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幕間〜瞬きより短きその一瞬を〜
学園の先生
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夏休みの終わり際、俺は学園に戻ってきていた。
始業式もあるし、加えて言うのなら学園でないとできないこともあるのだ。
確かに師匠の下で魔法や闘気、体術を学ぶのは効率はいいのだが、やはり俺が魔法使いである以上は訓練だけでは強くはなれないのだ。
そもそも魔法使いとはこの世の法則を利用して戦っているのだから、研究者としての側面が強い。
だからこそ経験だけでなく、魔法への理解が成長の鍵を握っている。
それに、武術もそうだろうが、強い魔法使いがどうやって戦うのかも参考になる。
ハッキリ言って俺の戦い方には未だに無駄が多い。魔法を使うにしても、より状況に適した魔法を使えた方が強いに決まっている。
相手の攻撃を読んで、回避かカウンター、それとも合わせて攻撃を撃つのか。攻撃するにしてもどの魔法を使えばいいのか。
勿論のことだが、こんな事に明確な正解はない。しかし正解に近付くことはできる。
そんなわけで、偉大なる先人の知恵にあやかろうと学園の図書室に来たわけだ。
「魔法戦闘にも流派があるのか……そういう流派には俺は合わないだろうけどよ。」
俺は色んな意味で普通の魔法使いではないし、だからこそ既存の流派はあまり合わない。
それでも参考にはなるだろうけどな。
「おや、アルス君。勉強中かね?」
「アルドール先生。」
俺が椅子に座って本を読んでいると、クラスの担任のアルドール先生が現れる。
後ろからアルドール先生は俺が見ている本を見て、顔を顰めた。
「……魔法言語の本か。予習としては素晴らしいな。」
「すみません。」
「何故謝る?」
「いや、他の勉強もしろと言われる気がして。先に謝っておこうと。」
アルドール先生は少し微妙な顔で顎をさする。
俺は魔法の成績は良いが、それ以外の成績は学年でもトップクラスに酷い。文句を言われるのも仕方がない。
「無論、他の勉強をして欲しいという思いもある。だが私はそれに関しては許容している。」
「教育者としてそれは良いんですか?」
「教育者というのは私の一側面だよ。私は教育者である以前に、君と同じ魔法使いであるのだからな。」
そう言いながら、アルドール先生は俺の向かいの椅子に座った。
「それに同じ人間だ。特に君には、私は気をかけているつもりだよ。」
「それは、俺が学園長の曽孫だからですか?」
「それもあるがね。個人的な話にはなるが、君の父親、ラウロ・ウァクラートとは旧知の仲だった。共に研鑽を積んだ魔導の友でもあった。」
「親父の、ですか。」
俺の行く先には何故か、親父が絶対に関わってくる。
学園長は親父の祖母で、デメテルさんは親父に世話になっていて、アルドール先生も親父の友だったと言う。
世界は狭かったということなのか、それ程までに親父の交友関係が広かったのか。
「親友の息子となれば、私であっても気をかけるものだ。」
そして、であるならば、俺は聞かねばならない事がある。
俺の憧れであり、俺の始まりであり、俺の親父であるその人の事を。
「……すみません。親父って、どんな人だったんですか?」
俺は親父を知らない。あまりにも知らな過ぎる。だからこのままだったら、俺は親父を嫌いになってしまう。
理不尽であるのは分かっている。
それでも、何故俺たちを置いて死んでしまったのかと、そう思わずにはいられないのだ。
「そうだな。君はラウロに会った事がない。息子として親を知るのは当然の権利、か。」
だからこそ、俺は父親を知らなければならない。
そうじゃなきゃ、俺はよく知らないまま親父を非難する事になる。それは駄目だ。
「私とラウロはこの学園で魔導を学んだ。ラウロは昔からお調子者でな、人望も厚い男だった。魔導以外はからっきしだったのも、君にそっくりだったよ。」
そう言ってアルドール先生はくつくつと笑う。
「私と、もう1人を加えた3人でグループを組んでいてな。共に競い合うように魔法を勉強して、その3人がそのまま賢神になった。」
三人、という事はつまり、アルドール先生も賢神という事か。
だけど何で賢神が学園の教師なんてやるものなのか。研究に没頭しているイメージがあったんだが。
