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第五章〜魔法使いは真実の中で〜
12.救えなかった
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心の中で、誰もがヒーローを待ち続けている。
明日の生活すらままならない奴、不治の病にかかった奴、社会という荒波に殺されてる奴、虐められている奴。
それは俺も例外ではなく、誰もが自分を救って、全部何とかしてくれるようなヒーローを待っている。
それが例え、有り得ないと分かっていても。
どんな不可能な事でさえ可能にし、自分に勇気を与え、夢を与え、無邪気な子供のままでいられるようなヒーロー。
いつからだろうか。かつて憧れていたはずのそれが、求めるものとなったのは。
子供、それも男であるならば尚更、間違いなくヒーローに憧れた筈だ。もしかしたら、今も憧れる奴もいるかもしれない。
だが、その殆どは現実を知り、その夢を深く仕舞い込む。
「調子に乗るんじゃないわよっ!」
不知火の母親は不知火の頬を叩く。そして胸ぐらを掴んで、壁に追いやった。
「元はと言えばあんたのせいなのよ……あの人が私を置いていったのも、私がこんなに苦しむのも!」
不知火の母親は、間違いなく狂っていた。
その背景に何があったのかは、言動と、父親がいないという事実からある程度の想像はつく。
故に酒に溺れ、働くことをやめ、子供に暴力を振るう。
だが、逆に聞こう。いくら不幸な人間であったとして、その苦しみを子供にぶつけていい理由になるであろうか?
「私がこんなに苦しんでいるのに! あんたがのうのうと暮らしていいはずがないでしょうが!」
不知火の首は押さえつけられ、息が通らなくなる。
それはまるで子供の癇癪のようだった。間違っているのは分かるが、それを認めない。認めたくないという思い。
その異常なまでの、プライドと呼ぶのも烏滸がましい見栄が、子供を手にかけるという凶行を生む。
「ぅ、ぁ、が。」
無論、不知火も抵抗はする。しかし運動も苦手で、筋力のないその腕では母親の手は振り解けない。
むしろ、怒りと狂気により気が狂っている母親は、いつもより数倍も力があった。
このままでは、不知火は死ぬであろう。
彼女はヒーローの姿を幻視し、それになろうとした。
彼女は勇気を与えられた。だからこそ、母親に立ち向かい、戦うことができた。
この親子のやり取りは効率的に考えるのなら意味の無い事だ。
しかし、不知火の心には必要だった。法というシステムに寄ったものではなく、自分自身で勝ち取った自由が。
「『弾丸』」
その誉れある勇気が報われないのを、アルス・ウァクラートが、草薙真が許すはずもなかったのだ。
真から放たれた見えない弾丸は、的確に不知火の母親の頭を撃ち、気を失わさせる。
「カッ、ケホッケホッ!」
「……随分と無茶したな。」
不知火は少しの間は苦しそうに呼吸をしていたが、次第に安定し、普段の呼吸を取り戻す。
「流石にビビったよ。全部任せろって言ったのに、自分でやろうとするなんてな。危うく死ぬところだったぞ。」
真は知っていた。不知火が親から虐待を受けていた事を。
それを何とかする為に、彼も必死に戦ったのだから。
「ごめん、なさい。」
「謝るなよ。責めてない。むしろお前は凄いよ。」
気絶した不知火の母を、真はチラリと見た後に不知火を再び見た。
「こんなのに立ち向かうなんて、普通はできねえさ。」
親に真っ向から歯向かうというのは、我々が想像するより難しい事だ。
子供の頃から、ひたすらに全てを否定され続けてきた不知火にとって、親と戦う選択肢を選べたのは奇跡に近い。
だからこそこの事態は真にとっても想定外であった。
「……私、強くなれたのかな?」
不知火のその言葉に、真は少しの間言い悩む。だが、答えが出るのは遅くはなかった。
