幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼

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第四章〜狂いし令嬢と動き始める歯車〜

10.前へ進む者

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 ヘルメスが宿をとった。
 部屋は合計で4部屋で、お嬢様とティルーナだけが同じ部屋だ。つまり俺は一人部屋という事。

「中々、疲れたな。」

 最近師匠の修行のもと、筋トレとかもやらされているんだが、それでも疲労は貯まる。
 まだ始めたばかりで、大して筋肉がついていないというのもあるのだろうが。

「だけど、魔法の練習は欠かしたくないしな……」

 師匠から言われてるから簡単な筋トレもするけど、俺は元々魔法使いだ。
 やっぱり魔法の練度をあげる練習はしてて損はない。

「……よし、やるか。」

 俺が練習しているのは、変身魔法を更に強くする魔法。
 変身魔法は魔法であればありとあらゆる全てになる事ができるが、難易度が高いのも当然ある。
 特に難しいのは不定形、つまりは雷や風とかだ。
 こういうのはあんまり人型から逸脱した形がしにくいし、何より細かい形が難しい。

 だから、俺が今やりたいのは簡単に言えばドリルだ。
 某、柱の男みたいに回転する風の拳だとか岩の拳で敵を殴る。ロケットパンチはできるんだけども、それを回転させるとなると途端に難しくなる。

「『部分岩化』」

 俺は右腕だけを岩にする。土属性魔法は最硬の魔法と呼ばれるほど硬いし、ドリルパンチができれば俺に足りない部分を埋めてくれる。
 俺の右腕は肘から先だけが回転を始め、少しずつその速度を増していく。この時点で普通に殴るだけでも威力は高いだろう。
 しかしこの程度では、エルディナは倒せない。
 勢いよく回転していく俺の右手は超高速で回転を続け、そして勢いよく

「この程度じゃなあ。」

 俺は回転のせいで不規則に跳ねながら転がっていった右手を拾い、くっつける。
 岩にしたら回転部分と回転していない部分の接合が甘くなって、回転数を上げ過ぎると取れるのだ。
 なら風はとなるやもしれないが、単純に風を回転させたところで大した威力はないのだ。
 風というのは元々、凝縮からの射出での切断を狙うのが攻撃魔法の基本だ。一点集中というのと回転させるというのが合わないわけだ。

「うーん……方向性を変えた方がいいのか?」

 俺は戦術においては未だに探り探りだ。
 エルディナや他の魔法使い達は元々パターンが存在する。数千年に渡り魔法使い達が積み重ねた立ち回りというのは、それに倣うだけで大体どうにかなる。
 しかし俺の魔法においては誰かを真似したりだとか、参考にするというのがやり辛い。
 なんせこの魔法は俺だけなのだから。

「んぁ?」

 そうこうしていると、軽く硬質な音が二度響いた。ノックの音であろう。
 はて、夜ご飯も食べたし、誰かと予定をしてた記憶もない。

「……誰だろ。」

 俺はドアの方へ歩いていく。
 この宿のドアは一応ではあるが、鍵がついている。ドアが木製である以上、心許ないというのは確かではあるが、ないよりマシというものであろう。
 ドアの鍵を開けようと、ドアの三歩前程度まで近付いた所で、カチャ、という音が鳴った。

「やあ、アルス君! 遊びに来たよ!」
「ナチュラルにピッキングしてんじゃねえよ!」

 入ってきたヘルメスの手には何か鉄製の小さな棒が数本あり、これで鍵を開けたのだろう。
 直ぐに俺が開けるのに、何故待ちきれなかった。

「いやあ、いくらアルス君とはいえまだ十歳の子供。寂しくて泣いてるんじゃないかって思って遊びに来たってわけさ。」
「俺は今、お前が来たせいで泣きそうだよ。」
「お、やっぱり寂しかったんじゃないか。」
「その耳腐ってるから捨てた方がいいぞ。」

 泣きそうだよのところしか聞いてねえじゃねえか。都合の良いとこしか聞こえねえのか。
 ヘルメスはまるで自分の家かのように無遠慮に、人を嘲るような笑みを浮かべながらベッドに座った。

