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第六章〜自分だけの道を〜
4.短い旅の到達点
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そこから先、エルディナが列車で吐いた事以外は、特に異常もなく首都へと辿り着いた。
首都に辿り着いた頃には既に日は沈んでおり、賢神への手続きは明日に持ち越される事となった。
となれば、一夜を明かすために宿がいる。
しかし民営の宿に貴族二人を泊めるわけにはいかず、アルドール先生、正確にはファルクラム家の別荘に泊まることとなった。
公爵家の別荘ともなればかなりの広さであり、それぞれ個室がある程度には余裕もあったのだ。
「……この旅も終わりかあ。」
屋根の上、風に揺られながら地平線の彼方、無限に繋がるのだろう空を見ていた。
旅、というにはあっという間だった。だが、楽しかった。
きっと俺はこれから、一人で旅をする事になる。この世界で初めて、一人で生きる事になる。
時たまにふと、怖くなる。一人になってしまえば、俺は、俺という人間は元に戻ってしまうのではないのかと。何も変えられず、何も為す事もできなかった、愚か者で、臆病者の俺に。
しかしその度に声が聞こえてくる。
夢の中の声、記憶の中の声。俺の罪と同時に、俺の強さを語ってくれる。
「進むさ。俺にだって救える人が、俺にしか救えない人がいるんだから。」
俺は決して強くはない。何をやるにも臆病で、勇気も大してありはしない。
だけどそんな俺でも、救えたのだと、守れたのだと言ってくれた人がいた。だからもう、俺は一人でも戦える。一人だけど、一人ではないから。
「そうだろ、不知火。」
「シラヌイってどなたですか?」
「へ?」
ここは屋根の上だ。梯子もないし、そう簡単には登ってこれない。かなり夜も更けているというのもあって、誰にも聞かれてないと思って俺は話していた。
しかし見てみれば、屋根の上にティルーナが立っている。
俺は思わず飛び跳ねて立ち上がり、ティルーナの方に体を向けた。
「……そんなに驚かずとも良いでしょう。」
「驚くわ。驚かずにはいられねえよ。これからはそんなに気軽には会えないだろうなって、感傷に浸ってたんだぞ、こっちは。」
「結構ロマンチストな所ありますよね、アルスさん。」
「悪いか、俺は意外と寂しがり屋なんだよ。丁重に扱え、丁重に。」
ティルーナは俺がさっきそうしていたように、屋根の上に座った。そう言えばティルーナと一対一で話すのは久しぶりな気がする。
大体はお嬢様の近くにいたし、別にわざわざ話すような事もなかったからな。
「……というか、どうやって登ってきたんだ。」
「木属性魔法で蔦を垂らして、後はこう、崖を登るように。」
「第二学園の魔導部門を出た奴とは思えねえよ。」
「大き過ぎる魔法は悪目立ちしますので。」
いや、確かに俺が気付かないぐらいには地味な魔法だったけれども。
そもそも俺達は魔法使いだ。俺のようなイレギュラーな魔法使いであれば体を錬える事もあるが、癒し手が、しかも貴族がこんな事をするものだろうか。
エルディナとかお嬢様も運動神経は良いが、ティルーナはやはり飛び抜けている。
武術を師匠から習ってもう五年にもなるので、少しは分かるのだが、ティルーナは歩き方が違う。正確に言うなら重心の乗せ方、力の入れ方がとてつもなく上手いのだ。
攻撃というのは緩急が重要だ。常に力が張ったままでは一撃は遅く、抜いたままでは弱い。
それを生まれながらにして、何となくで出来てしまうのがティルーナという人間なのだ。
「それで、話を戻しますがシラヌイとは誰ですか?」
「……故郷にいた人の名前だよ。」
「故郷って、シルード大陸ですよね。」
「まあ、そんな感じだ。」
嘘は言っていない。俺に故郷が二つあるだけだ。
というかそろそろ、異世界出身だって事は言わなくちゃいけない。良いタイミングがあればいいのだが。
