幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

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第四章〜狂いし令嬢と動き始める歯車〜

14.死地に

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 突然と地面が大きく揺れ倒れそうになるが、辛うじてバランスを保って立つ。当然の事ながら、それでもダンジョンは大きく揺れていた。
 周りを見渡せば、真っ直ぐに伸びていた回廊は既に原型を失い、まるで粘土のようにぐにゃりと曲がっている。現在進行形でそれは続いており、このままであればこれに巻き込まれて圧死するのだと容易に想像ができる。

「僕から離れるなよ二人とも! 残念だけど馬鹿と愚図の命までは保証できない!」

 ヘルメスは短剣を使って凄まじい速度で、地面に何かを書いていく。
 短剣で地面に文字が書けるとは器用な事この上ないが、今はそんなことに気を回す暇はない。

「ティルーナ、行くぞ。」

 俺はそうやってティルーナに声をかけて軽く肩を叩いた。
 しかし返事は来ず、ほぼ反射的にティルーナの方を見ると、その顔は恐怖に染まっていて、明らかに普通の状態ではなかった。
 しかしこれは当然のことなのだ。
 俺はシルード大陸で生まれ育ったから今も冷静な方だが、普通は十歳の子供が死の恐怖を前に平然といるなどできようはずもない。

「文句なら後で言えよ!」

 俺は無理矢理ティルーナを抱えて走り、ヘルメスの前で止まった。

「何か手伝う事はあるか!」
「なら魔力を貸してくれ! 制御は僕がやる!」

 そう言い終わった所でヘルメスは短剣を置いた。
 地面に刻まれているのは魔法陣だ。魔法陣は使わないからこれが何なのかは分からないが、有用なものに違いない。
 俺はティルーナをその魔法陣の内側に寝かせて、魔法陣に魔力を込め始める。

「馬鹿げた魔力だね! 僕の魔力の一割は消し飛ぶ魔法なんだけどな!」
「これしか取り柄がないからな!」

 魔法陣に込められた魔力は即座にヘルメスによって導かれ、魔法陣へ瞬く間に流れていく。
 魔法陣は薄暗いダンジョンの中を、一瞬にして白く照らした。

「此処に在るは三つの柱! 万象を守護せし黄柱! 神の宿敵を弾く赤柱! 大海のように漂う青柱!」

 魔法陣の端に黄、赤、青の3色の柱が地から出現し、幻想的な白い膜のような障壁が円形に広がり出る。

「三光を束ねし大いなる神々よ! この矮小なる神殿に、その御身の力を貸し与え給え!」

 その光の障壁は数メートルほどの球体として展開され、三つの柱がその障壁を支えるように聳え立っている。

「『神聖領域グランドサンクチュアリ』」

 内と外を隔離する、三つの柱と結界にて構成される最強クラスの防御魔法。それは俺たちを呑み込まんとするダンジョンを弾き、紙一重でダンジョンに潰されて圧死、という展開を防いだ。
 変動し続けるダンジョンはまるで水が如く結界の四方八方から流れ込み、直ぐに結界の外は壁しか見えなくなった。

「……ふう、取り敢えずは、凌げたね。」

 ヘルメスは立ち崩れ、その場にへたれこむ。頭に被っていた帽子を顔の方へ置き、そして大の字に寝転がった。

「おい、大丈夫かティルーナ。」
「……すみ、ません。」
「誰も気にしてねえよ。こんだけの出来事が一気に起きたら頭もおかしくなるさ。」

 むしろグリフォンに殺されかけても平静を保つお嬢様が異常なのだ。ティルーナもお嬢様絡みなら強いが、お嬢様が関係してないとなると急に弱くなる。
 俺は明らかに気が沈み込んでいるティルーナを一度置いておき、ヘルメスの方へ行った。

「ヘルメス。」
「なんだい?」
「これから、どうするんだ? いや、俺達はどうなるんだ?」
「アラヴティナ嬢はすっかり怯えちゃったのに、君は余裕だね。」
「現実感がないからな。ちょっとした慣れもあるけどよ。」