「それで、オリュンポスに入る気になってくれたかい?」

 そして何の脈絡もなくそう聞いてきた。
 そう言えば返事を先延ばしにしていたな、と思いつつ、何故今なのだろうと疑問に思う。
 どちらにせよ学園に入って間はクランなんて入れないだろうに。

「俺は、冒険者をメインで活動する気はないからな。」
「別にそれでも構いやしないさ。元々はオリュンポスも冒険をするために集まったわけじゃない。何かで行き詰まって、協力しなければ生きていけないから集まっただけだ。」
「そんなクランがトップを争ってるって、他の冒険者はガッカリするんじゃないか?」
「目指されるためにやってるわけじゃないから。」

 そう言ってヘルメスはポケットからトランプを出す。

「僕達は、本当に何をすればいいのか分からないから、あそこに集まったんだ。」
「お前もか?」
「ああ、そうさ。デメテルもアルテミスも、あのヘスティアでさえ色々あって、それで今は元気にやってるわけだよ。」
「……それが、俺を勧誘する理由か?」

 確かにあの時は何がやりたいかも分からずに、生きる意味を探していた。
 だけど、俺はもう違うのだ。
 あの時と違って、しっかりと夢がある。目標がある。やる気がある。想いがある。
 先に進むべき道は、既に照らされている。

「表向きはそう。だけど本心で語るなら、僕は君が気になったのさ。シルード大陸から出てきた、親を失って、片腕も失って、それでも進む君がね。」
「……例え、それが虚勢だったとしてもか?」
「それでも十歳の子供が、全てを失ったってのに前に進めるってのは凄いことさ。」

 ヘルメスはトランプの箱から、普通のトランプを取り出した。

「アルス君、これは僕の持論なんだけどね。」

 そのトランプの中から一枚のカードを取り出して、俺へと投げる。俺も少し驚いたが、危なげなく掴み取る。
 そのトランプの絵はジョーカーだった。

「前に進む者は、何であれ美しいのさ。例えそれが間違っていようと、上手くいかなくても、それが沢山の人を苦しめる事になっても。それは美しいのさ。」
「俺は、そうは思わねえけどな。」

 前に進むだけじゃ駄目だ。
 しっかりと確固たる意思と決意を抱いて、それで前に進まなくちゃいけない。
 じゃないと、俺やアース、フランみたいに道を見失っちまう。

「そう、これは僕の持論さ。賛同を得られる必要はない。ほら、僕って道化師だから。そんな深いストーリーや言葉は似合わないのさ。」
「そうかよ。」

 俺はジョーカーのトランプを投げ返した。それはヘルメスの目の前で宙に止まり、そしてベットに落ちた。

「そうだよ。トランプでいうジョーカーみたいに、毒にも薬にもなる男だと自負している。」

 ベットに落ちたトランプをヘルメスが指先でつつく。
 するとトランプがポンッという音と同時に白い鳩へなり、ヘルメスの肩に止まった。

「人生ってのはどこまでも厳しくて、平等じゃなくて、大変で、苦しくて、そして何よりも醜い。」

 それは間違いなく、ヘルメスの経験であろう。
 そう確信した瞬間が、ヘルメスにはあったのだ。

「だけど、この世界で一番詩的で、芸術的で、劇的で美しく素晴らしいのもまた、人生なんだよ。」

 ヘルメスは立ち上がり、空を仰ぐように腕を広げて天井を見る。

「前に進むだけで詩的だ、それには理由があるから。前に進むだけで芸術的だ、何かに挑戦するという事だから。前に進むだけで劇的だ、その先には困難が待ち受けているはずだから。」

 だからこそ、と続けながら俺の顔をヘルメスは見る。

「前に進む者は、美しい。」

 その表情はいつも通り笑っていたが、いつもの胡散臭い商人のような笑みではなく。

「だから、僕は君と冒険がしたいんだ。」

 少年のような、溢れ出した笑みだった。
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