幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

文字の大きさ
上 下
120 / 474
第五章〜魔法使いは真実の中で〜

15.赤星

しおりを挟む
 光の中から、人型の生物が形成されていく。
 長い黒髪に黒い目、そして中性的な顔をし、体は簡易な白い布で見を包んでいる。
 一見、そこまで恐ろしいようには感じない。
 しかしその場にいる全員が分かっていた。彼こそが、精霊王なのだと。

「賢神十冠が一人、冠位魔導化学科ロード・オブ・ケミストリーにして賢神第一席。」

 そしてその容姿を、他ならぬ君達は知っていた。
 アルス・ウァクラートが師であった男。世界最強の魔法使いである男。かつての英雄の一人。

「そして、全精霊の頂点に立ち、使役する者。精霊王レイ・アルカッセル。契約に従い参上した。」

 レイの真っ黒な瞳の中には青い線が幾何学模様をなし、体全体が薄い青の光に覆われていた。
 一度自分の召喚主であるフィルラーナの方を見て、そして名も無き組織の幹部である一人の少年の姿をその目に映した。

「ここは、王国の闘技場か。懐かしい。久しく来ていなかった。ということは、僕の愛しい愛弟子もいそうだけど……ふむふむ。なんとなく状況が分かってきたね。」

 レイは虚空から杖を取り出す。木で作られた、しっかりとした作りの長い杖だ。

「つまり僕は、君を倒せばいいわけだ。」

 そしてその杖を、トッゼへと向けた。しかし未だにトッゼの表情は余裕気な様子が消えない。
 精霊王という圧倒的な強者の登場があったとしても、自分が強いという事実には何ら変わりない。むしろ勝てる可能性があると、そう考えているからだ。

「精霊王様、お願いします。」
「僕を呼び出す方法はいくらかあるけど、呼び出されたら大体の願いを叶えるって決めてる。安心しなよ、苦労して僕を呼び出した甲斐はあった。」

 そして杖の先でレイは地面を一度つつく。

「だってほら、僕って強いから。」
「精霊王サマはお喋りが好きみたいだね。かかってきなよ。僕がその顔を歪ませてやるよ!」

 トッゼの影から黒い手が伸びる。数十の黒い手は音もなく、風も伴わずレイへと迫りくる。
 しかし、それはレイの元へは届きはしない。
 レイの眼前で、その黒い手はピタリと停止した。

「『隔絶結界』。空間を断絶し、ありとあらゆる干渉を受けない。この黒い手が何なのかは知らないけど、届きはしないよ。」
「それはどうかな、精霊王!」

 瞬き一つ。文字通りの一瞬の間に、トッゼの姿は掻き消える。
 そして、まるで元からそこにいたかのように、レイの背後からその姿を現す。
 そしてレイが振り向くより早く、足元から黒い手を伸ばす。

「一つ忠告しておこう。」

 振り返りもせず、レイはそう言った。

「戦いの途中に喋るのはお勧めしない。」

 その黒い手はレイを掴み、
 レイは蜃気楼となって消え失せ、さっきまでいたはずのフィルラーナもその場所にはいなかった。

「君は喋れば喋るほど、不利になる。攻撃するよ、と言われたら誰だって避けれるさ。」
「ッ!」

 その声はトッゼの背後から響いた。
 そこにはレイがいた。まるで子供と遊んでやっているような余裕さであり、表情から笑みは消えない。

「それはこの場において、強者である僕にしか許されない。」

 再びトッゼの姿が掻き消える。
 そして直ぐにレイの眼前へとトッゼが現れるが、それを読んでいたかのようにその方角へ杖を向ける。

「魔法使い相手に接近戦をしかけるのは、いい判断だ。だが、甘い。」

 杖の先端から炎が、いや、ただの炎ではない。
 全てを飲み込み、燃やし尽くす濁流のような炎。炎は通路全てを覆いつくすようにして、全てを焦がしながら走った。

「其れは、無限。限り無く、終わり無く、希望無く、全てを飲み込む無限。」

 しかしレイの攻撃は止まらない。
 レイの右手の人差し指のその先に、魔力が収束していく。収束していく魔力は暴れ狂うことなく、奇麗な球体として指先に集っていた。
 その時に背後からトッゼが現れるが、黒い手はレイへと届かない。

「『怠惰の権利オール・アケディア』ッ!!」

 しかし黒い手だけが、トッゼの攻撃手段の全てではない。
 トッゼは右手でその断絶された空間に触る。するとその空間から魔力が失われ、同然中にいるレイは隙を晒す事になった。
 そしてその絶好のチャンスを、決してトッゼは逃さない。
 トッゼは影の中から、巨大な真っ黒な影の剣を抜き、そして大振りの鋭い一撃を放った。

