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第五章〜魔法使いは真実の中で〜
9.箱庭の中で
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学校とは、箱庭である。
遥かに広がる世界の中で、隔離されたもう一つの社会だ。
学年という完全年功序列制が当然のように存在し、殆どの人間が社会に出ても使わないだろう知識を、ひたすらに叩き込まれ続ける。
しかし勉学だけをやり続ける人間はあまり称賛されず、周りと溶け込む能力がなければ孤立する。
そして社会に進出する生徒を育てるはずの教師の大多数が、社会を経験した事がない。
無論、これらの問題は多くの人間には問題にはなりえない。
しかし、その中でもいわゆる孤立した人間。人と関わる能力が著しく低い人間にとっては、社会人生活と同等、もしくはそれ以上の洗礼を受ける事となる。
学校とは大多数側を是とし、少数派を下に置くというシステムが形作られるものだからだ。
故に、学校とは箱庭だ。
独自のルールにより外の世界とは隔離されているが故に、そこでしか味わえない地獄が広がっている。
「ああ……クソだな。」
俺は頭をかきながら一人呟く。
会社というのも割とゴミだが、学校はそれとはベクトルが異なる。自由過ぎるが故に不自由な会社と、不自由過ぎるが故に自由な学校。優劣を決めるのは難しい。
そもそも学び舎と会社じゃ目的が違うのだから、比較する事自体が間違いなのだが。
「……」
俺は何も言わずに自分の教室に入って、自分の席に座る。
誰にも話しかけないし、誰にも話しかけられない。というか無口なよく分からない人間に、意味もなく話しかけるほど暇な人間はいないだろう。
俺は取り敢えず教室にいる人間を見渡していく。
教室の各所には数人で人が集まって話し込んでいる。それは男子と女子も一緒だ。そんな中で、俺は一つの女子が集まるグループを見た。
そのグループでは一人の女子が椅子に座っていて、それを二人の女子が囲んでいた。二人の方の名前は覚えていないが、座ってる方なら分かる。
不知火光。朝、神楽坂と話していた女の子だ。
一方的に二人の女子は不知火に話しかけ、不知火はそれを黙って聞いているだけで、会話というには少し違和感が残る。
「ほら、お前らチャイム鳴るぞ。座れ。」
騒々しいクラスの中、一人の男性教師が教室に入ってきて、ほどなくしてチャイムが鳴った。
生徒達は急いで自分の席に座っていく。チャイムが鳴り終わる頃には、全員が自分の席に座り終えた。
それを見て男性教師、即ちこのクラスの担任が何かを話し始める。
恐らくは大したことのない連絡事項なので軽く聞き流しておき、違う事を考え始める。
この悪夢が、不知火の自殺によるものだとするのなら、それを回避するのが脱出方法のはずだ。
単純に虐めを報告するにも、虐めている女子の方は先生からの印象は良い。
となれば、証拠が必要だ。どんな信用も意味を成さないぐらい決定的な証拠が。
「はい、それじゃあ朝のホームルームは終わります。各自一時間目の準備をしておいてください。」
そう言って担任の先生は教室を出て行く。すると教室の中はまた騒がしくなっていった。
不知火が虐められている証拠は、虐められている現場を映像として残すのが一番確実だ。言い訳のしようがないからな。
しかし、相手もそれを分かっているから、人に見られないように徹底してやっている。
「だが、抜け穴がないわけじゃない。」
完全犯罪なんていうのは、この情報社会において困難を極める。
そして虐めなんていうのは、被害者が何もしないから成り立つものだ。もし虐められてる側、不知火が行動を起こしたら。それは成り立たなくなる。
「……よし。」
