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第六章〜自分だけの道を〜
19.ガレウについて
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ガレウを俺はよく、良い奴と評す。事実細かな気配りも利くし、人のためなら自分を犠牲にすることを厭わない。どんな状況でも、決して人を責めはしないというのは簡単にできることではない。
ただ、ガレウは優しすぎる。
今回だってそうだ。明らかな理不尽であり、狙われていない俺の方が憎悪を抱くというのに、ガレウはグラデリメロスに何の感情すらも抱きはしない。
ガレウは俺らが傷つけられるのは怒るが、自分が傷つけられることには何も思いはしない。アースのように、全体のために自分を諦めたのとは条件が違う。
やはりこの問題を解決するのには、教会側をどうにかする必要がある。
そのためには俺がグラデリメロスと正面から戦えるように、強くなる必要がある。スキルの取得がどこまでも最優先な事に違いない。
「良い仕事はあんまり見つからないものだね。」
「……ああ、そうだな。」
「アルス?」
俺はその言葉で、現実へ思考が浮上する。商業ギルドの外で俺達は荷物を置いて、椅子に座っていた。
ちょっと考え出すと周りの声がよく聞こえなくなるのが、俺の悪い所だ。
「すまん、考え事してた。」
「疲れてるのかい。あんな魔法使ってここに来たんだから、当然と言えば当然だけど。」
疲れはあんまり感じないが、確かに魔力は若干足りない。明日になれば本調子だろうし、今夜はしっかり寝た方がよさそうだ。
「二人とも、焼き鳥買ってきたわよ。」
「おお、ありがとう。俺の金だけどな。」
「だからせめて私が買ってきたんでしょ。」
竹串に刺された焼き鳥をエルディナから受け取り、口に入れる。今が大体三時ぐらいで、丁度眠くなるような時間でもある。
もう寄る所もないし、このまま宿へ戻ってもいいんだが。
「買い物してきていいか。買い足したい物があるのを忘れてた。」
「一緒に行こうか?」
「いや、ここにいといてくれ。大した物じゃないし。」
七大騎士の所に行って、もしも名も無き組織と戦う事になったら、何か切り札を用意しておいた方がいいだろう。
俺は一人で、商店街の中へと潜り込んでいった。
場所はアルスが向かった商店街ではなく、ガレウとエルディナがいる商業ギルドの前へ戻る。
焼き鳥を食べる二人の間で、少しの間沈黙が響く。元々この二人はよく話すような仲ではない。友達の友達、という方が関係性としては正しい。
「そういえば、何で昼間はあんな事を聞いたんだい。タイミングを逃して聞けなかったんだけど。」
「ああ、天才って何かって話ね。」
ガレウが何気なくそう聞く。エルディナは少し悩む仕草を見せた後に、それに答える。
「そう難しい話じゃないわ。私、ちょっと最近スランプ気味なのよ。」
「エルディナがかい?」
「今まで誰かに挑む立場に立った事がなくて、何をしたらいいかよく分からないの。だから天才っていうか、私が何なのかってなって、それでじゃあそもそも天才って何かって連鎖し始めて……」
天才側の人間は挫折の経験が少ない。どうしたらいいか分からないし、どこにも正解がない。まるで摩擦のない壁を登るような、そんな経験が、エルディナはないのだ。
だからこそ立ち上がろうとすればするほど沈み、底無しの沼へはまっていく。
特に幼少の頃から敵という敵がいなかったエルディナにとって、その感覚は人一倍強いものであった。
「まあ、言ってもそれだけよ。」
だが、彼女はその程度では止まらない。幸いにも彼女には背を押す、頼もしい幼馴染がいた。
「ちょっと悩んでるだけなのよ。どちらにせよ私が挑んで、いつかアルスを越える事には変わりないから。」
アルスが昔絶望した天才、エルディナ・フォン・ヴェルザードの真価は未だ十全に発揮されていない。
あるがままで強い獅子が、牙を研ぎ澄ませ、策を練り始めれば、その強さは想像に難くない。
「……やっぱり、エルディナは強いね。憧れるよ。」
「強いだけよ。ガレウの方がきっと、人間的にも優れているわ。」
どちらも本心である。だからこそ、互いの言葉は額面通りには届かない。
認められたいという人間の本能に相反するようにして、人は人の言葉をそう簡単には信じられなくなっていくものだからだ。
ガレウの卑屈なまでの自己分析はそれを真正面から受け取れず、自身の欠点を理解しているエルディナは、それに価値を感じられない。
「エルディナさ、僕のことあんまり好きじゃないだろ。」
「否定はしないわ。」
