幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

文字の大きさ
上 下
117 / 474
第五章〜魔法使いは真実の中で〜

12.救えなかった

しおりを挟む
 心の中で、誰もがヒーローを待ち続けている。
 明日の生活すらままならない奴、不治の病にかかった奴、社会という荒波に殺されてる奴、虐められている奴。
 それは俺も例外ではなく、誰もが自分を救って、全部何とかしてくれるようなヒーローを待っている。
 それが例え、有り得ないと分かっていても。

 どんな不可能な事でさえ可能にし、自分に勇気を与え、夢を与え、無邪気な子供のままでいられるようなヒーロー。
 いつからだろうか。かつて憧れていたはずのそれが、求めるものとなったのは。
 子供、それも男であるならば尚更、間違いなくヒーローに憧れた筈だ。もしかしたら、今も憧れる奴もいるかもしれない。
 だが、その殆どは現実を知り、その夢を深く仕舞い込む。

「調子に乗るんじゃないわよっ!」

 不知火の母親は不知火の頬を叩く。そして胸ぐらを掴んで、壁に追いやった。

「元はと言えばあんたのせいなのよ……あの人が私を置いていったのも、私がこんなに苦しむのも!」

 不知火の母親は、間違いなく狂っていた。
 その背景に何があったのかは、言動と、父親がいないという事実からある程度の想像はつく。
 故に酒に溺れ、働くことをやめ、子供に暴力を振るう。
 だが、逆に聞こう。いくら不幸な人間であったとして、その苦しみを子供にぶつけていい理由になるであろうか?

「私がこんなに苦しんでいるのに! あんたがのうのうと暮らしていいはずがないでしょうが!」

 不知火の首は押さえつけられ、息が通らなくなる。
 それはまるで子供の癇癪のようだった。間違っているのは分かるが、それを認めない。認めたくないという思い。
 その異常なまでの、プライドと呼ぶのも烏滸がましい見栄が、子供を手にかけるという凶行を生む。

「ぅ、ぁ、が。」

 無論、不知火も抵抗はする。しかし運動も苦手で、筋力のないその腕では母親の手は振り解けない。
 むしろ、怒りと狂気により気が狂っている母親は、いつもより数倍も力があった。

 このままでは、不知火は死ぬであろう。

 彼女はヒーローの姿を幻視し、それになろうとした。
 彼女は勇気を与えられた。だからこそ、母親に立ち向かい、戦うことができた。
 この親子のやり取りは効率的に考えるのなら意味の無い事だ。
 しかし、不知火の心には必要だった。法というシステムに寄ったものではなく、自分自身で勝ち取った自由が。

「『弾丸バレット』」

 その誉れある勇気が報われないのを、アルス・ウァクラートが、草薙真が許すはずもなかったのだ。
 真から放たれた見えない弾丸は、的確に不知火の母親の頭を撃ち、気を失わさせる。

「カッ、ケホッケホッ!」
「……随分と無茶したな。」

 不知火は少しの間は苦しそうに呼吸をしていたが、次第に安定し、普段の呼吸を取り戻す。

「流石にビビったよ。全部任せろって言ったのに、自分でやろうとするなんてな。危うく死ぬところだったぞ。」

 真は知っていた。不知火が親から虐待を受けていた事を。
 それを何とかする為に、彼も必死に戦ったのだから。

「ごめん、なさい。」
「謝るなよ。責めてない。むしろお前は凄いよ。」

 気絶した不知火の母を、真はチラリと見た後に不知火を再び見た。

「こんなのに立ち向かうなんて、普通はできねえさ。」

 親に真っ向から歯向かうというのは、我々が想像するより難しい事だ。
 子供の頃から、ひたすらに全てを否定され続けてきた不知火にとって、親と戦う選択肢を選べたのは奇跡に近い。
 だからこそこの事態は真にとっても想定外であった。

