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第五章〜魔法使いは真実の中で〜
15.赤星
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光の中から、人型の生物が形成されていく。
長い黒髪に黒い目、そして中性的な顔をし、体は簡易な白い布で見を包んでいる。
一見、そこまで恐ろしいようには感じない。
しかしその場にいる全員が分かっていた。彼こそが、精霊王なのだと。
「賢神十冠が一人、冠位魔導化学科にして賢神第一席。」
そしてその容姿を、他ならぬ君達は知っていた。
アルス・ウァクラートが師であった男。世界最強の魔法使いである男。かつての英雄の一人。
「そして、全精霊の頂点に立ち、使役する者。精霊王レイ・アルカッセル。契約に従い参上した。」
レイの真っ黒な瞳の中には青い線が幾何学模様をなし、体全体が薄い青の光に覆われていた。
一度自分の召喚主であるフィルラーナの方を見て、そして名も無き組織の幹部である一人の少年の姿をその目に映した。
「ここは、王国の闘技場か。懐かしい。久しく来ていなかった。ということは、僕の愛しい愛弟子もいそうだけど……ふむふむ。なんとなく状況が分かってきたね。」
レイは虚空から杖を取り出す。木で作られた、しっかりとした作りの長い杖だ。
「つまり僕は、君を倒せばいいわけだ。」
そしてその杖を、トッゼへと向けた。しかし未だにトッゼの表情は余裕気な様子が消えない。
精霊王という圧倒的な強者の登場があったとしても、自分が強いという事実には何ら変わりない。むしろ勝てる可能性があると、そう考えているからだ。
「精霊王様、お願いします。」
「僕を呼び出す方法はいくらかあるけど、呼び出されたら大体の願いを叶えるって決めてる。安心しなよ、苦労して僕を呼び出した甲斐はあった。」
そして杖の先でレイは地面を一度つつく。
「だってほら、僕って強いから。」
「精霊王サマはお喋りが好きみたいだね。かかってきなよ。僕がその顔を歪ませてやるよ!」
トッゼの影から黒い手が伸びる。数十の黒い手は音もなく、風も伴わずレイへと迫りくる。
しかし、それはレイの元へは届きはしない。
レイの眼前で、その黒い手はピタリと停止した。
「『隔絶結界』。空間を断絶し、ありとあらゆる干渉を受けない。この黒い手が何なのかは知らないけど、届きはしないよ。」
「それはどうかな、精霊王!」
瞬き一つ。文字通りの一瞬の間に、トッゼの姿は掻き消える。
そして、まるで元からそこにいたかのように、レイの背後からその姿を現す。
そしてレイが振り向くより早く、足元から黒い手を伸ばす。
「一つ忠告しておこう。」
振り返りもせず、レイはそう言った。
「戦いの途中に喋るのはお勧めしない。」
その黒い手はレイを掴み、そしてすり抜けた。
レイは蜃気楼となって消え失せ、さっきまでいたはずのフィルラーナもその場所にはいなかった。
「君は喋れば喋るほど、不利になる。攻撃するよ、と言われたら誰だって避けれるさ。」
「ッ!」
その声はトッゼの背後から響いた。
そこにはレイがいた。まるで子供と遊んでやっているような余裕さであり、表情から笑みは消えない。
「それはこの場において、強者である僕にしか許されない。」
再びトッゼの姿が掻き消える。
そして直ぐにレイの眼前へとトッゼが現れるが、それを読んでいたかのようにその方角へ杖を向ける。
「魔法使い相手に接近戦をしかけるのは、いい判断だ。だが、甘い。」
杖の先端から炎が、いや、ただの炎ではない。
全てを飲み込み、燃やし尽くす濁流のような炎。炎は通路全てを覆いつくすようにして、全てを焦がしながら走った。
