幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

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第四章〜狂いし令嬢と動き始める歯車〜

18.幹部

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 俺達は再び移動を開始した。
 この薄暗い回廊の中をただただ駆け続ける。

「魔物が弱くなってきたね。このままいけば脱出できそうだ。」
「……弱くなってるか?」

 ヘルメスによると魔物が弱くなっているらしいが、俺にとっては全然そんな気がしない。
 どれも勝てない、というのが俺のイメージだ。

「分からないかもしれないけど、そうさ。出てくる魔物が危険度7ぐらいに落ち着いてきた。」
「確か、危険度8まではなんとかできるんだよな?」
「そうだけど、あまり戦いたくはないね。僕は事前に武器に強力な付与(エンチャント)を施してから来てるし、実は僕の着ている魔道具で身体能力を底上げしている。危険度8と戦うとなると高い魔道具を死ぬほど使わなくちゃいけない。」

 なるほど、だからあれだけ一撃が強力なのか。
 今までの戦い方を見るに強力な武具を更に強くする付与術師(エンチャンター)の側面が強いみたいだし、万能者の名の通りありとあらゆる手段で自分の能力を底上げしているのだろう。

「魔法薬、魔道具、付与魔法、強化魔法、魔眼、禁術。何でも使うから燃費が悪いんだよ、僕は。」
「おい、なんか最後に凄いの混ざってなかったか?」

 禁じられてるから禁術なんだろうが。何で一介の冒険者のヘルメスが使えんだよ。

「まあ、それも追々……ん?」

 今まで一才の迷いなくダンジョンを進んできたヘルメスが、初めて不思議そうな声を出す。
 何か問題が起きたのかと一瞬思うが、それだったらこんな微妙な反応はしないだろう。

「どうした、ヘルメス。何かヤバい事でもあったのか?」
「いや、違うんだけど、なんか石像みたいのが視えるんだよね。」
「……見えませんけど。」
「ああ、ごめん。僕の眼では見えてるんだ。」

 さっきも言ってた魔眼か。ここまで迷わずに進んで来れたのも恐らくは魔眼の力だろう。
 それが、石像を見たのか?

「ゴーレムじゃなくてか?」
「ああ、石像だ。魔力も全く感じない。しかも形がどう考えても人の形なんだよ。鎖に巻き付けられた男の石像だね。」

 ダンジョンに存在する物質は全てダンジョンに飲み込まれる。だから、本来なら石像なんて残るはずがないのだ。

「気になるけど……流石に今は無視だろ。」
「私も、行きたくはないです。」
「ま、元よりそのつもりさ。さっきより安全度は上がったものの、ここは未だに深層。不確定要素には手を出さない方がいい。」

 更に言うならその石像が好奇心を煽るダンジョンの罠である可能性は否定し切れないのだ。
 俺は直ぐに石像の事を忘れ、目の前の事に集中する。
 ここら辺の階層の魔物は俺より強い。一瞬の気の迷いが生死を分けかねない。

 だから、か。俺が一番最初に気付いた。
 遥か遠く、直線に続く通路に一人の人間がいた。遠過ぎて男か女かも分からないし、何だったら人間かも分からない。
 ただ、魔物ではない事は分かった。

「ヘルメス、アレは何だ? 人か?」
「何を言ってるんだい。僕の眼には人なんて見えないけど。」
「ティルーナ、お前は?」
「……見え、ます。かなり距離は遠いですけど。」

 俺だけに見える幻覚ではないらしい。
 俺に見えてヘルメスに見えないって事は、魔眼を弾く力があるって事か。

「……ああ、僕も見えた。どうやら魔眼を弾いているらしいね。切らないと見えなかった。」

 喋りながらも走り続ける。
 ダンジョン変動が起きた後のダンジョンで、あんなに普通にあそこにいるのもおかしいし、魔眼を弾くなんていうのも少し違和感がある。
 何より俺の本能に近いところが、あいつに対して警笛を鳴らしている。

「本来ならあの道を通る予定だったけど、避けて通ろうか。」
「……? 同じ冒険者ではないのですか?」
「いいかい、よく覚えておきなアラヴティナ嬢。時に魔物よりも人間のほうが厄介になる時があるのさ。」

 そう言ってヘルメスは通路を左に曲がった。
 しかし未だに背筋をつたう強い悪寒が俺を襲っている。
 不気味だ。魔物の相対した時のように死の恐怖を感じたわけじゃない。ただただ、何故か恐ろしい。
 理由が分からないのが余計に不気味だ。

