66 / 474
第三章〜剣士は遥かなる頂の前に〜
16.勝て
しおりを挟む
フランとチェリオの接戦に会場は沸き立っている。
チェリオは猛攻を続けるが中々フランは負けない。それはフランの執念によるものであり、もしかしたら逆転もあるのでは、そう考える人もいるからだ。
様々な声が各選手に飛ぶ中、たった一人。違う視点で試合を見つめる男がいた。
会場の最後列におり、武術の試合を見ている人間は魔導の方を見ていない。
だからこそ先程まで魔導で壮絶な決勝を繰り広げていた人間だとは誰も気付かなかった。
しかしそんなこと彼には関係ありはしない。
彼がここに来たのは、友が勝つのを見に来ただけなのだから。
「あんなに大口叩いてたくせして、何があったんだか。」
少し小馬鹿にするようにして彼はそう呟いた。
彼は自分自身が反故にした約束を、結びもしなかった約束を届けに来た。
今更遅いと分かっていても、それは彼にとっては何よりも必要だったから。
「フランッ!!」
彼は大声で叫ぶ。それだけじゃない。歓声を掻き消すほどの大声を出すために、風属性の拡声の魔法も重ねて。
その声で彼は注目を集めるが、もはや気に留めすらしない。
「勝てッ!!!!」
ただシンプルで、何よりも強い声が会場に響き渡った。
フランは忘れていた。
自分で取り付けた約束だというのに、よりにもよってあんなに負けてもいいと言っていたアルスに思い出させられた。
フランの口が緩む。何があったのかも、どういう事があったのかもフランには分からない。
ただ、負けちゃいけない。その思いは狂うように強くなっていく。
全身の血液は煮えたぎり、脳は冴え渡って、腕に力が戻る。
「なあ、聞こえたかチェリオ。」
フランは力を振り絞り、振るわれたチェリオの剣を大きく弾く。
体が痛い。立つのもやっとだ。しかしさっきまでは意地で立っていたが、今は違う。
立たなくてはいけない理由ができた。
「俺は勝たねば、いけないらしい。」
深い言葉など必要ない。
ただ必要なのはあの約束をアルスが覚えていて、そしてフランの勝利を確信しているという事実だけであった。
「は、ハハッ! 友達が来たからっていいとこ見せるつもりかい?もう君は負けたんだよっ!」
フランの体は弱り切っている。それこそこんな相手に苦戦するほどに。
しかしフランの師であれば、どれだけ疲弊していも、どれだけ弱っていても目の前の敵を倒すだろう。
だからこそ今、それに届けば良い。
ほぼゼロの力で、相手の力を利用するだけで敵を倒し、術理だけで一を億にした一撃で敵を屠ればいい。
できるできないじゃない、やるのだ。
友との約束を違えてはならない。例えアルスが敗れていたとしても、否、それならば尚更。
「無銘流奥義三ノ型『王壁』」
チェリオの攻撃の全てを弾き、受け流し、そして防ぎ切る。
逆に力が出ない今であればこそ、技に対して真摯に向き合える。
より力を使わずに相手の攻撃をいなし、より力を使わずに強い一撃を放つ。
いつもなら考えないことだ。より強い一撃を放つために、より力を抜くなど。
何かを掴むような感覚がフランの中に生まれていく。その証拠に、フランの剣は振るうたびに師の剣へ近付いていく。
「な、なんで急に力が……!」
力が戻ったわけじゃない。より効率よく力を出す方法を身につけてきただけだ。
自分の力の動きを完全に操り、そうやって相手の動きすらも操る。
自分から攻撃せずとも相手が勝手に負ける。これこそが一つの武の極地。
「ぁ」
相手が攻撃するタイミングで、攻撃するという二重三重のフェイントをいれる。そのタイミングで素早く姿勢を下ろして足を少し叩いてやれば、想像の何倍も分かりやすくすっ転ぶ。
「ま、まだだ!」
フランが追撃を加えなかったので、チェリオも立ち上がって俺から距離を取る。
舐めていたからではない。
「今のが最後のタイミングだぞ! 今以上の隙はこの先ないんだからな!」
ああ、その通り。もうあれほどの隙はできないだろう。
次の一撃で決まるからだ。
地を駆け、距離を詰める。
チェリオの間合いに迫るまでは警戒の必要はない。そして、間合いに入った瞬間に勝負は決まる。
チェリオの間合いとは即ち、フランの間合いなのだから。
「フランッ! 勝つのは俺だっ!」
「究極の剣を今、ここに。」
立ち止まっているチェリオの方が遥かに迎え撃つのは容易。走って向かうフランの方が間合いをはかるのは難しい。
チェリオも油断はしないだろう。実力で決勝まで上がれるぐらいの剣術は持っているのだ。