覚悟は出来た。いや、覚悟なんて元よりあった。ただ、遥か昔のトラウマが、俺に理由のない恐怖を与えていただけだ。
この世界から抜け出す為に、不知火を助けなければならない。元よりそれだけだ。
昼休みの時間になった。
俺は授業が終わるとすぐに立ち上がり、不知火の席へと向かう。
「不知火、ちょっといいか?」
「え?」
当然のことだが、俺は今までこういう風に不知火へ話しかけたことはない。不知火が戸惑うことも無理はないだろう。
だが、生憎と不知火へ配慮する余裕はない。
いかに早く、これを終わらせられるか。それが最重要なのだから。
「ちょっと話があるんだ。数分で終わるから、ちょっとついてきてくれないか?」
「え、あ、はい。わかり、ました。」
一瞬、いつも囲まれている女子の方を見て、その後に返事して立ち上がった。
俺も不知火も目立たない人間だし、二人そろって教室から出ていくのは誰も気に留めなかった。
人通りが少ない、つまり人に話を聞かれない場所で、アクセスが良い場所となれば俺は一つしか知らない。それは屋上の前の踊り場だ。
前、神楽坂と話していた場所でもある。ここは俺らぐらいしか滅多に来ない。
「さて、それじゃあ話をしようか。」
不知火は何も言わない。しかも若干下の方を見ていて目線も合わない。陰キャ、もとい暗い奴特有の立ち回り方だ。
俺も社会人生活と異世界生活を経験せねば、これと似たようなものだった。
こういうのは少なくない経験を積まねば外れるものじゃないからな。後に神楽坂によって矯正されるまでそうだったし。
「……まあ、まどろっこしい事は言わずにたん単刀直入に言うぜ。お前、虐められてるだろ?」
「っ!?」
不知火はその言葉に驚いたのか、下げていた顔を上げて、俺を見た。しかし直ぐに顔を下げる。
「そんなこと、ないです。」
そして、直ぐに否定した。
ここまでは想定内だ。認めてくれれば楽だが、こういう状況でパッと言えるような性格なら虐められるはずもない。
だから俺も迷いなく口を開く。
「ないならそれでいいから。俺の妄想をお前は聞けばいい。」
「……」
「俺は、とても個人的な事情でお前を助けなきゃいけない。それに、不知火が協力してくれれば効率が良い。ただそれだけの話だ。」
自分自身で変な事を言っている自覚はある。ただ、全ての事情を話した方が余計によく分からないだろう。
結果的にこういう話し方をする他ない。
「その映像証拠が欲しい。だから――」
「駄目、です。」
「あ?」
今までずっと黙っていた不知火がいきなり口を開く。
何も言わないなら兎も角、駄目と、しっかりと否定の言葉を言うなんて思わなかった。そこまで意志の強い人間とは捉えていなかったからだ。
「やめて、ください。私は何もされてません。大丈夫、です。」
そう言ってその場を不知火は去って行った。
俺は唖然としてしまって、不知火を追う事はできず、その場に立ち尽くしてしまった。
「真、何やらかしたんだ、お前。」
くつくつと、笑いながら神楽坂が下の階段から登ってきた。
死ぬほど見たような性格の悪い顔をしている。
「何だ、また悪行を積み重ねるつもりか?」
「……俺はまだ悪い事は何もしてない。」
「同級生が自殺する夢見る時点で、充分やべえ奴だし、悪行に近えよ。」
「黙れ犯罪者が。」
神楽坂は適当な階段に座る。足を組んで、上から目線に偉そうに、だ。
「何を話してたなんかは興味ねえが、何か面白そうだ。俺も一枚噛ませろ。」
「嫌だ。お前が絡むと碌な事がねえ。」
「ジュース一本奢るぜ?」
「その程度で釣られるとお前が思っていることが、一番腹立たしいよ。」
不知火の答えはあまりにも想像だにしないものであった。俺の考えていたプランが崩れ去ってしまう。
どうする。俺が証拠を自分で用意するのは困難だ。そんなコンパクトにできるなら、当時の俺でも簡単にやっていた。
それでも、無理矢理にでも証拠を掴まなくてはならない。
