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第七章~何も盗んだことのない怪盗~

12.人の形をした化け物

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 俺は取り敢えずベッドから出て、そして扉の方へ向かう。
 これからする話は、他人に聞かせていいものじゃない。この部屋にはもしかしたら盗聴器がある可能性だってある。
 それに、ここはゆっくりするには邪魔な人が多い。

「ちょっと、散歩でもしよっかな。」

 少しわざとらしく、部屋の外にも聞こえるようにそう言って、ドアノブへと手を伸ばす。
 ひねれば当然直ぐにドアは開き、城内の廊下が目に映る。かなり夜も深いからか明かりも弱く、少し薄気味悪いような感覚が残る。

「――やっと、隙を見せたな。」

 言葉が聞こえたのは、口を布で塞がれた瞬間だった。
 猿轡と言うのだったか。横に長い布で布を噛まされ、声を出せない。何か結び目みたいのが丁度口元にあって、余計に声が出しにくい。
 両腕も魔法で拘束されているせいで動かすのは難しい。

「流石は賢神だ。魔道具を使っても全く結界を破れなかった。そのせいで部屋の前で出るのを見張る事になってしまったわけだ。」
「……」
「冷静だな。魔法を使ったら逃げ出せるのだと、そう思っているのか?」

 ひんやりとした感覚が首元に伝う。金属、順当に考えるのならナイフとかだろう。
 声からして、性別は男か。

「大人しくしておけ。お前が魔法を使ったら、その瞬間に首を切る。いくら賢神であっても、首を掻っ切れば死ぬだろ。」

 布は後頭部で結ばれて、ナイフが押し当てられたまま、俺は歩かされる。
 きっと誰かが俺を殺す為に雇った殺し屋とか、その辺りだろう。俺が死ねば、本来王女と婚約をする予定だった公爵家は得をする。
 予想はできていた事だ。自分の家の力を強める為には最善と言っても良い。

「歩け。中庭へ行く。」

 俺の背中を叩き、無理矢理歩かされる。
 口には布を巻かれ、腕は魔法で拘束されているし、ナイフはいつでも俺の首を切れる位置にある。
 いくら賢神であっても、思考した瞬間に魔法を発動する事はできない。変身魔法であれば一秒以内ではあるが、必ず発動の前に魔力を練るという予備動作が必要だ。
 それを見た瞬間に、きっとこの男は俺の首を切るだろう。

「随分と遅かったな。もう少し遅れてれば帰ってたぜ。」

 城内を歩いていくと、違う男が現れた。四人そこにいるので、後ろの奴を合わせて五人である。
 王城に忍び込むのには適切な人数をしているだろう。多過ぎれば目立つし、少な過ぎれば安定性が欠ける。三人から五人ぐらいが丁度良い人数であるはずだ。

「そいつが例のガキか。本当にこんなのが賢神なのか?」
「実戦を重ねてこなかった、理論派の魔法使いなんだろ。だからこんなに簡単に捕まったわけだ。」
「確かにな。魔法使いは体が弱い奴ばっかりだし。」

 そいつらはそうやって無駄話を重ねる。
 俺は極めて冷静であった。元々、全員まとめて潰す為にわざと捕まったのだ。この場から脱する方法も当然考えてある。
 それに何より、可哀想だった。これから、こいつらがどうなるのか想像できたから。

「それにしても、いくら夜でも全く人がいねえな。依頼主が人払いしといてくれたのかね。」
「そういう連絡はされてないが……取り敢えず依頼を終わらせるぞ。さっさと中庭に行こう。」

 一人がそう言って中庭の方へと足を進める。それについていく形で、他の人も俺もついていった。

 だが、その足は止まることになる。

 さっきまで気楽であった五人は、突然と緊迫感に包まれ、互いに己の武器を握る。
 静かになった通路には、一人の足音のみが響く。
 音が近付くほど体は震え、冷や汗が流れ、今にも逃げ出したくなるような根源的な恐怖に襲われる。

「お、おい。何だよこれ。ドラゴンでもいるのかよ。」

 一人が恐怖を紛らわす為にか、そう言った。
 違うと、俺は心の中で思う。むしろドラゴンであれば彼らにとっては良かった。ドラゴンであれば、明確に自分を襲う理由はない。
 しかし人であれば、この王城の守護を承った者であるのなら、彼らを殺す理由がある。