「全天は赤く染まる。」

 その一撃は、レイを斬る事はなかった。
 その代わりに世界が、正確に言うなら二人の周辺だけが赤く、紅く染まる。手から影の剣は零れ落ち、動きが完全に停止する。

「狂気よ這い出よ、終焉よ溺れろ、夢を喰らい散らかせ。赤い死神は、常にその中へ。」

 赤い世界の中、レイの人差し指を、その指の先にある収束した魔力をトッゼに向けた。

「越位魔法『赤星アンタレス』」

 それは一般的に知られる、第十階位までの階位魔法を越えた魔法。賢神の中でも、ほんの一握りしか使えない魔法の極地。
 指先から放たれた光の奔流が、極太の光線となってトッゼを飲み込んだ。
 レイは杖を適当に放って虚空に仕舞い込み、戦闘態勢をハッキリと解除した。

「……ちょっとはしゃぎすぎたかな。」

 そう言って一度指を弾いた。その音に呼応し、虚空の中からフィルラーナが現れ出る。

「終わったん、ですか? トッゼはどこへ?」
「殺した、って言いたいところなんだけど逃しちゃったね。」

 あっけらかんとレイはそう言い放つ。

「七つの大罪、その一つの怠惰。不完全ではあったものの、こと耐性能力、移動能力に関してはやっぱり強力だ。」
「倒せないのですか?」
「倒せるとも。というか殺せるはずだったさ。僕の魔法に当たる瞬間に怠惰の力で逃げたみたいだったけど、僕ならこの世界のどこにいたって追跡できる。」

 だけど、と付け足しながらレイはチラリと自分の手を見た。
 その手はもう既に光の粒子となり、溶け始めていたのだ。

「時間切れだ。かなりの手傷を負わせたから追撃は来ないだろうけど、僕はもう戦えない。」
「そうですか……いえ、ありがとうございました。」
「いやあ、ごめんね。折角苦労して僕を召喚したってのに、最後までできなくて。」

 フィルラーナは少し悔しげな表情を浮かべたが、直ぐにそれを掻き消した。
 王都に幹部が来て、この程度で済ませられただけで奇跡だ。誇りこそすれど、恥じる事ではない。

「代わりと言ってはなんだけど、いつか僕の弟子に倒させるさ。」
「アルス、ですね。」
「おや、知っているのか。ふむ……となると君がフィルラーナか。あのリラーティナ家の。」
「はい。リラーティナ家が娘であり、アルスの主人、フィルラーナ・フォン・リラーティナと言います。」

 粒子となって消えゆくレイは、フィルラーナの顔をジーッと眺める。
 そして納得したかのように頷き、優しく微笑んだ。

「運命神の加護だね。君は数奇な運命を過ごす事になるわけだ。」
「……承知の上です。覚悟もできています。」
「ああ、密かながら応援してるとも。運命に立ち向かう者を僕は祝福するし、賛美を惜しまない。」

 レイは人の営みが好きだ。戦い挑み、勝利する者を讃え、逆にその場に立ち止まり、前に進まない人間を嫌悪する。
 故にレイはフィルラーナを祝福する。
 例えその行く先が血にまみれていたとしても。

「あと、そうだ。君は早く決勝を見に行くといい。」
「……間に合いますかね。」
「あんまり君の騎士を、僕の弟子を舐めない方がいい。あいつは『本物』だ。挫折を知った天才だ。これ以上に強い生物はいない。」

 レイは体が溶け行く中、目を閉じる。

「きっと、良い試合になるとも。僕らの時代のように、さ。」

 精霊王は最後にそう言って、その姿を完全に消した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

クラス召喚に巻き込まれてしまいました…… ~隣のクラスがクラス召喚されたけど俺は別のクラスなのでお呼びじゃないみたいです~

はなとすず
ファンタジー
俺は佐藤 響(さとう ひびき)だ。今年、高校一年になって高校生活を楽しんでいる。 俺が通う高校はクラスが4クラスある。俺はその中で2組だ。高校には仲のいい友達もいないしもしかしたらこのままボッチかもしれない……コミュニケーション能力ゼロだからな。 ある日の昼休み……高校で事は起こった。 俺はたまたま、隣のクラス…1組に行くと突然教室の床に白く光る模様が現れ、その場にいた1組の生徒とたまたま教室にいた俺は異世界に召喚されてしまった。 しかも、召喚した人のは1組だけで違うクラスの俺はお呼びじゃないらしい。だから俺は、一人で異世界を旅することにした。 ……この物語は一人旅を楽しむ俺の物語……のはずなんだけどなぁ……色々、トラブルに巻き込まれながら俺は異世界生活を謳歌します!

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

処理中です...