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第三章〜剣士は遥かなる頂の前に〜

17.大会終了

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 エルディナ・フォン・ヴェルザードは天才である。

 こと魔導においては、それは決して間違いではない。純然たる事実だ。
 祝福眼を生まれ持ち、最高位の風の大精霊とも契約を交わした。そして何より当人のセンスも良い。
 大精霊の補助があるとはいえ、第十階位の魔法を十歳の年齢で扱うのは異様である。

 エルディナは魔法が好きだった。
 自分の空想を現実に変え、何より自分の能力の全てを尽くしているような感覚を好んでいた。

 だか、誰もエルディナの隣にはいない。
 どんなに天才と呼ばれる魔法使いでも、エルディナには及ばない。その下で2番争いをするだけだ。
 誰もエルディナと競ってくれない、全力を尽くさせてくれない。それがエルディナはたまらなく嫌だった。

 ――そんな中に、アルス・ウァクラートが現れた。

 期待せずにはいられまい。
 もしかしたら、肩を並べてくれるかもしれない。同等の魔法使いとして君臨してくれるかもしれない。
 事実、大会が終わるその一瞬まで、エルディナはそれを信じていた。

 だけど、結末はこうなった。

 何故勝つまでやらないのか、負けるのが悔しくないのか、勝てるわけがないと、それだけで諦めるのか。
 エルディナ・フォン・ヴェルザードには、分からない。





 学内大会は終わりを迎えた。
 五年生の大会はあまり大したことはなかったから省略するが、十分だろう。
 重要な結果は、エルディナ様とフランが各部門で優勝したということ。そして俺は準優勝だったというつまらない事実だ。
 ああ、つまらない。
 そして心底腹が立ち、怒りで自分を斬り裂きそうなぐらい悔しい。
 ああ本当に、つまらない。

「首位だけが表彰ってのが慣れないなあ。」

 現在は表彰式が行われている。
 表彰式は形式的に行われるものだ。みんなはもう帰っていっている。
 だけど、俺にとってこの表彰式は決して見逃しちゃあいけないものだ。

 この世界では一番だけが表彰される。考え方が根本的に違うのだ。
 一位が尊ばれるというのもそうだが、本当の二位なんて総当たりじゃないと確実性がないだろって感じで。ちょっと嫌われてるんだ。

「……四年後は、あそこに俺が立ってみせるさ。」

 俺が今いる場所は観客席ではない。
 わざわざ決勝まで進んだんだし、いくら人が減ったとはいえあんな人混みの中でいたくない。
 俺がいるのは会場へと続く通路だ。
 ここなら表彰が終われば直ぐにあいつら来るだろ。無許可だけど、変身魔法で体を砂に変えれる俺であれば即座に逃げれる。
 何より俺の曾祖母が学園長だし、これぞ親のコネだ。

「おお、終わったかフラン。相変わらず仏頂面してるな。」
「お前は、何だか楽しそうだな。」

 そう見えるだろうか。いや、確かに最近で今が一番楽しい気はするけど。

「そこの少女に用があるのだろう?」
「まあね。」
「なら、俺もさっさと帰るとしよう。」

 フランの握り拳が俺の胸を軽く叩く。
 そして、感情が顔に出にくいフランにしては分かりやすく笑った。

「次は、二人で表彰台に立とう。」

 そう言ってフランはそのままこの場を去っていった。
 何で今回優勝者の前でそれを言うかな。あいつは空気が読むのが下手くそなんだろうけど。
 俺は改めて前に向き直る。
 緑の髪と青い目の少女が腕を組んで俺を見ていた。その顔はどこか複雑そうで、なんか、なんというか微妙な顔をしている。
 自分でもどんな感情を出せばいいのか分からないのだろう。

