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第七章~何も盗んだことのない怪盗~
3.王城の図書館
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リクラブリア王国、王城内の図書館。そこに俺は来ていた。
この国のことを調べたい、というのは建前で、実際には依頼主と連絡を取るためである。
「聞いてなかったぞ、アース。」
『いやー、別に言う必要もねーしな。言って変に期待して、後悔することになったら嫌だろ。碌な奴じゃねーとは聞いてたからな。』
「心臓爆発すると思ったわ。」
俺は適当な本を読みながら、腕輪型の通信機器を通してアースと会話をする。
大陸間を跨いでいるのに会話ができるあたり、通信機器の発達は凄いな。戦争において重要な技術、というのもあるのだろうが。
『捜査に不備はないか?』
「……それはない。当分は適当に相槌を打って、めんどくさそうになったら無理矢理抜け出すさ。」
『祖父への情は?』
「ないわけじゃ、ない。いやむしろある。なんか家族ってだけで、何をしても許せてしまうような気がしてしまうんだよ。」
『それはお前の弱点だな。』
「俺もそう思う。」
俺は家族というものに憧れを抱いている。前世ではついぞ得られず、今世では早々に奪われたものだ。だからどんなに醜悪な存在であっても、俺はそこに情を持ってしまう。
父であるラウロや、曾祖母であるオーディンには届かないが、俺はストルトスという人間に親愛の念を微かに感じてしまっていた。
「だが、仕事はやる。いくら情を抱くと言っても、会って一日も経ってない。今いる仲間の方がよっぽど大事だからな。」
『ならいい。引き続き調査を続けてくれ。』
「了解。お嬢様にはこれが終わったら一度顔を見せにいくと伝えといてくれ。賢神になった報告もしてないからな。」
『会ってなかったのか?』
「ちょうど不在だったんだよ。」
正直、今何やってるか俺にはわからないけど、きっとお嬢様のことだからせわしなく働いているのだろう。それこそ俺なんかより、よっぽど重要なことのはずだ。
「それじゃあな。」
『ああ、また。』
通信は切れる。そしてさっきから軽く目を通していたこの国の歴史書に、しっかりと意識を向ける。
この国の歴史は浅い。建国からおよそ百年と少し、長いには長いが、中国三千年の歴史を凌駕するグレゼリオン王国には遠く及ばない。
だが逆に言えば成り立ちと変遷は、歴史ある国よりも詳細に残されているわけだ。これが捜査という点においては楽でいい。
「……頭に入ってこねえな。」
だが、正直に言って目を通す気分にはなれない。
昼の話は結局、明日へと持ち越された。最悪、さっさと抜け出すことになるかもしれない。もし王位を継げと言われて、それが毎日のように続けば、俺はきっと断り切れない。
それ程までに、血の繋がった家族という称号は、俺の中で重い。
血縁者、というのは俺の長らくの憧れだった。血の繋がった父母に、成人するまで育てられ、親子楽しく過ごせている。そんな人間が、俺はずっと羨ましかったのだ。
「今日はもう止めるか。隠れて来てるし、バレたら危ない。」
そもそもこの図書館も、鍵がかかっていたのを、体を砂に変えて無理矢理通って来たのだ。不法侵入も不法侵入である。
国家機密レベルのことを調べる為には、ここには何度も通う必要がありそうではあるがな。
「オラァ!!」
「は!?」
図書館の扉は音を立てて蹴破られ、そして巨漢の男が倒れた木製の扉の上を踏みしめ、図書館の中に入ってくる。
赤い肌と無造作に伸びた紅い髪。人を殺せそうな紅く鋭どい目つきが俺の体を確かに捉える。ただその目は、敵意というより、俺を見定めているように感じた。
何より目にとまるのはその背丈である。2メートルは優に超えるが、細くバランスが悪いわけではない。肩幅も広くまるで怪物、鬼のようであった。
「お前だな、今日来た賢神ってのは。」
「……それが、どうした。」
右手に持つのは鞘がなく、抜き身の紅く長い剣だ。
「賢神となりゃあ、会ってみてえじゃねえか。ここには王城の警護で来たが、俺としちゃあ、強い奴と戦えるかが一番重要だ。」
「冒険者か。」
「ああ。名前を聞かせろ、賢神。」
逃げたい。だが、逃げれない。唯一の入り口を塞がれているというのもあるが、溢れ出る魔力と闘気の密度が段違いだ。
魔力は俺と同等、闘気は剣の天才であるフランを上回る。
こんなもの人に辿り着ける領域じゃない。この魔力量と闘気量を両立できるなど、才ある人間が一生かけて届くか否かの高みだ。
「アルス・ウァクラートだ。」
「なるほど、お前があの悠久の魔女の曾孫か。道理で強力な魔力を持ってやがる。」
「ここで、戦う気か?」
「いや、そんな勿体ねえことはしねえさ。きっと戦い始めたらお前は逃げる。逃げられれば、折角の戦いが台無しだ。戦いは、互いに殺す気をもってやるべきだからな。」
