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第六章〜自分だけの道を〜

16.なんやかんやあり

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 魔導の国ロギアと、ヴァルバーン連合王国は同じ大陸にあり、一つか二つ程度の国を抜ければ案外直ぐに着く。馬車で行くなら、一月もあれば行けるだろう。
 それに対し俺達は、その道をたった三日で通り抜けた。

「き、気持ち悪っ……」

 その代わりに、久しぶりに魔力が枯渇することになった。
 例えるのならフルマラソンを終えた後に腐った牛乳を飲まされた気分。体内と対外だけじゃなくて、魂レベルで苦痛を訴えているような感覚だ。
 魔力は使えば使うほど増えやすいとは言うが、こんな感覚になるのなら使い切りたくはない。

「お疲れ様、アルス。」

 労いの言葉をガレウがかけてくれるが、返事をする余裕はあんまりない。
 既にヴァルバーン連合王国内には入っており、その関所の近くで、壁にもたれかかるのが精一杯だった。当分はここから動きたくもない。
 本当に頑張ったと思う。回復が間に合わないぐらいには飛ばしてきたからな。

「当分動くのは無理そうだな。俺が宿を探してくるからここにいといてくれ。」
「すまん、ケラケルウス。」
「予定より早く着いたんだ。数日はゆっくりしたっていい。」

 ケラケルウスは荷物を片手に街の人混みへ消えていった。それを見送った後に、体から力を抜いて目を瞑った。
 魔力は体と魂を繋ぎ、神経辺りと繋がっていると言われている。だから人は生きるだけで魔力を消費するんだとか。まだ研究中で確かな事は言えないらしいけど。
 兎も角、重要なのは体を動かさなければ魔力の消費量が減り、結果的には魔力の回復量が上がるという事だ。

 集中力も切れてきて、真っ昼間であるのに眠くなってきた。
 ガレウが見てくれてるし、眠っても許されるだろう。俺の魔力量は多いから、完全に回復するのには時間がかかるだろうしな。
 そういう理由付けが済めば、途端に手の中から理性が零れ落ち、意識を手放してしまった。





 久しぶりの感覚だ。久しぶりに、水の中で沈んでいる。
 かなり魔力を使ったから出てこれたんだろう。学内大会以来かもしれない。

「私の力を、随分と好き勝手に使っているみたいだね。」
「その代わりお前を体内に宿さなくちゃいけないんだから、別にこれぐらい構わないだろ?」

 ツクモの声が閑散とした世界に響いた。
 相変わらず、水の中にはありとあらゆる物が沈んでいる。この世のありとあらゆる物が沈んでいるんじゃないか、そう思えるぐらいに何でもある。

「よく言うよ。完全に私の力を奪い取ろうとしているくせして。」

 俺は何も言葉を返さない。
 ツクモの神の力を、俺が扱えるようになれば、俺とツクモはこの体内において同格だ。むしろメインがこっちである以上、完全に俺の方が有利に出る。
 そして進捗がこの数か月でないわけでもなかった。

「……もう二度と、表に出さねえよ。このまま年老いて、死にそうになったらお前を引きずって天に昇ってやる。」
「それを一生、数十年続けられるのか? 図に乗るなよ人形風情が。」

 何と言われても、俺はただ俺の為すべきことをやるだけだ。絶対に冠位になるし、ツクモは絶対に自由にさせない。人々を幸せにする魔法使いにだってなってみせる。
 夢は強欲なぐらいが丁度いい。自分で心から欲した夢であるのなら、きっと届く。

「なら勝手に、お前の力を利用させてもらうさ。」
「お前の夢は借り物だ。空虚で、無駄で、意味などありはしない。どれもが下らない夢でしかない。お前はいずれ、それを知る事になる。」
「ならねえよ。お前みたいな卑屈な野郎と一緒にするな。」

