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第三章〜剣士は遥かなる頂の前に〜
14.敗北
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時刻は、アルスとエルディナの決勝戦が終わる少し前。
未だに武術部門では決勝戦が始まっていなかった。決勝戦に出場する選手のうち、片方がいなかったからだ。
『現在、試合に出場するフラン・アルクス選手の準備が遅れています。少々お待ちください。』
そういったアナウンスが流れるが、真実は少し違う。
その対戦相手であるチェリオ・フォン・ティスメインが差し向けた騎士により足止めを喰らっていたのだ。
会場に十五分以内に来れなければ、特別な事情がない限りは不戦勝だ。対戦相手のチェリオがそれを狙っていたのは言うまでもないだろう。
「恐らく数日は寝たきりだろうなあ。フフフ、俺に逆らうからだ。従っていれば俺に仕えさせてやってもよかったのにな。」
チェリオは醜悪な笑みを浮かべながらそう言った。
しかし彼は想像とはまた別の方で話は進む。
『……お待たせ致しました。準備が整いましたので、試合を執り行います。』
「何?」
間違いなくチェリオはフランへと騎士を送った。その証拠にフランは遅れてきた。
ならば考えられる可能性はたった一つ。騎士を退けてきたのだ。
「フ、フフフ、なるほど。やはり騎士を出させたのは間違いじゃなかったか。ここまで強いとは予想外だが、まあ俺の計画に狂いはない。」
チェリオは剣を持ち、会場へ向かう。
それと同時に実況の声が響く。
『ティスメイン子爵家が誇る剣の天才! その美しい剣技と容姿で見るものを魅了する! 剣の王子が玉座を奪うか! チェリオ・フォン・ティスメイン!』
それと同時にチェリオは会場に出た。そして観客へと軽く手を振り、鞘から剣を抜く。
彼には絶対の自信があった。
フランはあの騎士と戦った後にここに来た。無事であるはずがないという確信が、彼へ余裕を与える。
『対する相手は絶対王者! 子供であるというのにその剣技は既に、完成されている!』
剣を抜いたまま、フランは会場へと入ってくる。
観客席からは遠過ぎて見えないだろうが、チェリオには分かった。既にフランは疲弊していた。
身体中は傷だらけであり、新しい傷もいくつもある。
『決勝戦までのその圧倒的な剣技をこの試合でも見せつけてくれるか!』
その目からは闘志が未だ消えはしないが、体はついてこれないだろう。
故にチェリオは笑う。
不戦勝は外聞が悪い。相手が弱って来てくれれば更に自分が輝いて勝つ事ができる。そう確信したからだ。
『フラン・アルクス!』
フランは何も言わずに真っ直ぐ構える。
それに対しチェリオは自然体のまま、剣を構えずにフランを見下ろした。
『それでは決勝戦……』
「なあ、フラン君。随分とボロボロみたいだけど。」
その段階でやっと軽くチェリオは剣を構える。
『始め!』
「何か、あったのかい?」
分かりきったことだ。そんなこと互いが分かっている。
だからこそこれはチェリオの挑発。フランは表情を変えずに、初めて言葉を発す。
「何もない。転んだだけだ。」
「ク、フフフ! そうか、転んだけか! 随分と派手に転んだみたいだね!」
そう言いながらチェリオは真っ直ぐフランへ迫る。
「だけど、これは勝負だ。一切手加減はしないよ。そもそも君が悪いんだからね!」
「……そうだな。俺が悪い。」
剣の剣が正面からぶつかる。
しかし弱ったフランの体はその攻撃を完全に受け切る事ができずに、大きく弾かれてしまった。
「ああ、その通り! 君が、悪い!」
そしてできた隙に迷いなく蹴りが放たれる。