「……そうかよ。それじゃあ、いいぜ。」
神楽坂は手に持つパンを食べ始めた。
俺はその横で、ただこれから先を思い悩む事しかできなかった。
遥かに広がる世界の中で、隔離されたもう一つの社会だ。
学年という完全年功序列制が当然のように存在し、殆どの人間が社会に出ても使わないだろう知識を、ひたすらに叩き込まれ続ける。
しかし勉学だけをやり続ける人間はあまり称賛されず、周りと溶け込む能力がなければ孤立する。
そして社会に進出する生徒を育てるはずの教師の大多数が、社会を経験した事がない。
無論、これらの問題は多くの人間には問題にはなりえない。
しかし、その中でもいわゆる孤立した人間。人と関わる能力が著しく低い人間にとっては、社会人生活と同等、もしくはそれ以上の洗礼を受ける事となる。
学校とは大多数側を是とし、少数派を下に置くというシステムが形作られるものだからだ。
故に、学校とは箱庭だ。
独自のルールにより外の世界とは隔離されているが故に、そこでしか味わえない地獄が広がっている。
「ああ……クソだな。」
俺は頭をかきながら一人呟く。
会社というのも割とゴミだが、学校はそれとはベクトルが異なる。自由過ぎるが故に不自由な会社と、不自由過ぎるが故に自由な学校。優劣を決めるのは難しい。
そもそも学び舎と会社じゃ目的が違うのだから、比較する事自体が間違いなのだが。
「……」
俺は何も言わずに自分の教室に入って、自分の席に座る。
誰にも話しかけないし、誰にも話しかけられない。というか無口なよく分からない人間に、意味もなく話しかけるほど暇な人間はいないだろう。
俺は取り敢えず教室にいる人間を見渡していく。
教室の各所には数人で人が集まって話し込んでいる。それは男子と女子も一緒だ。そんな中で、俺は一つの女子が集まるグループを見た。
そのグループでは一人の女子が椅子に座っていて、それを二人の女子が囲んでいた。二人の方の名前は覚えていないが、座ってる方なら分かる。
不知火光。朝、神楽坂と話していた女の子だ。
一方的に二人の女子は不知火に話しかけ、不知火はそれを黙って聞いているだけで、会話というには少し違和感が残る。
「ほら、お前らチャイム鳴るぞ。座れ。」
騒々しいクラスの中、一人の男性教師が教室に入ってきて、ほどなくしてチャイムが鳴った。
生徒達は急いで自分の席に座っていく。チャイムが鳴り終わる頃には、全員が自分の席に座り終えた。
それを見て男性教師、即ちこのクラスの担任が何かを話し始める。
恐らくは大したことのない連絡事項なので軽く聞き流しておき、違う事を考え始める。
この悪夢が、不知火の自殺によるものだとするのなら、それを回避するのが脱出方法のはずだ。
単純に虐めを報告するにも、虐めている女子の方は先生からの印象は良い。
となれば、証拠が必要だ。どんな信用も意味を成さないぐらい決定的な証拠が。
「はい、それじゃあ朝のホームルームは終わります。各自一時間目の準備をしておいてください。」
そう言って担任の先生は教室を出て行く。すると教室の中はまた騒がしくなっていった。
不知火が虐められている証拠は、虐められている現場を映像として残すのが一番確実だ。言い訳のしようがないからな。
しかし、相手もそれを分かっているから、人に見られないように徹底してやっている。
「だが、抜け穴がないわけじゃない。」
完全犯罪なんていうのは、この情報社会において困難を極める。
そして虐めなんていうのは、被害者が何もしないから成り立つものだ。もし虐められてる側、不知火が行動を起こしたら。それは成り立たなくなる。
「……よし。」
覚悟は出来た。いや、覚悟なんて元よりあった。ただ、遥か昔のトラウマが、俺に理由のない恐怖を与えていただけだ。
この世界から抜け出す為に、不知火を助けなければならない。元よりそれだけだ。
