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第四章〜狂いし令嬢と動き始める歯車〜

26.始動

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「……久しぶりじゃの、ケラケルウス。」
「おう。久しぶりだな、婆さん。」

 第二学園が学園長室。そこにケラケルウスとオーディンはいた。

「それにしても、まだそんなに幼いままなのか。不老の力ってのは凄いねえ。」
「呪いに近いものじゃ。偶発的に得たものじゃし、なんならわしはもう死にたい。」
「それに関しては悪いな。俺達の為に成長を止めさせたままなんだからよ。」

 ケラケルウスはソファに座り、無遠慮にもたれかかる。

「で、どう思う?」
「あの組織の事じゃな。世界中で存在は見つかっておるものの、全く足跡が追えん。情報が少ないから確実な事は言えんが、それでも良いか?」
「それは元より、って奴だ。気にしねえさ。」

 オーディンは手元にある紙を一枚、ケラケルウスの方へ投げた。ケラケルウスはそれを片手で掴み取る。

「何だこれ?」
「組織についてまとめたものじゃ。組織の中枢になれば情報は少ないが、ないよりマシな情報じゃろう。」
「ふーん……なるほどな。」
「お主が戦ったカリティはその中でも幹部、七つの欲望と呼ばれる者の一人じゃ。」

 カリティは生存欲と自分を呼んでいた。
 それならば他の幹部も自分を欲望の一つとして名乗っていると考えるのが自然であろう。

「そのどれもが凶悪で強大、それが七人いるとなれば根絶も難しい。理想としては七大騎士セブンスナイツを全員蘇らせて、全員で戦ってもらう事じゃ。」
「じゃあ、その組織が『厄災』って事でいいのか?」
「恐らくはそう見て間違いあるまい。かつて存在した黒竜会やアグレイシア教と並ぶ程に強大じゃ。」

 黒竜会とアグレイシア教。どちらも世界を滅ぼしかけた程の強大な組織であった。
 十大英雄の一人である『騎士王』ディザスト・フォン・テンペストが黒竜会を潰し、『覇王』エース・フォン・グレゼリオンがアグレイシア教を滅ぼしている。
 だが、一歩間違えば世界を滅ぼす程の危機であったのだ。

「黒竜会もアグレイシア教も、どっちも見た事がある婆さんが言うなら間違いはねえんだろうな。それなら、七大騎士セブンスナイツを集めないといけないわけだ。」
「場所は分かるのか?」
「他の誰がどこで眠っているかは、たった一人しか知らねえんだよ。そいつ一人で起こして回る予定だったからな。」

 ケラケルウスは苛立たしげに頭を掻く。
 この状況自体が予想外だったのだ。動くはずの一人が動いていない、となると何かが起こったという事だ。
 下手をしたら殺されるいる可能性もあり得る。

「だが、逆に言えばそいつを見つければ勝ちだ。いる場所は大体予想はつく。そこ全部行くのに何年かかるかは分からねえが、見つけてみせる。」
「頼もしい事じゃな。たった七人で国家戦力に並ぶと呼ばれたその実力、頼りにしておるぞ。」
「『駆動要塞』に言われたくねえよ。」
「懐かしい二つ名じゃのう。冒険者時代によく聞いたわ。」

 ケラケルウスは手に持つ紙を適当に折り曲げて、懐に仕舞う。

「それに、新しい世代もいるだろ。婆さんの曽孫は大したもんだぜ。あの若さでは信じられない強さだ。」
「……そうか。」
「どうした?あんまり嬉しくなさそうじゃねえか。」

 オーディンは顔を翳らせ、こめかみを掴む。

「わしは、できれば子供には戦って欲しくないんじゃよ。グリズもラウロも、戦いの中で死んだ。できればアルスだけには、幸せな人生を送って欲しいのじゃ。」
「それこそ無理な話だ。婆さんの曽孫ってだけで、戦いの運命からは逃れられねえよ。それに婆さんが守ってやればいいだろうが。」
「……知っとるじゃろ。そうやって戦いを知らずに育って、それで死んだのがグリズじゃ。更に言うならラウロには自身から拒絶されたからのう。」