「そう言えば、一度もアルスさんの生い立ちは聞いた事がありませんでしたね。」
「聞かれなかったからな。」
「多少はフィルラーナ様から聞いて知っていましたので。」
「そっちのが助かる。俺の口からはあんまり話したくない。」
シルード大陸には良い思い出が沢山ある。特にベルセルクとは長らく会っていないし、会いに行くために一度戻りたいとも考えている。
しかし、あそこは母親が死んだ場所なのだ。
俺にとっては懐かしき故郷であり、幸せが崩れ去ったトラウマに近しい場所でもある。
「それより、お前はデメテルさんに師事しに来たんだろう。俺らに着いてきて首都まで来たけど、ここで集まるとか決めてたのか?」
「いえ。貴族としての伝手を使い、足取りを追っただけです。」
「もしここに来るまでに離れてたらどうするんだよ。」
「そうしたら、次に行った場所へ向かうだけですよ。この時の為に、フィルラーナ様から一度離れたのですから。」
お嬢様から一度も離れなかったティルーナが、今こうやって大陸を渡り離れている。それは間違いなく、ティルーナに大きな覚悟があったからに他ならない。
一度離れる事こそが、お嬢様の役に立つ為に必要だと、ティルーナ自身が強く思ったからだ。
「……というか今思ったんだが、貴族の娘が、こうやって一人旅するのは許されるのか?」
「いいえ。そもそも貴族に名を連ねる者が、国外に出る事自体が許されていません。許されるとするなら、エルディナ様のように賢神になるなど特別な事に限ります。」
となれば尚更、ティルーナがここにいれる理由が分からなくなってくる。
一体どういう風に交渉したのか。
「不思議そうな顔ですね。ですがやった事は簡単ですよ。」
「……何したんだよ。」
「アラヴティナ家から抜けたのです。いわゆる平民落ち、と言われるものですね。」
平民、落ち?
「ですから私はもう姓はなく、縛られる事も――」
「おい待て! サラッと流すような要件じゃねえだろうが、それは!」
「……いきなり大声を出さないでくださいよ。もう夜なんですから。」
確かに近所迷惑だ。だが、まだ日が沈んでから然程時間は過ぎていないし、眠るにはまだ早い。
何よりこの目の前の衝撃を流す事の方が恐ろしい。
「……よく許されたな、そんなこと。というかそんな事できんのかよ?」
「まあ、しっかり反対されましたね。ですが実は跡継ぎでないのなら、案外簡単に平民にはなれるものですよ。王城へ行って、陛下に謁見すれば基本的には直ぐに平民へなれます。」
「よくある事なのか、平民落ちってのは。」
「珍しいことですね。跡継ぎ以外は、基本的には貴族専門の働き先があり、そこへ就職するのが普通です。平民に落ちるということは、そういう職に就けなくなるだけでなく、家族からも支援を受けにくくなりますし。」
貴族というのは子供の頃から英才教育が施されている。その性質上、貴族の方が教養が高く、適した仕事というものがあるのであろう。
それを全て捨てるとなれば、確かにそれは正気の沙汰ではない。折角身に着けた算術も、語学も、作法も、全て意味がない世界へ飛び込むという事なのだから。
「そこまでしてお嬢様の役に立ちたいのかよ。正直、俺は恩義は感じてるけど、そこまでの忠誠心はないぞ。」
「私が選んだ生き方は、そういう生き方ですから。」
「……そういう所は、素直に尊敬するぜ。ティルーナほど誰かの為に生きてる人間を、俺は知らないからな。」
お嬢様の生き方に、在り方にティルーナは魅了されている。あの気高き生き方の一助になれれば、そういう思いだけで、才能があった武術を捨て、癒し手の道を選んだのだ。
それを褒め称えることはあれど、貶すことなどありはしない。
「私からすれば、アルスさんの方が凄いですけど。」
「俺がか?」
「十五で賢神だなんて、神童も神童ですよ。」
俺は口をつぐむ。否定をしても、肯定をしても、どこか嫌な風になると思ったからだ。
そんな俺の微妙な表情を察してか、ティルーナは微かに笑う。
