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第六章〜自分だけの道を〜
5.果てのない旅へ
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魔導の国にして、世界でも数少ない民事主義を完全に実現させた国。それこそがロギアという国であり、世界で唯一、軍を保有しない国でもある。
勿論の事だが、軍を保有しないのには理由がある。それは魔導の国、という二つ名からも分かる通り、この国は魔法使いの聖地に近い場所なのだ。故に数多もの研究者や強力な魔法使いがこの国へ集まる。
そして、場合によっては単騎で国を滅ぼしうる魔法使いが集まる国に、喧嘩を売る馬鹿がいるだろうか。
だが残念ながら、そういう常識的な考えにすら行き当たれない馬鹿がいたのだ。
その国がどうなったかなど、もはや語るまでもないだろう。ただ、地図から消えたのだ。たった一夜、たった数時間にして。
そんな賢神たちが、場所を移さず、ここにいるのには価値があるからだ。
その最たる例がこの天を貫くように伸びる、人工建築物、世界一高い建物にして世界一危険な建物。いわゆる『賢者の塔』と呼ばれる場所だ。
国も支援するこの塔は正に魔法使いの為の塔であり、研究に必要な全てがここに揃っている。今やこの賢者の塔を越える研究施設はこの世に存在しないのである。
「それじゃあ、僕はここまでだね。」
そして俺とエルディナが目指した場所でもあった。この首都に仕事を見つけたというガレウは、勿論だがこんな塔に入る必要も理由もありはしない。
「ああ、わざわざこんな所まで連れてきてすまんな。」
「ちょっと来るぐらいだし、構わないよ。むしろここで僕一人で離れるなんて、薄情者みたいだろう?」
「別にそんなことはないと思うけどな……」
ガレウは皆が認める優しい人間だ。ふと困ったときに手伝ってくれたり、いつも公平に、それでいて悪を嫌う。意志が弱いわけでもなく、ただただ底抜けに人間ができている。
アースやお嬢様みたいな皮肉家であったり、エルディナのように無意識に人を苦しめる天然タイプの人間でもない。
言ってしまえば普通なのだが、この普通というものが如何に得難いものか、社会人であれば分かるはずだ。普通に良い人というのは中々巡り合えるものではない。
「私は先に手続きに向かっていよう。ゆっくりしておくといい。」
アルドール先生はそう一言言って、賢者の塔へと向かう。ガレウはアルドール先生が行ってしまう前に、後ろから呼びかける。
「先生! ここまで連れてきてくれてありがとうございました!」
「……感謝するような事ではない。私は教師として、魔法使いとして当然の事をしていただけだ。」
そう言ってアルドール先生は賢者の塔へと入っていった。
「それでは私も、先に行っていますね。きっとデメテル様がいるのなら賢者の塔の中ですので。」
「ああ、ティルーナ。元気でやれよ。」
「言われずとも。ここにいる全員が上手くいくことを願っていますよ。」
俺とガレウ、エルディナの三人に手を振られてティルーナはアルドール先生の後を追う。
多分だが、デメテルさんはこの塔にいる気がした。あれ以来一度も会ってはいないが、律儀な性格の人だと思う。約束の時になれば、一つの場所から離れるようなことはしない。
「それじゃあ、僕ももう行くよ。みんな元気でね。」
「ああ、そっちこそな。」
ガレウも塔に背を向け、街の中へ歩いて行った。ガレウは強く、優しい人間だ。きっとどんな道を選ぼうとも上手くいくだろう。
そこでふと、エルディナが異様に静かなのに気づく。
エルディナの方を向くと、目元が赤くなり、その頬を雫で濡らしていた。
「どうした、大丈夫かエルディナ。」
「ああ、いえ、大丈夫よ。ちょっと寂しくなっただけ。分かってはいたのだけど、こうやって実際に体験すると、とても心が締め付けられるようなの。」
「……そうかい。なら、それはいいことだ。」
確かに別れというものは怖い。それは俺がこの人生で、身に染みてよくわかっている。
だが、いやだからこそ、別れは必要だ。その別れを遠ざけるために、その別れまでを全力で生きるために、人は真価を発揮できる。
別れが無ければ、出会いすらもありはしない。