「意外かな? 私が賢神の一人であるという事が。」
「いや、そういうわけではありませんけど……」
「私は魔法使いが本職ではないからな。合間に魔法の練習をしていたら、賢神まで辿り着いてしまった。」
賢神とは、片手間で辿り着けるような場所ではない。
それが可能であるのならば、百年に一度の天才か、気が狂うほどの修練の果てか。俺は先生が後者に思えてならなかった。
「……ラウロは私達の中でもズバ抜けていてな。誰よりも早く賢神になって、冠位を得て、第三席まで辿り着いた。」
賢神でも有り得ないと言われるのに冠位、更に言うなら第三席まで辿り着くだけでも凄いことだろう。
だが親父は、それより先を行った。俺が産まれる更に前、二十代かそこらでそこまで至ったのだ。
もし今も生きているのならば、第一席まで辿り着けた可能性だってあったかもしれない。
「義を重んじ、敬意を忘れない。魔法使いらしくはなかったが、賢神の中でも自然と人を寄せ付けていた。そしてそれを支えていたのが、君の母親だよ。」
俺は自分の顔が凄く嫌そうな顔になっているのが分かった。
というか、全く隠し切れなかった。未だにあの出来事は俺にとっては避けたい話題だったから。
「……ああ、すまない。配慮が足りなかった。謝ろう。」
「いえ、そういう意図がないのは分かっています。大丈夫です。」
「それなら、話を続けよう。」
そもそも俺は死んだ親友の話を先生にさせてるんだ。自分だけ傷つかないでいようなんて虫が良過ぎる。
「フィリナはここではなく、リクラブリア王国の出身でね。結婚する前にも一悶着あったのだが……話すと長くなるから飛ばそう。」
リクラブリア王国か。知らない国だ。少なくとも大国ではないだろう。
「フィリナの為にもラウロは魔法を修練し、フィリナはそれを全力で支える。元々あいつは凄かったが、愛する者ができてからは更に強くなった。魔法が大好きな男だったが、それ以上に妻を大切にしていた男だったよ。」
「……そう、ですか。」
そう言われても、どこか釈然としない俺がいる。
なら何故、母さんを残して死んだのだ。死にたくて死んだわけじゃないだろうけど、間違いなく親父は何かを探してシルード大陸に来た。
それさえ追わなければ、親父は死ななかったのではないかと思うのだ。
「君が、ラウロに対して複雑な感情を抱いているのは分かる。私にとっては無条件で信頼できる親友ではあるが、会った事のない君にとっては例え父親であっても他人なのだろう。」
「いや、そんな事は……」
「隠さなくてもいい。それは仕方のない事だ。ラウロは何も言わずに行って、何も言わずに死んだ。そして妻も死なせた。間違いなく大馬鹿者だよ。」
その言葉は少し俺には意外で、アルドール先生の顔を見た。
その顔は、どこか行き場のない悔しさを抱えるような顔だった。
「ラウロが誇れる父親であるかは断言できない。だが、間違いなく恥じるような父親ではなかった。それだけは、私を、ラウロを信じて欲しい。」
親父は人に愛されていたのだろう。
人にここまで言わせれる人間なんて、俺は一度も会ったことがない。それ程までに親父が愛されていた証拠だ。
「アルドール先生。」
「なんだ?」
「俺は、親父を超えます。」
俺と親父は、結局は他人だ。完全に理解し合うなんてできようはずもない。
だが、歩み寄る事はできる。近付く事はできる。親父がどんな人間だったのか、それに結論を出すのはまだ早い。
「親父が辿り着いた冠位魔導神秘科まで行って、親父を超える魔法使いになって、そこでやっと、親父の事が分かる気がするんです。」
それに何より、親父が何のために命を懸けて戦ったのかがよく分からない。
俺は知らない事が多過ぎる。名も無き組織、七大騎士、俺の中にいるナニカ、そして親父の死。その全てを、俺は知らなくてはならない。
「……そうか。」
アルドール先生は頷き、そして立ち上がる。
「アルス君。君の父親、ラウロは歴代最年少で冠位へと至った。それが20歳で、その記録は未だに破られていない。」
アルドール先生の言いたい事がなんとなく分かる。
そしてそれは俺にとっても本懐であり、自分の心音が聞こえるほど、俺の血液は、魔力は今にも暴れ出さんとしていた。
「塗り替えてみせろ。君が、君自身の手で。」
その返事は、ずっと前から決まっていた。