 ツクモの吐く言葉は、所詮ただの負け惜しみだ。何も出来ないからこうやって、俺を罵る事しかしない。

「それじゃあまたな、ツクモ。俺はもう帰るぜ。」

 俺の体は浮かび上がり始め、水面へと近付いていく。ツクモは何も返さない。俺も返答は期待していないがな。
 そして久しぶりに、俺はここから現実へと浮上した。





 日差しを受けて微かに瞼を開き、幾度か瞬きをして目をしっかりと開く。
 日の色は赤く染まり、そろそろ日没が近いのだと分かった。魔力も全快とはいかないが、そこそこ回復している。
 人通りは落ち着きを見せており、それが夜の近さを色濃く実感させる。

「あら、ようやく起きたのね。」
「……うん?」

 頭のスイッチを入れ、視界の状況の整理へ移っている途中、ここにいる筈のない人間を捉えた。
 緑の髪に青い眼、その自信の張り方と堂々さ――太々しさと言ってよ良いが――は見間違えよう筈もない。

「来ちゃった。」
「来ちゃったじゃねえよ馬鹿!」

 エルディナ・フォン・ヴェルザード。俺の親友にしてライバルであるその人であった。
 頭の回路が繋がり、急激に眠気が覚める。直ぐに立ち上がって、その後ろに立っているガレウを見た。
 ガレウは首を横にブンブンと振る。視線をエルディナへ戻す。

「何をした。何をやらかした。いや、もう十分やらかしてるけどな!」
「そんなに難しい話じゃないわ。ガレウの荷物に転移魔法陣を刻んだ魔石を混ぜといて、着いたタイミングで起動しただけよ。」
「戻ったんじゃねえのかよ……!」
「一度戻ったわよ。その後から転移魔法で来ただけね。」

 そうだったな、忘れてた。空間魔法と風魔法は近いものだ。風の大精霊と契約しているエルディナであれば、大陸間の長距離転移も不可能なわけではない。

「許可は、とったか?」
「そんなの取ってるわけないじゃない。パパに言ったら魔封じのゴーグルをつけられちゃう。」

 嘘だろ。成長したとか言っていた数日前の俺をぶん殴りたい。
 こいつ何も成長してねえ。破天荒さと無鉄砲さがカンストなままだ。学園で魔導だけしか学んでこなかったのかよ。

「……流石にこれ限りよ。これが最後の我が儘にする予定なの。」
「今、予定って付けただろ。」
「不自由過ぎる公爵家が悪い。」
「お前も悪いわ。」

 帰らせる、のは出来ないな。俺は転移魔法は使えない。エルディナの転移魔法も、多分一方通行のものだ。

「ま、まあ落ち着いて。取り敢えずは旅の人数が増えたからいいじゃないか。」
「だけどなあ……」
「そうよそうよ! 別にアルスが損するわけじゃないからいいじゃない!」

 確かに俺が損するわけじゃない。しかし道徳的にも人情的にも良くない気がする。

「ほら、ケラケルウスが宿を取ってくれたらしいから行こうよ。」
「こいつをそこら辺の安宿に泊めたら駄目だと思うが。」
「問題ないわ。むしろ平民が泊まるような宿には泊まった事がないから楽しみよ。」

 何で偉そうなんだろう。押しかけて来たのはそっちなのに、何で選択する権利があるように振る舞っているのだろう。

「お前、宿代あんの?」
「……? 払ってくれるんでしょ。」
「誰が?」
「アルスが。」

 俺は大きくため息を吐く。押しかけてきて、しかも金もないのか。
 これで次期公爵の、しかも賢神に至るほどの魔導の天才で、自分の親友でなかったら街の外で野宿させているところだ。

「今回限りだからな、エルディナ。」

 半ば諦めて俺は寝起きの目をこすりつつも、歩き始めた。

「ガレウ、案内を頼む。」
「もちろんだとも。日が沈むといけないから、急ぎ足でね。」
「私、酒場に行ってみたいのだけど。」
「明日にしろ、エルディナ。」

 相変わらず自由さに少し嫌気がさしつつも、それに安心してしまう自分がいる。
 俺達の中でもエルディナは一番明るいし、盛り上げ要因に近かった。こいつがいるだけで場が明るくなるし、変わらないでいてくれるのは嬉しい。
 しかし今でもエルディナは追い返すべきだとは思うけども、

「楽しみだわ。友達と一緒にヴァルバーンに来るなんて産まれて初めてだから。」

 多少は目を瞑ろう。
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