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第六章〜自分だけの道を〜

20.罠

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「想像より、寒いね。」
「ああ、防寒着を持ってきて正解だったな。」
「ふふーん、そうでしょう。」

 あの街から更に北、極地に近付けば近付くほど寒さが増してきた。自分の助言が当たったのが嬉しいのか、エルディナは胸を張って誇らしげだ。
 俺はロシアどころか、日本から出たことすらないが、それでも冬将軍と言われるほど極地付近が寒いのは知っている。

「無駄話して、すっころばないように気をつけろよ。」

 先行するケラケルウスが俺達にそうやって言葉を飛ばす。気温は氷点下までに達しており、滑りやすくなっている。
 既に目的の谷へと俺達は辿り着いていた。
 道とも言えないような道を魔法の力やらで無理矢理進んでいっている。戦士ならともかく、魔法使いがここから落ちればワンチャン死ぬ。

「本当にこんな所にいるのか、ケラケルウス。」
「いる。むしろ逆に考えろ。こんなにいなさそうな所だからこそ隠れ場所に最適だってな。」
「……まあ、ダンジョンの中よりは現実的だけども。」

 時折魔物の鳴き声も聞こえる。どう考えても危険地帯中の危険地帯だ。そこらの冒険者が迷い込めば高確率で死ぬであろうことは間違いない。

「お、見えたな。アレだ。」

 そう言ってケラケルウスは指をさす。その指の先には荒々しい岩肌の中に、同色の見にくい階段があった。ここよりも更に深い位置で、少し距離は遠いが、一時間も移動すれば到着するだろう。

「なら、時間短縮といこう。ここまで慎重に来たが、目的地が見えりゃあ入って逃げるだけだ。」

 闘気で強化された視覚にギリギリ映る距離なんだが、どうやって行くつもりなんだろう。途中までの道の魔物の量から考えてもパッといける距離ではないだろう。
 俺一人なら変身魔法やらでいける可能性はあるけども。

「エルディナ、眼を使えば階段のところまで足場を作れるな?」
「別にいいけど、流石に魔物に襲われれば壊れるわよ。」
「十分だ。一匹も触れさせなきゃいい。」

 ケラケルウスは体を軽く伸ばしつつ、魔力を練り込んでいく。

「直線距離でいうなら一キロあるかないかだ。全力で強化魔法を使って走れば、直ぐに着く。」
「かなりの強硬策だな。」
「いいだろ。ここまで慎重に来たんだから、最後は豪快に行こうぜ。」

 この旅の中でも薄々分かっていたが、ケラケルウスは割と頭を使うのが苦手でせっかちなのだと思う。
 それを帳消しにするぐらい強いから文句は言えないし、言うつもりもないけど。

「それじゃあ頼むぜ、エルディナ。」
「分かったわ。だけど構築が追い付かないから、あんまり早く走らないでね。」

 エルディナの眼は青く光り、精霊の光が辺りを舞う。そして茶色の光が空へ土の足場を作り出していく。土が続く先は谷底の階段である。

「俺から離れるなよ。速過ぎたら言ってくれ。」

 そう言ってケラケルウスは土で作られた道を走って行き、その後ろから俺達はついていく。
 良い獲物を見つけたと言わんばかりに、翼をもつ爬虫類のような、いわゆるワイバーンと呼ばれる魔物がこっちへと迫ってくる。

「ケラケルウス!」
「無視しろ! そいつ如きじゃ届かねえ!」

 少し不安になって魔力を練りながらも、ケラケルウスの言葉を信じて走り続ける。
 ワイバーンがもう少しで俺達へと辿り着くという瞬間に、異変が起きる。ワイバーンは体の一部が黒ずみ、崩れていく。その異変に気がついたのかワイバーンも一度こちらから離れた。

「アレは……スキルか?」
「いーや、魔法だ。希少属性の崩壊属性。範囲は狭いが、何でも崩れさせることができる。」

 希少属性か。基本の属性から外れる、特殊な属性。存在は知っていたがこうやって見るのは初めてだ。

「それに俺のスキルは一対一特化だ。仲間がいる状態じゃ、とてもじゃねえが使えねえよ。」
「どんなスキルなんだ?」
「信用してねえわけじゃねえが、スキルってのは切り札だ。細かいところまで教えるのは勘弁してくれ。」