「眠いってのによ、うろちょろ蚊が飛んでたら気が散って眠れやしねえ。」

 廊下の奥、暗闇から長身の男が現れる。その真紅の髪は暗闇でもよく見えた。
 鞘もない剣を片手に、ゆっくりとこちらへ歩を勧めていた。

「さっさと中庭に行くぞ! 戦えば勝てない!」

 一人がそう言って、廊下を走り出す。口ぶりからして、中庭には脱出に使える何かがあるのだろう。
 恐らくは転移魔法陣か、その辺りではあるだろうけど。
 しかし彼らがそこに行き着く事はできない。何せ彼らを追う男は、剣の申し子であったフランを優に超える、正真正銘の化け物だからだ。

「……逃げる奴を追うのは好きじゃねえんだかな。」

 大気が揺らぐ。瞬間、彼らの直ぐ後方にその巨体は姿を現す。
 城内にはこいつが、ディオがいる。王城の護衛に来た、冒険者が。

「頼むから、ちょっとは愉しませろよ。」

 大きな、剣を持たない方の手が、一人の頭を捕まえ、地面へと叩きつけた。
 抵抗する暇も、反撃する暇もない一瞬のことであった。
 きっと頭蓋骨が割れただろう。何せ地面が少し揺れるほどの衝撃で叩きつけられたのだから。

「ひぃ。」

 誰かの、恐れる声が漏れる。
 この時点でそいつは駄目だ。逃げるにしろ立ち向かうにしろ、心を呑まれれば負けたも同然である。

「来いよ。」
「――ッ! ぁぁあああ!」

 逃げれない事を悟ったのか、一人は立ち向かう。腰の片手剣を抜き、剣を持たない左手の方からディオに近づく。
 決して力量がないわけではない。剣の持ち方、立ち回りから見ても術理を感じ取れる。
 しかし今回に限っては、相手が悪かった。
 振るわれた剣は、確かにディオへ当たった。しかし、肌の皮すら斬る事ができずに、そこで止まった。

「え?」

 同族を殺しうる蟻の歯が、人には、像にはさしたる害を与えないように、彼の剣はディオには刺さらなかった。それほどまでの力量差が、二人の間には存在した。
 ディオは肌に当たる剣を握り、そして力を込めて折る。
 彼は剣を捨てるが、もう間に合わない。ディオの剣によって、肩から腰にかけて斬られてしまった。

「ば、化け物!」

 残りは3人。ここまで来れば結果は見えている。だがそのせいか、更につまらなそうになったディオは一歩ずつ距離を詰めていった。

「くそ、俺は逃げるぞ! 報酬がやけに良いと思ったら、こういうことだったのか!」
「馬鹿! 逃げれるわけ――」

 ディオは剣を下段から一気に振り上げる。すると赤い、闘気が形となって、城の地面を削りながら真っすぐ走る。その、いわゆる飛ぶ斬撃が、男を背後から切り裂いた。
 残りは二人。俺を捕まえている奴は一向に動きを見せない。
 俺を捕まえていない方の男は、懐から何かを抜き出した。その何か、というのは現代社会を生きるのなら馴染み深いものであった。

「最新式の魔導銃、これなら……!」

 大きさとしては拳銃程度である。しかし銃弾、銃身共に魔法によって作られた魔道具。中には追尾機能を持つものだってある。値は張るが、その分威力は保証されている。
 引き金を引いた瞬間、フルオートで銃弾は射出される。銃弾の雨が、ディオへと降り注ぐ。

「随分と高等な、玩具だな。」

 しかし銃弾の雨を喰らっても尚、ディオの足は止めるに至らない。
 男は残弾が切れ、リロードをおこなおうとするが、手を滑らせ、弾薬を落としてしまう。その弾薬を踏みつぶして、ディオは目の前へと辿り着いた。
 やけくそになって、空の拳銃をディオへと投げる。
 しかし宙にある拳銃もろとも、その剣で切り裂かれてしまった。

「後は、一人だけだな。」

 やっぱり、こいつを敵に回したくはない。
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