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第四章〜狂いし令嬢と動き始める歯車〜
20.迷宮の慟哭
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「よっし……じゃあ後は石像を壊すだけか。」
そう言ってカリティは大きく背伸びをする。
俺の体は鎖で縛られており、魔法を発動する事ができない。体内の魔力が不規則に掻き乱されて上手く制御ができないんだ。
「く、そ。」
ヘルメスが鎖に体を貫かれたまま、口から血液を出しながらも鎖を掴む。しかし鎖はどんどんと巻きつき、ヘルメスの体を貫きながら拘束を強くしていく。
眼の色が元に戻っている。さっきカリティが言っていた通り、片眼だからダメージを受けると維持ができないのか。
「ちく、しょう。」
何が、人を幸せにする魔法使いだ。肝心な時に誰も守れない奴が、大切な仲間すら守れない俺に何ができるって言うんだ。
ヘルメスは多分だが動けないだろう。ティルーナも怯え切ってる。きっともう何もできない。俺がなんとかするしかないんだ。
「……なんで、なんで!」
ティルーナは急に叫び始める。
明らかに錯乱していて、もう精神は崩壊している。
「なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの!いやだ!私は、まだ、死にたくないの!やらなくちゃいけない事があるの!」
自分を取り繕い守る敬語はもうなく、ただ死への恐怖でティルーナは泣きわめいていた。
「まだ、死にたく――」
「うるさいなあ。これだから女、しかも餓鬼は駄目だ。いつも殺す時にうるさ過ぎる。いや、それでも美しい奴はいるか……これは失言だった。俺はいつも決めつけが過ぎる。」
カリティはティルーナの口を掴んで、声が出せないようにした。
俺は地面を這いながら、カリティの方へと体を進めていく。鎖が体を締め付けてるだけでも痛いし、この状態で這って進むのも痛い。
だけど、俺は何一つ傷を負っていない。ヘルメスみたいに体を鎖で貫かれたわけではない。しかも、本来なら守られるべきはずの子供が、安全に暮らして、幸せを甘受すべき子供が泣いているのだ。
これを守れない奴の、何が男だ。何が大人だ。何が魔法使いだ。
「だけど、君は俺の鼓膜を害した。このまま鎖に繋いで置いておこうかと思ったけど、気が変わった。ここで殺すとしよう。」
そうカリティが言うとよりティルーナは暴れるが、カリティは何でもないようにティルーナの口を塞いだのと逆の手をティルーナに近付いていく。
このままその手がティルーナに触れたらティルーナが死ぬのは、誰でも想像がつく事だろう。
「やめ、ろ。」
「俺だって殺したくはなかったんだよ?恨むんだったら、偶然にもここにいた自分自身を恨むんだね。というか誰だって人なんか殺したくないものさ。気持ちが悪いし、気分も悪くなる。俺がやりたくてやっているみたいな言い方はやめてほしいね。」
自分の中でも抑え切れないほどの殺意と嫌悪が、俺の中で渦巻く。
許さない。絶対に俺はこいつを許せない。必ず殺す。自分の全てをかなぐり捨てても、こいつを殺す。
「じゃ、俺に感謝して死んでよね。」
「やめろって言ってんだろ! このクソ変態野郎!」
しかしその手は止まる。他ならぬ俺の声で。ゆっくりと、それでいて確かに俺の方をカリティが見た。
信じられないものを見るような目で俺を凝視した後、赤筋を立てて俺の方へ手を向けた。
「今、なんて言った?」
鎖により俺の体が引っ張られ、俺もティルーナと同じように近くに引き寄せられた。
そしてティルーナを投げ捨て、俺の頭を上から掴む。
「何度でも、何度でも言ってやる!テメエはこの世で最も醜いクソ野郎だってな!」
「……俺は聞き間違いかと思って聞き直したんだ。聞き間違いで人に当たるのは良くないって知ってるからね。残念だよ、聞き間違えじゃなかったなんてね!」
こいつは何故か自分に対して絶対の自信を持っている。自分を美しいと信じて疑っていない。
だが、こいつが美しい奴であるはずがない。
ベルセルクの毛高き覚悟も、お嬢様の完成された聡明さも、アースの美しい夢も、フランの誇りある強さも、こいつは何も持っちゃいない。
まるで子供のように癇癪を起こし、自分しか信じないで人を罰する。これを醜いと言わずに何と言う。
