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第二章~学園にて王子は夢を見る~

25.たった今のために

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 光が視界を満たした。

 俺は反射的に目を閉じ、体を守るように腕を突き出す。意味はないのであるが、体は条件反射的にそう動いた。
 俺はその魔法が引き起こす魔法に耐える為に、歯を食い縛り苦痛を覚悟した。
 だが、一秒、二秒三秒と経った辺りで気付く。いつまで経っても、訪れる筈の苦痛が来ない事に。

 俺は恐る恐る片目だけ目蓋を開き、そして両目を開いた。

「……え?」

 俺の視界には爆発などどこにもなかった。
 俺の視界に映るのは体の一部が消し飛んでいるゴーレムと、それを唖然と見るあのデブだけであった。

「……な、何だ。一体!!!」

 俺はその言葉に反応して右腕を見た。
 俺の突き出した右腕は白く染まっていた。肌が白いという次元ではない。服すらも真っ白に染まり、修正液をぶちまけたかのように真っ白であった。
 右腕の肩の部分が区切り目であり、そこから先がまるで自分の腕ではないような異物感が俺を更に困惑させる。

「何だ、これ……」
『個体名『α-9688キュウロクハチハチ』の激しい損傷を確認。右腕部分が消失。胴体部分の損傷は活動への問題なし。しかし魔力炉への軽い損傷がある為、魔力が漏れ出ています。』
「クソ!非常用魔力を使え!結界は絶対に維持させろ!」
『現在展開している結界Bの維持に問題があると判断、非常用魔力炉の使用許可を確認。起動、発動のシークエンスにおよそ十秒ほど必要です。結界Bの自然消滅時間を予測。』

 そう考えている間に皮が剥がれるようにして、白の部分が腕から剥がれていく。
 その白は俺の体から離れると途端に塵となって風に流れて飛んでいく。

『算出しました。結界Bの消滅から再展開まで0.2から0.8秒ほどの空白があります。』

 アレが何だったのかはよく分からない。
 だが、これは間違いなく俺へのチャンスとなった。
 結界が再展開までにどうやら少し隙ができるらしい。その隙にこの結界から逃げ出せれば、俺はそのままこの場を離れられる。

「ッ! ゴーレ、いや、だが、またさっきのようなものを使われれば……!」

 どうやらあの白い腕を使われるのを危惧しているようだ。だけど実際は俺自身もよく分からない力だ。
 色々と考えたい所だが、今は考える余裕もない。
 取り敢えず生き残る事だ。どうせここで逃げようが誰かが死ぬわけでもない。
 勝てない相手から逃げるのは恥じゃない。大切なのは、勝たなきゃいけない時に勝てるかどうかだ。

「チッ! ゴーレム、あいつを拘束しろ! 魔法はカウンターを喰らう可能性がある!」

 魔法専用のカウンター技を持っていると判断したらしい。
 ゴーレムは少し体を変形させて立ち上がり、こちらに迫ってくる。物理的な拘束は十分に厄介だが、魔法を使ってこない分だけ上々。
 まだ俺は戦える。足は満足に動かない。しかしそれでも気合だけで立つ。
 今ここを生きる為に。


「相変わらず、諦めの悪さだけは一流だな!」


 声が響く。
 それはここにいない筈の声。結界の崩壊を待つより早く、大きく結界にヒビが入る。
 そして大きな音を立てて砕け散った。

「フラン!」
「承知。」

 俺に迫り来るゴーレムへと一つの影が走る。この世界では珍しく、俺にとっては見慣れた髪色。
 俺はその男を知っていた。その男の名を呼ぶその声を知っていた。

「我が剣に完成はあらず、我が剣に定形はあらず、我が剣に流派はあらず。」

 その男、フラン・アルクスは腰の鞘から一振りの剣を引き抜く。
 無骨な剣だ。しかしフランにはその剣が合っていると、自然と俺はそう思った。

「我が剣は我流。我流系流派。」

 その言葉はあまりにも矛盾していて、しかしフランの実力を落とす要因にはならず。
 寧ろ不思議な安定感を与える。

「無銘故に、最強を語る。」

 ゴーレムの左の剛腕と、フランの剣が迫る。
 体格と得物の差を考えればどう考えてもフランに勝機はない。

「無銘流奥義一ノ型『豪覇』」

 その剣は、ゴーレムの腕を
 そして俺の後ろで足音が静かに鳴り、俺は振り返る。
 黄金の髪と眼が揺らめく。
 自分は大して何もしていないだろうに、全てが自分の功績だと言わんばかりに堂々とそこに立っていた。