「やっぱりな。僕と話していると、たまに嫌そうな顔をするもの。」
エルディナは少し顔をしかめ、ガレウを見る。
エルディナは明るく天真爛漫という言葉が似合うような性格ではあるが、嫌いなものだって当然ある。むしろ好き嫌いは激しい方である。
「嫌いなわけじゃないわよ、ガレウのこと。だけど卑屈な所がずっと嫌いというか、気に入らないの。」
「僕が卑屈に見えるか。あんまりそういうつもりはないんだけど……」
「だって、あなた人に譲ってばかりじゃない。決して弱いわけじゃないのに引き下がったり、自分が悪くなくても頭を下げたり、楽しくなさそうに生きてるようにしか見えないの。」
今度はガレウが押し黙る。それに対して返す言葉がガレウには思い当たらなかった。
「自分の人生だから、全力で楽しめばいいじゃない。ガレウが自由に生きたって誰も咎めないし、私たちだって全力でそれは助けるのに。」
「……僕はいいさ。元々人前に出るのなんて性に合ってないし。」
「だーかーら、それが卑屈だって言ってるの。なんかやりたい夢だとか、目標だとかないの?」
再びガレウは押し黙る。エルディナは何も言わずにガレウの言葉を待つ。
ガレウは悩み込み、そう簡単に言葉を発さない。だがエルディナもそれを咎めることはない。ただ沈黙が、二人の間に流れる。
「僕だって、誰にでも譲るわけじゃないさ。」
そしてやっと、ガレウが言葉を漏らす。
「この世は不平等だ。いつだって真っすぐ生きた奴の方が、損をしやすいようにできている。僕が道を譲るのはいつだってそういう人だよ。悪人に道を譲る事は決してないさ。」
「グラデリメロスでも?」
「あの人は、ちょっと僕と対立しただけだ。僕の命と、万人を救う戦士の命であるなら、それは優先されるべきはそっちだよ。」
ガレウは普通ではない。自分の命すら損得勘定に入れられる程に、ガレウは普通ではない。
エルディナはその狂気の片鱗に触れ、言葉に詰まる。今までここまで、ガレウの内側に踏み込んだ人間はいなかった。アースも、フランも、アルスでさえも。
「私には、理解できないわ。」
「だと思うよ。だから今まで口にする事はなかったし。」
そこで一息つき、唐突にガレウは道の方を指さす。そこにはこっちへと戻ってくるアルスの姿があった。
「話はここで終わりだね。」
「なんかスッキリしないわね。」
「ハハ、あんまり話題も良くなかったね。」
だけど、と言ってガレウは言葉を続けた。
「僕は人生は楽しいよ。十分なほどにね。」
そう言ってアルスへと右手を振った。
エルディナはそれが嘘ではないのだと、本能的にそう思った。
ただ、ガレウは優しすぎる。
今回だってそうだ。明らかな理不尽であり、狙われていない俺の方が憎悪を抱くというのに、ガレウはグラデリメロスに何の感情すらも抱きはしない。
ガレウは俺らが傷つけられるのは怒るが、自分が傷つけられることには何も思いはしない。アースのように、全体のために自分を諦めたのとは条件が違う。
やはりこの問題を解決するのには、教会側をどうにかする必要がある。
そのためには俺がグラデリメロスと正面から戦えるように、強くなる必要がある。スキルの取得がどこまでも最優先な事に違いない。
「良い仕事はあんまり見つからないものだね。」
「……ああ、そうだな。」
「アルス?」
俺はその言葉で、現実へ思考が浮上する。商業ギルドの外で俺達は荷物を置いて、椅子に座っていた。
ちょっと考え出すと周りの声がよく聞こえなくなるのが、俺の悪い所だ。
「すまん、考え事してた。」
「疲れてるのかい。あんな魔法使ってここに来たんだから、当然と言えば当然だけど。」
疲れはあんまり感じないが、確かに魔力は若干足りない。明日になれば本調子だろうし、今夜はしっかり寝た方がよさそうだ。
「二人とも、焼き鳥買ってきたわよ。」
「おお、ありがとう。俺の金だけどな。」
「だからせめて私が買ってきたんでしょ。」
竹串に刺された焼き鳥をエルディナから受け取り、口に入れる。今が大体三時ぐらいで、丁度眠くなるような時間でもある。
もう寄る所もないし、このまま宿へ戻ってもいいんだが。
「買い物してきていいか。買い足したい物があるのを忘れてた。」
「一緒に行こうか?」
「いや、ここにいといてくれ。大した物じゃないし。」
七大騎士の所に行って、もしも名も無き組織と戦う事になったら、何か切り札を用意しておいた方がいいだろう。
俺は一人で、商店街の中へと潜り込んでいった。
場所はアルスが向かった商店街ではなく、ガレウとエルディナがいる商業ギルドの前へ戻る。
焼き鳥を食べる二人の間で、少しの間沈黙が響く。元々この二人はよく話すような仲ではない。友達の友達、という方が関係性としては正しい。
