも、こんな計画を一緒にやるくせに、僕とお前は互いを知らな過ぎるんだ。」
「まあ、一理あるな。」

 会ってから4日だろうか。そう考えると、あの時、あの瞬間に俺がイデアと会えたのは一種の運命であっただろう。
 あの出会いがなければ、きっと俺もイデアも困難な道を歩むことになったはずだ。

「それに、僕は君に嘘をついた。それを晴らさなくちゃ、居心地が悪い。」
「……それはお互い様だ。俺も隠し事は多いしな。」

 イデアがついていた嘘には、心当たりがある。というか会話の回数も少ないし、嘘も絞り込めると言う方が正しい。

「俺はグレゼリオン王国皇太子の名代としてここに来た。国家に所属する賢神として、それを示す為にもここに派遣された。」

 俺がそう言うと、イデアが目を剥く。
 ただ、これだけが事情の全てというわけではないので、その反応を無視してそのまま話を続ける。

「というのが表向きの事情だ。厳密にはこの国の調査が俺の仕事になるし、リクラブリアからの要請があってことでもある。そもそもの発端は今の国王代理、ストルトスが俺の祖父に当たるというのが大きい。それで今、国王にならないかと――」
「待て待て待て! 一気に話すな! 流石に頭が追いつかない!」

 分かってもらおうとは話しておらず、予想通り途中でイデアは話を遮った。
 こうやって並べて話せば中々に複雑な事情である。自分もそんな奴を見れば、イデアのような怪訝な顔をしていたに違いない。
 俺は言われた通り口を閉じ、イデアの頭の整理を待った。

「ええと、要はリクラブリアの王族って事なのか?それなら何でグレゼリオンで賢神として務めてるんだ?」
「大体二十年と少し前ぐらい、王族が一人平民と駆け落ちしたんだ。その息子が俺だ。」
「僕が生まれる前か……なるほど、聞き覚えがないはずだ。」

 一応納得したかのように話してはいるが、イデアの表情は徹して微妙なままである。
 信じろ、などと無茶な事を言うつもりもない。必要なのは、この背景から生まれる俺の目的の方にある。

「待て、それなら余計意味が分からない。何で王族の血筋が、国を壊すなんて計画を組んだんだ。」
「俺にあるのは、国民と、一応とはいえ身内のストルトスへの情だけだ。この国がどうなろうが、それじゃ俺の心は全く傷まない。元々国王なんて器じゃないしな。」

 国王とはアースのような奴がなるべきだ。先見に長け、人を使うのが上手く、それでいて冷静に判断を下せる奴がだ。

 思い出すのは5年前、侯爵のゴーレムと戦っていた時。
 俺とフランであれば、多少は攻撃を喰らっても生き残る可能性はあった。しかしアースはその腕の一振りが当たれば即死であったろう。
 だと言うのに、あいつが一番先頭に出た。それが最適解と断じてだ。
 自分の命すら天秤に乗せられるからこそ、俺はあいつが王に相応しいと、ずっと思っている。

 俺は激情型だから王には向かない。その場の感情に振り回されるし、人に頼るのもあまり得意ではない。
 いや、得意であれば、もっと早くこれを解決できたのだろうか。

「俺は国を壊して、地下にいる勇者を救出する。それが俺の使命であり、責任だ。身内の悪行を精算する唯一の手段だからだ。」

 流石に異世界関係の話はしない。それは親しい人にも話していないことだ。お嬢様より先に話すのは不義理になる。

「それを聞いた後だと、話しづらいな。」
「別にどっちが大変だっただとかは関係ないだろ。俺がどれだけ苦労してたとしても、残るのは結果だけだ。背景なんて関係ないんだよ。」
「それでも、僕の目的はどちらかと言うと私欲に入るからね。」
「俺だって私欲だ。そっちの方が人間らしい気と俺は思う。」

 そういう意味では俺は人間味が薄いとも言える。
 俺は家族と仲間、そして苦しむ人を助ける為にというだけで、ここまで来たのだから。

「……王女は、エイリアは、幼馴染みなんだ。王城を抜け出してきたエイリアとはよく遊んでいたんだよ。」
「なんだ、ストーカーじゃなかったのか。」
「え、まだそんな風に思ってたの?」

 予想はできていたけど、幼馴染みというのは予想外であった。思ったより関係値が深かった。
 となると連れ出すというのにも、もっと真っ当な理由がある気がしてきた。

「ええと、兎に角、僕はその時の約束でエイリアを助けに行きたいんだ。一目惚れしたっていうのは、嘘じゃないけどね。」
「どっちにせよ、よくそれだけの理由で命をかけれるもんだ。」
「これを逃せば、きっと後悔するからね。それはお前も一緒だろ?」

 違いない。俺らは別にやりたくてやっているわけじゃないのだ。
 やらなかった時の後悔の方が辛いのだと知っているから、戦うことを選択したのだ。

「……準備ができたら合図を出す。それまでに用意しとけよ。」
「了解、そっちこそ失敗するなよ。」
「当たり前だ。賢神を馬鹿にするな。」

 そろそろ帰ろうと魔力を練り始めたタイミングで、ふと思いつき、イデアを見る。

「まさか、なんだけど。」
「何だ?」
「こうなる事も、お前の策か?」

 よく考えれば違和感はあった。
 俺にあっさりやられる程度で王城に入ろうとするのは、冷静に考えればおかしい。
 それに何故警備が手厚な昼に行こうとしたのか。今考えればイデアらしくない行動だ。

 その全てが、俺を仲間に引き込むための策と考えるのなら、納得がいく。いってしまう。

「それは、どうだろうね。」

 イデアは不敵に笑った。
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