幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

文字の大きさ
上 下
90 / 474
第四章〜狂いし令嬢と動き始める歯車〜

20.迷宮の慟哭

しおりを挟む
「よっし……じゃあ後は石像を壊すだけか。」

 そう言ってカリティは大きく背伸びをする。
 俺の体は鎖で縛られており、魔法を発動する事ができない。体内の魔力が不規則に掻き乱されて上手く制御ができないんだ。

「く、そ。」

 ヘルメスが鎖に体を貫かれたまま、口から血液を出しながらも鎖を掴む。しかし鎖はどんどんと巻きつき、ヘルメスの体を貫きながら拘束を強くしていく。
 眼の色が元に戻っている。さっきカリティが言っていた通り、片眼だからダメージを受けると維持ができないのか。

「ちく、しょう。」

 何が、人を幸せにする魔法使いだ。肝心な時に誰も守れない奴が、大切な仲間すら守れない俺に何ができるって言うんだ。
 ヘルメスは多分だが動けないだろう。ティルーナも怯え切ってる。きっともう何もできない。俺がなんとかするしかないんだ。

「……なんで、なんで!」

 ティルーナは急に叫び始める。
 明らかに錯乱していて、もう精神は崩壊している。

「なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの!いやだ!私は、まだ、死にたくないの!やらなくちゃいけない事があるの!」

 自分を取り繕い守る敬語はもうなく、ただ死への恐怖でティルーナは泣きわめいていた。

「まだ、死にたく――」
「うるさいなあ。これだから女、しかも餓鬼は駄目だ。いつも殺す時にうるさ過ぎる。いや、それでも美しい奴はいるか……これは失言だった。俺はいつも決めつけが過ぎる。」

 カリティはティルーナの口を掴んで、声が出せないようにした。
 俺は地面を這いながら、カリティの方へと体を進めていく。鎖が体を締め付けてるだけでも痛いし、この状態で這って進むのも痛い。
 だけど、俺は何一つ傷を負っていない。ヘルメスみたいに体を鎖で貫かれたわけではない。しかも、本来なら守られるべきはずの子供が、安全に暮らして、幸せを甘受すべき子供が泣いているのだ。
 これを守れない奴の、何が男だ。何が大人だ。何が魔法使いだ。

「だけど、君は俺の鼓膜を害した。このまま鎖に繋いで置いておこうかと思ったけど、気が変わった。ここで殺すとしよう。」

 そうカリティが言うとよりティルーナは暴れるが、カリティは何でもないようにティルーナの口を塞いだのと逆の手をティルーナに近付いていく。
 このままその手がティルーナに触れたらティルーナが死ぬのは、誰でも想像がつく事だろう。

「やめ、ろ。」
「俺だって殺したくはなかったんだよ?恨むんだったら、偶然にもここにいた自分自身を恨むんだね。というか誰だって人なんか殺したくないものさ。気持ちが悪いし、気分も悪くなる。俺がやりたくてやっているみたいな言い方はやめてほしいね。」

 自分の中でも抑え切れないほどの殺意と嫌悪が、俺の中で渦巻く。
 許さない。絶対に俺はこいつを許せない。必ず殺す。自分の全てをかなぐり捨てても、こいつを殺す。

「じゃ、俺に感謝して死んでよね。」
「やめろって言ってんだろ! このクソ変態野郎!」

 しかしその手は止まる。他ならぬ俺の声で。ゆっくりと、それでいて確かに俺の方をカリティが見た。
 信じられないものを見るような目で俺を凝視した後、赤筋を立てて俺の方へ手を向けた。

「今、なんて言った?」

 鎖により俺の体が引っ張られ、俺もティルーナと同じように近くに引き寄せられた。
 そしてティルーナを投げ捨て、俺の頭を上から掴む。

「何度でも、何度でも言ってやる!テメエはこの世で最も醜いクソ野郎だってな!」
「……俺は聞き間違いかと思って聞き直したんだ。聞き間違いで人に当たるのは良くないって知ってるからね。残念だよ、聞き間違えじゃなかったなんてね!」

 こいつは何故か自分に対して絶対の自信を持っている。自分を美しいと信じて疑っていない。
 だが、こいつが美しい奴であるはずがない。
 ベルセルクの毛高き覚悟も、お嬢様の完成された聡明さも、アースの美しい夢も、フランの誇りある強さも、こいつは何も持っちゃいない。
 まるで子供のように癇癪を起こし、自分しか信じないで人を罰する。これを醜いと言わずに何と言う。

「俺を醜いと罵る全ての存在を、俺は許さない。これは正当な権利だ。今まで俺を醜いと言った奴は例外なく殺してきた。人の容姿を、心を、想いを踏み躙る行為を俺は絶対に許さない!」
「その言葉の前に『自分だけは』ってつけろよクソ野郎が! 結局は自分が大好きなだけのナルシストだろうが!」
「うるさいっ!」

 カリティは掴んだ俺の頭を地面に叩きつけた。
 痛いが、死んではいない。俺をここで殺すだけじゃ気が済まないほどの怒っているのだろう。
 信じられないほど短気だ。ウザイだけで、何を言っても怒らないヘルメスとは大違いだよ。

