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第四章〜狂いし令嬢と動き始める歯車〜
21.ヒーロー
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俺の目の前には竜がいる。ワイバーンのようなものとは違い、正に魔物の竜。
ダンジョンの通路が狭く感じるほどの巨躯に、真っ赤な爬虫類のような体。そしてその体を支えるように太い4足と尾が伸びており、体は鱗で覆われている。
巨大な翼はその巨体を浮かすに足る大きさであり、その口は俺などいとも容易く丸呑みできるであろう。
いつもなら気圧されて、怯えて、逃げ出すような圧倒的強者。しかし今は、今だけは、俺はこいつに挑む事を躊躇わなかった。
「カリティィッ!!」
俺はこいつなんかで止まるわけにはいかないのだ。
こいつなんてただの中継点に過ぎない。俺はこの先のカリティを打倒せねばならない。ティルーナを助けなくちゃならない。
鎖で未だ俺の体は繋がれたまま。しかし、そんな事で止まるほど俺は利口じゃあねえ!
「ァアアアアアアア!!!!!」
この鎖が魔力を封じると言うのなら! 封じ切れないほどの魔力を使ってやればいい!
「どけよ、トカゲがァ!」
俺を拘束する鎖は俺の魔力でカタカタと揺れ始め、そして目の前の竜でさえも俺を警戒し始める。
俺のこの馬鹿みたいにある魔力は、まともに使えばこんな竜なんて瞬殺できる。それぐらいには膨大だ。
俺はそれを扱い切れないが故に勝てないが、それを理解できるほどの知力は魔物にはありはしない。
故にドラゴンは選択する。この場における最強火力で、何かをされる前に俺を倒そうと。
ドラゴンの口の中に魔力が収縮され、高密度の魔力エネルギーとして溜まっていく。そしてそれは火の属性を与えられ、全てを燃やし尽くす焔へと変化する。
ドラゴンが誇る必殺技。当たれば必ず殺す、故に必殺。
『――接続、――擬―獲得、使用可――――――6%、対象を――三十メートル以内の敵―――――と決定。』
頭の中に声が響いた。ノイズが混じった何を言っているか分からない声。
その声が現れたと同時に、俺の右腕の指先から全てが何か別の異物に覆われていくような感覚に襲われる。
しかしそんな事は分からないドラゴンはそのまま、その口にある破壊の息吹を放つ。
『強制分解を選択、実行します。』
ドラゴンが放つ最強の一撃、息吹が、厄災とも思えるほどの強力な業火が放たれた。ダンジョンの通路を覆い尽くすほどの炎であり、逃げ場は欠片も存在しない。
しかし、俺の中でも何かが完成した。完成してしまった。俺の右腕はあの時と同じように白く、いやあの時より遥かに俺の体を白く覆い尽くし、純白の輝きを発する。
視界は、赤と白に染まった。
カリティは鎖に縛られたままのティルーナを無理矢理担いで連れていた。
その顔はまるで人生の一度たりとて悪行を行った事がないかのように清らかで、そしてドス黒く気持ちの悪い笑みだった。
「暇だったから依頼を受けてやったけど、やっぱりたまには受けるべきだね。過酷な任務であればあるほど美しい人間が多い。それに今回みたいに、美しい人間が生まれる瞬間は本当に快感だ。自慰の数億倍気持ちがいいね。吐き気がするようなダンジョンに来て、ダッサイ石像を壊すだけのつまらない任務がこんなに化けるなんて思わなかった。」
鎖は猿ぐつわのようにティルーナの口にあり、ティルーナは喋ることができていない。
それでもティルーナは鎖から逃れようともがき、鉄の味を感じながらも叫び続ける。
「……アレ、かな?」
カリティはとある場所で止まる。
カリティの目の前には一つの錆びれた石像があった。ダンジョンの中のとある一部屋であり、その石像は髭を生やした男の石像であった。服はボロボロであり、その体は地面に縫い付けられるように鎖に縛られている。心臓の部分に十字架が刺さっており、そこを起点に鎖は繋がっているようだった。
石像に金属は使われている様子はなく、形がおかしく、こんなダンジョンの奥にある事を除けば普通の石像と言わざるをえない。
