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第五章〜魔法使いは真実の中で〜

18.焔の鳥

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 ずっと考えていた。どうやってエルディナの眼を超えるかと。
 だけど、もう考えるのは止めた。これから、俺はエルディナのような対策のしようがない化け物と戦う事になる。
 そんな時に、真正面から破る力が必要となる。

 必要だったのはエルディナに勝つ切り札ではなく、敵を倒せる切り札だった。

「不死、鳥?」

 エルディナの口から、そんな言葉が溢れた。
 俺の体は炎となり、巨大な鳥の姿を形成していく。エルディナは不死鳥と形容したように、正にそれは火の鳥であった。
 通常の自然現象であれば、風は火を強くするだろう。
 しかしこれは魔法だ。俺の魔法と、エルディナの魔法、強い方が弱い魔法を喰らい、消し飛ばす。

「『天翔あまかける』」

 炎は加速する。これはただの火の鳥ではない。複数の属性を混ぜ込んだ、俺の魔法の集大成そのものだ。
 それは第8階位の魔法を正面から食い破る。

「『聖域サンクチュアリ』ッ!」

 火の鳥はエルディナが慌てて用意した結界へ突き刺さる。
 最高級の光の防御結界だ。安々と破れはしない。しかし、この世に光の精霊は存在しない。だからこそ、精霊から魔力を借りる事はできない。
 これはエルディナの魔力だ。これを展開している時間が長いほど、エルディナは不利になる。

「なに、これ……!」
「火をベースにして、水、木、雷、風、土を混ぜ込んだ魔法だよ。」
「そんな矛盾した事、できるわけないじゃない!」
「できるさ。俺の体を媒体に使う変身魔法なら。」

 変身魔法の特性は、自分の体を自在に魔法へ変えれるという事だ。それは100度を越えた水のような、矛盾を作り出す事を可能とする。
 火属性と水属性を合わせる魔法は使えないが、火と水に姿を変えることはできる。
 これが俺の四年間の集積であり、俺の見つけ出した俺の戦い方だ。

「『鳥籠』」

 俺の炎はエルディナを結界の上から包み込み、そして締め始める。
 炎に実体はないのだから、締め付けるなんて事は普通はできない。他の属性を混ぜ込んだ俺の魔法だからこそできる芸当だ。

「なめる、なっ!」

 エルディナは俺を剥がす為に、風を巻き起こす。しかしただの風如きで止まるような魔法じゃない。
 第八階位の魔法を真正面から突き破れる魔法だ。威力だけで考えるなら第九階位はある。更に、持続力を加えて考えるなら他の第九階位以上の効果を発揮できる。

「エルディナ・フォン・ヴェルザードの名において顕現せ! 風の大精霊よ!」

 そしてやっと、エルディナの最後の切り札を抜かせられる。
 ここまでが前提条件。ここまでが前座だ。これはエルディナが見せた切り札に対応する為に用意した札だ。
 ここまで辿り着けなきゃお終いというものだろう。

「キャルメロン!」

 瞬間、暴風が吹き荒れる。
 さっきまでの比ではなく、俺の体は最も容易く吹き飛ばされ、上空にて翼を広げてエルディナを睨む。

「……まさか、ここまで早く大精霊を呼ぶ事になるなんてね。」
「馬鹿にするのも大概にしろよ。お前に勝つ為に俺は用意して来たんだ。大精霊無しのお前ぐらい倒せなきゃ、話にならない。」
「ふふっ! それもそうね!」

 見るのは四年ぶりだ。緑の風で構築された女性の体であり、あの時と同じで無表情にこっちを見ていた。
 大精霊は知性があるはずだし、喋る事もできるはずだが、その様子はない。ただただ無機質な目が、俺を見ているだけだ。

「『天風グランド・エア』」

 そんな事をちらりと思っている内に、魔法が飛んでくる。
 気がそれた。まだ集中が浅い証拠だ。研ぎ澄ませ。さっきまでとは違う。ここから先は、一瞬の気の迷いが敗北へと繋がる。