いくらフランの剣術が飛び抜けていても、破るのは容易ではない。
「斬れッ!!」
間合いに入った瞬間、剣が歪んで見えるほどの鋭い剣が放たれる。
究極の一撃に比べれば、あまりに遅過ぎる。
その隙があれば、フランの師は十度剣を振るうだろう。しかし今は、それで十分だった。
後から放たれた刃が、鋭く相手の剣を弾く。
完璧な角度、完璧なタイミング、完璧な力加減で。
そしてそのまま流れるように、刃が一瞬でチェリオを斬った。
「……俺では、二度が限界らしい。」
遥かなる頂は、未だ遠く。
「ぁ、が。」
それでもフランはその頂の前に、立てたのだ。
友のための刃が、究極へとほんの少しだけ届かせてくれた。
「俺達の、勝ちだ。」
『決着!』
実況が何かを言っている。しかし、フランにはもはや何も聞こえない。
視界は朧気になり、足の力は急速に抜けていく。
その役目を終えたと言わんばかりに。
フランはその場に、糸が切れたように倒れ込んだ。
チェリオは猛攻を続けるが中々フランは負けない。それはフランの執念によるものであり、もしかしたら逆転もあるのでは、そう考える人もいるからだ。
様々な声が各選手に飛ぶ中、たった一人。違う視点で試合を見つめる男がいた。
会場の最後列におり、武術の試合を見ている人間は魔導の方を見ていない。
だからこそ先程まで魔導で壮絶な決勝を繰り広げていた人間だとは誰も気付かなかった。
しかしそんなこと彼には関係ありはしない。
彼がここに来たのは、友が勝つのを見に来ただけなのだから。
「あんなに大口叩いてたくせして、何があったんだか。」
少し小馬鹿にするようにして彼はそう呟いた。
彼は自分自身が反故にした約束を、結びもしなかった約束を届けに来た。
今更遅いと分かっていても、それは彼にとっては何よりも必要だったから。
「フランッ!!」
彼は大声で叫ぶ。それだけじゃない。歓声を掻き消すほどの大声を出すために、風属性の拡声の魔法も重ねて。
その声で彼は注目を集めるが、もはや気に留めすらしない。
「勝てッ!!!!」
ただシンプルで、何よりも強い声が会場に響き渡った。
フランは忘れていた。
自分で取り付けた約束だというのに、よりにもよってあんなに負けてもいいと言っていたアルスに思い出させられた。
フランの口が緩む。何があったのかも、どういう事があったのかもフランには分からない。
ただ、負けちゃいけない。その思いは狂うように強くなっていく。
全身の血液は煮えたぎり、脳は冴え渡って、腕に力が戻る。
「なあ、聞こえたかチェリオ。」
フランは力を振り絞り、振るわれたチェリオの剣を大きく弾く。
体が痛い。立つのもやっとだ。しかしさっきまでは意地で立っていたが、今は違う。
立たなくてはいけない理由ができた。
「俺は勝たねば、いけないらしい。」
深い言葉など必要ない。
ただ必要なのはあの約束をアルスが覚えていて、そしてフランの勝利を確信しているという事実だけであった。
「は、ハハッ! 友達が来たからっていいとこ見せるつもりかい?もう君は負けたんだよっ!」
フランの体は弱り切っている。それこそこんな相手に苦戦するほどに。
しかしフランの師であれば、どれだけ疲弊していも、どれだけ弱っていても目の前の敵を倒すだろう。
だからこそ今、それに届けば良い。
ほぼゼロの力で、相手の力を利用するだけで敵を倒し、術理だけで一を億にした一撃で敵を屠ればいい。
できるできないじゃない、やるのだ。
友との約束を違えてはならない。例えアルスが敗れていたとしても、否、それならば尚更。
「無銘流奥義三ノ型『王壁』」
チェリオの攻撃の全てを弾き、受け流し、そして防ぎ切る。
逆に力が出ない今であればこそ、技に対して真摯に向き合える。
より力を使わずに相手の攻撃をいなし、より力を使わずに強い一撃を放つ。
いつもなら考えないことだ。より強い一撃を放つために、より力を抜くなど。
何かを掴むような感覚がフランの中に生まれていく。その証拠に、フランの剣は振るうたびに師の剣へ近付いていく。
「な、なんで急に力が……!」
力が戻ったわけじゃない。より効率よく力を出す方法を身につけてきただけだ。
自分の力の動きを完全に操り、そうやって相手の動きすらも操る。
自分から攻撃せずとも相手が勝手に負ける。これこそが一つの武の極地。
「ぁ」
相手が攻撃するタイミングで、攻撃するという二重三重のフェイントをいれる。そのタイミングで素早く姿勢を下ろして足を少し叩いてやれば、想像の何倍も分かりやすくすっ転ぶ。
「ま、まだだ!」