「別れを惜しむような仲間に、出会えたってのは、最高だろう?」
「……そうね、アルスの言うとおりだわ。」
エルディナは袖で涙を拭い、賢者の塔へと視線を向ける。
「本当に、楽しかったわ。学園での五年間は。」
「それに並ぶほどの思い出ができるさ。なんたって人生は長い。」
アルドール先生が賢者の塔から姿を現す。そして入るようにと、手の動きでそれを伝え、そして塔の中へ戻っていく。
「行こうぜ、エルディナ。」
「ええ、賢神になる為にね。」
俺達は最果てまで続く賢者の塔へと、その足を踏み入れた。
賢者の塔内部、ティルーナはとある部屋の前に辿り着いた。
世界一の癒し手である証明、聖人の称号を賜っているデメテルも当然ながら賢神に属しているうえ、賢神内でもその力は大きい。
それはこの魔窟である賢者の塔にて、一室が用意されるぐらいには。
「待っていましたよ、ティルーナ。」
「お待たせして申し訳ありません。」
デメテルは部屋の中で白衣に身を包みながら、ティルーナの顔をよく見る。その目に映る覚悟と、その奥に宿る魔力を覗き見るために。
「……ふむ、なるほど。」
デメテルはおもむろに立ち上がり、そしてティルーナの横を通り部屋を出る。
「私の夢は世界中の人間を治すことです。その為に私は、世界中を飛び回って、今日も私を求める患者を探し続けています。」
デメテルほどの腕があるのなら、人は勝手に集まるし、それで莫大な利益を出すことさえもできるであろう。
しかしそれでは、本当の弱者を救い出せない。本当に助けを求めている人間の声が届かない。だからこそ、彼女は教会ではなく冒険者に属しているのだ。
誰の為でもなく、自分の為にデメテルは選択したのだ。
「命を落としてでも、より多くの人間を救い出す私の旅に、ついてこれる覚悟がありますか?」
デメテルが欲しいのは財宝や名誉ではない。今ついてきている聖人の称号でさえ、勝手についてきただけのものだ。
ただ人の命を救うために世界を駆けた結果、誰よりも強力な回復魔法を得ただけのこと。
「当然ですよ、デメテル様。私はそのために、ここまで来たんですから。」
「なら良し。ついてきなさい、ティルーナ。一年は休みなど与えるつもりはありませんよ。」
「はい、喜んで!」
ティルーナは進む。己がだけの道へ。
勿論の事だが、軍を保有しないのには理由がある。それは魔導の国、という二つ名からも分かる通り、この国は魔法使いの聖地に近い場所なのだ。故に数多もの研究者や強力な魔法使いがこの国へ集まる。
そして、場合によっては単騎で国を滅ぼしうる魔法使いが集まる国に、喧嘩を売る馬鹿がいるだろうか。
だが残念ながら、そういう常識的な考えにすら行き当たれない馬鹿がいたのだ。
その国がどうなったかなど、もはや語るまでもないだろう。ただ、地図から消えたのだ。たった一夜、たった数時間にして。
そんな賢神たちが、場所を移さず、ここにいるのには価値があるからだ。
その最たる例がこの天を貫くように伸びる、人工建築物、世界一高い建物にして世界一危険な建物。いわゆる『賢者の塔』と呼ばれる場所だ。
国も支援するこの塔は正に魔法使いの為の塔であり、研究に必要な全てがここに揃っている。今やこの賢者の塔を越える研究施設はこの世に存在しないのである。
「それじゃあ、僕はここまでだね。」
そして俺とエルディナが目指した場所でもあった。この首都に仕事を見つけたというガレウは、勿論だがこんな塔に入る必要も理由もありはしない。
「ああ、わざわざこんな所まで連れてきてすまんな。」
「ちょっと来るぐらいだし、構わないよ。むしろここで僕一人で離れるなんて、薄情者みたいだろう?」
「別にそんなことはないと思うけどな……」
ガレウは皆が認める優しい人間だ。ふと困ったときに手伝ってくれたり、いつも公平に、それでいて悪を嫌う。意志が弱いわけでもなく、ただただ底抜けに人間ができている。
アースやお嬢様みたいな皮肉家であったり、エルディナのように無意識に人を苦しめる天然タイプの人間でもない。
言ってしまえば普通なのだが、この普通というものが如何に得難いものか、社会人であれば分かるはずだ。普通に良い人というのは中々巡り合えるものではない。
「私は先に手続きに向かっていよう。ゆっくりしておくといい。」