「さて、エルディナ様。話をしましょうか。あなたも、俺も話したいことが、聞きたいことがあるはずでしょう?」
「……一つ、聞かせて。」

 そう言われて反射的に身構えてしまう。
 とんでもない罵詈雑言で罵られるという展開も覚悟していたからだ。

「あなたは、何で負けるのが平気なの? 悔しくないの? 勝ちたくないの?」

 そう聞かれるのも、なんとなく想像はしていた。
 だからあまり悩まず、口から言葉が漏れ出す。

「エルディナ様、あなたは天才です。この世に神に負けて悔しがる人間がいないように、圧倒的な力量差には理不尽を感じるだけでどうにかできるなんか普通は考えません。」
「でも、私なら、神でも超えてみせるわ。」
「それが既に、天才の発想なんですよ。人が届かないと思うところに手を伸ばせる、伸ばそうと思える。それが天才なんです。私みたいな凡人とは決定的に違う。」

 一般人にその発想はできないのだ。
 一昔前の誰が想像した。スマートフォンなんていう小型の超万能な情報端末ができるなんて。
 だけど、それを想像して、夢を見た奴がそれを生み出す。
 この世に存在する数多もの天才の真髄は、憧れを憧れで終わらせないことにある。
 そこに辿り着いてみせるという狂気に等しい意志。それが天才を生み出せる。

「負けるのが平気なんじゃない。あなたに負けたのだから、仕方ないと思ったのですよ。だから、悔しくない。」
「それは、あなたも?」

 それは懇願するような聞き方だった。
 そうでないと言ってくれ。違うと言ってくれ。そんな思いが込められているような気さえした。

「当然。」
「ッ!」
「当たり前でしょう。勝てない敵とは戦わずに、ただ自分らしく生きていく。それが凡人ですから。」

 ああ、そうだ。それでいいと、昨日まで思っていた。

「だけど、それをしちゃあいけないって俺を蹴り飛ばした奴がいましてね。……ああ、今思えばあれはあなたの為だったのかもしれない。」

 俺に発破をかけたのも結局、幼馴染が見ていられなかったからだからかもな。
 後でこれをいじってやろう。

「俺はあなたが羨ましい。そんな魔法を自由に使えるなんて、きっと楽しいんだろうなって。」

 だけど、憧れたままじゃ俺は勝てない。

「だから、決めた。そう言えば前に敬語はいらないって言ってたよな? なら今、俺の気持ちをそのままぶつけてやるよ。」

 壁だ。壁なのだ。俺が乗り越えるべき、壁なのだ。
 俺の夢は、その先にある。

「他の塵芥どもは、きっとお前には並べない。昨日までは、俺もそこにいた。」

 天才が羨ましいなら、俺が天才なってやればいい。英雄に憧れるなら、俺が英雄になればいい。
 他の誰でもない、俺という英雄になるために。

「だけど、今日からは違う。エルディナ・フォン・ヴェルザード如きに、俺はもう二度と躓きはしない。」

 あまりにも傲慢不遜だ。
 だけど、これぐらいの心構えじゃないと俺は勝てない。

「俺が、最強になる。最強で幸福の魔法使いになると今朝決めた。」

 右の人差し指をエルディナへ向ける。
 これは宣戦布告にして、勝利宣言だ。俺が勝利するという事実を叩きつける。

「覚悟しろエルディナ。もうそんな余裕な面、二度とさせねえからな。」

 俺は満足げにそう言い切った。
 すると急にエルディナはその眼を潤ませ、泣き始めて俺に抱きついた。

「……は?」
「ごめん、なさ、い。あり、がとう。」

 こういうのを見るとまだ十歳の子供なんだなあ、と思えてしまう。
 子供らしい直情的な行動だ。

「私、もう、誰も私と、魔法で遊んで、くれないんじゃないかっ、て。」
「……そうか。」

 俺はエルディナの頭を撫でながら、相槌を打つ。
 嗚咽が混じっていて聞き取りづらいし、なんか抱きつかれたところ涙とか鼻水でやられそうとか若干失礼な事を考えながら話を聞く。

「アルス、好き。私アルスと結婚する。」
「何を言っているんだお前は。」

 頭バカになってるぞ。
 というか洒落でもそんな事を言うんじゃない。公爵家の恨みを買うつもりはないのだから。

 そんなわけで、激動の大会は終わりを迎えた。
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