「やってみせます。」
冠位まで、誰より早く辿り着いてみせる。誰よりも王道で、俺らしく。
始業式もあるし、加えて言うのなら学園でないとできないこともあるのだ。
確かに師匠の下で魔法や闘気、体術を学ぶのは効率はいいのだが、やはり俺が魔法使いである以上は訓練だけでは強くはなれないのだ。
そもそも魔法使いとはこの世の法則を利用して戦っているのだから、研究者としての側面が強い。
だからこそ経験だけでなく、魔法への理解が成長の鍵を握っている。
それに、武術もそうだろうが、強い魔法使いがどうやって戦うのかも参考になる。
ハッキリ言って俺の戦い方には未だに無駄が多い。魔法を使うにしても、より状況に適した魔法を使えた方が強いに決まっている。
相手の攻撃を読んで、回避かカウンター、それとも合わせて攻撃を撃つのか。攻撃するにしてもどの魔法を使えばいいのか。
勿論のことだが、こんな事に明確な正解はない。しかし正解に近付くことはできる。
そんなわけで、偉大なる先人の知恵にあやかろうと学園の図書室に来たわけだ。
「魔法戦闘にも流派があるのか……そういう流派には俺は合わないだろうけどよ。」
俺は色んな意味で普通の魔法使いではないし、だからこそ既存の流派はあまり合わない。
それでも参考にはなるだろうけどな。
「おや、アルス君。勉強中かね?」
「アルドール先生。」
俺が椅子に座って本を読んでいると、クラスの担任のアルドール先生が現れる。
後ろからアルドール先生は俺が見ている本を見て、顔を顰めた。
「……魔法言語の本か。予習としては素晴らしいな。」
「すみません。」
「何故謝る?」
「いや、他の勉強もしろと言われる気がして。先に謝っておこうと。」
アルドール先生は少し微妙な顔で顎をさする。
俺は魔法の成績は良いが、それ以外の成績は学年でもトップクラスに酷い。文句を言われるのも仕方がない。
「無論、他の勉強をして欲しいという思いもある。だが私はそれに関しては許容している。」
「教育者としてそれは良いんですか?」
「教育者というのは私の一側面だよ。私は教育者である以前に、君と同じ魔法使いであるのだからな。」
そう言いながら、アルドール先生は俺の向かいの椅子に座った。
「それに同じ人間だ。特に君には、私は気をかけているつもりだよ。」
「それは、俺が学園長の曽孫だからですか?」
「それもあるがね。個人的な話にはなるが、君の父親、ラウロ・ウァクラートとは旧知の仲だった。共に研鑽を積んだ魔導の友でもあった。」
「親父の、ですか。」
俺の行く先には何故か、親父が絶対に関わってくる。
学園長は親父の祖母で、デメテルさんは親父に世話になっていて、アルドール先生も親父の友だったと言う。
世界は狭かったということなのか、それ程までに親父の交友関係が広かったのか。
「親友の息子となれば、私であっても気をかけるものだ。」
そして、であるならば、俺は聞かねばならない事がある。
俺の憧れであり、俺の始まりであり、俺の親父であるその人の事を。
「……すみません。親父って、どんな人だったんですか?」
俺は親父を知らない。あまりにも知らな過ぎる。だからこのままだったら、俺は親父を嫌いになってしまう。
理不尽であるのは分かっている。
それでも、何故俺たちを置いて死んでしまったのかと、そう思わずにはいられないのだ。
「そうだな。君はラウロに会った事がない。息子として親を知るのは当然の権利、か。」
だからこそ、俺は父親を知らなければならない。
そうじゃなきゃ、俺はよく知らないまま親父を非難する事になる。それは駄目だ。
「私とラウロはこの学園で魔導を学んだ。ラウロは昔からお調子者でな、人望も厚い男だった。魔導以外はからっきしだったのも、君にそっくりだったよ。」
そう言ってアルドール先生はくつくつと笑う。
「私と、もう1人を加えた3人でグループを組んでいてな。共に競い合うように魔法を勉強して、その3人がそのまま賢神になった。」
三人、という事はつまり、アルドール先生も賢神という事か。
だけど何で賢神が学園の教師なんてやるものなのか。研究に没頭しているイメージがあったんだが。
「意外かな? 私が賢神の一人であるという事が。」
「いや、そういうわけではありませんけど……」
「私は魔法使いが本職ではないからな。合間に魔法の練習をしていたら、賢神まで辿り着いてしまった。」
