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第五章〜魔法使いは真実の中で〜

11.永遠の別れを

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 俺は不知火を置いて、学校の方へと足を進める。スマホは壊されたから連絡はつかないが、多分あいつはいる。

「よう、真。随分とボロボロじゃねえか。」
「うるせえ。」
「手伝いはいるか?」

 学校に着くより早く、その前の道で神楽坂は立っていた。
 いつも通りにニヤニヤと笑っていて、何よりも頼りになる気がした。

「……頼む。」
「そう言うと思って、もう準備は済んでるよ。」

 そう言って、神楽坂は俺のポケットを指差した。

「そこに盗聴器入れといたから。さっきの会話筒抜け。」
「お前、優秀過ぎない?」
「今更かよバーカ。」

 となれば、もうやる事はほんの少しだけ。

「学校とかへの交渉はお前に任せた。」
「いいのか、俺に任せて。お前の望む形にならないかもしれないぜ。」

 確かに神楽坂に任せるのは少しリスクがある。
 神楽坂は面白そうと考えたら話を直ぐ膨らませるし、何か面倒事を増やすこともある。

「それでいい。お前が一番楽しい終わらせ方をすればいい。」

 だが、今回はそれで構わないのだ。俺にできた唯一の友がそれで良しとするのなら、今回は何であろうと許せる。

「俺はちょっと爺さんに今から会いにいく。そっちは任せたぞ。」

 俺は俺で、やらなくちゃいけない事がある。明日はない。絶対に今日だけだ。

「……なあ、真。」
「何だ?」
「お前、変わったな。」

 俺は思わず首を傾げる。
 確かに精神年齢や経た経験も全く違う。変わったように見えて当然だ。しかし、それを一々指摘するような奴だったかと。そう不思議に思った。

「自覚はねえかもしれないけど、全然違うさ。少なくとも俺が知っている草薙真という男は、もっと臆病な人間だった。」

 その言葉に何か言い返そうとして、そして止める。それが事実であると、分かっている自分もいたからだ。

「だけど、今のお前は違う。今のお前は、人の為に怒れる人間だ。人の為に泣ける人間だ。人の為なら、自分の恥なんて、リスクなんて考えない。」
「……結局何が言いたいんだよ。」
「お前が、俺を置いて成長しちまったって事だよ。悲しいもんだ。いつの間にか俺と同類の親友が、主人公になってたんだからな。」

 大袈裟に芝居臭く、少し悲し気に神楽坂はそう言った。

「俺が主人公?寝ぼけてんのか、お前。」
「いいや、至って正常だとも。その上で言ってるんだ。具体的に何が起きたかは知らねえけど、何かあったんだろうって事は分かる。」

 なんか気持ち悪い。いつも俺と神楽坂は煽り合ってたし、互いに親友だとは思ってはいたものの、こんな風に褒められる事はなかったからだ。
 だからこそむず痒いし、言いようのない違和感がある。何より気恥ずかしい。

「だから、元気でやれよ真。」
「……は?何だ、まるで、今生の別れみたいな。」
「ああ、そうだよな。俺もおかしいと思ってるんだ。」

 神楽坂自身も半笑いで、自分でも理由が分からないような風だった。
 だけど、その目は至って真剣だし、いつも通りのふざけるようでも、自嘲を込めたようでもなかった。

「お前と、明日は会えない気がしてな。」
「――」
「おかしな話だろ。会えないはずがねえんだけどな。」

 その言葉は、何故か俺の心を大きく抉った。
 神楽坂と俺は親友であり、悪友であり、唯一の友だった。何故かその友を裏切るようで、その友を捨てるような、言いようのない苦しみだった。
 ただ、今はただ、後悔しないようにだけ動く。それだけしか出来なかった。

「いや、悪い事じゃねえよ。」

 俺は絶対に戻らなくちゃいけない。だからこそ、ここが夢であっても、あの時は出来なかった別れの一言を。

「じゃあな、神楽坂太陽。変わってくれるなよ?」
「ああ、草薙真。お前はお前らしく生きてくれ。」

 例え辿る道が変わろうとも、俺と神楽坂は親友だ。それだけは変わりえない。
 だから涙もなく、手を振る事もなく、互いの道を走り始めた。





 ボロいアパートの一室、その前に少女が立っていた。野暮ったく、とてもじゃないが明るくは見えない容姿だ。
 だが彼女は、不知火光という少女は、前を向いていた。

「……ただいま。」

 鍵を開けて、ドアを開ける。ギーッという錆びた音が鳴ると同時に、中からは酒のにおいが漂ってくる。
 不知火にとってはいつも通りであるはずのものが、今日ばかりは鮮明に感じてしまう。

「……」

 無言で家の中を不知火は歩いていき、バッグを置いて、居間のソファへと足を向けた。
 ソファには顔が赤く、酒で酔っぱらった四十代手前の女性が寝転がっていた。ソファの前にある机には、いくつもの既に開けられた缶ビールが転がっている。
 不知火は、体を震わしながらも、そのソファの前に立った。

「お母さん、起きて。」

 不知火がそう言いながら体をゆすり始めると、直ぐにその女性は目を覚ました。
 そして不知火の手を振り払い、机の上に転がる空き缶を適当に投げる。
 不知火は反射的に体を縮こませるが、そもそも空き缶は明後日の方向へ飛んで、天井に当たるだけだった。

「何、光。私寝てたんだけど。」

 鋭く不知火は睨みつけられ、一瞬恐怖で動けなくなるが、それでも不知火光は前を向く。

「お母さん、私、一人暮らし、したいの。」
「は?」

 不知火の言ったことが信じられなかったのか、一気に眠気が覚め、目を大きく開いて立ち上がる。

「何言ってるの?あんたが一人暮らしなんてできるわけないじゃない。鈍間で、人と話すこともできなくて、勇気もないあんたが。馬鹿なこと言ってないで、早く夜ご飯作りなさい。」

 そう言って不知火の母は台所に行って、水を飲む。
 しかし不知火がここで引くことはない。今度はさっきより大きい声で、言う。

「本気、なの。私は一人暮らしがしたいの。」
「……うるさいわね。黙って親の言う事を聞きなさい。」
「都合のいい時だけ、親ぶらないでよ。今まで、何もしてこなかったくせに。」

 力強く、コップが台所に置かれる音が響く。そして不知火の母は、苛立たし気に不知火を睨んだ。

「あんたを産んだのは誰だと思ってるの。私があんたをここまで育てたのよ。私の苦労も知らないで、よくもそんな事を……!」
「知らないよそんな事!お母さんはいつもお酒飲んで、それで私に家事をやらせるだけじゃん!」

 不知火は自分でも驚くほどの声を出した。母親もそれに驚いてか、直ぐには言葉が出てこない。
 その隙にそのまま更に言葉を重ねる。

「だからもう、私が出ていくから、後は好きにやってよ。」

 それは、不知火が母親に言う、最後であり、最初の我儘だった。

「もう、私に関わらないで。」

 その言葉には、彼女の全てが込められていたのだ。
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