「俺を醜いと罵る全ての存在を、俺は許さない。これは正当な権利だ。今まで俺を醜いと言った奴は例外なく殺してきた。人の容姿を、心を、想いを踏み躙る行為を俺は絶対に許さない!」
「その言葉の前に『自分だけは』ってつけろよクソ野郎が! 結局は自分が大好きなだけのナルシストだろうが!」
「うるさいっ!」
カリティは掴んだ俺の頭を地面に叩きつけた。
痛いが、死んではいない。俺をここで殺すだけじゃ気が済まないほどの怒っているのだろう。
信じられないほど短気だ。ウザイだけで、何を言っても怒らないヘルメスとは大違いだよ。
「なんでっ! 俺にっ! 人を傷つけてさせるんだっ! 俺は誰も傷つけたくないのにっ!」
そう言いながら俺の顔を、足を、体を、腕を蹴り続ける。
その動きに技術は一切感じられず、武術の類は身に付けていないのだろうと分かった。
こいつの力は、努力で得た力じゃない。湧いて出るように与えられた力なのだ。
「こんな奴、俺が殺す価値もない。俺が手にかけていい人間じゃない。もっと苦しめて苦しめて苦しめて苦しめてッ!残虐な方法で殺さなきゃいけない!」
そう言って俺を大きく蹴り飛ばした。
意識が朦朧となる。力も入らない。視界も悪いし、血の味もする。鎖に縛られて動けはしないが、それでもカリティを鋭く睨みつける。
「醜いものは、醜いもので殺す。あいつを使って――は?」
こちらへ近付こうとしていたカリティは突如足を止めた。
カリティの足元には、ティルーナがいた。鎖に縛られて足も手も動かせず、魔法も使えない。そんな彼女がどうやってカリティを止めたか。
簡単だ。その口で、カリティの足に噛み付いていたのだ。
泣きながらも、苦しそうでありながらもティルーナはカリティの足に噛み付いていた。
「僕の足に……!」
「ば、かが。」
わざわざこっちに注意を向けさせたのに、何でそんな事をしたんだ。
こいつは俺を殺して満足したかもしれないんだぞ。そうしたらヘルメスが生きてりゃ、逃げ出せる可能性もあったのに。
「……」
ティルーナを見てカリティは黙り込む。
俺は焦って再び叫び始める。
「オイ! 俺は生きてるぞカリティ! お前を、馬鹿にした俺はまだここに生きてるんだぞ!」
そっちを見るな。こっちを見ろ。
もう目の前で、大切なものを失わせないでくれ。俺を、自分の目の前のものすら守れない愚者にしないでくれ。
「……」
「カリティ!! お前の相手は俺だ! こっちを見ろ!」
カリティはさっきまでが嘘のように、こちらを振り向きすらしない。
ヤバい。あのままじゃティルーナが殺される。それは絶対に嫌だ。許せない。
それだけは絶対に許容できない!
「なんて……」
「カリティ!!」
俺を見ろ。俺を殺せ。
仲間を守るためなら俺の命だって捧げるというのに、この体は全く動きすらしない。
「なんて美しいんだッ!!」
カリティの口から出た、あまりにも予想外過ぎる一言は俺を硬直させるのに足るものであった。
「その自分の生を厭わず人に捧げる高潔さ! 俺のコレクションの一つになるほどの価値がある!」
鎖で縛っているティルーナを抱え、そして俺を背にして歩き始めた。
俺は硬直させていた思考を再び起動させる。
一体何が起きているかは分からない。だけど、ティルーナを連れて行かせるわけにはいかない。
「待てカリティ!」
「……うるさいなあ。もう俺は君への怒りは失せたんだ。むしろこんな掘り出し物を引き当てて幸せな気分なんだ。水を差さないでくれ。」
その言葉と同時に、再びカリティの前の空間が歪む。
鎖かと思ったが、違う。それは縁がついた絵であった。竜の姿が描かれた絵であった。
「こいつが、お前の相手をしてくれるさ。」
その絵は光り輝き、絵の中に存在した竜は現実のものとなって現れる。
辺りを魔力で満たし、他を圧倒する存在感。しかしそんなものが気にならないぐらいに、俺はカリティを憎悪し、その怒りを向けていた。
「これ以上ないほど無様に、死んでおいてくれ。」
そう言ってカリティは去っていった。
俺の中で抑えきれない憎悪が溢れ出す。それはカリティという存在へ向いたもの、何もできない己への無力さから湧いたものだった。
「ふざ、けるな。」
ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなッ!!