「知らねえ……正確に言うなら知りたくもねえ。」
真は良くも悪くも正直である。だからこそ、相手の望む答えを返す事はない。
「ただ、昨日より胸を張って生きれたら。それは強くなったって事だと思うぜ、」
故に、それ以上に心に刺さる時もある。普通では得ることの出来ない勇気を与えてくれる。
「ならきっと、私は強くなれたんだね。」
「……そうか。」
真は大きく息を吐いた。
その息は一件が終わった事の安堵のようであり、自分への自嘲を込めた溜息のようでもあった。
「神楽坂が虐めはなんとかしてくれた。これからはそういう事はないだろうよ。」
「……うん。」
真は最終的に虐めてた奴がどうなったのかは知らない。停学か退学か、お叱りを受けて直ぐに釈放か。
だが、神楽坂に任せた以上、怒られるだけで済まないであろう事は知っていた。
むしろ不知火以上に酷い目に遭う可能性もあるが、真にとってはさして気にすることではない。
「それと爺さん……俺の父親にお願いして、色々と手続きは済ませてもらった。今から一人暮らしもできるし、何だったら持っているマンションの一室を貸しても良いってさ。」
真は何とも無いようにそう言った。しかし不知火は驚かずにはいられない。
「え、マンション?」
「……聞くな。俺にもあの人の事はよく分からん。」
真とその育ての親は、長年一緒の家に住んでいるのにも関わらず関係は希薄だった。
真が起きるより早く家を出て、真が寝た後に帰ってくる。生活費やらは十分にもらっていたが、一人暮らしに近しかった。
だからか、真は育ての親の事を何も知らない。
何の仕事をしているのか、どんな人間なのか、過去に何があったのか。しかしそれももう、知りようのない事であった。
「……」
少しの間、沈黙が響く。
終わりだ。もうこれ以上、この世界が続く事はない。もう少しで、この夢の世界は終わる。この夢はあくまで夢で有り、真の心にしか残る事はない。
どれだけここで何が起ころうとも、ここは夢でしかないのだ。
「草薙君。」
「何だ?」
「ありがとう。」
それは簡素な言葉であった。しかし不知火にとってはこの一言を言うことにさえ、勇気が必要だった。
声は少し震え、それでも、自分の思いを発する。
「今まで話したことも、ないのに私を、助けてくれて。本当に、ありがとう。」
それは不知火の本心から出た、感謝の言葉だった。
不知火にとって、真こそがヒーローであった。突然と現れて、ありとあらゆる事を解決してくれて、全てを救ってくれた。
しかしその感謝の言葉は、真にとっては歪に写る。
「……ありがとう、か。」
もう一度言おう。ここは、夢でしかない。
つまり結局は不知火はそのまま死んだし、助けられてなどいない。ここの努力も、行動も、思いも、そのどれもが夢でしかない。
だからこそ、真にとってその言葉は、あまりにも重かった。
「違うよ。違うんだよ、不知火。」
「え?」
「俺は、何もできなかったんだ。」
だからこそ、それを隠し切れなかった真を、誰が責める事ができるだろうか。
その抑え切れない罪の念を吐き出し、誰かに責めてもらって、その重荷を軽くしようとする考えの何がおかしいというのか。
一度漏れ出したその声は、流れるように這い出てくる。
「ここは、夢なんだよ不知火。俺はお前を、夢の中でしか救えなかったんだ。」
「何、言ってるの?」
「お前は、現実だと死んでるんだよ。俺が、俺だけがお前を救えたのに、俺はお前を助けなかったんだ。」
まるで罪を告白する犯罪者のようであり、あまりにもその言葉は重たく、そして哀愁に満ちていた。
「俺は、お前に称賛される人間なんかじゃ、ないんだよ。」
真は、自分が嫌いだ。卑怯な自分が嫌いだ。嘘つきな自分が嫌いだ。勇気のない自分が嫌いだ。
だからこそ、人の称賛は素直に受け取れない。特にこの出来事であれば尚更だ。騙しているという罪悪感が、真を蝕み続ける。