「なんでっ! 俺にっ! 人を傷つけてさせるんだっ! 俺は誰も傷つけたくないのにっ!」

 そう言いながら俺の顔を、足を、体を、腕を蹴り続ける。
 その動きに技術は一切感じられず、武術の類は身に付けていないのだろうと分かった。
 こいつの力は、努力で得た力じゃない。湧いて出るように与えられた力なのだ。

「こんな奴、俺が殺す価値もない。俺が手にかけていい人間じゃない。もっと苦しめて苦しめて苦しめて苦しめてッ!残虐な方法で殺さなきゃいけない!」

 そう言って俺を大きく蹴り飛ばした。
 意識が朦朧となる。力も入らない。視界も悪いし、血の味もする。鎖に縛られて動けはしないが、それでもカリティを鋭く睨みつける。

「醜いものは、醜いもので殺す。あいつを使って――は?」

 こちらへ近付こうとしていたカリティは突如足を止めた。
 カリティの足元には、ティルーナがいた。鎖に縛られて足も手も動かせず、魔法も使えない。そんな彼女がどうやってカリティを止めたか。
 簡単だ。その口で、カリティの足に噛み付いていたのだ。
 泣きながらも、苦しそうでありながらもティルーナはカリティの足に噛み付いていた。

「僕の足に……!」
「ば、かが。」

 わざわざこっちに注意を向けさせたのに、何でそんな事をしたんだ。
 こいつは俺を殺して満足したかもしれないんだぞ。そうしたらヘルメスが生きてりゃ、逃げ出せる可能性もあったのに。

「……」

 ティルーナを見てカリティは黙り込む。
 俺は焦って再び叫び始める。

「オイ! 俺は生きてるぞカリティ! お前を、馬鹿にした俺はまだここに生きてるんだぞ!」

 そっちを見るな。こっちを見ろ。
 もう目の前で、大切なものを失わせないでくれ。俺を、自分の目の前のものすら守れない愚者にしないでくれ。

「……」
「カリティ!! お前の相手は俺だ! こっちを見ろ!」

 カリティはさっきまでが嘘のように、こちらを振り向きすらしない。
 ヤバい。あのままじゃティルーナが殺される。それは絶対に嫌だ。許せない。
 それだけは絶対に許容できない!

「なんて……」
「カリティ!!」

 俺を見ろ。俺を殺せ。
 仲間を守るためなら俺の命だって捧げるというのに、この体は全く動きすらしない。

「なんて美しいんだッ!!」

 カリティの口から出た、あまりにも予想外過ぎる一言は俺を硬直させるのに足るものであった。

「その自分の生を厭わず人に捧げる高潔さ! 俺のコレクションの一つになるほどの価値がある!」

 鎖で縛っているティルーナを抱え、そして俺を背にして歩き始めた。
 俺は硬直させていた思考を再び起動させる。
 一体何が起きているかは分からない。だけど、ティルーナを連れて行かせるわけにはいかない。

「待てカリティ!」
「……うるさいなあ。もう俺は君への怒りは失せたんだ。むしろこんな掘り出し物を引き当てて幸せな気分なんだ。水を差さないでくれ。」

 その言葉と同時に、再びカリティの前の空間が歪む。
 鎖かと思ったが、違う。それは縁がついた絵であった。竜の姿が描かれた絵であった。

「こいつが、お前の相手をしてくれるさ。」

 その絵は光り輝き、絵の中に存在した竜は現実のものとなって現れる。
 辺りを魔力で満たし、他を圧倒する存在感。しかしそんなものが気にならないぐらいに、俺はカリティを憎悪し、その怒りを向けていた。

「これ以上ないほど無様に、死んでおいてくれ。」

 そう言ってカリティは去っていった。
 俺の中で抑えきれない憎悪が溢れ出す。それはカリティという存在へ向いたもの、何もできない己への無力さから湧いたものだった。

「ふざ、けるな。」

 ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなッ!!

「ふざけるなァッ!!!!」

 俺は叫ばずにはいられなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

俺だけ皆の能力が見えているのか!?特別な魔法の眼を持つ俺は、その力で魔法もスキルも効率よく覚えていき、周りよりもどんどん強くなる!!

クマクマG
ファンタジー
勝手に才能無しの烙印を押されたシェイド・シュヴァイスであったが、落ち込むのも束の間、彼はあることに気が付いた。『俺が見えているのって、人の能力なのか?』  自分の特別な能力に気が付いたシェイドは、どうやれば魔法を覚えやすいのか、どんな練習をすればスキルを覚えやすいのか、彼だけには魔法とスキルの経験値が見えていた。そのため、彼は効率よく魔法もスキルも覚えていき、どんどん周りよりも強くなっていく。  最初は才能無しということで見下されていたシェイドは、そういう奴らを実力で黙らせていく。魔法が大好きなシェイドは魔法を極めんとするも、様々な困難が彼に立ちはだかる。時には挫け、時には悲しみに暮れながらも周囲の助けもあり、魔法を極める道を進んで行く。これはそんなシェイド・シュヴァイスの物語である。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

処理中です...