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第五章〜魔法使いは真実の中で〜

10.任せろ

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 不知火自身に、証拠を作ってもらう。これが一番最善の策ではあった。
 しかし断られた以上は、仕方ない。そもそもやってくれない可能性も視野に入れていた。

 だが、

 虐められたい奴なんて、この世には存在しない。
 虐められたままで良かったなら、不知火は自殺なんかしていないんだ。明確に断る理由が、不知火には存在しない。
 NPCじゃないのだ。いくらここが俺の想像の世界、夢だったとしても。個々人にはそれぞれの夢があり、感情があり、願いがあり、努力がある。
 間違いなく、その理由がなくてはおかしい。

「……こんなところあったのか。」

 放課後、魔力を追い、バレないように不知火を尾行した。
 俺の想像通りで、向かった先は家ではなく街の外れ。人影のない、道から外れた木々の中だった。足場は踏みならされており、かなりの回数人が通ったのが見て取れる。
 学校から徒歩十分で行けるような場所であり、こんな場所があるとは知らなかった。

「これで、終わりだ。」

 この悪夢は虐めが無くなれば終わる。不知火を苦しめる要因を断てば、あんな後悔の念は生まれない。
 虐めの現場を撮影さえすれば、証拠は確たるものになる。
 やってみれば案外難しい事ではない。だからこそ、俺は自分が許せなかったのだろう。救えたはずの命を救えなかったんだから。

「光!ほら、さっさとこっち来なよ!」

 木々の中には少し開けた広場のような場所がある。そこに、二人の同じ高校の女子がいた。
 俺は少し足場は悪いが、上手く木や草に紛れ込むようにしゃがんでいる。スマホをポケットから出して、しっかりと撮影の準備をした状態でだ。
 不知火も程なくして、女子達の所に辿り着き、その場にリュックを置いた。

「私たちもこんな事したくないんだよ。友達の一人もいないあんたに、わざわざ絡んであげてるんだから、それ相応の代償は貰わないとね?」
「そうそう。光って頭も良いし、こんなに恵まれてるんだから私達にちょっとぐらいお裾分けしてよね。」

 表情だけを見るなら、とても友好的で親しげな友達と話すようだ。怒気もなく、不快げな様子すら一切見せない。
 俺はそれが逆に、気持ち悪かった。

「それにしても光、どうやって草薙君と知り合ったの?今日いきなり話しかけられてて、びっくりしちゃったよ。」
「そうだよ。友達なんだから、男子の知り合いができたなら話してくれれば良かったのに。」
「草薙君って目立たないし、人と話さないから知り合いになるだけでも難しいだろうしね。」

 そうやって楽しそうに笑いながら二人の女子は話す。不知火は斜め下を見たままで、一言も発しはしない。

「ねえ、そうだよ。教えて欲しいよ、草薙君?」
「――ッ!」

 言葉が出そうになるのを噛み殺す。
 今、明らかに一人の女子と目が合った。間違いなく俺がここにいるのがバレている。
 何故だ。距離は離れているし、こんなに大きな草木の中でしゃがんでいる俺を正確に見つけられるものか?
 そんなの、俺がいる事を想定していなくちゃあり得ない。

「こそこそ隠れてんじゃねえよ、陰キャが。」

 後ろから声が聞こえた。野太い男の声だ。
 その声に反応して、俺が振り返るより早く、俺は後ろから大きく蹴飛ばされる。

「ねえねえ、草薙君。どうやって私達が光の事を虐めてるって分かったの?」

 俺はその場を転がった後に、俺と同じ制服を着た男に広場まで引きずり出される。
 そんな俺の目を、一人の女子が見る。クラスで感じていた明るさや活発さとは真逆の、底冷えするような冷たい目だった。

「光は私の友達だから、話している事が分かるようにしてるんだ。まさか、草薙君がそこまで大胆だとは思わなかったよ。」

 盗聴器、か。なるほど。そう考えれば昼間の言動に納得がいく。監視されているのか、行動の全てを。

「それで、何で分かったの?」
「……さっさと答えた方がいいぜ。俺も人を殴るのは気分が悪い。」

 俺を蹴り、引きずった男は俺のスマホを踏み潰した後に、そう言った。

「なるほど、ね。」

 この徹底ぶりがあったからこそ、今まで見つからなかったわけだ。俺みたいに、魔力が見えるとかいう特異体質以外はな。
 俺は一瞬、不知火の方を見た。その顔はとてつもなく、申し訳なさそうな顔で俺から目を背けていた。自分が悪いのだと、責めるような顔だった。

「……ふざ、けるなよ。」

 俺は、この悪夢から抜け出す為に不知火を救うと思い込んでいた。
 何故ならここは俺の悪夢であり、それ以上でもそれ以下でもなく、ここでやったどんな行為も意味を為さないと考えていたからだ。

 だが、俺の理想とする『アルス・ウァクラート』はそんな動機で動きはしない。
 俺の想像する幸福の魔法使いとは、いつだって自分の目の前の人を救う為に命を差し出し、理不尽をぶち壊して、不可能を可能にする存在だ。
 だからこそ俺は、目の前の優し過ぎる少女を守る為に、こんなに冷めた考え方しかできなかった自分が許せなかった。