「そういや何でこんなもの壊せって言ってたんだっけ……忘れたな。俺は物覚えが悪いのが欠点だ。あのデブは気持ちが悪いから話を聞こうとも思えないし、それは俺は悪くないとしても人の話はもう少し聞くべきだな。俺が知りたい事を知れないのは困る。この世のありとあらゆるものの頂点に立つ俺にとって、知識とは与えられて当然のものだからな。」
長話をしながらもカリティは石像の頭の部分に触れる。
そのタイミングで、ティルーナは大きく暴れ出し、カリティの手から逃れた。
「おっと、まだこんなに動けるのか。少し油断していたね。ああ、いや、この少女は毛高く、誇りある少女だ。驕っちゃあいけないか。美しいものには、美しく、全力で相手をしてあげなくちゃ。」
カリティは指を弾く。するとティルーナを縛る鎖は動き始め、地面に次々と刺さっていく。
地面に固定されれば、それを壊せないティルーナには逃げようがない。それを分かっての事だった。
「後でちゃんと構ってあげるから、ちょっと待っててね。取り敢えずはこの石像を壊して、俺の屋敷に帰らなくちゃ。」
ティルーナは一切の身動きを取れず、声も出せない。
今直ぐに目の前の男を殴り倒したくともそれは叶わず、男の全てを否定し叫びたくともできず、文字通り、何もできない。
だが、それでも、目から雫は落ちた。
「こんな見窄らしいとこにずっといちゃ、気が滅入るってもんだ。話も何もかも家に帰ってから……何だこれは?」
地面に染み込んだ大粒の涙は、ティルーナの生の証であった。
自分に対する怒りか、男に対する嫌悪か、彼女の目からはずっと涙が流れていた。
「オイ、どうして石像にヒビが入っている!」
石像は身体中に大きなヒビを入れ、そのヒビは瞬く間に拡大していく。
カリティが止めようとしても、それはもう遅かった。
「破壊しろ!」
空間が歪み、そこから生まれ出る数多もの鎖が、石像へと迫る。
しかしその石像に近付いたものから順に、錆びれて崩れていった。
「――少女の泣く音が、聞こえた。」
石像、否、その男は歩きながら喋り始める。
カリティの鎖はその男を殺す事はおろか、近付く事さえできはしない。近付く全てが崩壊し、崩れ去っていくのみだからだ。
「今が、友と約束した時かは分からない。もしかしたら、俺はとんでもない失敗をしたのかもしれない。」
背丈は高く、筋骨隆々ではあるがその体に無駄な筋肉は見られない。服はボロ臭いズボンのみが残り、上半身が露出している事からそれが分かった。
赤い髪と青い目をした、髭を生やした男。年はいわゆるおっさんと言われる域には入っているのだろうが、それはこの男の強さを翳らせる要因にはなり得ない。
「しかし! 古来より少女の涙を拭うは騎士の役目であれば! 俺がここで立たねばならん!」
一歩ずつ、力強き足が地面を踏み、カリティへと迫る。
カリティは慌てて大きく後ろへと下がっていった。
「それが友との命を賭けた約束であったとしても! ここで見逃すものがどうして、友の眼前に立つ事ができようか!」
空気が揺れる。その声で、その一歩で、その男の騎士としての誇りで空気が揺れている。
男がティルーナに近付くにつれ、ティルーナを縛る鎖は崩れてゆき、男が少女の前で膝をついた瞬間、鎖は完全に塵となって風と共に消える。
「すまねえな、嬢ちゃん。」
そう言って男は、その太い人差し指で、少々乱暴に少女の涙を拭う。
そして少女とカリティの間に割って立つ。
「ヒーローが、遅くなっちまって。」
少女の窮地に、あまねく逆境を全て跳ね返し、男は立つ。
彼は正しく騎士であり、英雄であった。
「七大騎士が一人、第一騎士団団長ケラケルウス。我が名を冥土の土産としろ!」
ダンジョンの通路が狭く感じるほどの巨躯に、真っ赤な爬虫類のような体。そしてその体を支えるように太い4足と尾が伸びており、体は鱗で覆われている。
巨大な翼はその巨体を浮かすに足る大きさであり、その口は俺などいとも容易く丸呑みできるであろう。
いつもなら気圧されて、怯えて、逃げ出すような圧倒的強者。しかし今は、今だけは、俺はこいつに挑む事を躊躇わなかった。
「カリティィッ!!」
俺はこいつなんかで止まるわけにはいかないのだ。
こいつなんてただの中継点に過ぎない。俺はこの先のカリティを打倒せねばならない。ティルーナを助けなくちゃならない。
鎖で未だ俺の体は繋がれたまま。しかし、そんな事で止まるほど俺は利口じゃあねえ!