「ふざけるなァッ!!!!」
俺は叫ばずにはいられなかった。
そう言ってカリティは大きく背伸びをする。
俺の体は鎖で縛られており、魔法を発動する事ができない。体内の魔力が不規則に掻き乱されて上手く制御ができないんだ。
「く、そ。」
ヘルメスが鎖に体を貫かれたまま、口から血液を出しながらも鎖を掴む。しかし鎖はどんどんと巻きつき、ヘルメスの体を貫きながら拘束を強くしていく。
眼の色が元に戻っている。さっきカリティが言っていた通り、片眼だからダメージを受けると維持ができないのか。
「ちく、しょう。」
何が、人を幸せにする魔法使いだ。肝心な時に誰も守れない奴が、大切な仲間すら守れない俺に何ができるって言うんだ。
ヘルメスは多分だが動けないだろう。ティルーナも怯え切ってる。きっともう何もできない。俺がなんとかするしかないんだ。
「……なんで、なんで!」
ティルーナは急に叫び始める。
明らかに錯乱していて、もう精神は崩壊している。
「なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの!いやだ!私は、まだ、死にたくないの!やらなくちゃいけない事があるの!」
自分を取り繕い守る敬語はもうなく、ただ死への恐怖でティルーナは泣きわめいていた。
「まだ、死にたく――」
「うるさいなあ。これだから女、しかも餓鬼は駄目だ。いつも殺す時にうるさ過ぎる。いや、それでも美しい奴はいるか……これは失言だった。俺はいつも決めつけが過ぎる。」
カリティはティルーナの口を掴んで、声が出せないようにした。
俺は地面を這いながら、カリティの方へと体を進めていく。鎖が体を締め付けてるだけでも痛いし、この状態で這って進むのも痛い。
だけど、俺は何一つ傷を負っていない。ヘルメスみたいに体を鎖で貫かれたわけではない。しかも、本来なら守られるべきはずの子供が、安全に暮らして、幸せを甘受すべき子供が泣いているのだ。
これを守れない奴の、何が男だ。何が大人だ。何が魔法使いだ。
「だけど、君は俺の鼓膜を害した。このまま鎖に繋いで置いておこうかと思ったけど、気が変わった。ここで殺すとしよう。」
そうカリティが言うとよりティルーナは暴れるが、カリティは何でもないようにティルーナの口を塞いだのと逆の手をティルーナに近付いていく。
このままその手がティルーナに触れたらティルーナが死ぬのは、誰でも想像がつく事だろう。
「やめ、ろ。」
「俺だって殺したくはなかったんだよ?恨むんだったら、偶然にもここにいた自分自身を恨むんだね。というか誰だって人なんか殺したくないものさ。気持ちが悪いし、気分も悪くなる。俺がやりたくてやっているみたいな言い方はやめてほしいね。」
自分の中でも抑え切れないほどの殺意と嫌悪が、俺の中で渦巻く。
許さない。絶対に俺はこいつを許せない。必ず殺す。自分の全てをかなぐり捨てても、こいつを殺す。
「じゃ、俺に感謝して死んでよね。」
「やめろって言ってんだろ! このクソ変態野郎!」
しかしその手は止まる。他ならぬ俺の声で。ゆっくりと、それでいて確かに俺の方をカリティが見た。
信じられないものを見るような目で俺を凝視した後、赤筋を立てて俺の方へ手を向けた。
「今、なんて言った?」
鎖により俺の体が引っ張られ、俺もティルーナと同じように近くに引き寄せられた。
そしてティルーナを投げ捨て、俺の頭を上から掴む。
「何度でも、何度でも言ってやる!テメエはこの世で最も醜いクソ野郎だってな!」
「……俺は聞き間違いかと思って聞き直したんだ。聞き間違いで人に当たるのは良くないって知ってるからね。残念だよ、聞き間違えじゃなかったなんてね!」
こいつは何故か自分に対して絶対の自信を持っている。自分を美しいと信じて疑っていない。
だが、こいつが美しい奴であるはずがない。
ベルセルクの毛高き覚悟も、お嬢様の完成された聡明さも、アースの美しい夢も、フランの誇りある強さも、こいつは何も持っちゃいない。
まるで子供のように癇癪を起こし、自分しか信じないで人を罰する。これを醜いと言わずに何と言う。
「俺を醜いと罵る全ての存在を、俺は許さない。これは正当な権利だ。今まで俺を醜いと言った奴は例外なく殺してきた。人の容姿を、心を、想いを踏み躙る行為を俺は絶対に許さない!」