「そういえば、何で昼間はあんな事を聞いたんだい。タイミングを逃して聞けなかったんだけど。」
「ああ、天才って何かって話ね。」
ガレウが何気なくそう聞く。エルディナは少し悩む仕草を見せた後に、それに答える。
「そう難しい話じゃないわ。私、ちょっと最近スランプ気味なのよ。」
「エルディナがかい?」
「今まで誰かに挑む立場に立った事がなくて、何をしたらいいかよく分からないの。だから天才っていうか、私が何なのかってなって、それでじゃあそもそも天才って何かって連鎖し始めて……」
天才側の人間は挫折の経験が少ない。どうしたらいいか分からないし、どこにも正解がない。まるで摩擦のない壁を登るような、そんな経験が、エルディナはないのだ。
だからこそ立ち上がろうとすればするほど沈み、底無しの沼へはまっていく。
特に幼少の頃から敵という敵がいなかったエルディナにとって、その感覚は人一倍強いものであった。
「まあ、言ってもそれだけよ。」
だが、彼女はその程度では止まらない。幸いにも彼女には背を押す、頼もしい幼馴染がいた。
「ちょっと悩んでるだけなのよ。どちらにせよ私が挑んで、いつかアルスを越える事には変わりないから。」
アルスが昔絶望した天才、エルディナ・フォン・ヴェルザードの真価は未だ十全に発揮されていない。
あるがままで強い獅子が、牙を研ぎ澄ませ、策を練り始めれば、その強さは想像に難くない。
「……やっぱり、エルディナは強いね。憧れるよ。」
「強いだけよ。ガレウの方がきっと、人間的にも優れているわ。」
どちらも本心である。だからこそ、互いの言葉は額面通りには届かない。
認められたいという人間の本能に相反するようにして、人は人の言葉をそう簡単には信じられなくなっていくものだからだ。
ガレウの卑屈なまでの自己分析はそれを真正面から受け取れず、自身の欠点を理解しているエルディナは、それに価値を感じられない。
「エルディナさ、僕のことあんまり好きじゃないだろ。」
「否定はしないわ。」
「やっぱりな。僕と話していると、たまに嫌そうな顔をするもの。」
エルディナは少し顔をしかめ、ガレウを見る。
エルディナは明るく天真爛漫という言葉が似合うような性格ではあるが、嫌いなものだって当然ある。むしろ好き嫌いは激しい方である。
「嫌いなわけじゃないわよ、ガレウのこと。だけど卑屈な所がずっと嫌いというか、気に入らないの。」
「僕が卑屈に見えるか。あんまりそういうつもりはないんだけど……」
「だって、あなた人に譲ってばかりじゃない。決して弱いわけじゃないのに引き下がったり、自分が悪くなくても頭を下げたり、楽しくなさそうに生きてるようにしか見えないの。」
今度はガレウが押し黙る。それに対して返す言葉がガレウには思い当たらなかった。
「自分の人生だから、全力で楽しめばいいじゃない。ガレウが自由に生きたって誰も咎めないし、私たちだって全力でそれは助けるのに。」
「……僕はいいさ。元々人前に出るのなんて性に合ってないし。」
「だーかーら、それが卑屈だって言ってるの。なんかやりたい夢だとか、目標だとかないの?」
再びガレウは押し黙る。エルディナは何も言わずにガレウの言葉を待つ。
ガレウは悩み込み、そう簡単に言葉を発さない。だがエルディナもそれを咎めることはない。ただ沈黙が、二人の間に流れる。
「僕だって、誰にでも譲るわけじゃないさ。」
そしてやっと、ガレウが言葉を漏らす。
「この世は不平等だ。いつだって真っすぐ生きた奴の方が、損をしやすいようにできている。僕が道を譲るのはいつだってそういう人だよ。悪人に道を譲る事は決してないさ。」
「グラデリメロスでも?」
「あの人は、ちょっと僕と対立しただけだ。僕の命と、万人を救う戦士の命であるなら、それは優先されるべきはそっちだよ。」
ガレウは普通ではない。自分の命すら損得勘定に入れられる程に、ガレウは普通ではない。
エルディナはその狂気の片鱗に触れ、言葉に詰まる。今までここまで、ガレウの内側に踏み込んだ人間はいなかった。アースも、フランも、アルスでさえも。
「私には、理解できないわ。」
「だと思うよ。だから今まで口にする事はなかったし。」
そこで一息つき、唐突にガレウは道の方を指さす。そこにはこっちへと戻ってくるアルスの姿があった。
「話はここで終わりだね。」
「なんかスッキリしないわね。」
「ハハ、あんまり話題も良くなかったね。」
だけど、と言ってガレウは言葉を続けた。
「僕は人生は楽しいよ。十分なほどにね。」
そう言ってアルスへと右手を振った。
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