「ァアアアアアアア!!!!!」
この鎖が魔力を封じると言うのなら! 封じ切れないほどの魔力を使ってやればいい!
「どけよ、トカゲがァ!」
俺を拘束する鎖は俺の魔力でカタカタと揺れ始め、そして目の前の竜でさえも俺を警戒し始める。
俺のこの馬鹿みたいにある魔力は、まともに使えばこんな竜なんて瞬殺できる。それぐらいには膨大だ。
俺はそれを扱い切れないが故に勝てないが、それを理解できるほどの知力は魔物にはありはしない。
故にドラゴンは選択する。この場における最強火力で、何かをされる前に俺を倒そうと。
ドラゴンの口の中に魔力が収縮され、高密度の魔力エネルギーとして溜まっていく。そしてそれは火の属性を与えられ、全てを燃やし尽くす焔へと変化する。
ドラゴンが誇る必殺技。当たれば必ず殺す、故に必殺。
『――接続、――擬―獲得、使用可――――――6%、対象を――三十メートル以内の敵―――――と決定。』
頭の中に声が響いた。ノイズが混じった何を言っているか分からない声。
その声が現れたと同時に、俺の右腕の指先から全てが何か別の異物に覆われていくような感覚に襲われる。
しかしそんな事は分からないドラゴンはそのまま、その口にある破壊の息吹を放つ。
『強制分解を選択、実行します。』
ドラゴンが放つ最強の一撃、息吹が、厄災とも思えるほどの強力な業火が放たれた。ダンジョンの通路を覆い尽くすほどの炎であり、逃げ場は欠片も存在しない。
しかし、俺の中でも何かが完成した。完成してしまった。俺の右腕はあの時と同じように白く、いやあの時より遥かに俺の体を白く覆い尽くし、純白の輝きを発する。
視界は、赤と白に染まった。
カリティは鎖に縛られたままのティルーナを無理矢理担いで連れていた。
その顔はまるで人生の一度たりとて悪行を行った事がないかのように清らかで、そしてドス黒く気持ちの悪い笑みだった。
「暇だったから依頼を受けてやったけど、やっぱりたまには受けるべきだね。過酷な任務であればあるほど美しい人間が多い。それに今回みたいに、美しい人間が生まれる瞬間は本当に快感だ。自慰の数億倍気持ちがいいね。吐き気がするようなダンジョンに来て、ダッサイ石像を壊すだけのつまらない任務がこんなに化けるなんて思わなかった。」
鎖は猿ぐつわのようにティルーナの口にあり、ティルーナは喋ることができていない。
それでもティルーナは鎖から逃れようともがき、鉄の味を感じながらも叫び続ける。
「……アレ、かな?」
カリティはとある場所で止まる。
カリティの目の前には一つの錆びれた石像があった。ダンジョンの中のとある一部屋であり、その石像は髭を生やした男の石像であった。服はボロボロであり、その体は地面に縫い付けられるように鎖に縛られている。心臓の部分に十字架が刺さっており、そこを起点に鎖は繋がっているようだった。
石像に金属は使われている様子はなく、形がおかしく、こんなダンジョンの奥にある事を除けば普通の石像と言わざるをえない。
「そういや何でこんなもの壊せって言ってたんだっけ……忘れたな。俺は物覚えが悪いのが欠点だ。あのデブは気持ちが悪いから話を聞こうとも思えないし、それは俺は悪くないとしても人の話はもう少し聞くべきだな。俺が知りたい事を知れないのは困る。この世のありとあらゆるものの頂点に立つ俺にとって、知識とは与えられて当然のものだからな。」