「この状況下だし、何が起きても……え?」

 ヘルメスは喋っている最中に話すのを止め、そして足も止める。そしてある一点を凝視する。俺たちもそれで足を止めた。そして嫌でも目に入った。
 道を曲がったはずなのに、さっきの通路にいた人がいたのだ。しかもさっきより近い。
 その人、男は一歩ずつ、ゆっくりとこちらに近付いてくる。

「そこの君たち。どうしてその道を曲がったんだい。」

 その男は紫の目と赤い髪をしていた。ダンジョンにいるというのにあまりにも軽装であり、そこらの街を歩いているような服である。
 魔力は一切と言っていいほど感じず、それがその男の不気味さを助長させる。
 男の顔はちょっと目つきは悪いが、それ以外は平凡であり、目立つ特徴は一切ない。

「答えない、か……ああ俺が美し過ぎて緊張しているのか。きっと、そうなのだろう?いや、そうに違いない、そうに決まっている。」

 未知とは恐怖に繋がる。
 何なのか分からないという一点だけで、その男は恐怖するに値した。

「それに対して君たちときたら……愚かな人形に、醜い馬鹿、気持ちの悪い矛盾物の最悪3点セットじゃないか。」

 自分を至高の存在だと一切も疑わず、そして俺たちを底辺の存在である事を絶対普遍の原理かのように宣う。
 ヘルメスを相手にした嫌な感じ、などという生易しいものではない。
 ウザい、胡散臭い、信用できない、性格が悪い。その全てが目の前の存在に比べれば霞む。

「だけどもほら、俺って美しいから、それも許すよ。美しい人間は心も清らかなんだ。ああ、ごめん、隙がなくて。」

 そう言いながらも男はこっちに近付いてくる。
 ヘルメスは手に持つ短剣を逆手持ちで構え、懐から紫色の液体が入っているガラスの試験管を取り出した。

「……僕が短剣を投げると同時に走れ。」
「だから教えて欲しいんだ。何で俺を見て道を曲がったのかな?」
「あいつは、ヤバい。」

 その一言と同時にヘルメスは短剣を投げ、更に試験管もその後ろから投げ込む。

「『爆破付与エンチャント・エクスプロード』」

 短剣が男にぶつかる瞬間、ヘルメスのその一言で短剣が大きな音を立てて爆発する。
 それと同時に俺たちは後ろへ走り始めた。
 明らかに普通の人間なら死ぬような攻撃であるが、何故か俺はあの男に傷がつく姿が想像できなかった。

「あのさあ、人に物を投げちゃいけないって習わなかったの?」
「ッ!!」

 しかし、その先の曲がり道から平然とその男は現れる。
 あんな爆発に巻き込まれたというのに、その服には汚れの一つもついていない。
 どうやってという疑問よりも、どうにかしなくてはという思いが先行し、俺の手から火の球が勢いよく射出される。

「ほんと、美しくない奴らは駄目だね。暴力的だし、人の話を聞かない。きっと常識も欠如してるし、全てにおいて無気力なクソ野郎なんだろうね。」

 俺の手から放たれた火球は男に当たったものの、ダメージを一切与えられず霧散する。
 どこへ行っても回り込むように男がいる。それはつまり、逃げられないという事だ。

「だからきっと、君たちもあの石像に用があるに違いない。ならば俺の敵だ。俺の障害だ。殺すべき対象だ。」

 石像、と言われて一瞬何かと思案するが、直ぐにヘルメスが言っていたあの妙な石像の事だと思い当たった。

「僕達はその変な石像とは関係ない。先に攻撃したのは謝ろう。だから、見逃してくれないかい?」
「ああいや、それは別に気にしていない。あんな子供の遊びのような攻撃でキレたりしないさ。美しい人間は常に余裕があるものだ。だから絶対に怒らない。」

 男は再び俺達の方へと歩き始める。
 その鳴り響く足音はまるで死神のようであり、まるで時計の秒針のように規則的にこちらへ近付いて来ていた。

「だけど、どうせ俺は美しい人間以外は信用しないから。どっちにしろ君達は殺す。」
「……そうだと思ったよ。」

 ヘルメスは懐から二本の短剣を素早く抜く。
 俺はティルーナを少し下げ、魔力を練り始めた。

「あ、そうだ。自己紹介を忘れていたね。俺の名前を知らずに死ぬなんて不幸が過ぎるってものだ。」

 一度わざとらしく咳払いをして、そして言い放つ。

「組織の幹部、『生存欲』のカリティ。さあ、せめて散り際は美しくあってくれよ?」
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