「随分と間抜けな面になったな、アルス。」
「うるせえよ、アース。」

 その右手には小槌があった。恐らくはそれで結界を壊したのだろう。
 そして、結界を壊したという事は魔力が戻るという事だ。
 簡単な回復魔法で体の傷を治す。

「ど、どこまでも! どこまでも貴様らはッ!」
「語るに堕ちたな。リードル侯爵。否、リードル元侯爵よ。貴族としてあまりにも愚かなその立ち振る舞い、万死に値する。」
「煩いッ! 貴族としての責務など考えすらしなかった貴様が私にほざくな!」

 アースは俺の横を通り、フランの前に立つ。その黄金の眼で元侯爵を貫く。

「まだ成人もしてねー俺達に勝って嬉しいか、オイ?」
「煩い! 黙れ黙れ黙れ!」
「ハッ! いいねえ、噛ませ犬らしくて俺好みだ!」

 悩んでいた様子など欠けらも見せず、威風堂々とアースはそこに立っていた。
 貴族ってのは全員、節穴なのだろうか。
 少なくともあの後ろ姿は、未だ幼いのにも関わらず王の風格に溢れていた。

「アルス! 俺は、いや俺様は夢を見るぞ! 俺様は王になる! その為の覇道の一歩だ! 輝かしい王道の一頁目だ!」
「お前どうせ戦わねえだろうが!」
「王とは! 民を、貴族を従える者! お前の頑張りがそのまま俺様の功績になる!」
「凄まじいまでにクズ思考だな、オイ!」

 まあ、嫌いじゃない。
 少なくともそれを許せるぐらいには、今のアースは強い。それは決して体や魔力という意味ではなく、心がだ。

「調子に乗るなよ! ここで貴様らを全員殺して私の勝ちだ! 私の計画は揺るがないッ!」

 ゴーレムは魔力を集める。しかしそのタイミングでアースは駆ける。俺とフランも同時に。
 やりたい事は何となく分かる。後はそれに俺とフランが合わせるだけ。

「崩しの小槌。効果は魔力を乱して、形成された魔法を崩すという一点のみ。」

 フランがアースの前に立つ。魔法が繰り出されるタイミングに完璧に合わせて剣を振るう。

「無銘流奥義三ノ型『王壁』」

 フランは迫り来る魔力を叩き斬る。そして溢れ出す魔力をも全て纏めて斬り伏せ、アースに飛ばないように受け流す。
 それは正に絶技、圧倒的な技術に裏打ちされた魔法すら封じる技。
 そして魔法を封じたのがフランなら、次にゴーレムの繰り出される一撃を防ぐのは俺の役目。

「『土の束縛アースバインド』『二重結界ダブル・セイント』『幻想イリュージョン』」

 土はゴーレムの動きを阻害させ、結界は迫り来る攻撃を防ぐ。そしてダメ押しに光を適当に弄って狙いを曲げさせる。
 二つの結界に二つの魔法。俺の並列起動の限界の四つ。
 だけど、ここで終わったら駄目だ。

「『速度強化スピードレイズ』ッ!!」

 その駆け巡る魔力を全て維持しろ。全てを鮮烈にイメージしろ。
 乱れればアースは死ぬかもしれない。

 だからこそ、自分の限界の、更に向こうへ!

「ゴーレムッ!」
「砕けろ!」

 それでも放たれた一撃はアースに掠る。しかし、割れた結界は一枚だけ。
 腕は片方がない以上、追撃は有り得ない。
 アースの手の小槌がゴーレムの結界を消しとばす。
 そしてそれぐらいの隙があれば、フランは距離を詰めれる。

「無銘流奥義ニノ型『天幻』」

 フランの手元から剣が
 腕と剣が増え、まるで幻が如く同時にゴーレムの体を斬りつける。
 しかしそれでも、ゴーレムを下がらせる程度の一撃にしかなり得ない。

「離れろ!」

 俺はそう叫ぶ。
 使える既存の魔法であのゴーレムに有効打を与えるものは存在しない。
 なら、使えない魔法から引っ張り出せばいい。

 今だ。今のこの感覚だ。
 精神が冴え渡り、頭が我武者羅に動く今やらなくちゃいけない。
 目を死ぬほど開く。眼球が飛び出ると思うんじゃないかってほど。頭を死ぬほど働かせる。余計な事を一切考えられない程に。

「貫けっ!」

 派手な魔法ではない。一点集中。
 あの『最後の一撃ラスト・カノン』が如く、全身全霊を、この一撃にッ!

「『煉獄剣』ッ!!!」

 これは俺が創った魔法。
 火剣ファイアソードではなく、どこまでも熱く、どこまでも鋭く、どこまでも溶かす。体自身を炎に変えれる変身魔法だからこそ持てる剣。
 俺の手から溢れるようにしてその剣は生まれ出て、ゴーレムの体を溶かしながら貫く。
 ゴーレムの体内にはゴーレムの情報媒体を扱う、いわば核というものが存在する。
 それを溶かせばゴーレムは機能停止する。

「……は。よ、っしゃ。」

 そこで俺の意識はプツリと落ちた。
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