それは真の優しさの裏返しでもあり、弱さでもあった。
「俺はお前を、救えなかったんだ。」
明日の生活すらままならない奴、不治の病にかかった奴、社会という荒波に殺されてる奴、虐められている奴。
それは俺も例外ではなく、誰もが自分を救って、全部何とかしてくれるようなヒーローを待っている。
それが例え、有り得ないと分かっていても。
どんな不可能な事でさえ可能にし、自分に勇気を与え、夢を与え、無邪気な子供のままでいられるようなヒーロー。
いつからだろうか。かつて憧れていたはずのそれが、求めるものとなったのは。
子供、それも男であるならば尚更、間違いなくヒーローに憧れた筈だ。もしかしたら、今も憧れる奴もいるかもしれない。
だが、その殆どは現実を知り、その夢を深く仕舞い込む。
「調子に乗るんじゃないわよっ!」
不知火の母親は不知火の頬を叩く。そして胸ぐらを掴んで、壁に追いやった。
「元はと言えばあんたのせいなのよ……あの人が私を置いていったのも、私がこんなに苦しむのも!」
不知火の母親は、間違いなく狂っていた。
その背景に何があったのかは、言動と、父親がいないという事実からある程度の想像はつく。
故に酒に溺れ、働くことをやめ、子供に暴力を振るう。
だが、逆に聞こう。いくら不幸な人間であったとして、その苦しみを子供にぶつけていい理由になるであろうか?
「私がこんなに苦しんでいるのに! あんたがのうのうと暮らしていいはずがないでしょうが!」
不知火の首は押さえつけられ、息が通らなくなる。
それはまるで子供の癇癪のようだった。間違っているのは分かるが、それを認めない。認めたくないという思い。
その異常なまでの、プライドと呼ぶのも烏滸がましい見栄が、子供を手にかけるという凶行を生む。
「ぅ、ぁ、が。」
無論、不知火も抵抗はする。しかし運動も苦手で、筋力のないその腕では母親の手は振り解けない。
むしろ、怒りと狂気により気が狂っている母親は、いつもより数倍も力があった。
このままでは、不知火は死ぬであろう。
彼女はヒーローの姿を幻視し、それになろうとした。
彼女は勇気を与えられた。だからこそ、母親に立ち向かい、戦うことができた。
この親子のやり取りは効率的に考えるのなら意味の無い事だ。
しかし、不知火の心には必要だった。法というシステムに寄ったものではなく、自分自身で勝ち取った自由が。
「『弾丸』」
その誉れある勇気が報われないのを、アルス・ウァクラートが、草薙真が許すはずもなかったのだ。
真から放たれた見えない弾丸は、的確に不知火の母親の頭を撃ち、気を失わさせる。
「カッ、ケホッケホッ!」
「……随分と無茶したな。」
不知火は少しの間は苦しそうに呼吸をしていたが、次第に安定し、普段の呼吸を取り戻す。
「流石にビビったよ。全部任せろって言ったのに、自分でやろうとするなんてな。危うく死ぬところだったぞ。」
真は知っていた。不知火が親から虐待を受けていた事を。
それを何とかする為に、彼も必死に戦ったのだから。
「ごめん、なさい。」
「謝るなよ。責めてない。むしろお前は凄いよ。」
気絶した不知火の母を、真はチラリと見た後に不知火を再び見た。
「こんなのに立ち向かうなんて、普通はできねえさ。」
親に真っ向から歯向かうというのは、我々が想像するより難しい事だ。
子供の頃から、ひたすらに全てを否定され続けてきた不知火にとって、親と戦う選択肢を選べたのは奇跡に近い。
だからこそこの事態は真にとっても想定外であった。
「……私、強くなれたのかな?」
不知火のその言葉に、真は少しの間言い悩む。だが、答えが出るのは遅くはなかった。
「知らねえ……正確に言うなら知りたくもねえ。」
真は良くも悪くも正直である。だからこそ、相手の望む答えを返す事はない。
「ただ、昨日より胸を張って生きれたら。それは強くなったって事だと思うぜ、」