フランが腹を抑えてよろめいた瞬間にチェリオは大きく剣を振りかぶり、真正面から叩き込む。
「無銘流奥義一ノ型『豪覇』」
しかしフランは力を絞り切り、それを弾いた。
まさか弾かれると思っていなかったのか、チェリオはそのまま後ろへ下がる。
「ああ、俺が悪い。あの程度に苦戦した俺が悪い。あれを乗り越えてお前に勝てない俺が悪い。だからこそ、俺はお前に勝つ。」
ゾクリ、と獅子に睨まれたような感覚がチェリオを襲った。
弱くなっているはず、倒せる敵のはず、自分の勝ちは決定しているはずだと。
そう信じ込んでいても尚、フランが恐ろしかった。
それほどまでにフランの表情は鬼気迫るものであり、まるで肉食動物かのようなあの黒い目が自分を射抜いていたからだ。
「無銘流奥義四ノ型」
「ッ!!」
彼は分かっていた。疲弊したフランの一撃など大した事などないと。
それは事実であり、間違いない事である。
しかしそれでもチェリオは恐ろしかった。もしかしたら、まだフランは余力があるのではないかと。
「『竜牙』」
フランの放った剣は虚空を斬る。
しかしその刃から赤いエネルギーが滲み出し、そして真っ直ぐ『飛ぶ斬撃』となりてチェリオへと襲いかかる。
「……ぬ、う。」
「ひっ!」
小さな悲鳴を漏らすチェリオの目の前で、その刃は消えた。
力のほとんどを使い果たしたフランに、あの飛ぶ斬撃をしっかりと放ち切る力などもうなかったのだ。
「び、ビビらせやがって。やはりもう力はほとんど残っていないようだな!」
チェリオはここぞとばかりに偉そうに騒ぎ立てる。
フランは何も言わずに再び剣を構え直す。しかし足がもうもたず、ガクッと倒れそうになった。
そしてそれを逃すほどチェリオは弱くない。
「どうした!もう限界か!」
チェリオの剣をフランは辛うじて防ぐが、反撃に転じる事ができない。
二発、三発、四発と打たれる度に状況が悪くなる。
立つのも厳しいほどの状況下においてここまで防ぎ切れているのは、間違いなくフランの飛び抜けた技量にあるだろう。
しかし、いくら技術が優れていてもスピードとパワーの差はその技量の差を埋めてしまう。
それにチェリオもフランよりは遥かに技量で劣るが、決してできないというわけではない。
だからこそ型にはめ、隙がなくフランを追い詰めていく。
(負ける、のか。俺が。)
この程度の敵に敗れるのか、この程度の敵すらも倒せはしないのかと。フランは自己を嫌悪する。
フランは決して他者を恨まない。恨むのはいつだって自分自身だ。何もできない自分自身が何よりも恨めしい。
フランは負けず嫌いだ。負けるのが嫌だから、勝ちたいからこそここに立っている。
それにこんな卑怯な手を使われて負けたくない。そう思うのは誰でも一緒ではないだろうか。
「ぁあ!」
声を出して自分を奮い立たせ、チェリオの剣を弾く。
しかしフランの体は騎士との戦いで疲弊しきっている。チェリオの剣を一時、防ぐことしかできはしない。
(嫌だ、負けたくないッ!)
フランを動かすのは単純な敗北への恐怖だった。
自分が全力で積み重ねてきた剣術が、師へと届くというものを砕かれるような感覚。それが何よりも怖かった。
だがどれだけ負けたくなくても、現実は自動的に一つへ決まる。
まるで将棋やチェスのように、一歩ずつ、着実に追い詰められていく。
「チェックメイトだ、フラン君。俺が勝つよ。」
「ッ!!」
チェリオの剣はスピードを増す。終わらせにかかっている。それはフランにも分かった。
しかしフランの体は思うように動かず、思考や思いに体が追い付かない。
右からくる攻撃、上からくる攻撃、頭を狙った攻撃、腕を狙った攻撃。その全てを防ごうとするが綻びが出始め、時たまにチェリオの剣がフランを掠る。
(もう、無理なのでは?)