「もう、やめだ。」

 俺は自分に怒っていた。例え意味がないとしても、その意味が無い場所に全力になれない小さい自分に怒っていた。

「何ごちゃごちゃ言ってんだ、草薙。さっさと答えねえとぶん殴るぞ。」
「魔力が見えたから、だ。何か質問でも?」
「……ふざけてんのか、お前。」
「ふざけてんのはお前の脳味噌だろ。」

 俺がそう言った瞬間、男の手が俺へと伸びる。
 恐らくは何かは分からないが、運動部なのだろう。その腕は太く、俺が真正面から殴られたら痛いじゃ済まない。
 だが、武術の心得は欠片もありはしない。
 いくら喧嘩が強くても、四年間の実戦経験には敵いはしないのだ。

「あ?」
「え?」

 前者は男の声、後者は女の声であった。
 そしてそこに残った事実は、男が組み伏せられているという事実に他ならない。

「吹き飛べ。」

 俺が地球にいた頃から使えた数少ない魔法の一つ。対象を吹き飛ばす魔法。それを下に向けたらどうなるか。
 その答えは、簡単だ。
 逃げ場のないエネルギーが全て、その物体を襲う。

「どっか、行けよ。」

 俺は気絶して動かない男に見向きすらせず、女子二人の方を睨んだ。
 すると二人は何も言わずに、急いでこの場から離れていった。気絶した男を気にかける素振りはない。
 俺はいなくなるまでその二人を見続け、視界から消えた辺りでその場に座り込んだ。

 魔力がすっからかんだ。体がだるいし、単純に体も痛いしで動きたくはない。
 だから取り敢えず何も考えずに、ただただ青い空を見ていた。

「……何で、こんなこと、したの?」

 少しの間続いたその沈黙は、不知火が破った。
 不知火は少し離れた場所から、不思議そうに、怯えたように俺を見ていた。

「私を助けたつもりなの?」
「……」
「そんなの、意味ないよ。どうせ終わらない。むしろ今回の事で、更に酷くなったら……」

 不知火の目にあるのは恐怖だった。
 確かにあの二人は表向きの評判はとても良い。周りの人からの信頼を勝ち取れるのも、不知火ではなくあの女子であろう。
 しかし、気が変わった。考え方も変わった。だとしても、関係ない。

「不知火。俺はお前の事が嫌いだ。」
「え?」
「ああ、嫌いだ。正確に言うならお前みたいな奴が嫌いだ。」

 アースと一緒だ。不知火は答えを勝手に一つに定める。
 自分が我慢すれば良い。これは自分の問題なのだから、関わらないでくれと。クソ喰らえだ。

「何故、正しい事しかしていない人間が非難される。お前は何か間違った事をしたのか?」
「だけど、きっと、私が何かいけなかったから……」
「例えお前が気付かぬ間に何かをしたとして、それはお前がここまで苦しむ理由になるのか?」

 絶対に認めてなるものか。確かにこの世界は、正しいだけで生きていけるほど単純じゃない。
 それでも、正しい人間が、正しいままでいられる世界を、否定して良いはずがない。だって、みんな心の底ではそう思ってるはずだろう?

「それでも! 私は、これでいいの。私に関わらないで。私をこのままにさせて……!」
「これでいい、だと?」

 話しながら気付く。俺が何故、あそこまでアースを気にかけたのか。
 無意識下に、俺は不知火をアースに投影させていたのだ。助けられなかった不知火を、アースに重ねていたのだ。
 だからこそ、短い間の関係でも、俺はあいつを救おうとした。

「なら、笑えよ。」

 だから、同じ言葉をかける。

「本当にそれでいいなら、笑ってみせろよ! 不知火光!」
「――」
「お前は、何かが変わるのが怖いだけだ。それは悪い事じゃない。だから俺が、お前に手を伸ばした。」

 俺は不知火の前に立ち、右手を差し出す。

「後はお前が、その手を取るか、取らないかだ。」

 不知火はまだ子供だ。大人に守られるべき存在だ。
 だが、その大人が何もしてくれないのなら、俺が守るしかない。俺が助けるしかない。守れる奴が、守ってやるしかない。

「選ぶのは、お前だ。」

 しかし最後の一歩は、最後の一歩だけは不知火だけが選ばなくてはならない。

「お前の、本音を聞かせろ。」
「わた、し、は……!」

 不知火は、俺の右手を掴む。そしてそのまま、その場に泣き崩れた。

「友達が、欲しい。」
「……ああ。」
「虐められたくない。」
「……そうか。」
「みんなで、楽しく、喋りたい。」
「……そうだな。」
「楽しい高校生活を、おくりたい!」
「……分かった。」

 学校とは、箱庭だ。箱庭の中には、箱庭の中だけのルールと秩序がある。
 だが箱庭であるからこそ、世界よりはまだ変えやすい。その窮屈さは、簡単に変えられる事の裏返しでもあるのだ。

「全部、俺に任せろ。」
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