「頑張ってくださいよ、アルスさん。あなたはフィルラーナ様の騎士なのですから。」
「……ほどほどにな。」
俺はどこか照れくさくて、そう返すのが精一杯だった。
首都に辿り着いた頃には既に日は沈んでおり、賢神への手続きは明日に持ち越される事となった。
となれば、一夜を明かすために宿がいる。
しかし民営の宿に貴族二人を泊めるわけにはいかず、アルドール先生、正確にはファルクラム家の別荘に泊まることとなった。
公爵家の別荘ともなればかなりの広さであり、それぞれ個室がある程度には余裕もあったのだ。
「……この旅も終わりかあ。」
屋根の上、風に揺られながら地平線の彼方、無限に繋がるのだろう空を見ていた。
旅、というにはあっという間だった。だが、楽しかった。
きっと俺はこれから、一人で旅をする事になる。この世界で初めて、一人で生きる事になる。
時たまにふと、怖くなる。一人になってしまえば、俺は、俺という人間は元に戻ってしまうのではないのかと。何も変えられず、何も為す事もできなかった、愚か者で、臆病者の俺に。
しかしその度に声が聞こえてくる。
夢の中の声、記憶の中の声。俺の罪と同時に、俺の強さを語ってくれる。
「進むさ。俺にだって救える人が、俺にしか救えない人がいるんだから。」
俺は決して強くはない。何をやるにも臆病で、勇気も大してありはしない。
だけどそんな俺でも、救えたのだと、守れたのだと言ってくれた人がいた。だからもう、俺は一人でも戦える。一人だけど、一人ではないから。
「そうだろ、不知火。」
「シラヌイってどなたですか?」
「へ?」
ここは屋根の上だ。梯子もないし、そう簡単には登ってこれない。かなり夜も更けているというのもあって、誰にも聞かれてないと思って俺は話していた。
しかし見てみれば、屋根の上にティルーナが立っている。
俺は思わず飛び跳ねて立ち上がり、ティルーナの方に体を向けた。
「……そんなに驚かずとも良いでしょう。」
「驚くわ。驚かずにはいられねえよ。これからはそんなに気軽には会えないだろうなって、感傷に浸ってたんだぞ、こっちは。」
「結構ロマンチストな所ありますよね、アルスさん。」
「悪いか、俺は意外と寂しがり屋なんだよ。丁重に扱え、丁重に。」
ティルーナは俺がさっきそうしていたように、屋根の上に座った。そう言えばティルーナと一対一で話すのは久しぶりな気がする。
大体はお嬢様の近くにいたし、別にわざわざ話すような事もなかったからな。
「……というか、どうやって登ってきたんだ。」
「木属性魔法で蔦を垂らして、後はこう、崖を登るように。」
「第二学園の魔導部門を出た奴とは思えねえよ。」
「大き過ぎる魔法は悪目立ちしますので。」
いや、確かに俺が気付かないぐらいには地味な魔法だったけれども。
そもそも俺達は魔法使いだ。俺のようなイレギュラーな魔法使いであれば体を錬える事もあるが、癒し手が、しかも貴族がこんな事をするものだろうか。
エルディナとかお嬢様も運動神経は良いが、ティルーナはやはり飛び抜けている。
武術を師匠から習ってもう五年にもなるので、少しは分かるのだが、ティルーナは歩き方が違う。正確に言うなら重心の乗せ方、力の入れ方がとてつもなく上手いのだ。
攻撃というのは緩急が重要だ。常に力が張ったままでは一撃は遅く、抜いたままでは弱い。
それを生まれながらにして、何となくで出来てしまうのがティルーナという人間なのだ。
「それで、話を戻しますがシラヌイとは誰ですか?」
「……故郷にいた人の名前だよ。」
「故郷って、シルード大陸ですよね。」
「まあ、そんな感じだ。」
嘘は言っていない。俺に故郷が二つあるだけだ。
というかそろそろ、異世界出身だって事は言わなくちゃいけない。良いタイミングがあればいいのだが。
「そう言えば、一度もアルスさんの生い立ちは聞いた事がありませんでしたね。」
「聞かれなかったからな。」
「多少はフィルラーナ様から聞いて知っていましたので。」