「その言葉の前に『自分だけは』ってつけろよクソ野郎が! 結局は自分が大好きなだけのナルシストだろうが!」
「うるさいっ!」
カリティは掴んだ俺の頭を地面に叩きつけた。
痛いが、死んではいない。俺をここで殺すだけじゃ気が済まないほどの怒っているのだろう。
信じられないほど短気だ。ウザイだけで、何を言っても怒らないヘルメスとは大違いだよ。
「なんでっ! 俺にっ! 人を傷つけてさせるんだっ! 俺は誰も傷つけたくないのにっ!」
そう言いながら俺の顔を、足を、体を、腕を蹴り続ける。
その動きに技術は一切感じられず、武術の類は身に付けていないのだろうと分かった。
こいつの力は、努力で得た力じゃない。湧いて出るように与えられた力なのだ。
「こんな奴、俺が殺す価値もない。俺が手にかけていい人間じゃない。もっと苦しめて苦しめて苦しめて苦しめてッ!残虐な方法で殺さなきゃいけない!」
そう言って俺を大きく蹴り飛ばした。
意識が朦朧となる。力も入らない。視界も悪いし、血の味もする。鎖に縛られて動けはしないが、それでもカリティを鋭く睨みつける。
「醜いものは、醜いもので殺す。あいつを使って――は?」
こちらへ近付こうとしていたカリティは突如足を止めた。
カリティの足元には、ティルーナがいた。鎖に縛られて足も手も動かせず、魔法も使えない。そんな彼女がどうやってカリティを止めたか。
簡単だ。その口で、カリティの足に噛み付いていたのだ。
泣きながらも、苦しそうでありながらもティルーナはカリティの足に噛み付いていた。
「僕の足に……!」
「ば、かが。」
わざわざこっちに注意を向けさせたのに、何でそんな事をしたんだ。
こいつは俺を殺して満足したかもしれないんだぞ。そうしたらヘルメスが生きてりゃ、逃げ出せる可能性もあったのに。
「……」
ティルーナを見てカリティは黙り込む。
俺は焦って再び叫び始める。
「オイ! 俺は生きてるぞカリティ! お前を、馬鹿にした俺はまだここに生きてるんだぞ!」
そっちを見るな。こっちを見ろ。
もう目の前で、大切なものを失わせないでくれ。俺を、自分の目の前のものすら守れない愚者にしないでくれ。
「……」
「カリティ!! お前の相手は俺だ! こっちを見ろ!」
カリティはさっきまでが嘘のように、こちらを振り向きすらしない。
ヤバい。あのままじゃティルーナが殺される。それは絶対に嫌だ。許せない。
それだけは絶対に許容できない!
「なんて……」
「カリティ!!」
俺を見ろ。俺を殺せ。
仲間を守るためなら俺の命だって捧げるというのに、この体は全く動きすらしない。
「なんて美しいんだッ!!」
カリティの口から出た、あまりにも予想外過ぎる一言は俺を硬直させるのに足るものであった。
「その自分の生を厭わず人に捧げる高潔さ! 俺のコレクションの一つになるほどの価値がある!」
鎖で縛っているティルーナを抱え、そして俺を背にして歩き始めた。
俺は硬直させていた思考を再び起動させる。
一体何が起きているかは分からない。だけど、ティルーナを連れて行かせるわけにはいかない。
「待てカリティ!」
「……うるさいなあ。もう俺は君への怒りは失せたんだ。むしろこんな掘り出し物を引き当てて幸せな気分なんだ。水を差さないでくれ。」
その言葉と同時に、再びカリティの前の空間が歪む。
鎖かと思ったが、違う。それは縁がついた絵であった。竜の姿が描かれた絵であった。
「こいつが、お前の相手をしてくれるさ。」
その絵は光り輝き、絵の中に存在した竜は現実のものとなって現れる。
辺りを魔力で満たし、他を圧倒する存在感。しかしそんなものが気にならないぐらいに、俺はカリティを憎悪し、その怒りを向けていた。
「これ以上ないほど無様に、死んでおいてくれ。」
そう言ってカリティは去っていった。
俺の中で抑えきれない憎悪が溢れ出す。それはカリティという存在へ向いたもの、何もできない己への無力さから湧いたものだった。
「ふざ、けるな。」
ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなッ!!
「ふざけるなァッ!!!!」
俺は叫ばずにはいられなかった。
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