俺は少し安堵する。戦いたくはなかった。必ずこっちは怪我じゃ済まない。
「もう少しお前が強かったなら、我慢できなかったかもしれねえけどな。」
「俺が弱いと?」
「お前はもっと強くなる。極上の料理になるものを、その前に喰っちまったら勿体ねえだろ。」
そう言って男は顔を歪ませた。
王城の警護に冒険者を雇っていたとは知らなかった。しかもこのタイミングだ。俺が賢神である以上、それの対策として依頼したと考えた方が妥当だろう。
ストルトスが依頼したか、それとも別の人が依頼したかによって、動き方も変わる。どちらにせよ厄介だ。
「俺も戦いたくはねえ。だから、今日来たのは忠告をするためだ。」
男は手に持つ剣を床に刺す。修理代にいくらかかるのだろうと、少し怖くなったが、どう考えても俺に非はないので忘れる。
「俺に敵対しないようにしろよ。今回は見逃すが、勝手に侵入禁止区域に入れば、俺はお前を斬ることになっちまう。」
俺は頷く。
「ならいい。俺は寝る。」
「待て。」
そう言って剣を抜き、立ち去ろうとするのを呼び止める。
すると今度は不機嫌そうに振り返って、俺を睨んだ。寝ると言っていたし、さっはと寝たいのだろう。
「何だ、ここで斬られてえのか。」
「違う。名前だけ聞かせろ。」
「……ああ、そういや名乗ってなかったな。俺はお前が気に入った。それぐらいは教えてやるよ。」
気に入られるようなことをした覚えはないが、気に入られたらしい。
やめてほしい。俺は基本的に悪人以外とは戦いたくはない。しかしこの男は、戦うのが好きなのだろう。見ているだけでわかる。
俺は手段として魔法を選んだのであって、目的として魔法を選んだわけじゃないのだから。
「ディオだ。また会おうぜ、賢神。」
そう言って、その男は城の廊下を歩いていった。城の豪華な雰囲気にその姿はそぐわぬが、しかしあまりにも堂々と歩くので、むしろ違和感はなかった。
俺も図書館を出て、雑にではあるが扉を魔法で直す。通り過ぎた人が壊れていると思わない程度であればいい。それ以上の効果は見込まない。
「やめてくれよ……こっちはただでさえ手一杯なのに、新しい悩みの種を増やしやがって。」
俺は大きくため息を吐きながら自分の部屋に戻る。寝たら頭も冷静になるし、きっと良い考えも浮かぶだろう。取り敢えずは休息が必要だ。
自分の祖父であるストルトス、王城で警備を行う冒険者のディオ。この二人の存在を知れただけ、一日目の収穫としてこう。
俺は静かな夜の中、再びバレないように用意された部屋に戻り、ベットの中で眠った。よく眠れなかったのは、言うまでもないことであった。
この国のことを調べたい、というのは建前で、実際には依頼主と連絡を取るためである。
「聞いてなかったぞ、アース。」
『いやー、別に言う必要もねーしな。言って変に期待して、後悔することになったら嫌だろ。碌な奴じゃねーとは聞いてたからな。』
「心臓爆発すると思ったわ。」
俺は適当な本を読みながら、腕輪型の通信機器を通してアースと会話をする。
大陸間を跨いでいるのに会話ができるあたり、通信機器の発達は凄いな。戦争において重要な技術、というのもあるのだろうが。
『捜査に不備はないか?』
「……それはない。当分は適当に相槌を打って、めんどくさそうになったら無理矢理抜け出すさ。」
『祖父への情は?』
「ないわけじゃ、ない。いやむしろある。なんか家族ってだけで、何をしても許せてしまうような気がしてしまうんだよ。」
『それはお前の弱点だな。』
「俺もそう思う。」
俺は家族というものに憧れを抱いている。前世ではついぞ得られず、今世では早々に奪われたものだ。だからどんなに醜悪な存在であっても、俺はそこに情を持ってしまう。
父であるラウロや、曾祖母であるオーディンには届かないが、俺はストルトスという人間に親愛の念を微かに感じてしまっていた。
「だが、仕事はやる。いくら情を抱くと言っても、会って一日も経ってない。今いる仲間の方がよっぽど大事だからな。」
『ならいい。引き続き調査を続けてくれ。』
「了解。お嬢様にはこれが終わったら一度顔を見せにいくと伝えといてくれ。賢神になった報告もしてないからな。」
『会ってなかったのか?』
「ちょうど不在だったんだよ。」
正直、今何やってるか俺にはわからないけど、きっとお嬢様のことだからせわしなく働いているのだろう。それこそ俺なんかより、よっぽど重要なことのはずだ。
「それじゃあな。」
『ああ、また。』
通信は切れる。そしてさっきから軽く目を通していたこの国の歴史書に、しっかりと意識を向ける。
この国の歴史は浅い。建国からおよそ百年と少し、長いには長いが、中国三千年の歴史を凌駕するグレゼリオン王国には遠く及ばない。
だが逆に言えば成り立ちと変遷は、歴史ある国よりも詳細に残されているわけだ。これが捜査という点においては楽でいい。