「其れは、無限。限り無く、終わり無く、希望無く、全てを飲み込む無限。」
しかしレイの攻撃は止まらない。
レイの右手の人差し指のその先に、魔力が収束していく。収束していく魔力は暴れ狂うことなく、奇麗な球体として指先に集っていた。
その時に背後からトッゼが現れるが、黒い手はレイへと届かない。
「『怠惰の権利』ッ!!」
しかし黒い手だけが、トッゼの攻撃手段の全てではない。
トッゼは右手でその断絶された空間に触る。するとその空間から魔力が失われ、同然中にいるレイは隙を晒す事になった。
そしてその絶好のチャンスを、決してトッゼは逃さない。
トッゼは影の中から、巨大な真っ黒な影の剣を抜き、そして大振りの鋭い一撃を放った。
「全天は赤く染まる。」
その一撃は、レイを斬る事はなかった。
その代わりに世界が、正確に言うなら二人の周辺だけが赤く、紅く染まる。手から影の剣は零れ落ち、動きが完全に停止する。
「狂気よ這い出よ、終焉よ溺れろ、夢を喰らい散らかせ。赤い死神は、常にその中へ。」
赤い世界の中、レイの人差し指を、その指の先にある収束した魔力をトッゼに向けた。
「越位魔法『赤星』」
それは一般的に知られる、第十階位までの階位魔法を越えた魔法。賢神の中でも、ほんの一握りしか使えない魔法の極地。
指先から放たれた光の奔流が、極太の光線となってトッゼを飲み込んだ。
レイは杖を適当に放って虚空に仕舞い込み、戦闘態勢をハッキリと解除した。
「……ちょっとはしゃぎすぎたかな。」
そう言って一度指を弾いた。その音に呼応し、虚空の中からフィルラーナが現れ出る。
「終わったん、ですか? トッゼはどこへ?」
「殺した、って言いたいところなんだけど逃しちゃったね。」
あっけらかんとレイはそう言い放つ。
「七つの大罪、その一つの怠惰。不完全ではあったものの、こと耐性能力、移動能力に関してはやっぱり強力だ。」
「倒せないのですか?」
「倒せるとも。というか殺せるはずだったさ。僕の魔法に当たる瞬間に怠惰の力で逃げたみたいだったけど、僕ならこの世界のどこにいたって追跡できる。」
だけど、と付け足しながらレイはチラリと自分の手を見た。
その手はもう既に光の粒子となり、溶け始めていたのだ。
「時間切れだ。かなりの手傷を負わせたから追撃は来ないだろうけど、僕はもう戦えない。」
「そうですか……いえ、ありがとうございました。」
「いやあ、ごめんね。折角苦労して僕を召喚したってのに、最後までできなくて。」
フィルラーナは少し悔しげな表情を浮かべたが、直ぐにそれを掻き消した。
王都に幹部が来て、この程度で済ませられただけで奇跡だ。誇りこそすれど、恥じる事ではない。
「代わりと言ってはなんだけど、いつか僕の弟子に倒させるさ。」
「アルス、ですね。」
「おや、知っているのか。ふむ……となると君がフィルラーナか。あのリラーティナ家の。」
「はい。リラーティナ家が娘であり、アルスの主人、フィルラーナ・フォン・リラーティナと言います。」
粒子となって消えゆくレイは、フィルラーナの顔をジーッと眺める。
そして納得したかのように頷き、優しく微笑んだ。
「運命神の加護だね。君は数奇な運命を過ごす事になるわけだ。」
「……承知の上です。覚悟もできています。」
「ああ、密かながら応援してるとも。運命に立ち向かう者を僕は祝福するし、賛美を惜しまない。」
レイは人の営みが好きだ。戦い挑み、勝利する者を讃え、逆にその場に立ち止まり、前に進まない人間を嫌悪する。
故にレイはフィルラーナを祝福する。
例えその行く先が血にまみれていたとしても。
「あと、そうだ。君は早く決勝を見に行くといい。」
「……間に合いますかね。」
「あんまり君の騎士を、僕の弟子を舐めない方がいい。あいつは『本物』だ。挫折を知った天才だ。これ以上に強い生物はいない。」
