幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

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第五章〜魔法使いは真実の中で〜

3.眠る街

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『決着!』

 実況の拡声器により結果が高らかに宣言される。

『準決勝の勝者はアルス・ウァクラートです!準決勝でさえも、その圧倒的な実力を見せつけました!』

 拍手や歓声の声はいつもの試合より逆に少ない。実力に差があり過ぎるのだ。
 もはや勝負ですらない。相手が一方的にやられていく様を見て、それを戦いと呼べる奴はいないだろう。

「……次が決勝か。」

 俺は会場から出ながらそう言う。
 エルディナとは山が違ったから、決勝で当たる事となる。正直な話、ここからが本番なのだ。
 未だエルディナの準決勝は終わってないが、結果は見えている。
 準備は完璧にしてきたが、それでも不安は拭えない。だが、乗り越えるしかないのだ。

「ちょっと、外の空気を吸いに行くか。」

 何の練習にしても、今やるにしては遅すぎる。
 練習のせいで実力を発揮できなかった、なんてのは許されない。直前に軽くウォーミングアップをするぐらいだ。
 だから精神を落ち着ける為にも、俺は闘技場の外へと向かった。

「アルスじゃない。どこへ行くの?」

 その途中で、お嬢様に呼び止められる。
 お嬢様も予選こそ勝ち抜いたが、途中でエルディナに負けていたはずだ。
 決勝戦が始まる前に、俺と同じように外の空気を吸いに来たか、それとも何か用事があったのかだろう。

「ちょっと決勝前に空気を吸いにですよ。」
「緊張してるのね。」
「……まあ、そうですね。」

 お嬢様と初めて会った日から既に四年以上経っている。相変わらず俺に対する態度は軟化しないが。
 お嬢様も数年で一気に大人びていった。
 四年前もまるで人形のような美しさはあったが、可愛いから、美人の方へと寄ってきている。

「……なら、ついでに頼み事があるのだけど、頼んでもいいかしら。」
「決勝までに終わる用事なら何でもやりますよ。」

 用事か。お嬢様が俺に何かを任せるなんて珍しい。
 大体は自分で解決してしまうし、いつもついてくるティルーナに任せる事が多いのだ。
 もしかしたらその用事の為に、出歩いているのかもしれない。

「ここから西の方に居住区があるのだけど、そこにある『有楽亭』っていう酒場を見てきてほしいの。」
「構いませんが……何故?」
「大した理由じゃないわ。別に中に入る必要もないの。そこにあるかないか、それだけでも見てきて。」

 元よりこの程度なら断るつもりはなかったが、どこか違和感が残る。
 酒場の存在だけを確認するって事は、決勝が終わったらそこで打ち上げするつもりなのか。
 それともその酒場に何か大切な意味があるのか。
 お嬢様の考えは高レベル過ぎて、ぶっちゃけ殆ど理解できない。アースなら対等に話せるんだろうが。

「感覚に近いのだけど、その方が良い気がしたのよ。」
「……ああ、運命神の加護の力ですか?」

 ティルーナがかつて言っていた。お嬢様は運命神の加護により、人生で3度のみの予言を可能とする、と。
 そして、これは後でお嬢様から聞いたんだが、どうやらたまにこうした方が良いと、直観的に思う事があるらしい。
 話の流れからして、大体は合致する。

「多分、そうよ。どちらにせよ酒場に行くだけだから、ちょっと行ってきてくれないかしら。」
「分かりました、有楽亭ですね。」

 なら、さっさと行ってくるか。
 店の名前さえ分かれば、大体店情報が商業ギルドで管理されてるから直ぐに分かるだろう。

「決勝までに見つからなかったら、それでいいわ。遅れないように戻ってきなさい。」
「言われなくてもそうします。」

 お嬢様が俺に任せるような案件だから、きっと大した用ではないはず。
 だったら、他に用事があるなら多少すっぽかしても許されるはずだろう。最悪、終わったあとに探せばいいし。

「俺はこの決勝の為に、四年間を捧げたんですよ。だからお嬢様が命令しても、俺は決勝に出ます。」
「当たり前よ。私の騎士が勝負を前に逃げ出すなんてありえないわ。」
「それは手厳しい。」

 お嬢様は貴族として、誇りを何よりも大切にしている。
 だからこそアースとは違い、優秀なのにも関わらず妬まれないし、むしろ人に慕われているのだ。
 正に理想の貴族像そのものと言えるだろう。