 一気に色々ありすぎて、一種の興奮状態にあるのだろう。
 今がまずい状態なのはわかっているが、危機感をあまり抱けない。

「ティルーナは今まで安全な環境で育てられた普通の令嬢だ。魔物が当然のように出るシルード出身の俺とは違う。」
「普通、にしては随分とした執着をリラーティナ嬢に持っているようだけど?」
「アレは……お嬢様がおかしいんだ。お嬢様を守ろうとした結果、ティルーナも影響されておかしくならざるをえなかったんだ。」
「君は自分の主人に対してやたら辛辣だね。」

 忠義とは、ただ信じる事ではない。理解して時には否定してやる事だ。
 それにお嬢様の場合、おかしいという言葉の前に必ず良い意味で、と入るからな。

「……最悪だよ。ダンジョン変動なんて起きるなんて、想像すらしてなかった。危険度7のマンティコアがここに来る時点で大分おかしかったんだけど。」

 あの強さで危険度7なのか。危険度10という埒外の化け物を外しても、その上にまだ二つ先がいる。
 マンティコアすらも全く歯が立たないであろう俺からすると信じられない事だ。

「ダンジョン変動の厄介な所は主に二つある。一つ目はこんな感じでダンジョンが動くから潰されて死にかねないという事。これは僕が第十階位クラスの結界を張ったから問題ない。」
「これ、第十階位だったのか?」
「そうだよ。逆に言うならこのクラスじゃないと潰されて死ぬ。」

 ヘルメスは上半身を起こして、再び帽子を被る。その顔は明らかに憂鬱そうで、見るからに気が落ち込んでいるのが分かった。

「それで、ダンジョン変動の厄介な所二つ目。一つ目の方は運が良ければ隙間に潜り込めたりして生き残れる事も、まあなくはない。」

 俺に見えるようにヘルメスは二本指を出して突き出す。そして話すことすら嫌になってきたのか、あたまをそのまま後ろに倒して上を見る形になる。

「だけど、終わった時。その時にもしも百階層まで流されていたら、って話さ。」
「……生き残れたのはいいものも、今度は実力に合わない魔物に殺されるってわけか?」
「その通り。んで、ダンジョンの奴は下から形成をし直す。だから余分な物とかは上じゃなくて下に落ちやすい。」
「だから、余計に生存率が下がるわけか。」

 俺たちもこのまま流されたら深層に行く可能性が高いわけだ。
 もしかしたら、ヘルメス1人だけならこの状況もなんとかできたのかもしれない。しかし俺とティルーナという枷を背負っているのだから、ヘルメスはどうしても守る事に意識が向いてしまうだろう。
 少なくとも、ティルーナが深層で戦うのは無理だ。

「深層っていうのはガチガチの攻略メンバーで、何度もキャンプをして泊まりがけで行くものだ。」
「そうだ、食料とかもねえのか。」
「いや、それは僕が持ってる。非常時の備えは完璧だから。」
「お前本当に何でもできるな。」

 万能者の名は伊達ではないようだ。
 普段はウザいが、こういう時は何よりも頼りになる。

「だから、問題なのは一日じゃ絶対に出れないっていうこと。つまりはキャンプをする必要がある。」
「……ダンジョンの中で?」
「そう、ダンジョンの中で。」

 ダンジョンというのは魔物の巣窟であり、本来ならキャンプなど出来ようはずもない。だが、深層に潜るのなら無理にでも途中で休みを取る必要がある。
 それを普通のパーティはどうしているのだろう、そう考えた辺りで頭が痛くなってきた。

「普通は見張りを置いて安全を取ったり、野営用の大型の魔道具を使うのが普通だ。そして、流石にデカすぎるし高過ぎてそんな魔道具持ってない。」

 ……詰んでね?

「生存率は限りなくゼロに近い。それこそ、死に物狂いで地上を目指してなんとかって程度だ。」
「……俺はまだ死にたくない。」
「僕もだよ。だから全力で足掻くしかない。」

 平和で、完全に安全マージンも確保したダンジョン攻略が、まさか急に死地になるとは。

「この結界が解除された時、その先からは休みなんてない。今のうちに、休んどくといいよ。」

 そう言ってヘルメスは寝転がった。
 言いようのない怒りと、不安と、恐怖が俺の中を渦巻き、それをなんとか堪えて、大きくため息を吐いた。

「俺の異世界、ハードモード過ぎやしないか?」

 そう小声で呟いた俺を、誰が責められるだろうか。
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