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第四章〜狂いし令嬢と動き始める歯車〜

3.組織

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 夏休み。
 俺は師匠との修行で割と暇ではない夏休みを送っているが、決して遊びがないわけではない。
 エルディナの強い要望によりお嬢様によってちょっとしたイベントが開かれる事となった。
 幸いな事に、師匠は休みをお願いすれば二つ返事で了解してくれる割とフランクな師匠だしね。その代わり修行中は物凄く厳しいけども。

「夏、といえばプールって、ちょっと安直すぎやしません?」
「あら、他に行きたい所があったの?」
「別にそういうわけじゃありませんが。」

 お嬢様とそう話しながら、眼の前のプールを眺める。
 俺達はお嬢様のリラーティナ家が所有する別荘に集まって過ごす事になった。一泊二日のちょっとしたお泊まり会のようなものだ。
 そして、別荘に備え付けられているプールで遊ぼうという事になったわけだが。

「泳げないの?」
「その気になれば水そのものになれますよ。」
「それなら問題ないじゃない。」
「いや、水死体が一つできそうなんで。」

 アース『で』遊んでいるエルディナはとても楽しそうだ。片方が死にかけているのが怖い所だけども。
 ティルーナはせっせとビーチパラソル的なセットを組み立てており、ガレウとフランだけが普通にプールで遊んでる。
 俺とお嬢様はそれをただ見ているだけだ。

「見て、ないで、助けろッ!」
「普通に遊んでるだけじゃない。何でそんなに苦しそうなの?」
「うるさい体力お化けが! 俺様はお前みてーに体力はねーんだよ!」

 アースとエルディナはそんな感じで戯れている。
 あんな感じで罵り合っているが、なんだかんだ言って二人とも仲が良い。

「フィルラーナ様! パラソルを組み立て終えました!」
「あ、できたのね。」
「お嬢様も全然遊ぶ気ないじゃないですか。」
「女の子は日に焼けたら大変なんだから。女心が分かってないわね。」

 そう言ってお嬢様はパラソルの方へ行く。
 女心なんて男だから分からねえよと思う反面、だからモテるどころか友達すら出来なかったんだなと納得してしまった。
 あれ、目から水が。

「フラン、そいつを抑えてろ! 俺様は出る!」
「ふん! 私から逃げられるとでも!」
「……うむ。」

 ガレウは苦笑いしており、フランは気怠げに近くのプールサイドに立った。
 エルディナが魔法を使ってアースを捕まえようとするが、それより早くフランが上空からその間に飛び込む。
 大きく水飛沫が舞うと同時に、アースへと迫り来る魔法をフランが踏みつけるようにしてぶち壊す。
 水飛沫に紛れてそのままアースはプールから飛び出し、フランとエルディナは睨み合う。

「見てねーで、助けろ、よ。」
「無理だっての。俺も引き摺り込まれるわ。」
「卑怯者め……!」

 これは戦略的行動だ。一人の犠牲によってより多くの人間が助かるのだから、そっちの方がいいに決まっている。

「エルディナさんは元気だね。」
「ガレウも上がったのか?」
「ちょっと、もう遊べる雰囲気じゃなさそうだったし。」

 ガレウはタオルで体を拭きながら、プールの方を指差した。
 そこでは幾つもの魔法が飛び交い、水面を駆けるフランが生身で魔法を潰していた。さて、どうやってあいつは水の上を走れているんだろうか。

「僕は疲れたし、ちょっと寝てるよ。」
「お疲れ、ガレウ。」

 ガレウはそのまま別荘の家屋の中に入っていた。
 ここの家屋は煌びやかな貴族の家とは対照的で、かなり落ち着いた感じの木造建築だ。見た目通り中も広く、それこそ俺達全員に個室が割り振れるぐらいには部屋もある。
 後はメイドとか執事もいるし、なんだったら護衛の騎士がずつとそこら辺にいる。ちょっと引いた目でこっち見てるけど。