ふと、一瞬。フランの脳裏にその言葉がよぎった。
無理かもしれない。その考えが頭の中に入り込んだ瞬間、更にフランの剣に精細さが欠けていく。
フランの心は既に折れかかっていたのだ。
未だに武術部門では決勝戦が始まっていなかった。決勝戦に出場する選手のうち、片方がいなかったからだ。
『現在、試合に出場するフラン・アルクス選手の準備が遅れています。少々お待ちください。』
そういったアナウンスが流れるが、真実は少し違う。
その対戦相手であるチェリオ・フォン・ティスメインが差し向けた騎士により足止めを喰らっていたのだ。
会場に十五分以内に来れなければ、特別な事情がない限りは不戦勝だ。対戦相手のチェリオがそれを狙っていたのは言うまでもないだろう。
「恐らく数日は寝たきりだろうなあ。フフフ、俺に逆らうからだ。従っていれば俺に仕えさせてやってもよかったのにな。」
チェリオは醜悪な笑みを浮かべながらそう言った。
しかし彼は想像とはまた別の方で話は進む。
『……お待たせ致しました。準備が整いましたので、試合を執り行います。』
「何?」
間違いなくチェリオはフランへと騎士を送った。その証拠にフランは遅れてきた。
ならば考えられる可能性はたった一つ。騎士を退けてきたのだ。
「フ、フフフ、なるほど。やはり騎士を出させたのは間違いじゃなかったか。ここまで強いとは予想外だが、まあ俺の計画に狂いはない。」
チェリオは剣を持ち、会場へ向かう。
それと同時に実況の声が響く。
『ティスメイン子爵家が誇る剣の天才! その美しい剣技と容姿で見るものを魅了する! 剣の王子が玉座を奪うか! チェリオ・フォン・ティスメイン!』
それと同時にチェリオは会場に出た。そして観客へと軽く手を振り、鞘から剣を抜く。
彼には絶対の自信があった。
フランはあの騎士と戦った後にここに来た。無事であるはずがないという確信が、彼へ余裕を与える。
『対する相手は絶対王者! 子供であるというのにその剣技は既に、完成されている!』
剣を抜いたまま、フランは会場へと入ってくる。
観客席からは遠過ぎて見えないだろうが、チェリオには分かった。既にフランは疲弊していた。
身体中は傷だらけであり、新しい傷もいくつもある。
『決勝戦までのその圧倒的な剣技をこの試合でも見せつけてくれるか!』
その目からは闘志が未だ消えはしないが、体はついてこれないだろう。
故にチェリオは笑う。
不戦勝は外聞が悪い。相手が弱って来てくれれば更に自分が輝いて勝つ事ができる。そう確信したからだ。
『フラン・アルクス!』
フランは何も言わずに真っ直ぐ構える。
それに対しチェリオは自然体のまま、剣を構えずにフランを見下ろした。
『それでは決勝戦……』
「なあ、フラン君。随分とボロボロみたいだけど。」
その段階でやっと軽くチェリオは剣を構える。
『始め!』
「何か、あったのかい?」
分かりきったことだ。そんなこと互いが分かっている。
だからこそこれはチェリオの挑発。フランは表情を変えずに、初めて言葉を発す。
「何もない。転んだだけだ。」
「ク、フフフ! そうか、転んだけか! 随分と派手に転んだみたいだね!」
そう言いながらチェリオは真っ直ぐフランへ迫る。
「だけど、これは勝負だ。一切手加減はしないよ。そもそも君が悪いんだからね!」
「……そうだな。俺が悪い。」
剣の剣が正面からぶつかる。
しかし弱ったフランの体はその攻撃を完全に受け切る事ができずに、大きく弾かれてしまった。
「ああ、その通り! 君が、悪い!」
そしてできた隙に迷いなく蹴りが放たれる。
フランが腹を抑えてよろめいた瞬間にチェリオは大きく剣を振りかぶり、真正面から叩き込む。
「無銘流奥義一ノ型『豪覇』」
しかしフランは力を絞り切り、それを弾いた。