アルドール先生はそう一言言って、賢者の塔へと向かう。ガレウはアルドール先生が行ってしまう前に、後ろから呼びかける。
「先生! ここまで連れてきてくれてありがとうございました!」
「……感謝するような事ではない。私は教師として、魔法使いとして当然の事をしていただけだ。」
そう言ってアルドール先生は賢者の塔へと入っていった。
「それでは私も、先に行っていますね。きっとデメテル様がいるのなら賢者の塔の中ですので。」
「ああ、ティルーナ。元気でやれよ。」
「言われずとも。ここにいる全員が上手くいくことを願っていますよ。」
俺とガレウ、エルディナの三人に手を振られてティルーナはアルドール先生の後を追う。
多分だが、デメテルさんはこの塔にいる気がした。あれ以来一度も会ってはいないが、律儀な性格の人だと思う。約束の時になれば、一つの場所から離れるようなことはしない。
「それじゃあ、僕ももう行くよ。みんな元気でね。」
「ああ、そっちこそな。」
ガレウも塔に背を向け、街の中へ歩いて行った。ガレウは強く、優しい人間だ。きっとどんな道を選ぼうとも上手くいくだろう。
そこでふと、エルディナが異様に静かなのに気づく。
エルディナの方を向くと、目元が赤くなり、その頬を雫で濡らしていた。
「どうした、大丈夫かエルディナ。」
「ああ、いえ、大丈夫よ。ちょっと寂しくなっただけ。分かってはいたのだけど、こうやって実際に体験すると、とても心が締め付けられるようなの。」
「……そうかい。なら、それはいいことだ。」
確かに別れというものは怖い。それは俺がこの人生で、身に染みてよくわかっている。
だが、いやだからこそ、別れは必要だ。その別れを遠ざけるために、その別れまでを全力で生きるために、人は真価を発揮できる。
別れが無ければ、出会いすらもありはしない。
「別れを惜しむような仲間に、出会えたってのは、最高だろう?」
「……そうね、アルスの言うとおりだわ。」
エルディナは袖で涙を拭い、賢者の塔へと視線を向ける。
「本当に、楽しかったわ。学園での五年間は。」
「それに並ぶほどの思い出ができるさ。なんたって人生は長い。」
アルドール先生が賢者の塔から姿を現す。そして入るようにと、手の動きでそれを伝え、そして塔の中へ戻っていく。
「行こうぜ、エルディナ。」
「ええ、賢神になる為にね。」
俺達は最果てまで続く賢者の塔へと、その足を踏み入れた。
賢者の塔内部、ティルーナはとある部屋の前に辿り着いた。
世界一の癒し手である証明、聖人の称号を賜っているデメテルも当然ながら賢神に属しているうえ、賢神内でもその力は大きい。
それはこの魔窟である賢者の塔にて、一室が用意されるぐらいには。
「待っていましたよ、ティルーナ。」
「お待たせして申し訳ありません。」
デメテルは部屋の中で白衣に身を包みながら、ティルーナの顔をよく見る。その目に映る覚悟と、その奥に宿る魔力を覗き見るために。
「……ふむ、なるほど。」
デメテルはおもむろに立ち上がり、そしてティルーナの横を通り部屋を出る。
「私の夢は世界中の人間を治すことです。その為に私は、世界中を飛び回って、今日も私を求める患者を探し続けています。」
デメテルほどの腕があるのなら、人は勝手に集まるし、それで莫大な利益を出すことさえもできるであろう。
しかしそれでは、本当の弱者を救い出せない。本当に助けを求めている人間の声が届かない。だからこそ、彼女は教会ではなく冒険者に属しているのだ。
誰の為でもなく、自分の為にデメテルは選択したのだ。
「命を落としてでも、より多くの人間を救い出す私の旅に、ついてこれる覚悟がありますか?」
デメテルが欲しいのは財宝や名誉ではない。今ついてきている聖人の称号でさえ、勝手についてきただけのものだ。
ただ人の命を救うために世界を駆けた結果、誰よりも強力な回復魔法を得ただけのこと。
「当然ですよ、デメテル様。私はそのために、ここまで来たんですから。」
「なら良し。ついてきなさい、ティルーナ。一年は休みなど与えるつもりはありませんよ。」
「はい、喜んで!」
ティルーナは進む。己がだけの道へ。
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