故に、それ以上に心に刺さる時もある。普通では得ることの出来ない勇気を与えてくれる。
「ならきっと、私は強くなれたんだね。」
「……そうか。」
真は大きく息を吐いた。
その息は一件が終わった事の安堵のようであり、自分への自嘲を込めた溜息のようでもあった。
「神楽坂が虐めはなんとかしてくれた。これからはそういう事はないだろうよ。」
「……うん。」
真は最終的に虐めてた奴がどうなったのかは知らない。停学か退学か、お叱りを受けて直ぐに釈放か。
だが、神楽坂に任せた以上、怒られるだけで済まないであろう事は知っていた。
むしろ不知火以上に酷い目に遭う可能性もあるが、真にとってはさして気にすることではない。
「それと爺さん……俺の父親にお願いして、色々と手続きは済ませてもらった。今から一人暮らしもできるし、何だったら持っているマンションの一室を貸しても良いってさ。」
真は何とも無いようにそう言った。しかし不知火は驚かずにはいられない。
「え、マンション?」
「……聞くな。俺にもあの人の事はよく分からん。」
真とその育ての親は、長年一緒の家に住んでいるのにも関わらず関係は希薄だった。
真が起きるより早く家を出て、真が寝た後に帰ってくる。生活費やらは十分にもらっていたが、一人暮らしに近しかった。
だからか、真は育ての親の事を何も知らない。
何の仕事をしているのか、どんな人間なのか、過去に何があったのか。しかしそれももう、知りようのない事であった。
「……」
少しの間、沈黙が響く。
終わりだ。もうこれ以上、この世界が続く事はない。もう少しで、この夢の世界は終わる。この夢はあくまで夢で有り、真の心にしか残る事はない。
どれだけここで何が起ころうとも、ここは夢でしかないのだ。
「草薙君。」
「何だ?」
「ありがとう。」
それは簡素な言葉であった。しかし不知火にとってはこの一言を言うことにさえ、勇気が必要だった。
声は少し震え、それでも、自分の思いを発する。
「今まで話したことも、ないのに私を、助けてくれて。本当に、ありがとう。」
それは不知火の本心から出た、感謝の言葉だった。
不知火にとって、真こそがヒーローであった。突然と現れて、ありとあらゆる事を解決してくれて、全てを救ってくれた。
しかしその感謝の言葉は、真にとっては歪に写る。
「……ありがとう、か。」
もう一度言おう。ここは、夢でしかない。
つまり結局は不知火はそのまま死んだし、助けられてなどいない。ここの努力も、行動も、思いも、そのどれもが夢でしかない。
だからこそ、真にとってその言葉は、あまりにも重かった。
「違うよ。違うんだよ、不知火。」
「え?」
「俺は、何もできなかったんだ。」
だからこそ、それを隠し切れなかった真を、誰が責める事ができるだろうか。
その抑え切れない罪の念を吐き出し、誰かに責めてもらって、その重荷を軽くしようとする考えの何がおかしいというのか。
一度漏れ出したその声は、流れるように這い出てくる。
「ここは、夢なんだよ不知火。俺はお前を、夢の中でしか救えなかったんだ。」
「何、言ってるの?」
「お前は、現実だと死んでるんだよ。俺が、俺だけがお前を救えたのに、俺はお前を助けなかったんだ。」
まるで罪を告白する犯罪者のようであり、あまりにもその言葉は重たく、そして哀愁に満ちていた。
「俺は、お前に称賛される人間なんかじゃ、ないんだよ。」
真は、自分が嫌いだ。卑怯な自分が嫌いだ。嘘つきな自分が嫌いだ。勇気のない自分が嫌いだ。
だからこそ、人の称賛は素直に受け取れない。特にこの出来事であれば尚更だ。騙しているという罪悪感が、真を蝕み続ける。
それは真の優しさの裏返しでもあり、弱さでもあった。
「俺はお前を、救えなかったんだ。」
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