レイは体が溶け行く中、目を閉じる。
「きっと、良い試合になるとも。僕らの時代のように、さ。」
精霊王は最後にそう言って、その姿を完全に消した。
長い黒髪に黒い目、そして中性的な顔をし、体は簡易な白い布で見を包んでいる。
一見、そこまで恐ろしいようには感じない。
しかしその場にいる全員が分かっていた。彼こそが、精霊王なのだと。
「賢神十冠が一人、冠位魔導化学科にして賢神第一席。」
そしてその容姿を、他ならぬ君達は知っていた。
アルス・ウァクラートが師であった男。世界最強の魔法使いである男。かつての英雄の一人。
「そして、全精霊の頂点に立ち、使役する者。精霊王レイ・アルカッセル。契約に従い参上した。」
レイの真っ黒な瞳の中には青い線が幾何学模様をなし、体全体が薄い青の光に覆われていた。
一度自分の召喚主であるフィルラーナの方を見て、そして名も無き組織の幹部である一人の少年の姿をその目に映した。
「ここは、王国の闘技場か。懐かしい。久しく来ていなかった。ということは、僕の愛しい愛弟子もいそうだけど……ふむふむ。なんとなく状況が分かってきたね。」
レイは虚空から杖を取り出す。木で作られた、しっかりとした作りの長い杖だ。
「つまり僕は、君を倒せばいいわけだ。」
そしてその杖を、トッゼへと向けた。しかし未だにトッゼの表情は余裕気な様子が消えない。
精霊王という圧倒的な強者の登場があったとしても、自分が強いという事実には何ら変わりない。むしろ勝てる可能性があると、そう考えているからだ。
「精霊王様、お願いします。」
「僕を呼び出す方法はいくらかあるけど、呼び出されたら大体の願いを叶えるって決めてる。安心しなよ、苦労して僕を呼び出した甲斐はあった。」
そして杖の先でレイは地面を一度つつく。
「だってほら、僕って強いから。」
「精霊王サマはお喋りが好きみたいだね。かかってきなよ。僕がその顔を歪ませてやるよ!」
トッゼの影から黒い手が伸びる。数十の黒い手は音もなく、風も伴わずレイへと迫りくる。
しかし、それはレイの元へは届きはしない。
レイの眼前で、その黒い手はピタリと停止した。
「『隔絶結界』。空間を断絶し、ありとあらゆる干渉を受けない。この黒い手が何なのかは知らないけど、届きはしないよ。」
「それはどうかな、精霊王!」
瞬き一つ。文字通りの一瞬の間に、トッゼの姿は掻き消える。
そして、まるで元からそこにいたかのように、レイの背後からその姿を現す。
そしてレイが振り向くより早く、足元から黒い手を伸ばす。
「一つ忠告しておこう。」
振り返りもせず、レイはそう言った。
「戦いの途中に喋るのはお勧めしない。」
その黒い手はレイを掴み、そしてすり抜けた。
レイは蜃気楼となって消え失せ、さっきまでいたはずのフィルラーナもその場所にはいなかった。
「君は喋れば喋るほど、不利になる。攻撃するよ、と言われたら誰だって避けれるさ。」
「ッ!」
その声はトッゼの背後から響いた。
そこにはレイがいた。まるで子供と遊んでやっているような余裕さであり、表情から笑みは消えない。
「それはこの場において、強者である僕にしか許されない。」
再びトッゼの姿が掻き消える。
そして直ぐにレイの眼前へとトッゼが現れるが、それを読んでいたかのようにその方角へ杖を向ける。
「魔法使い相手に接近戦をしかけるのは、いい判断だ。だが、甘い。」
杖の先端から炎が、いや、ただの炎ではない。
全てを飲み込み、燃やし尽くす濁流のような炎。炎は通路全てを覆いつくすようにして、全てを焦がしながら走った。
「其れは、無限。限り無く、終わり無く、希望無く、全てを飲み込む無限。」
しかしレイの攻撃は止まらない。
レイの右手の人差し指のその先に、魔力が収束していく。収束していく魔力は暴れ狂うことなく、奇麗な球体として指先に集っていた。