「『雛鳥』」

 炎の体は数多もの小さい火の鳥となって分裂し、分かれる。

「『天翔あまかける』」

 そして、それぞれの小鳥が加速し、その荒れ狂う暴風からなんとか逃げ切り、逆にエルディナの方へと一斉に迫った。
 だが、大精霊を前にして、数で翻弄するなんて意味をなさない。
 さっきの魔法も通常時のエルディナより遥かに強い魔法だが、それすらも大精霊にとっては牽制攻撃に過ぎないのだ。

「『隔絶結界シャットダウン』」

 小さな火の鳥はエルディナの結界に雷の如きスピードで飛び込み、ぶつかるが、それを越えることはできなかった。
 風属性は言わば空間を操る魔法、風属性を空間属性と言うものも少なくはない。
 大精霊にもなれば、辺りの空間そのものを掌握しているに違いない。いくら隠れようと、いくら数を増やそうと、大精霊の認識の外に出る事など出来はしない。

「『虚空バニッシュ』」
「『焔翼ほむらのつばさ』」

 俺の目の前の空間を起点とし、その空間へと周囲の空気が集まってくる。
 分かれていたら体を再び一つにして、その空気に呑み込まれぬように巨大な炎の翼で全身を覆う。

 やっている事は空気の圧縮だ。そして空気を圧縮させれば当然、空気の濃さに差が出る。その部分に空気が集まっていっている。
 これだけなら、別にそこまで警戒する必要はない。
 問題なのは、その圧縮した空気を使

「『虚空解放バニッシュメント』」

 圧縮された空気が、高速で俺へと放たれる。それは炎の翼に直撃し、空気の爆弾となって大きく音を立てて弾けた。
 その風は最も容易く、炎を飲み込み、魔力を散らし、火の鳥は消える。

「……上ね。」
「くそッ!」

 消えた火の鳥は既に俺ではない。アレはもうただの魔法だ。体を再構築する際にダミーを作り、魔法に打たれる前に上空へと逃げ込んだ。
 だがやはり、空間把握能力が高過ぎる。これでは奇襲が不可能と言っているようなもの。
 しかしここで逃げればエルディナが勢い付く。俺が防御に回るのは避けたい。俺の方がエルディナに対して防御力が低い以上、俺が攻撃側に立ってなくちゃいけない。

「『天翔あまかける』」
「『天風グランド・エア』」

 俺の焔の鳥と、暴風が対峙する。
 火は風を燃やし、風を切り裂き進もうとするが、風も俺の体を飲み込み、吹き飛ばそうとする。
 二つは正面からぶつかって拮抗し、数秒ほどその状態が続く。

『風よ、増せ。』

 しかしその均衡は呆気なく、エルディナの背後に立つ大精霊の一言によって覆る。
 突然と威力を増した風に、俺の体は耐え切れずに切り裂かれ、弾き飛ばされた。鳥の形を維持できずに、俺は生身の人間へと戻った。
 体には風で切り裂かれたような跡が残っている。

「いいわ! 最高ね! 今までで一番楽しい!」
「奇遇だな、俺もだよ。」

 互いの顔には自然と笑顔が浮かぶ。
 楽しいのだ。笑わずにはいられない。自らの全力を尽くし、何の心配もなく魔力を練り続け、直ぐ目の前にある勝利という椅子を全力で奪い合う。
 後もう少し。後もう数ミリ手が伸びれば、というもどかしい感覚がたまらない。

「だけど、勝ちは譲らねえ!」

 俺は体から炎を湧き出させる。
 それは再び巨大な鳥の姿を構築し、俺の体を変化させる。はずだった。

「え?」

 俺の吹き出した炎は、白かった。
 真っ白な炎だ。だが、こんなもの俺は見た事がない。今までの訓練でも、一度もこんな事はなかった。
 おかしい。何かがおかしい。
 そう思って火を止めようとするが、止まらない。白い炎は俺の体を飲み込み、俺の体を白く染めていく。

『おつかれ、アルス君。』

 嘲るような笑いが聞こえた。
 これが何かを俺ま見は事がある。この白いナニカは、二度も見た事がある。

『言った通り、永遠に、さよならだ。』

 そしてこの声を、俺は最近よく聞いていた。
 何故怪しまなかった。何故気にも留めなかった。何もないかったからといって、これからも何もないと、何故そう思っていた。
 後悔は無限に湧き出てくる。

 しかしその後悔は虚しく心に沈み、俺は意識を水の中に沈めてしまった。
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