「じゃあ、行ってきます。」

 俺はそう言って、闘技場の外へ出て行った。





 商業ギルドに行って、なんとなく店の場所は分かったので、その方へ向かっていた。
 有楽亭とは街の中にある酒場で、周辺住民、特に男に根強い人気がある酒場だそうだ。だから適当に道行く人から話を聞けば、直ぐに見つかるだろうと思っていた。

「……何かあったのか?」

 しかし、何故かとある場所を過ぎた辺りで、人が見当たらなくなる。更に言えば道端に寝転がっている奴もいた。
 こんな真昼間だってのに活気が無さすぎる。
 家の中から魔力が感じるから人はいるらしいが、こうも人が出てこないものなのだろうか。

「戻ったらアルドール先生に相談するか。」

 取り合えずは有楽亭の存在だけ確認して、さっさと戻ろうと思った時にちょうどそれが目に入った。
 有楽亭という看板だ。木で作られた必要最低限の看板であり、武骨だが味があるという風な印象を受けた。
 高級さは感じられないが手入れが行き届いており、人気があるのも納得できる。

「一応、あるな。」

 酒場だからこんな昼間には開いてはいない。しかしそれとは別に、妙な違和感が湧き出る。
 一つ目は魔力が一切感じないこと。中から人らしい魔力を欠片も感じられない。この時間帯とはいえ、店に人がいないものなのだろうか。
 二つ目に変な臭いがすること。何かに形容できる臭いではない。ただただ気持ち悪く、吐き気が湧き出てくるような臭いが、近付く度に強くなっていく。

「……よし。」

 俺は少し悩んだ後、意を決して酒場のドアの、取っ手の部分に手をかけた。
 お嬢様の命令通りであれば、中を確認する必要はない。しかし、一体ここで何が起きたのか、その答えの全てがこの扉の先にある気がしたのだ。
 そうして、小さな好奇心は瞬く間に膨らみ、それは警戒心を上回るほどのものとなった。

「開けるぞ。」

 自分に言い聞かせながら、ゆっくり、ゆっくりと酒場のドアを開けた。
 ドアを開けると更に臭いが酷くなり、そして真上に上がる太陽が、無情にも店内を照らした。

「うっ、ぁ、が……」

 ドアの先には、血があった。死体があった。それを喰らう無数の虫があった。
 死んでからかなりの時間がたったのか、血はかなり乾いているが、ありえないほどの激臭と、視覚的な嫌悪感が俺を襲う。
 直ぐに目を逸らし、ドアを閉めて、なんとか嘔吐を抑える。

「アレは……なんだ……」

 人が、まるでボロ雑巾のように捻じ曲げられ、転がっていた。
 あんな殺し方、人ができるのか。できたとして、何故わざわざそんな殺し方をした。それに何で、この酒場の人間だけ死んでいる。
 一体ここで、何が起きている。

「あなたは、寝ないの?」

 俺は直ぐに声がした方向を向く。
 そこには少女がいた。白い髪と、白いゴスロリの服を身にまとう少女だった。手には黒い不出来な人形が握られており、眠たげにそこに立っていた。
 この異様な街の中で、あまりにその少女は奇麗すぎて、俺が警戒するのには十分だった。

「答えろ! お前がこれをやったのか!」
「……どうしたの?」
「いいから質問に答えやがれ! てめえは! どこの誰だ!」

 容赦は必要ない。躊躇は必要ない。幼くとも、女性であろうとも、それを許されるほどの異質さがこの少女にはあったのだ。
 俺は直ぐに魔法を使えるように魔力を練る。
 危険だと思ったら、即座に威嚇射撃をして逃げる。幸い直ぐそこには、世界最強の魔女がいる。

「……私は、名もなき組織の幹部。」
「ッ!」

 その言葉を聞いた瞬間に俺は炎の球を放つ。直径十センチほどの大きな炎の球だ。
 しかし、その炎は少女に近付くにつれ、その威力が減衰していき、少女の目の前で完全に消えてなくなる。
 消え方が明らかに不自然だ。防がれたわけでもなく、相殺されたわけでもない。

「『睡眠欲』の、スエ。」

 俺の四年の努力を嘲笑うようにして、その少女は現れた。
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