 教えてはくれなかったか。ケラケルウスのスキルはちょっとだけ気になってたんだけど、教えてくれないなら仕方ない。
 俺もスキルが欲しいな。エルディナも眼を持っているし、ガレウの暴食もスキルだ。この中でスキルを持っていないのは俺だけという事になる。
 別に焦ったからといってどうにかなるわけでもないが、それでもちょっと気になってしまう。

「……ねえ、なんかあそこにいるように感じるだけど、気のせい?」

 エルディナの言葉を聞いて、俺は前を見る。よくよく見れば土の道の先の階段に、さっきまでいなかったはずの人がいた。
 黒い軍服に身を包んだ、骨格からして恐らくは女だろう人が何も持たずに立っていた。
 俺はケラケルウスの方へと視線を飛ばす。このまま行けば間違いなく出くわすし、もしかしたら、敵である可能性も否定できない。

「確かにいるな……もし、敵だったら俺をおいて階段の中に入れ。なんとなくだが、面倒事の予感がする。」

 ケラケルウスの言葉に俺は頷く。
 時間と共に女との距離は近付いていき、魔物に襲われる事なく、あと数秒の位置にまで接近する。

「そこをどけ! 死にたくなきゃな!」

 ケラケルウスがそう大声で言うが、決してその女は動かない。
 ここまで来れば確信できる。絶対に敵だ。そのことをケラケルウスも感じたのか、姿勢を低くし、大きく加速してその女へと肉薄する。

「……全ては、我らが総帥の為に。」

 だがそれより早く、女は自分の心臓を短刀で突き刺した。ケラケルウスも驚き、その足を止める。
 その場にそのまま倒れ込み、一瞬で動かなくなり、その内に俺達もケラケルウスの所まで追い付いた。
 俺は訝しげに、その最早物言わぬ死体を見た。

「自殺、か? なんだってこんな所で……」
「取り敢えず先に階段を降りるぞ。ここに人がいるってことは中にもいる可能性がある。」

 そう言ってケラケルウスがそこにあった階段を降りようとした瞬間、鼓膜を破りそうな程の大きな音が、咆哮が鳴り響いた。
 どういう事だ。一体何が起こっている。あの女が何かをしたのか。

「なんか、変な臭いがしないかい?」

 ガレウがそう言って、やっと気付く。変な、どこか甘ったるいような臭いだ。

「全員階段を降りろ! ドラゴンの群れだ!」

 空を見上げるとそこには、何十体ものドラゴンが空を飛び交っていた。そのドラゴンは次々と、こちらを目掛けて急降下してくる。
 俺達は慌てて階段の中に入る。ドラゴンは一体でさえ厄介なのに、あの量に挑むのはただ死ぬだけだ。まだ隠れた方が生存率が高い。

「ケラケルウスも早く!」
「いや、お前達だけでいいぜ、アルス。俺はこの蜥蜴どもを倒すから、中で待ってろ。」

 確かにケラケルウスは飛び抜けて強いが、流石にこの数はキツいだろう。
 ケラケルウスのスキルは、一対一特化だと言っていた。この状況とも合致しなさ過ぎる。死ぬ可能性だって十分にある。

「多分だが、この臭いは魔物を誘き寄せる類だ。戦争の時に嗅ぎ覚えがある。一度俺達の体についた以上、逃げても無駄だ。殺し尽くして、逃げるしかねえ。」
「なら、俺も!」
「俺が本気を出せば、お前らを巻き込む。いるだけで邪魔だ。」

 俺は強く歯軋りをする。
 何もできない。俺がまだ弱いから、こいつらにも勝てやしない。ただ、悔しいという感情が口の中に広がる。

「隠れてろ。俺はこの程度じゃ死ねねえよ。」

 俺はケラケルウスを信じて階段を降りていく。エルディナとガレウも一緒に、長い階段を降りて行った。
 かなり長い階段で、崩落を気にしたのも当然であろう。
 この場で一番強いとはいえ、一人を置いて逃げたという仄かな罪悪感から、俺達は無言で階段を降りて行った。
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