昼休みの時間になった。
俺は授業が終わるとすぐに立ち上がり、不知火の席へと向かう。
「不知火、ちょっといいか?」
「え?」
当然のことだが、俺は今までこういう風に不知火へ話しかけたことはない。不知火が戸惑うことも無理はないだろう。
だが、生憎と不知火へ配慮する余裕はない。
いかに早く、これを終わらせられるか。それが最重要なのだから。
「ちょっと話があるんだ。数分で終わるから、ちょっとついてきてくれないか?」
「え、あ、はい。わかり、ました。」
一瞬、いつも囲まれている女子の方を見て、その後に返事して立ち上がった。
俺も不知火も目立たない人間だし、二人そろって教室から出ていくのは誰も気に留めなかった。
人通りが少ない、つまり人に話を聞かれない場所で、アクセスが良い場所となれば俺は一つしか知らない。それは屋上の前の踊り場だ。
前、神楽坂と話していた場所でもある。ここは俺らぐらいしか滅多に来ない。
「さて、それじゃあ話をしようか。」
不知火は何も言わない。しかも若干下の方を見ていて目線も合わない。陰キャ、もとい暗い奴特有の立ち回り方だ。
俺も社会人生活と異世界生活を経験せねば、これと似たようなものだった。
こういうのは少なくない経験を積まねば外れるものじゃないからな。後に神楽坂によって矯正されるまでそうだったし。
「……まあ、まどろっこしい事は言わずにたん単刀直入に言うぜ。お前、虐められてるだろ?」
「っ!?」
不知火はその言葉に驚いたのか、下げていた顔を上げて、俺を見た。しかし直ぐに顔を下げる。
「そんなこと、ないです。」
そして、直ぐに否定した。
ここまでは想定内だ。認めてくれれば楽だが、こういう状況でパッと言えるような性格なら虐められるはずもない。
だから俺も迷いなく口を開く。
「ないならそれでいいから。俺の妄想をお前は聞けばいい。」
「……」
「俺は、とても個人的な事情でお前を助けなきゃいけない。それに、不知火が協力してくれれば効率が良い。ただそれだけの話だ。」
自分自身で変な事を言っている自覚はある。ただ、全ての事情を話した方が余計によく分からないだろう。
結果的にこういう話し方をする他ない。
「その映像証拠が欲しい。だから――」
「駄目、です。」
「あ?」
今までずっと黙っていた不知火がいきなり口を開く。
何も言わないなら兎も角、駄目と、しっかりと否定の言葉を言うなんて思わなかった。そこまで意志の強い人間とは捉えていなかったからだ。
「やめて、ください。私は何もされてません。大丈夫、です。」
そう言ってその場を不知火は去って行った。
俺は唖然としてしまって、不知火を追う事はできず、その場に立ち尽くしてしまった。
「真、何やらかしたんだ、お前。」
くつくつと、笑いながら神楽坂が下の階段から登ってきた。
死ぬほど見たような性格の悪い顔をしている。
「何だ、また悪行を積み重ねるつもりか?」
「……俺はまだ悪い事は何もしてない。」
「同級生が自殺する夢見る時点で、充分やべえ奴だし、悪行に近えよ。」
「黙れ犯罪者が。」
神楽坂は適当な階段に座る。足を組んで、上から目線に偉そうに、だ。
「何を話してたなんかは興味ねえが、何か面白そうだ。俺も一枚噛ませろ。」
「嫌だ。お前が絡むと碌な事がねえ。」
「ジュース一本奢るぜ?」
「その程度で釣られるとお前が思っていることが、一番腹立たしいよ。」
不知火の答えはあまりにも想像だにしないものであった。俺の考えていたプランが崩れ去ってしまう。
どうする。俺が証拠を自分で用意するのは困難だ。そんなコンパクトにできるなら、当時の俺でも簡単にやっていた。
それでも、無理矢理にでも証拠を掴まなくてはならない。
「……そうかよ。それじゃあ、いいぜ。」
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