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第四章〜狂いし令嬢と動き始める歯車〜

5.ティルーナの覚悟

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 俺は渡されたその赤い石を月で照らし当てて見る。
 魔石ではなく、恐らくは鉱石であろう。若干の魔力を感じることか魔道具とも推測できる。
 しかしどんな効果なのかは俺の管轄外だから分からない。

「これは何だ?」
「記録石、という魔道具です。中にはフィルラーナ様の手記の内容が保存されています。」
「お嬢様の? 何でお前がそんなもの……」
「いつか使う時が来ると思っていたので、盗み見た時に保存しておきました。」

 今のティルーナからは考えられない行動だ。
 お嬢様の許可を得ずにお嬢様のものに触るなんて、今じゃ絶対にしない。部屋に入ることさえ許可を求めるだろう。 

「私が、必要な情報と判断したからです。魔力を込めてください。それで起動します。」
「おうよ。」

 記録石に魔力を込めるとそれが薄く光をあげ、その上空に開いた本の映像が映しあがる。

「その記録石は画像型で一枚まで映像を保存できます。」
「少ないな。」
「安物ですから。特に私が買った頃にはお金を持てる歳でもなかったので。」

 その本は綺麗で殆ど新品同然であり、公爵家の令嬢が使うに相応しい高級感のある手帳のようなものだ。
 手記の中には殴り書きで色んな事が整えられず、無秩序に書かれていた。

「これは今はもうない手記の映像です。フィルラーナ様が自身で燃やす前に私が撮ったのですよ。そして、それが書かれたのはあなたと会う前です。」

 これに書かれているのは俺という存在についての情報と、ティルーナについての事が書いてあったのだ。
 俺と会うより先に、俺の名前どころか出立ちや目的まで全て書いてある。これだけで予言の力が本当であるというのが分かるだろう。

「なる、ほど……つまりはこれはお嬢様が記録用に残した予言のデータか。」
「そうです。しかし不可解な点は、何故それを燃やしたのかという事です。」
「確かにそうだな。予言の内容を記録するってのにそれを燃やしたら意味がない。」

 なら考えられる可能性としては、自分の頭の中を整理したかったからとかか?
 いや、それでもわざわざ燃やす意味があるのだろうか。

「私がデータとして残せたのはこのページだけですが、勿論このページ以外にも色んな事が書かれていました。もう五年も前ですのであまり覚えてはいませんが。」
「そこに、燃やした理由があったのか?」
「もしかしたらそうかもしれませんが、私が覚えているのはほんの一部だけ。未来の予定です。」

 未来の、予定?

「自分が生まれてから十五歳、成人を迎えるまでにやる事が事細かに書かれていたんです。」
「それは、
「いいえ。」

 俺は今まで、お嬢様は俺の存在やらティルーナの病気みたいに特定の事を言い当てる力しかないと思っていた。
 だがよくよく考えてみれば、生涯に三度だけ、しかもそれが運命神の加護の力であるのならば、たかがその程度の力であるはずがない。

「……俺が想像しているより何倍も知れるのか。それこそ、そいつの辿る未来まで。」
「恐らくはそうです。生涯に三回だけ、その未来の事象の殆どを知る事ができる。そのものへの深い知識を得る事ができるのがフィルラーナ様の力ではないかと考えました。」

 人智を超越した未来視。だが、恐らくは大体こんな出来事があるっていう程度の効果しかないはずだ。
 知っていれば学園を通る時に寄ったあの街、アレの被害を抑えるためにもっと色々と対策を打っていたはず。

「だからこそ、フィルラーナ様は何かを見たのです。私の病気が完治した時、フィルラーナ様はまるで別人のようでした。大人の前では今までと変わらないように振る舞ってはいましたが、その不気味さの気持ち悪さを今でも覚えています。」
「急激に成長したんじゃなくて、成長せざるをえない『なにか』を見たって事か?それこそ人格を変えうるほどの『なにか』を。」
「そう、私は考えています。」

 なるほど。お嬢様は何かを見たのは間違いないだろう。それが一体何かは分からないが、マシなものではなかったのは今の性格から見ても想像がつく。

「だけど、それだって憶測だろ。反動で精神が成熟する、みたいな事もあり得るだろ。」
「その可能性もありうるでしょう。しかしそれを否定する理由が一つあるのです。」

 俺は黙ってティルーナの言葉を待つ。
 少し緊張して唾液を飲み込み、決して真実から目を逸らさないように前を見た。

「当時の私は何故そこまでフィルラーナ様が急変したか分かりませんでした。だから私は部屋を訪ねたのです。」

 当然の思考回路だ。昨日まで遊んでいた幼馴染が急に一人だけ精神が大人になっていたら気になって仕方がないだろう。
 そりゃあ気になって忍び込んでまで手記を盗み見るのも納得がいく。

「私が、フィルラーナ様の部屋の前に来た時。フィルラーナ様は泣いていました。」
「――え?」

 予想外の言葉に俺は間抜けな声を出す。
 俺がお嬢様の泣く姿が想像できなかったというのもあるし、あのお嬢様を泣かせるほどの事とは一体何なのかという恐怖もあった。

「決して貴族教育が辛いなどと理由ではなく、怒られたというわけでもありません。何せフィルラーナ様は昔から天才でしたし、失敗して泣く理由がどこにもなかったのです。」
「だから予言の力だと、それで何か恐ろしいものを見たと考えたわけか。」
「はい。」

 この考えが正しいか、と言われたらなんとも言えない。
 しかし話の理論に筋は通っているし、俺にここで嘘をつく理由もない。本当の可能性も大いにあるはずだ。

「そしてそれが、私が忠誠を誓った理由です。」

 そして、例えそれが間違いだったとしてもティルーナは根本の考えを変える気はないだろう。
 何故なら、どんな真実があってもお嬢様が泣いていたという事実に変わりはないのだから。

「フィルラーナ様が、一体何と、何のために戦っているかは知りません。しかし、いえ、だからこそ私はフィルラーナ様を支えなくてはならないのです。」

 だからこそ、俺とティルーナは交わらない。

「あなたはいつか、自分のためにフィルラーナ様を斬り捨てる。」
「……かもな。」

 否定はしない。
 想像し難いことだが、お嬢様が俺の前に立ち塞がるなら、押しのけてでも俺は通る。
 それは他ならぬ、お嬢様の言葉に従ってだ。

「それを、私は許容できない。」
「例えそれを、お嬢様が認めても?」
「ただ従うだけが、忠義ではありません。」

 ティルーナには自分がどうなっても、何が起ころうとお嬢様の為に戦う覚悟がある。
 そして、言うことが間違っているとも俺は思わない。
 お嬢様を場合によっては裏切る人間が騎士というのは、認められやしないだろう。

「私はあなたを信用できません。だから仲良くしようとさえ思えません。」

 ティルーナにとって俺というのは不確定な危険分子。正に毒にも薬にもなるものだと、判断しているのだ。
 俺という人間としては認められても、騎士としてお嬢様の側に置くには恐ろしい。

「これは、決して譲れない点です。だから私とあなたが仲良くするには二つの方法しかありません。」

 そう言ってティルーナは二本指を立て、俺へと向ける。
 一つは分かる。いつも言っていることだ。
 しかし2つ目は分からない。この考えでいくなら、仲良くする方法は一択だと思うのだが。

「一つは、あなたがフィルラーナ様に絶対の忠誠を誓う。」

 これは何度も言うが有り得ない。
 だから問題はこの次。

「もう一つは、私からいた方がいいと思えるほどの信頼を勝ち取ることです。」

 そう、きたか。
 とんだクソゲーが始まったぞ。
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