その時に背後からトッゼが現れるが、黒い手はレイへと届かない。
「『怠惰の権利』ッ!!」
しかし黒い手だけが、トッゼの攻撃手段の全てではない。
トッゼは右手でその断絶された空間に触る。するとその空間から魔力が失われ、同然中にいるレイは隙を晒す事になった。
そしてその絶好のチャンスを、決してトッゼは逃さない。
トッゼは影の中から、巨大な真っ黒な影の剣を抜き、そして大振りの鋭い一撃を放った。
「全天は赤く染まる。」
その一撃は、レイを斬る事はなかった。
その代わりに世界が、正確に言うなら二人の周辺だけが赤く、紅く染まる。手から影の剣は零れ落ち、動きが完全に停止する。
「狂気よ這い出よ、終焉よ溺れろ、夢を喰らい散らかせ。赤い死神は、常にその中へ。」
赤い世界の中、レイの人差し指を、その指の先にある収束した魔力をトッゼに向けた。
「越位魔法『赤星』」
それは一般的に知られる、第十階位までの階位魔法を越えた魔法。賢神の中でも、ほんの一握りしか使えない魔法の極地。
指先から放たれた光の奔流が、極太の光線となってトッゼを飲み込んだ。
レイは杖を適当に放って虚空に仕舞い込み、戦闘態勢をハッキリと解除した。
「……ちょっとはしゃぎすぎたかな。」
そう言って一度指を弾いた。その音に呼応し、虚空の中からフィルラーナが現れ出る。
「終わったん、ですか? トッゼはどこへ?」
「殺した、って言いたいところなんだけど逃しちゃったね。」
あっけらかんとレイはそう言い放つ。
「七つの大罪、その一つの怠惰。不完全ではあったものの、こと耐性能力、移動能力に関してはやっぱり強力だ。」
「倒せないのですか?」
「倒せるとも。というか殺せるはずだったさ。僕の魔法に当たる瞬間に怠惰の力で逃げたみたいだったけど、僕ならこの世界のどこにいたって追跡できる。」
だけど、と付け足しながらレイはチラリと自分の手を見た。
その手はもう既に光の粒子となり、溶け始めていたのだ。
「時間切れだ。かなりの手傷を負わせたから追撃は来ないだろうけど、僕はもう戦えない。」
「そうですか……いえ、ありがとうございました。」
「いやあ、ごめんね。折角苦労して僕を召喚したってのに、最後までできなくて。」
フィルラーナは少し悔しげな表情を浮かべたが、直ぐにそれを掻き消した。
王都に幹部が来て、この程度で済ませられただけで奇跡だ。誇りこそすれど、恥じる事ではない。
「代わりと言ってはなんだけど、いつか僕の弟子に倒させるさ。」
「アルス、ですね。」
「おや、知っているのか。ふむ……となると君がフィルラーナか。あのリラーティナ家の。」
「はい。リラーティナ家が娘であり、アルスの主人、フィルラーナ・フォン・リラーティナと言います。」
粒子となって消えゆくレイは、フィルラーナの顔をジーッと眺める。
そして納得したかのように頷き、優しく微笑んだ。
「運命神の加護だね。君は数奇な運命を過ごす事になるわけだ。」
「……承知の上です。覚悟もできています。」
「ああ、密かながら応援してるとも。運命に立ち向かう者を僕は祝福するし、賛美を惜しまない。」
レイは人の営みが好きだ。戦い挑み、勝利する者を讃え、逆にその場に立ち止まり、前に進まない人間を嫌悪する。
故にレイはフィルラーナを祝福する。
例えその行く先が血にまみれていたとしても。
「あと、そうだ。君は早く決勝を見に行くといい。」
「……間に合いますかね。」
「あんまり君の騎士を、僕の弟子を舐めない方がいい。あいつは『本物』だ。挫折を知った天才だ。これ以上に強い生物はいない。」
レイは体が溶け行く中、目を閉じる。
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