幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

文字の大きさ
上 下
87 / 474
第四章〜狂いし令嬢と動き始める歯車〜

17.信じるもの

しおりを挟む
 俺は手に持つ砂時計が落ち切るのを見て、立ち上がった。
 交代の時間だ。

「流石に、眠くなってきたな……」

 俺は一度、大きな欠伸をした後に体を伸ばして、そして階段を下り始めた。
 俺は階段の上の方で見張りをしていた。降りるのは簡単だけど、登るのは大変だからな。緊急時であれば上の方がいいと思ったのだ。
 下に降りるとティルーナが毛布を持って寝ており、ヘルメスは顔に帽子をかけて壁にもたれかかりながら座っていた。

「おいヘルメス、起きろ。」

 ヘルメスの肩を軽く揺する。
 すると少したった後に右腕で帽子を掴んで取り、左手で目をこすりながら立ち上がった。

「交代かい?」
「そうだ。」

 俺はヘルメスに砂時計を返す。
 適当な階段に腰掛け、軽く目を閉じた。

「俺はもう寝る。」
「お疲れ様。僕もしっかり務めは果たすとするよ。」

 そう言ってヘルメスは階段を上って行った。
 ヘルメスが結構上に行った辺りで、沈黙を声がつついて破った。

「アルス、さん。」
「……起こしちまったか?」

 声がした方を見ると、上体を少し起こしてティルーナがこっちを見ていた。

「いえ、一つ聞きたいことがあって、起きていました。」
「寝ろよ。倒れるぞ。」
「大丈夫です。聞き終わったら寝ます。」

 わざわざ寝ないで待ってまでして聞きたい事、か。それにヘルメスには聞かせたくない話ときた。
 皆目見当がつかないし、絶対に碌な質問じゃない気がする。

「……こんな、いつ死ぬか分からない状況で、あなたは何故そんなに前を向けるのですか?」
「死にたくねえからだろ。」
「私だって、死にたくないです。ですが、恐らく私はフィルラーナ様のためにと思わなければ、既に心が折れていたと思います。今でさえ泣き出しそうで、とてつもなく恐ろしいです。」

 それは何となく察してはいた。
 ティルーナは良くも悪くも純粋で、分かりやすいから。

「フィルラーナ様をお守りする。その一心だけで、私は辛うじてここに立てていると、そう思っています。」
「だから、いつも通りに見える俺が不思議だと?」
「そうです。ヘルメスさんであれば、分かります。きっといくつも死線を抜けて来たのだし、実力も私達の遥か先をいきます。なら、あなたは何なんですか?」

 俺の経歴を、ティルーナも軽くは知っているはずだ。
 しかし、それでも尚、いやだからこそティルーナは違和感を感じているのだ。自分と同じ子供が、そのような状況で前に進める事に。
 だが、これはティルーナは気付いていないだろうが、お嬢様もそれに当て嵌まる。その矛盾をつつけば直ぐにティルーナは引くだろう。
 じゃあその一言で解決していいのか、と問われるならば否だ。

「死線を越えていれば、私もそのようになれたのですか。私も、フィルラーナ様のように強くなれたのですか?」

 ティルーナの中で、お嬢様は特別だ。だからこそ対等に見えない、見れていない。お嬢様の事を自分と同い年で、貴族の令嬢であるなんて思考の内にありはしないのだ。
 だからこそ、そういうものだから、という薄っぺらく、そして無意味な返答は許されない。
 何より偶然にも、俺はその質問に対する返答を持ち合わせていた。

「ティルーナ。お前は死線を越えれば、修羅場を抜ければ強くなれると、そう俺に聞いたな?」
「……そうです、早く答えてください。」
「なら言ってやる。。」

 確かに死線を越えれば、修羅の先を進めば間違いなくそれは変え難い経験となり、力となるだろう。
 しかし、それで強くなれるかと言われるのならば、違うとしか言いようがない。

「俺が何故、ここに立てているか。それが母親をぶっ殺されて、グリフォンに命を奪われてかけて、ゴーレムと死闘を繰り広げたから、なんて事があるわけねえだろうが。」
「――」

 この世のどこだって、本当に大切なものの答えはいつだってシンプルだ。
 複雑に感じるのならば疲れている。もしくは社会に溺れている。どっちにしろ碌な状況下にいない証拠だろうよ。

「悪いが、俺はお前みたいに高尚な目標なんて持ち合わせちゃいねえ。俺は自分の思いのまま、正直に生きてるだけだ。」

 俺の夢と覚悟など、ティルーナに比べれば数段劣る。
 だけど、そんな夢でも、俺はいいと思えたんだ。

「俺の夢は、友人と馬鹿やりながら生きる事だ。困っている人を助ける事だ。そして、一瞬たりとて後悔のない人生を紡ぐ事だ。」

 自分に誇りを持つ事や、意味のない見栄を張るのはやめた。やめさせられた。エルディナに負けて、アースに叱責されたあの時から。
 俺は、俺なのだ。俺以外の何者でもありはしない。自分が嫌だという事を極端なまでに嫌い、自分がやりたい事を死ぬ気でやる。
 ただ、それだけのこと。

「だから俺は、ここで前を向かなきゃ後悔する。そう思ったから前を向いただけだ。」

 ティルーナはその俺の答えを聞いて、当分の間は何も言わなかった。
 そして、絞り出すような声で、再び俺に問うた。

「私の覚悟は、あなたのそれより、薄っぺらいのですか?」

 自分の覚悟は俺より強く、命すら投げ捨てられると思っていたのだろう。だからこそ俺の方が強く立っている今を見て、言いようのない劣等感が湧いているのだろう。
 だが、それは正しくない。

「……ティルーナ。俺はお前の夢は気高いものだと思うし、俺より凄いと思うよ。」
「なら、何で、あなたがここで立てて! 私は立てないんですか!」

 それは根本的な違いだ。前提がそもそも違うのだ。そこを比べようとした時点で意味がない。

「だけど、お前の夢は他者に依存した夢だ。それは素晴らしい夢であって、強い夢じゃない。」
「一体、どういう……」
「お嬢様がいなくなったら、お前は何のために生きるんだ?」
「……は?」

 お嬢様を守る。それは一種の母性本能に近い。それは本人の意志や想いに賛同したものではない。
 ただそれを守りたいという心持ちで、お嬢様をティルーナは守ろうとしている。
 ならば結局、ティルーナは何がしたいんだ?

「だから、お嬢様がいない今、お前はとてつもなく弱い。」

 自分の全てを犠牲にしてでも、誰かを守る。ああ、素晴らしい言葉だ。大勢の人間が素晴らしい美徳だと答えるだろう。
 それは間違いなく、愛から来たものだ。だが時に、盲目的な愛は行く先を曇らせる。

「お前は盲目的にお嬢様を信じ、その全てを肯定し、己が全てを捧げる。ただそれは機械的に、だ。お前と俺の違いは、多分そこだろうよ。」

 お嬢様が信じる全てを肯定し、信じない全てを肯定しない。
 例えそれをお嬢様が望んでいなくても、ティルーナお嬢様の言葉を全肯定するだけしかしない。
 否定はしない。だが、強くはない。

「俺は、俺が信じるものを全て信じる。お前はお嬢様が信じるものを全て信じる。だから俺は一人で立てるし、だからお前は一人じゃ立てない。」

 返答は来ない。
 ただただ静かな沈黙が響き渡り、そして俺は大きく溜息を吐いた。

「……俺は寝るぞ。」

 そう一言残して、俺は瞼を閉じた。それは薄気味悪い寝心地だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

処理中です...