 遠い昔を懐かしむかのように、オーディンは上の空になって天井を眺める。

「いずれ、絶対に賢神まで登ってくるぜ、あのガキは。」
「知っておる。わしの曽孫じゃからな。」
「その時には絶対に戦う事になる。必要な勇気ってのは、戦わせない勇気じゃなくて戦わせる勇気だぜ。」

 オーディンは大きくため息を吐き、そして机に突っ伏す。

「……それでも戦わせたくないのが、親心というものじゃよ。」










 暗い闇の中、とある一室にて七人の人が集まる。円卓を囲むように六人が座っており、一人の男がだけが立っている。
 その中には王子を襲った青髪の男と、ティルーナを連れ去ろうとしたカリティの姿もあった。

「カリティ君、それで君はケラケルウスを逃したのかい?」
「……ああ、まあ確かにそうだね。だけど別に俺は悪くないよ。悪いのは俺じゃなくてちゃんと適切に指示を出せなかった君だよ。俺は全力で仕事をこなそうとした。確かに、俺が本気を出せばあいつも倒せただろうけども、俺は簡単な依頼だと思って受けたんだ。ちゃんと説明をしなかった君が全て悪い。」
「ああ、ああ、そうだとも。私が悪かったとも。少し計算違いをした。」

 カリティは猛スピードで反論をするが、男は何事もなかったかのように受け流す。

「一つ目の封殺が簡単過ぎて気が抜けてしまっていた。残りの五人は完璧にこなそう。」

 そう言って男は一人ずつ円卓に座る六人の目を見ていく。
 そして一通り見終えた後に、口を開いた。

「だが諸君、より一層気を引き締める事を忘れないでくれ。我らが理想郷は未だ遥か遠い。危険の芽は全て摘み取らねばなるまい。」

 男は言葉を続ける。

「我ら名前の無い組織、名も無き組織がたった七人の幹部だ。無論、ここにいる皆が一人で億人に相当するとは心得ている。しかし我らが戦うのは世界だ。」

 名も無き組織、総帥の元に付き従う七人の幹部。
 表社会なら兎も角、裏社会において幹部と賢い者が繋がるわけではない。全員が単騎で都市を落とせるほどの実力者である。
 だからこそ名前が無いのにも関わらず、この組織は裏社会を牛耳っているのだ。

「魔導協会が最高位である賢神や、冒険者ギルドが抱える冒険者達、国に付き従う騎士ども。いずれ全てをねじ伏せるものの、今はまだ遠い。」

 男が円卓をつついた瞬間、どこからともなくワイングラスが出現する。人数分の丁度七つで、それぞれの目の前に出現した。
 ワイングラスの中は鮮血のように赤く、芳醇な香りが漂う。

「さて、それではそろそろ定例会議を始めよう。」

 そう言い切って、やっとその男は座る。
 それに代わるようにカリティがワイングラスを持ち上げ、天に掲げる。

「七つの欲望が一人、『生存欲』がここに。」

 軽薄で、全てを小馬鹿にしているかのような声が響いた。

「七つの欲望が『承認欲』。ここにいるぜ。」

 無骨で、どこまでも恐ろしく歪んだ声が響いた。

「これも久しぶりだね。『怠惰欲』も確かにここに。」

 無邪気で、子供のようだがどす黒い声が響いた。

「……『睡眠欲』、いるよ?」

 眠たげで、全てに興味がないような声が響いた。

「私も、『性欲』もいるわぁ。」

 妖艶で、全てを誑かす甘い声が響いた。

「『食欲』もいるよ。ほら、早くしてくれよ。お腹が空いてきた。」

 必死で、気が狂っているような声が響いた。

「七つの欲望が『感楽欲』にして我らが総帥の副官、確かにここにいる。」

 狂気的で、そこにある全てを不安にさせる声が響いた。

「さあ、これより定例会議を始める。我らが未来、そして総帥に乾杯を!」

 どこまでも醜悪で、邪悪で、狂い果てた狂人の声だけが響き続ける。
 七人はグラスを飲み干した。
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