「そっちのが助かる。俺の口からはあんまり話したくない。」
シルード大陸には良い思い出が沢山ある。特にベルセルクとは長らく会っていないし、会いに行くために一度戻りたいとも考えている。
しかし、あそこは母親が死んだ場所なのだ。
俺にとっては懐かしき故郷であり、幸せが崩れ去ったトラウマに近しい場所でもある。
「それより、お前はデメテルさんに師事しに来たんだろう。俺らに着いてきて首都まで来たけど、ここで集まるとか決めてたのか?」
「いえ。貴族としての伝手を使い、足取りを追っただけです。」
「もしここに来るまでに離れてたらどうするんだよ。」
「そうしたら、次に行った場所へ向かうだけですよ。この時の為に、フィルラーナ様から一度離れたのですから。」
お嬢様から一度も離れなかったティルーナが、今こうやって大陸を渡り離れている。それは間違いなく、ティルーナに大きな覚悟があったからに他ならない。
一度離れる事こそが、お嬢様の役に立つ為に必要だと、ティルーナ自身が強く思ったからだ。
「……というか今思ったんだが、貴族の娘が、こうやって一人旅するのは許されるのか?」
「いいえ。そもそも貴族に名を連ねる者が、国外に出る事自体が許されていません。許されるとするなら、エルディナ様のように賢神になるなど特別な事に限ります。」
となれば尚更、ティルーナがここにいれる理由が分からなくなってくる。
一体どういう風に交渉したのか。
「不思議そうな顔ですね。ですがやった事は簡単ですよ。」
「……何したんだよ。」
「アラヴティナ家から抜けたのです。いわゆる平民落ち、と言われるものですね。」
平民、落ち?
「ですから私はもう姓はなく、縛られる事も――」
「おい待て! サラッと流すような要件じゃねえだろうが、それは!」
「……いきなり大声を出さないでくださいよ。もう夜なんですから。」
確かに近所迷惑だ。だが、まだ日が沈んでから然程時間は過ぎていないし、眠るにはまだ早い。
何よりこの目の前の衝撃を流す事の方が恐ろしい。
「……よく許されたな、そんなこと。というかそんな事できんのかよ?」
「まあ、しっかり反対されましたね。ですが実は跡継ぎでないのなら、案外簡単に平民にはなれるものですよ。王城へ行って、陛下に謁見すれば基本的には直ぐに平民へなれます。」
「よくある事なのか、平民落ちってのは。」
「珍しいことですね。跡継ぎ以外は、基本的には貴族専門の働き先があり、そこへ就職するのが普通です。平民に落ちるということは、そういう職に就けなくなるだけでなく、家族からも支援を受けにくくなりますし。」
貴族というのは子供の頃から英才教育が施されている。その性質上、貴族の方が教養が高く、適した仕事というものがあるのであろう。
それを全て捨てるとなれば、確かにそれは正気の沙汰ではない。折角身に着けた算術も、語学も、作法も、全て意味がない世界へ飛び込むという事なのだから。
「そこまでしてお嬢様の役に立ちたいのかよ。正直、俺は恩義は感じてるけど、そこまでの忠誠心はないぞ。」
「私が選んだ生き方は、そういう生き方ですから。」
「……そういう所は、素直に尊敬するぜ。ティルーナほど誰かの為に生きてる人間を、俺は知らないからな。」
お嬢様の生き方に、在り方にティルーナは魅了されている。あの気高き生き方の一助になれれば、そういう思いだけで、才能があった武術を捨て、癒し手の道を選んだのだ。
それを褒め称えることはあれど、貶すことなどありはしない。
「私からすれば、アルスさんの方が凄いですけど。」
「俺がか?」
「十五で賢神だなんて、神童も神童ですよ。」
俺は口をつぐむ。否定をしても、肯定をしても、どこか嫌な風になると思ったからだ。
そんな俺の微妙な表情を察してか、ティルーナは微かに笑う。
「頑張ってくださいよ、アルスさん。あなたはフィルラーナ様の騎士なのですから。」
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