賢神とは、片手間で辿り着けるような場所ではない。
それが可能であるのならば、百年に一度の天才か、気が狂うほどの修練の果てか。俺は先生が後者に思えてならなかった。
「……ラウロは私達の中でもズバ抜けていてな。誰よりも早く賢神になって、冠位を得て、第三席まで辿り着いた。」
賢神でも有り得ないと言われるのに冠位、更に言うなら第三席まで辿り着くだけでも凄いことだろう。
だが親父は、それより先を行った。俺が産まれる更に前、二十代かそこらでそこまで至ったのだ。
もし今も生きているのならば、第一席まで辿り着けた可能性だってあったかもしれない。
「義を重んじ、敬意を忘れない。魔法使いらしくはなかったが、賢神の中でも自然と人を寄せ付けていた。そしてそれを支えていたのが、君の母親だよ。」
俺は自分の顔が凄く嫌そうな顔になっているのが分かった。
というか、全く隠し切れなかった。未だにあの出来事は俺にとっては避けたい話題だったから。
「……ああ、すまない。配慮が足りなかった。謝ろう。」
「いえ、そういう意図がないのは分かっています。大丈夫です。」
「それなら、話を続けよう。」
そもそも俺は死んだ親友の話を先生にさせてるんだ。自分だけ傷つかないでいようなんて虫が良過ぎる。
「フィリナはここではなく、リクラブリア王国の出身でね。結婚する前にも一悶着あったのだが……話すと長くなるから飛ばそう。」
リクラブリア王国か。知らない国だ。少なくとも大国ではないだろう。
「フィリナの為にもラウロは魔法を修練し、フィリナはそれを全力で支える。元々あいつは凄かったが、愛する者ができてからは更に強くなった。魔法が大好きな男だったが、それ以上に妻を大切にしていた男だったよ。」
「……そう、ですか。」
そう言われても、どこか釈然としない俺がいる。
なら何故、母さんを残して死んだのだ。死にたくて死んだわけじゃないだろうけど、間違いなく親父は何かを探してシルード大陸に来た。
それさえ追わなければ、親父は死ななかったのではないかと思うのだ。
「君が、ラウロに対して複雑な感情を抱いているのは分かる。私にとっては無条件で信頼できる親友ではあるが、会った事のない君にとっては例え父親であっても他人なのだろう。」
「いや、そんな事は……」
「隠さなくてもいい。それは仕方のない事だ。ラウロは何も言わずに行って、何も言わずに死んだ。そして妻も死なせた。間違いなく大馬鹿者だよ。」
その言葉は少し俺には意外で、アルドール先生の顔を見た。
その顔は、どこか行き場のない悔しさを抱えるような顔だった。
「ラウロが誇れる父親であるかは断言できない。だが、間違いなく恥じるような父親ではなかった。それだけは、私を、ラウロを信じて欲しい。」
親父は人に愛されていたのだろう。
人にここまで言わせれる人間なんて、俺は一度も会ったことがない。それ程までに親父が愛されていた証拠だ。
「アルドール先生。」
「なんだ?」
「俺は、親父を超えます。」
俺と親父は、結局は他人だ。完全に理解し合うなんてできようはずもない。
だが、歩み寄る事はできる。近付く事はできる。親父がどんな人間だったのか、それに結論を出すのはまだ早い。
「親父が辿り着いた冠位魔導神秘科まで行って、親父を超える魔法使いになって、そこでやっと、親父の事が分かる気がするんです。」
それに何より、親父が何のために命を懸けて戦ったのかがよく分からない。
俺は知らない事が多過ぎる。名も無き組織、七大騎士、俺の中にいるナニカ、そして親父の死。その全てを、俺は知らなくてはならない。
「……そうか。」
アルドール先生は頷き、そして立ち上がる。
「アルス君。君の父親、ラウロは歴代最年少で冠位へと至った。それが20歳で、その記録は未だに破られていない。」
アルドール先生の言いたい事がなんとなく分かる。
そしてそれは俺にとっても本懐であり、自分の心音が聞こえるほど、俺の血液は、魔力は今にも暴れ出さんとしていた。
「塗り替えてみせろ。君が、君自身の手で。」
その返事は、ずっと前から決まっていた。
「やってみせます。」
冠位まで、誰より早く辿り着いてみせる。誰よりも王道で、俺らしく。
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