「……頭に入ってこねえな。」
だが、正直に言って目を通す気分にはなれない。
昼の話は結局、明日へと持ち越された。最悪、さっさと抜け出すことになるかもしれない。もし王位を継げと言われて、それが毎日のように続けば、俺はきっと断り切れない。
それ程までに、血の繋がった家族という称号は、俺の中で重い。
血縁者、というのは俺の長らくの憧れだった。血の繋がった父母に、成人するまで育てられ、親子楽しく過ごせている。そんな人間が、俺はずっと羨ましかったのだ。
「今日はもう止めるか。隠れて来てるし、バレたら危ない。」
そもそもこの図書館も、鍵がかかっていたのを、体を砂に変えて無理矢理通って来たのだ。不法侵入も不法侵入である。
国家機密レベルのことを調べる為には、ここには何度も通う必要がありそうではあるがな。
「オラァ!!」
「は!?」
図書館の扉は音を立てて蹴破られ、そして巨漢の男が倒れた木製の扉の上を踏みしめ、図書館の中に入ってくる。
赤い肌と無造作に伸びた紅い髪。人を殺せそうな紅く鋭どい目つきが俺の体を確かに捉える。ただその目は、敵意というより、俺を見定めているように感じた。
何より目にとまるのはその背丈である。2メートルは優に超えるが、細くバランスが悪いわけではない。肩幅も広くまるで怪物、鬼のようであった。
「お前だな、今日来た賢神ってのは。」
「……それが、どうした。」
右手に持つのは鞘がなく、抜き身の紅く長い剣だ。
「賢神となりゃあ、会ってみてえじゃねえか。ここには王城の警護で来たが、俺としちゃあ、強い奴と戦えるかが一番重要だ。」
「冒険者か。」
「ああ。名前を聞かせろ、賢神。」
逃げたい。だが、逃げれない。唯一の入り口を塞がれているというのもあるが、溢れ出る魔力と闘気の密度が段違いだ。
魔力は俺と同等、闘気は剣の天才であるフランを上回る。
こんなもの人に辿り着ける領域じゃない。この魔力量と闘気量を両立できるなど、才ある人間が一生かけて届くか否かの高みだ。
「アルス・ウァクラートだ。」
「なるほど、お前があの悠久の魔女の曾孫か。道理で強力な魔力を持ってやがる。」
「ここで、戦う気か?」
「いや、そんな勿体ねえことはしねえさ。きっと戦い始めたらお前は逃げる。逃げられれば、折角の戦いが台無しだ。戦いは、互いに殺す気をもってやるべきだからな。」
俺は少し安堵する。戦いたくはなかった。必ずこっちは怪我じゃ済まない。
「もう少しお前が強かったなら、我慢できなかったかもしれねえけどな。」
「俺が弱いと?」
「お前はもっと強くなる。極上の料理になるものを、その前に喰っちまったら勿体ねえだろ。」
そう言って男は顔を歪ませた。
王城の警護に冒険者を雇っていたとは知らなかった。しかもこのタイミングだ。俺が賢神である以上、それの対策として依頼したと考えた方が妥当だろう。
ストルトスが依頼したか、それとも別の人が依頼したかによって、動き方も変わる。どちらにせよ厄介だ。
「俺も戦いたくはねえ。だから、今日来たのは忠告をするためだ。」
男は手に持つ剣を床に刺す。修理代にいくらかかるのだろうと、少し怖くなったが、どう考えても俺に非はないので忘れる。
「俺に敵対しないようにしろよ。今回は見逃すが、勝手に侵入禁止区域に入れば、俺はお前を斬ることになっちまう。」
俺は頷く。
「ならいい。俺は寝る。」
「待て。」
そう言って剣を抜き、立ち去ろうとするのを呼び止める。
すると今度は不機嫌そうに振り返って、俺を睨んだ。寝ると言っていたし、さっはと寝たいのだろう。
「何だ、ここで斬られてえのか。」
「違う。名前だけ聞かせろ。」
「……ああ、そういや名乗ってなかったな。俺はお前が気に入った。それぐらいは教えてやるよ。」
気に入られるようなことをした覚えはないが、気に入られたらしい。
やめてほしい。俺は基本的に悪人以外とは戦いたくはない。しかしこの男は、戦うのが好きなのだろう。見ているだけでわかる。
俺は手段として魔法を選んだのであって、目的として魔法を選んだわけじゃないのだから。
「ディオだ。また会おうぜ、賢神。」
そう言って、その男は城の廊下を歩いていった。城の豪華な雰囲気にその姿はそぐわぬが、しかしあまりにも堂々と歩くので、むしろ違和感はなかった。
俺も図書館を出て、雑にではあるが扉を魔法で直す。通り過ぎた人が壊れていると思わない程度であればいい。それ以上の効果は見込まない。
「やめてくれよ……こっちはただでさえ手一杯なのに、新しい悩みの種を増やしやがって。」
俺は大きくため息を吐きながら自分の部屋に戻る。寝たら頭も冷静になるし、きっと良い考えも浮かぶだろう。取り敢えずは休息が必要だ。
自分の祖父であるストルトス、王城で警備を行う冒険者のディオ。この二人の存在を知れただけ、一日目の収穫としてこう。
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