「……私、強くなれたのかな?」

 不知火のその言葉に、真は少しの間言い悩む。だが、答えが出るのは遅くはなかった。

「知らねえ……正確に言うなら知りたくもねえ。」

 真は良くも悪くも正直である。だからこそ、相手の望む答えを返す事はない。

「ただ、昨日より胸を張って生きれたら。それは強くなったって事だと思うぜ、」

 故に、それ以上に心に刺さる時もある。普通では得ることの出来ない勇気を与えてくれる。

「ならきっと、私は強くなれたんだね。」
「……そうか。」

 真は大きく息を吐いた。
 その息は一件が終わった事の安堵のようであり、自分への自嘲を込めた溜息のようでもあった。

「神楽坂が虐めはなんとかしてくれた。これからはそういう事はないだろうよ。」
「……うん。」

 真は最終的に虐めてた奴がどうなったのかは知らない。停学か退学か、お叱りを受けて直ぐに釈放か。
 だが、神楽坂に任せた以上、怒られるだけで済まないであろう事は知っていた。
 むしろ不知火以上に酷い目に遭う可能性もあるが、真にとってはさして気にすることではない。

「それと爺さん……俺の父親にお願いして、色々と手続きは済ませてもらった。今から一人暮らしもできるし、何だったら持っているマンションの一室を貸しても良いってさ。」

 真は何とも無いようにそう言った。しかし不知火は驚かずにはいられない。

「え、マンション?」
「……聞くな。俺にもあの人の事はよく分からん。」

 真とその育ての親は、長年一緒の家に住んでいるのにも関わらず関係は希薄だった。
 真が起きるより早く家を出て、真が寝た後に帰ってくる。生活費やらは十分にもらっていたが、一人暮らしに近しかった。
 だからか、真は育ての親の事を何も知らない。
 何の仕事をしているのか、どんな人間なのか、過去に何があったのか。しかしそれももう、知りようのない事であった。

「……」

 少しの間、沈黙が響く。
 終わりだ。もうこれ以上、この世界が続く事はない。もう少しで、この夢の世界は終わる。この夢はあくまで夢で有り、真の心にしか残る事はない。
 どれだけここで何が起ころうとも、ここは夢でしかないのだ。

「草薙君。」
「何だ?」
「ありがとう。」

 それは簡素な言葉であった。しかし不知火にとってはこの一言を言うことにさえ、勇気が必要だった。
 声は少し震え、それでも、自分の思いを発する。

「今まで話したことも、ないのに私を、助けてくれて。本当に、ありがとう。」

 それは不知火の本心から出た、感謝の言葉だった。
 不知火にとって、真こそがヒーローであった。突然と現れて、ありとあらゆる事を解決してくれて、全てを救ってくれた。
 しかしその感謝の言葉は、真にとっては歪に写る。

「……ありがとう、か。」

 もう一度言おう。ここは、夢でしかない。
 つまり結局は不知火はそのまま死んだし、助けられてなどいない。ここの努力も、行動も、思いも、そのどれもが夢でしかない。
 だからこそ、真にとってその言葉は、あまりにも重かった。

「違うよ。違うんだよ、不知火。」
「え?」
「俺は、何もできなかったんだ。」

 だからこそ、それを隠し切れなかった真を、誰が責める事ができるだろうか。
 その抑え切れない罪の念を吐き出し、誰かに責めてもらって、その重荷を軽くしようとする考えの何がおかしいというのか。
 一度漏れ出したその声は、流れるように這い出てくる。

「ここは、夢なんだよ不知火。俺はお前を、夢の中でしか救えなかったんだ。」
「何、言ってるの?」
「お前は、現実だと死んでるんだよ。俺が、俺だけがお前を救えたのに、俺はお前を助けなかったんだ。」

 まるで罪を告白する犯罪者のようであり、あまりにもその言葉は重たく、そして哀愁に満ちていた。

「俺は、お前に称賛される人間なんかじゃ、ないんだよ。」

 真は、自分が嫌いだ。卑怯な自分が嫌いだ。嘘つきな自分が嫌いだ。勇気のない自分が嫌いだ。
 だからこそ、人の称賛は素直に受け取れない。特にこの出来事であれば尚更だ。騙しているという罪悪感が、真を蝕み続ける。
 それは真の優しさの裏返しでもあり、弱さでもあった。

「俺はお前を、救えなかったんだ。」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

処理中です...