長話をしながらもカリティは石像の頭の部分に触れる。
そのタイミングで、ティルーナは大きく暴れ出し、カリティの手から逃れた。
「おっと、まだこんなに動けるのか。少し油断していたね。ああ、いや、この少女は毛高く、誇りある少女だ。驕っちゃあいけないか。美しいものには、美しく、全力で相手をしてあげなくちゃ。」
カリティは指を弾く。するとティルーナを縛る鎖は動き始め、地面に次々と刺さっていく。
地面に固定されれば、それを壊せないティルーナには逃げようがない。それを分かっての事だった。
「後でちゃんと構ってあげるから、ちょっと待っててね。取り敢えずはこの石像を壊して、俺の屋敷に帰らなくちゃ。」
ティルーナは一切の身動きを取れず、声も出せない。
今直ぐに目の前の男を殴り倒したくともそれは叶わず、男の全てを否定し叫びたくともできず、文字通り、何もできない。
だが、それでも、目から雫は落ちた。
「こんな見窄らしいとこにずっといちゃ、気が滅入るってもんだ。話も何もかも家に帰ってから……何だこれは?」
地面に染み込んだ大粒の涙は、ティルーナの生の証であった。
自分に対する怒りか、男に対する嫌悪か、彼女の目からはずっと涙が流れていた。
「オイ、どうして石像にヒビが入っている!」
石像は身体中に大きなヒビを入れ、そのヒビは瞬く間に拡大していく。
カリティが止めようとしても、それはもう遅かった。
「破壊しろ!」
空間が歪み、そこから生まれ出る数多もの鎖が、石像へと迫る。
しかしその石像に近付いたものから順に、錆びれて崩れていった。
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石像、否、その男は歩きながら喋り始める。
カリティの鎖はその男を殺す事はおろか、近付く事さえできはしない。近付く全てが崩壊し、崩れ去っていくのみだからだ。
「今が、友と約束した時かは分からない。もしかしたら、俺はとんでもない失敗をしたのかもしれない。」
背丈は高く、筋骨隆々ではあるがその体に無駄な筋肉は見られない。服はボロ臭いズボンのみが残り、上半身が露出している事からそれが分かった。
赤い髪と青い目をした、髭を生やした男。年はいわゆるおっさんと言われる域には入っているのだろうが、それはこの男の強さを翳らせる要因にはなり得ない。
「しかし! 古来より少女の涙を拭うは騎士の役目であれば! 俺がここで立たねばならん!」
一歩ずつ、力強き足が地面を踏み、カリティへと迫る。
カリティは慌てて大きく後ろへと下がっていった。
「それが友との命を賭けた約束であったとしても! ここで見逃すものがどうして、友の眼前に立つ事ができようか!」
空気が揺れる。その声で、その一歩で、その男の騎士としての誇りで空気が揺れている。
男がティルーナに近付くにつれ、ティルーナを縛る鎖は崩れてゆき、男が少女の前で膝をついた瞬間、鎖は完全に塵となって風と共に消える。
「すまねえな、嬢ちゃん。」
そう言って男は、その太い人差し指で、少々乱暴に少女の涙を拭う。
そして少女とカリティの間に割って立つ。
「ヒーローが、遅くなっちまって。」
少女の窮地に、あまねく逆境を全て跳ね返し、男は立つ。
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