「……ああ、アルス。そー言えば伝え忘れてたことがあった。」
「何だ?」

 アースは寝転がって、俺を見ないで空を見たまま喋り始める。
 相当疲れた様子で、喋るのも気怠げな様子だ。というかアースは元よりプールに入るつもりはなかった。エルディナに引き摺り込まれただけだ。

「あの、俺様を襲った暗殺者の事が分かってきた。」
「……今更、か?」
「いくら国の諜報が優秀とはいえ、今回は相手が相手だ。かなり厄介だったそーだぜ。」

 物凄く昔の話のようなさえしてくるが、確かに結局あの男が誰か分かっていない。
 あんなにあの時は怖かったのに、今はどうでもいいとも思えてるのが人間の逞しいところであろうか。

「俺を殺しに来た奴も、あの侯爵を唆したのも同じ組織と見てよさそーだ。」
「だけど、それはなんとなくもう分かってただろ?」
「ああ、問題なのはその組織だ。ここ十年で急速に発展した組織なんだが、足取りが全く追えない。」

 この世界にも恐らくは裏組織というものはあるのだろう。
 現代においても、そういうものがないとは言い切れない。
 インターネットが主流となったからこそ、インターネットを通じた犯罪組織もあるはずだ。

「いわゆる何でも屋、暗殺から泥棒、力仕事でも何でも受け付ける。その分、金はキッチリ取るらしーけどよ。」
「王族の殺害未遂なんだから、相当な数の騎士が動くんじゃないのか?」
「動いてるっての。それでも全く追えないんだ。」

 王族が敵に回すという事は、国家を敵に回すという事だ。それでも足取りが追えないって、そんなことあり得るのか?

「まず活動範囲が広過ぎる。今見つかってるだけで新霊共和国、ヴァルバーン連合王国、ホルト皇国を中心に小国にも出現が確認されている。」
「すまん、俺その国知らん。」
「……まあ、世界中にいるってことだよ。」

 アースの目が急に冷ややかなものとなった。
 地理はまだ勉強中なんだよ、勘弁してくれ、今は歴史で精一杯なんだ。

「世界中で活動してて、本拠地が一向に掴めないってのが理由の一つだ。」

 なるほど、確かに世界規模で広がられたら捜索も難しいだろう。
 いくらグレゼリオン王国が大国とはいえ、他国の軍が送り込まれて了承する馬鹿はいない。

「それと、組織形態が特殊なんだよ。組織が大きくなるまで、その組織の存在にすら気付けなかったんだ。組織に名前がないからな。」
「名前が、ない?それって何でも屋としては不適格だろ。」

 名前というのは重要だ。
 名前があるからこそ、その存在を他人に知らせることができ、それを聞いた人間がそこに依頼する。
 顔の広さが商売では大切というのならば、その顔を外しているようなものだ。

「奴らは依頼をとるとき、依頼を待つんじゃなくて自分達から会いに行く。どうやってるかはわかんねーけど、依頼をしたがっているような人間の前に現れるらしいぜ。」
「……それが本当なら、マジでキツイな。そもそも活動拠点が誰も分からないって事だろ?」
「だから難航している。しかもご丁寧に末端の職員には情報の共有をしていない。何人か捕えて拷問したが、全く成果は得られなかった。」

 情報を消す事へのこの徹底ぶり。
 捕まる事を相当恐れているのか、何か見つかるとヤバいものがあるのか。もしくはその両方。

「そして俺様を襲ったあの男は、恐らくは組織の最強クラスの戦闘員だ。重要任務を請け負う特別な戦闘員なんだろーよ。」
「そうか……まあ、そういうのは大人の仕事だ。どちらにせよ、俺はまだ勝てない。」

 今はまだ、な。
 エルディナは最高位である第十階位の魔法を使えるが、それは賢神の最低条件。フランも既にそこらの騎士なら圧倒できるが、一流の、それこそ王族の騎士であれば負ける可能性は高い。
 つまりはまだ、俺達は成長途中だ。あの男にも、勝てないだろう。

「気をつけろよ、アース。」
「知略の限りを尽くすさ。俺様は王子だぜ?」

 逆に言えば、追いつけばいいのだ。その力の限りを尽くして。
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