まさか弾かれると思っていなかったのか、チェリオはそのまま後ろへ下がる。
「ああ、俺が悪い。あの程度に苦戦した俺が悪い。あれを乗り越えてお前に勝てない俺が悪い。だからこそ、俺はお前に勝つ。」
ゾクリ、と獅子に睨まれたような感覚がチェリオを襲った。
弱くなっているはず、倒せる敵のはず、自分の勝ちは決定しているはずだと。
そう信じ込んでいても尚、フランが恐ろしかった。
それほどまでにフランの表情は鬼気迫るものであり、まるで肉食動物かのようなあの黒い目が自分を射抜いていたからだ。
「無銘流奥義四ノ型」
「ッ!!」
彼は分かっていた。疲弊したフランの一撃など大した事などないと。
それは事実であり、間違いない事である。
しかしそれでもチェリオは恐ろしかった。もしかしたら、まだフランは余力があるのではないかと。
「『竜牙』」
フランの放った剣は虚空を斬る。
しかしその刃から赤いエネルギーが滲み出し、そして真っ直ぐ『飛ぶ斬撃』となりてチェリオへと襲いかかる。
「……ぬ、う。」
「ひっ!」
小さな悲鳴を漏らすチェリオの目の前で、その刃は消えた。
力のほとんどを使い果たしたフランに、あの飛ぶ斬撃をしっかりと放ち切る力などもうなかったのだ。
「び、ビビらせやがって。やはりもう力はほとんど残っていないようだな!」
チェリオはここぞとばかりに偉そうに騒ぎ立てる。
フランは何も言わずに再び剣を構え直す。しかし足がもうもたず、ガクッと倒れそうになった。
そしてそれを逃すほどチェリオは弱くない。
「どうした!もう限界か!」
チェリオの剣をフランは辛うじて防ぐが、反撃に転じる事ができない。
二発、三発、四発と打たれる度に状況が悪くなる。
立つのも厳しいほどの状況下においてここまで防ぎ切れているのは、間違いなくフランの飛び抜けた技量にあるだろう。
しかし、いくら技術が優れていてもスピードとパワーの差はその技量の差を埋めてしまう。
それにチェリオもフランよりは遥かに技量で劣るが、決してできないというわけではない。
だからこそ型にはめ、隙がなくフランを追い詰めていく。
(負ける、のか。俺が。)
この程度の敵に敗れるのか、この程度の敵すらも倒せはしないのかと。フランは自己を嫌悪する。
フランは決して他者を恨まない。恨むのはいつだって自分自身だ。何もできない自分自身が何よりも恨めしい。
フランは負けず嫌いだ。負けるのが嫌だから、勝ちたいからこそここに立っている。
それにこんな卑怯な手を使われて負けたくない。そう思うのは誰でも一緒ではないだろうか。
「ぁあ!」
声を出して自分を奮い立たせ、チェリオの剣を弾く。
しかしフランの体は騎士との戦いで疲弊しきっている。チェリオの剣を一時、防ぐことしかできはしない。
(嫌だ、負けたくないッ!)
フランを動かすのは単純な敗北への恐怖だった。
自分が全力で積み重ねてきた剣術が、師へと届くというものを砕かれるような感覚。それが何よりも怖かった。
だがどれだけ負けたくなくても、現実は自動的に一つへ決まる。
まるで将棋やチェスのように、一歩ずつ、着実に追い詰められていく。
「チェックメイトだ、フラン君。俺が勝つよ。」
「ッ!!」
チェリオの剣はスピードを増す。終わらせにかかっている。それはフランにも分かった。
しかしフランの体は思うように動かず、思考や思いに体が追い付かない。
右からくる攻撃、上からくる攻撃、頭を狙った攻撃、腕を狙った攻撃。その全てを防ごうとするが綻びが出始め、時たまにチェリオの剣がフランを掠る。
(もう、無理なのでは?)
ふと、一瞬。フランの脳裏にその言葉がよぎった。
無理かもしれない。その考えが頭の中に入り込んだ瞬間、更にフランの剣に精細さが欠けていく。
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