フランが追撃を加えなかったので、チェリオも立ち上がって俺から距離を取る。
舐めていたからではない。
「今のが最後のタイミングだぞ! 今以上の隙はこの先ないんだからな!」
ああ、その通り。もうあれほどの隙はできないだろう。
次の一撃で決まるからだ。
地を駆け、距離を詰める。
チェリオの間合いに迫るまでは警戒の必要はない。そして、間合いに入った瞬間に勝負は決まる。
チェリオの間合いとは即ち、フランの間合いなのだから。
「フランッ! 勝つのは俺だっ!」
「究極の剣を今、ここに。」
立ち止まっているチェリオの方が遥かに迎え撃つのは容易。走って向かうフランの方が間合いをはかるのは難しい。
チェリオも油断はしないだろう。実力で決勝まで上がれるぐらいの剣術は持っているのだ。
いくらフランの剣術が飛び抜けていても、破るのは容易ではない。
「斬れッ!!」
間合いに入った瞬間、剣が歪んで見えるほどの鋭い剣が放たれる。
究極の一撃に比べれば、あまりに遅過ぎる。
その隙があれば、フランの師は十度剣を振るうだろう。しかし今は、それで十分だった。
後から放たれた刃が、鋭く相手の剣を弾く。
完璧な角度、完璧なタイミング、完璧な力加減で。
そしてそのまま流れるように、刃が一瞬でチェリオを斬った。
「……俺では、二度が限界らしい。」
遥かなる頂は、未だ遠く。
「ぁ、が。」
それでもフランはその頂の前に、立てたのだ。
友のための刃が、究極へとほんの少しだけ届かせてくれた。
「俺達の、勝ちだ。」
『決着!』
実況が何かを言っている。しかし、フランにはもはや何も聞こえない。
視界は朧気になり、足の力は急速に抜けていく。
その役目を終えたと言わんばかりに。
フランはその場に、糸が切れたように倒れ込んだ。
15
お気に入りに追加
374
あなたにおすすめの小説

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。
みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅
聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

クラス召喚に巻き込まれてしまいました…… ~隣のクラスがクラス召喚されたけど俺は別のクラスなのでお呼びじゃないみたいです~
はなとすず
ファンタジー
俺は佐藤 響(さとう ひびき)だ。今年、高校一年になって高校生活を楽しんでいる。
俺が通う高校はクラスが4クラスある。俺はその中で2組だ。高校には仲のいい友達もいないしもしかしたらこのままボッチかもしれない……コミュニケーション能力ゼロだからな。
ある日の昼休み……高校で事は起こった。
俺はたまたま、隣のクラス…1組に行くと突然教室の床に白く光る模様が現れ、その場にいた1組の生徒とたまたま教室にいた俺は異世界に召喚されてしまった。
しかも、召喚した人のは1組だけで違うクラスの俺はお呼びじゃないらしい。だから俺は、一人で異世界を旅することにした。
……この物語は一人旅を楽しむ俺の物語……のはずなんだけどなぁ……色々、トラブルに巻き込まれながら俺は異世界生活を謳歌します!
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

僕だけレベル1~レベルが上がらず無能扱いされた僕はパーティーを追放された。実は神様の不手際だったらしく、お詫びに最強スキルをもらいました~
いとうヒンジ
ファンタジー
ある日、イチカ・シリルはパーティーを追放された。
理由は、彼のレベルがいつまでたっても「1」のままだったから。
パーティーメンバーで幼馴染でもあるキリスとエレナは、ここぞとばかりにイチカを罵倒し、邪魔者扱いする。
友人だと思っていた幼馴染たちに無能扱いされたイチカは、失意のまま家路についた。
その夜、彼は「カミサマ」を名乗る少女と出会い、自分のレベルが上がらないのはカミサマの所為だったと知る。
カミサマは、自身の不手際のお詫びとしてイチカに最強のスキルを与え、これからは好きに生きるようにと助言した。
キリスたちは力を得たイチカに仲間に戻ってほしいと懇願する。だが、自分の気持ちに従うと決めたイチカは彼らを見捨てて歩き出した。
最強のスキルを手に入れたイチカ・シリルの新しい冒険者人生が、今幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる