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第三章〜剣士は遥かなる頂の前に〜

9.初戦

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 一回戦第十二試合。俺とお嬢様が相対する。

『一回戦第十二試合、フィルラーナ・フォン・リラーティナ対アルス・ウァクラート。』

 拡声器による声が響く。
 この前の試合に比べて人が多い。
 片方は公爵家の令嬢、もう片方は賢神十冠の曾孫ときたら人も興味が出るもんだ。

「人気者ですね、俺らは。」
「人気者は血縁であって、私達ではないわ。他の塵芥なんて気にしていて、私に負けたら格好悪いわよ。」
「まさか。」

 お嬢様を侮るなんて何回輪廻転生しても無理だね。
 ただ笑うだけで恐ろしい人間なんて、俺は数人しか知らない。

『始め!』
「冗談をおっしゃる。」

 俺の右腕に魔力が集う。赤い炎が迸り、それは即座に一つの剣の形を成す。

「『煉獄剣』」

 即ち、俺が振るう最強の剣を。
 この剣が現れるだけで周囲の温度が少し上がる。それほどの熱と炎。
 長さは一メートル足らずぐらいだが、この幼い体には十分な長さだ。

「あら、全力なのね。」
「手加減なんかできるはずないですよ!」

 炎の剣が横に一閃、お嬢様へと振るわれる。それをしゃがんで避け、お嬢様は俺へと接近する。
 俺は煉獄剣を握り直すが、それよりお嬢様が接近する方が早い。

「『焼却ファイアアウト』」

 炎が俺を包む。
 しかし、俺の体はその頃には炎へと変化しており当たらない。
 逆に俺はそのまま煉獄剣を振るう。

「『結界(セイント)』」
「らっ!」

 お嬢様は結界を展開するが、その結界ごと容易く切り裂く。
 だが間違いなく結界は時間を稼いだ。
 その瞬間にお嬢様は大きく距離を取る。

「『炎槍《ファイアランス》』」

 そして即座に火の槍が展開され、俺へと放たれる。
 煉獄剣は制御にソリースを大きく割く。だからこそこれを使っている間は他の魔法を使うのが困難という欠点がある。
 だから俺は煉獄剣で火の槍を切り落とし、そのままお嬢様へと接近する。

変身魔法チェンジマジックッ!」

 俺は体を火に変える。そして一瞬でお嬢様と俺を覆うように火のサークルを作り出す。
 退路は絶った。後は勝つだけ。

「終わり、です。」

 お嬢様に俺の煉獄剣を防ぐ手段は存在しない。
 だからこそ、逃げ場を無くすように追い詰めれば俺の勝ちだ。
 鋭く放たれた炎の剣がお嬢様を斬る。結界の魔道具によってその攻撃は防がれたが、結界は割れてお嬢様は気絶した。

『勝者! アルス・ウァクラート!』

 そして高らかに俺の勝利を示す声が響いた。





 まあ、なんとなく戦う前から結果は見えていた。
 油断すれば足元を掬われるかもしれないが、普通にやればお嬢様には勝てるだろうというのは分かっていたし、それにこっちも速攻で決める気だしったしな。
 お嬢様相手に持久戦とか、何やるか分かったもんじゃない。
 なんかよく分からないけど凄い複雑な術式とか書いて、俺が対処できない攻撃を撃ってきそう。

「……うん、やっぱり余裕だな。」

 二回戦も終えたのだが、正直言って余裕だった。
 相手にすらならない。というかお嬢様が強かったのだ。
 大体の生徒は煉獄剣を使わなくても一瞬で倒せる。煉獄剣を使わなきゃ決定打に足りないお嬢様がおかしい。

『二回戦第二十二試合、エルディナ・フォン・ヴェルザード対ガレウ・クローバー。』
「次はガレウとエルディナ様か……」

 一応見ておこうか。
 エルディナ様の手の内は見れるだけ見ておきたいし、ガレウが戦うとなれば勝敗はこの目で見ておきたい。

『始め!』

 俺が会場を覗き込むと、同時に開始の合図が聞こえた。
 灰色の髪の少年、ガレウが闇属性の魔法を展開している。
 ガレウは闇属性を得意としている。闇属性の特徴は妨害だ。相手を弱くして自分と同格まで下げる。
 その地味さ故に好まれないが、強敵と戦う上で必須級の属性でもある。

「エルディナ様の魔法は……全てか。」

 ガレウの放つ魔法は全てエルディナ様の魔法に撃ち落とされる。
 まるで準備運動しているかのように様々な属性の魔法が舞い、試すようにして多種多様な魔法が展開される。

「別に特別な事はしてないな。」

 そう、特段不思議な事はしていない。
 正確に魔法を組み上げ、正確に打ち出すだけ。ただ、その量と精度が異常なだけだ。

「同時展開は七、いや八か? もしかしたらそれ以上も……」

 直ぐに完全に逃げ場を失い、ガレウが負けた。
 あれだけの魔法を使っといてまだ余裕がある。同時展開はもっとできると考えていいだろうし、魔力量も相当なもののはずだ。
 それに今使った魔法は全て低階位の魔法だ。もっと高火力の魔法を使うことも当然できるだろう。
 俺が言うのもなんだが、どう考えても学生のレベルじゃない。

「やっぱ、無理臭いな。」

 普通に勝てなさそうだ。
 まあやれるだけの事はやるが、負けても仕方ないというものだろう。
 相手は本物の天才だ。偽物の天才では勝てやしない。

「優勝は、諦めるか。」





 王都の闘技場、そのとある通路。
 そこに一人の剣士と二人の騎士と一人の子供がいた。

「やあ、フラン・アルクス君。」
「何用だ。」
「はっはっは、そんなに返答を急ぐなよ。俺達はクラスメイトじゃないか。」

 その子供はとある貴族の令息であった。そしてその背後にいるのは彼が父親から借りた二人の騎士。

「一つ、お願いがあるんだけど、いいかい?」
「……聞くだけ聞こう。」
「決勝、辞退してくれないかい?」

 長い歴史の中で、グレぜリオン王国の貴族は一部腐敗していた。
 いくら常に上の人間が注意していても限界というものがある。
 それがリードル侯爵を生み、王子を殺害しようとするなどという愚行を招いた。
 そしてそんな腐った貴族の一人が、この子供だ。

「まだ、2回戦だぞ?」
「いやいや、分かってるんだ。俺がこのまま行けば決勝にいける。勿論君もだ。そして俺と君の決勝戦になる。そしてその段階になれば君にこういう事を交渉する時間がなくなってしまう。」

 子供であるというのにその発想は醜悪であり、腐っていた。
 それは当然、顔にあらわれる。その顔は子供ながらにして邪悪で、汚れたものだった。

「無理だ。」

 フランは短くそう言い放つ。
 負けるというのは彼のプライドが許すものではない。ましてや八百長などと、戦士としてのフランが許しはしなかった。

「いやいや、待ちなよ。金ならかなり出せるぜ?」
「金の問題ではない。」
「なら土地か、権力か? 土地ならともかく権力はなあ……将来的には男爵ぐらいならくれてやれる。けど、今すぐは無理だ。それでもいいなら権力もやれると約束しよう。」

 フランは無表情な部類だ。感情の起伏が薄い。
 しかし今は明らかに嫌そうな顔をしてその子供を見ていた。

「そういう話ではない。」
「おや、これでも足りないのかい? 強欲だなあ。なら――」
「何を積まれても、俺は勝ちを譲らぬ。だからそれは無駄だ。諦めろ。」

 そう言い切ってフランはその子供と騎士の横を通る。

「……それは残念。後悔するなよ。後から言っても遅いからね。」

 フランは一切言葉を返すことなく、そのままその通路を進んで行った。
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